第終話〈コーヒーは苦い〉
それからの話。
別荘地から学園に戻った長峡仁衛は、三人分になる様に努力していた。
「うん、普通に無理だよね」
早朝、目に隈を作る長峡仁衛はコーヒーを飲みながらそう言った。
キャミソール姿で、肩から紐が外れている永犬丸詩游は寝ぼけた様子で長峡仁衛を見ていた。
「……長峡さぁ、昨日すごい煩かったんだけど」
「あぁ、悪い」
長峡仁衛の隣の部屋に住む永犬丸詩游はそう言った。
夜中に何かしていたらしい。
だから永犬丸詩游は、そんな長峡仁衛に注意していた。
「……死ぬ。本当に、はは。」
乾いた笑いを零しながら、長峡仁衛はコーヒーを飲む。
大半はコーヒーを飲む前に、縁から零れていくが。
「おはようございます」
食堂に入ってくるのは駒啼涙だった。
彼女は寮生ではないが、この寮で過ごしている。
「ふぁ……んふ、おはよう」
九重花志鶴も一緒であり、二人とも、長峡仁衛が使うTシャツを着込んでいた。
「……お前は本当に頑張ってるよな。嫉妬も羨望も無いよ」
永犬丸詩游はオレンジジュースを飲みながら長峡仁衛を見る。
長峡仁衛は毎晩頑張っていたらしい。
枯れた樹木の様な長峡仁衛とは打って変わって、艶々とした彼女たちの表情は生気を吸う小悪魔の様でもあった。
「どうぞ、じんさん」
そう言って、何時もと同じ様な無表情を貫く銀鏡小綿が長峡仁衛の為にトーストを用意してくれた。
「あ、あぁ……ありがとう」
そう言って彼女からトーストを貰うと、長峡仁衛は笑みを浮かべた。
「ありがとうな」
「いえ、じんさん」
食堂へと戻っていく銀鏡小綿。
彼女の姿を見て永犬丸詩游は言う。
「……なんだかんださ。銀鏡の奴、凄いよな」
「ん?……あぁ」
「ボクも寝不足だけど、あいつの声が大きすぎるのが問題だよ」
ストローでオレンジジュースを飲みながら言う。
深夜三時まで響く声。永犬丸詩游は仕方なくイヤホンで音楽を聴きながら寝ていた。
「我慢してって言ってるけど……出るらしんだよ。悪いな、詩游」
「いいよ。ただ、幼馴染の声とかはあんまり聴きたくないよなぁ」
「……はは」
最早笑う事しかなかった。
すぐ近くに居た九重花志鶴が近づく。
「で、仁。次はだれをハーレムに迎えるのかしら?」
「迎えませんよ……涙が睨んでるじゃないですか」
駒啼涙の方を見ながら長峡仁衛は言う。
「あら。貴方の将来の夢はお嫁さんでサッカーチームを作る事じゃないのかしら?」
「どういう夢なんですかソレ。しませんよ」
「あら、すれば良いじゃない。そうすれば、もっと面白くなると思わない?」
思わない。そう長峡仁衛は思った。
そもそも、長峡仁衛が愛するのは三人だけだ。
それ以上は必要ないし、増やす事も無い。
今、この状況に甘んじて受け入れてくれる彼女たちと共にするのが。
長峡仁衛のささやかな夢ともいえよう。
叶った夢は、崩さず維持すべきだから。
この喧噪喧しい日常も悪くないと思いつつ。
長峡仁衛はコーヒーを啜るのだった。
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