第4話〈過去はいらない〉


近くの公園へと向かい、ベンチに座る二人。

自販機で適当なジュースを購入して、それを小綿に渡す。


「じんさん、じんさんは過去の事を知りたくはないですか?」


そして唐突に銀鏡小綿はそう長峡仁衛に言った。

コーヒーを飲んでいた長峡仁衛は喉を鳴らした後に聞く。


「どうした急に」


その言葉に、銀鏡小綿はお茶を飲んで、一間おいて答えた。


「母は、じんさんの傍に居ました。ですので、じんさんの事は誰よりも知ってます。じんさんが望めば、母はじんさんの全てを教える事が出来ます」


銀鏡小綿は長峡仁衛の全てを知っている。

だから、それを聞けば、長峡仁衛の全てを思い出せると。


「ちょっと待ってくれよ、どうしたんだよ、急に」


「母はただ……じんさんが知りたいのであれば、全てを教えるべきだと、そう思っただけです」


銀鏡小綿が話せば。

長峡仁衛は長峡仁衛の過去を知る事が出来る。


「じんさんは、知りたくないのですか?じんさんの過去を」


それが、何故か、此処まで重苦しいと思うのか。

それは、銀鏡小綿が意を決して、伝えたいと言っているからだろう。

長峡仁衛は空を眺めて、どうするか思う。


「……そうだな、知りたい、けど」


「けど?」


コーヒーを飲む。苦味が舌先に伝わる。


「なんだろうな、心の底じゃ、知らなくても良いと、思ってる」


「それは、何故ですか?」


銀鏡小綿は聞く。


「さあ……俺の魂が、そう言ってるから、かな……まあ理由があるのだとすれば……」


魂。そんな言葉じゃ納得は出来ないだろう。

そう思ったから、それらしい理由を考える。


「……うん、多分、今の自分が、自分じゃなくなるかもしれない、そう思うから」


そして、その言葉は出てきた。

それが答えだと思える程にしっくりとくる。


「俺は過去の自分を知らない。だから、今の俺がある。きっと、過去を知れば、俺は何かしらの変化があるんだろう。過去を知れば、本当の自分に戻れるかもしれない、けどさ。おかしな話なんだけど、俺は、今の自分が自分だと思ってる。この自分を記憶によって変えられたくないんだ」


「……そう、ですか」


銀鏡小綿は俯いた。手に持つお茶が少しだけ揺れる。


「うん、ごめんな。小綿」


何故か長峡仁衛は誤った。


「いえ、こちらこそ、出過ぎた真似でした。……そうですね、じんさんは、じんさんですから……その言葉は、じんさんらしいですよ」


「そうか?……きっと、そうなんだろうな」


彼女の言葉に頷いて。

にゃ、と鳴く声が聞こえた。

下を見れば、猫が擦り寄っている。


「あ、猫だ、困ったな……」


長峡仁衛は猫アレルギーだ。

だが、銀鏡小綿はお茶を隣に置いて猫を抱き上げた。


「触っても大丈夫ですよ」


「え?でも俺、猫アレルギーだし」


その言葉に銀鏡小綿は首を横に振る。


「あれは母のウソです」


「え?なんで?」


何故、その様な嘘を吐いたのか。


「何故と問われれば……」


銀鏡小綿は、猫の腹を見る。

そしてやはりと頷いて。


「あの猫は、メスでしたから」


そう言った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る