第3話〈買い物〉

「じんさん、今日は何が食べたいですか?」


街へ繰り出した二人、長峡仁衛は特に向かいたい場所も無かった為、銀鏡小綿の予定に合わせる事にした。

銀鏡小綿は多少悩んでいた。彼女に趣味と言うものはない。

あるとすればそれは「長峡仁衛の世話」の他には存在しない。

だから、悩みに悩んだ末に、スーパーへと赴く事になった。

長峡仁衛に料理を食べさせる事が、彼女の喜びに繋がっていた為だ。


「うーん……そうだな、俺は天ぷらが食べたいな」


「天ぷらですか……油は置いてあったので、冷蔵庫の中にも小麦粉があった筈、となれば……お野菜や、海鮮にでもしましょうか」


野菜コーナーを回って、春の野菜を確認する。

そして海鮮コーナーへと回って、エビやイカなどを吟味していた。


「おさかなの天ぷらもありですね。じんさん」


「あぁ、そうだな」


長峡仁衛は、自分の為に悩んでくれる銀鏡小綿を見て少しだけ嬉しく感じていた。

自分の為にここまで悩んでくれるなんて、嬉しい以外の感想など出てこないだろう。

そしてその感情は、記憶喪失をしたからこそ、彼女の悩む姿が新鮮で、尚且つ感動してしまうのだ。もしも記憶を維持したままならば、彼女の悩む姿など見ても感動も嬉々とした感情も浮かばなかった。

この時だけは、長峡仁衛は記憶喪失になってよかったと思っている。


「どうかされましたか?じんさん」


再び、銀鏡小綿が振り向いて聞いてくる。


「あぁ……恥ずかしいけどさ。なんか、嬉しいって思った」


長峡仁衛は、自分が思った事を口にする。

それを聞いて銀鏡小綿は首を傾げた。


「何故、嬉しいのですか?」


「俺の為を思ってくれる小綿の姿を見て、なんだか嬉しいと思ったんだよ。ありがとな」


感謝の言葉を口にする。にこにこと笑みを浮かべる長峡仁衛に、銀鏡小綿は少しだけ微笑んで。


「そうですか……じんさんがそう思って下さるのなら、母も喜ばしいです」


そう言って銀鏡小綿は買い物カゴにマグロの切り身を入れると、そのままレジへと歩き出す。


「他に必要なものはありますか?」


「いや、大丈夫」


そう言って、銀鏡小綿が買い物を済ませる。

レジ袋に食材をパズルをするかの様に器用に詰め込むと、それを持ち上げる。


「持つよ、小綿」


そう言って、長峡仁衛は銀鏡小綿のレジ袋を持とうとする。


「いえ、じんさん」


「いいよ、そんなに重たく無いし」


長峡仁衛がレジ袋を強引に受け取ると、銀鏡小綿は眉を顰めた。


「じんさん……」


「次、どこに行こうか、あぁ、小綿は、特に行きたい場所とかないんだっけ?」


ならこの後はどうしようか。

そう長峡仁衛が考えていた時、銀鏡小綿は首を左右に振った。


「では……じんさん、少し、落ち着いて話せる場所に、行きませんか?」


そう、銀鏡小綿は長峡仁衛を誘うのだった。

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