第3話

再び、病室への扉が開かれる。

そして、其処から出てきたのは黒い服を着込んだ少女だった。


「………」


高めなブーツに日本人形の様な細くて艶のある髪を伸ばして、少しヒラヒラが多めな服を着込んでいる。鎖の様な髪飾りを垂らしていて、黒瞳の下に二つの泣き黒子があるのが特徴的な少女だった。


「うわ、五十鈴じゃん」


そんな彼女の姿を見て、永犬丸詩游はそう厄介そうな表情をして言う。

カツカツと、ブーツの音を響かせながら長峡仁衛の所へと歩いていく。


「誰すか?」


鬼童おんどう五十鈴いすず

と、名前だけ永犬丸詩游に教えて貰う。


「きっ」


「首絞める力が強い……」


彼女が近づいて来た為に銀鏡が長峡仁衛を守る様に腕に力を込めた。

それによって長峡仁衛は首が閉まりそうになる。


「やめとけよ銀鏡、長峡苦しそうじゃんか」


我が友を案じる様に、永犬丸詩游はそう言ってくれた。


「む、そうですね」


その言葉に銀鏡小綿は頷くと力を緩めてくれる。

が、巻かれた腕が離れる事は無かった。

ジロリ、と、そんな二人の様を見ながらも、鬼童はゆったりとした口調で聞く。


「………先輩、記憶、失った、て」


長峡仁衛はゆっくりと頭を縦に振った。


「あ、あぁ、記憶ないよ」


親しい人間が記憶を失った。

これは驚きやショックが大きいだろうが。


「そんな……、それ、じゃあ、丁度良い、です」


「なにが?」


そして、鬼童五十鈴は長峡仁衛に近づいて、その手を掴んだ。

血の通ってない死人の様な冷たい手に、一瞬だけ長峡仁衛は息を顰めた。


「先輩、私、鬼童、五十鈴……先輩とは、前世の頃から、繋がってる」


どうやら二人は前世の頃からの仲であるらしい。

銀鏡小綿は目を細めて冷酷に告げる。


「そんな人知りません、お帰り下さい」


「銀鏡、先輩は……黙ってて」


光の通わない黒き瞳が、銀鏡小綿を映し出していた。


「じんさんがお付き合いする方は母が決めます、貴方はダメです。鬼童さん」


母親公認で無ければ長峡仁衛との交際は難しいらしい。


「関係、ない………先輩、私たち、付き合ってるんです」


そして恋人だと鬼童は言った。

すぐ傍に居た永犬丸詩游は感心する。


「いや凄いなぁ……こんな状況で嘘を貫けるの」


既に記憶喪失の相手に実は恋人でしたと言うネタは永犬丸詩游がやっていた。


「そうだったのか……」


「ながお、信じるなよ明らかに嘘だろ」


しかし記憶喪失の男、長峡仁衛はその嘘を信じてしまいそうだった。


「じんさん、母はあんな人とお付き合いする事を許可した覚えはありませんが?」


「いやそうだろうね、明らかな嘘だもん」


「証拠、必要?これ……」


それでも、鬼童五十鈴は自分が長峡仁衛と交際している事は事実だと言う。

そして、彼女は長峡仁衛と付き合っている決定的な証拠を突きつけた。


「こ、これは………」


人形である。

長峡仁衛を模した人形が一体。

鬼童五十鈴を模した人形が一体。

そして、その人形よりも小さく、その二体の特徴が加わった人形が一体。


「先輩、と。私、の人形、と……その間に出来た子供」


「人形じゃん」


人形だった。

残念だが、これでは証拠になる筈が無い。

銀鏡小綿は長峡仁衛の人形を持って舐め回す様に見る。

精工に作られた人形は中々見ていて面白いものだ。


「まあ、可愛らしいですね。ですがこれでは証拠になりません……なぜなら、人形だからです」


「ボクさっき言ったじゃん」


永犬丸詩游が告げた事実が此処で再び告げられる。

そしてベッドの上に座っていた長峡仁衛がそうだった、と目を見開いた。


「ッ!!」


「長峡、お前なんで衝撃受けた顔してるんだよ」


人形じゃあ証拠にならないと言われて、鬼童五十鈴も目を見開く。


「っ!」


「五十鈴っ、お前が出した人形だろ衝撃受けんなよっ!」


そして、沈黙。

鬼童五十鈴は、ふぅ、と重苦しい息を吐くと同時。


「………術式、展開」


肉体から流れる神胤じんが、病室の外で待機していた人形たちに繋がる。

そして病室の扉を破壊して人一体と同じ大きさの人形が大勢雪崩れ込む。


「あ、コイツッ!状況が不利になったから実力行使に出たぞっ!」


永犬丸詩游は驚きながら指を構えた。


「問題ありません、術式を使役します」


大勢の人形を見て、銀鏡小綿は迎撃する準備を始めた。


「するなよっ!ここ病室だぞ」


「どうするんだ、これ、流石に、二人とも本気だぞ……何をするって言うんだ?」


長峡仁衛は術式と言う存在を知らない。

だから、人形が勝手に動いて驚いていた。

説明と求める為に永犬丸詩游に顔を向けるが。


「……あー、ボクちょっとお腹痛いなぁ、お花摘みに行こーっと」


色々と面倒臭くなった永犬丸詩游は、その場から離脱する事に決定。


「あ、俺も行くか……」


長峡仁衛も共に、戦線を離脱する事にした。





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