エゴイズムの間で揺れる

辛口聖希

第1話 邪魔が入る

 邪魔が入った…

 僕は自殺をしようと企み、安いアパートの天井に紐括り付けていた。

 いざ椅子を紐の下に引きずり、乗ろうとしたところでチャイムが鳴った。

 「お届けものです、サインいただけますか」

 玄関を開けるとハキハキとした若い見慣れた宅配の女の人が荷物を持っていた。

 「あ、ええ…」

 差し出されたボールペンを走らせると、僕は女の人から荷物を受け取った。

 女の人はトラックへと去っていくと思い、ドアを閉めようとすると小さな声で僕を呼び止めた。

 女の人はドアの隙間から覗く部屋を訝しげに目を細めると、心配そうに言った。

 「いつも、ありがとうございます。あの…失礼ですが、ちゃんと食べてますか」

 「え…あ、はい。ちゃんと、食べてます…」

 「だったら、いいんですが。この前見た時よりも、少しお顔がやつれていると言うか…ごめんなさい、余計な御世話ですよね。」

 帽子を外して、律儀にお辞儀をして去っていく。車を出すと排気ガスの雑踏の中へと消えてしまった。

 冷たい風がふくと、僕は我に帰った。もう冬か、と呟きドアを閉めた。

 リビングには何も置いていない。あるとしたら、端っこに机とその隣にはピアノ。そして、自殺を手伝ってくれる椅子だけだった。タンスとかは全てクローゼットにまとめて収納している。雑貨は興味がない。書籍類は読んでしばらくするとすぐ売ってしまう。だから、ものがこの部屋に溜まることはほとんどない。

 だから、食べ物もほとんどない。あるとすれば、カップ麺が1、2こぐらい。あとは冷蔵庫の中に冷凍しているご飯くらいだ。

 食べ物はここ最近口にしていない。食欲がなくて、水しか飲む気にならない。痩せている自覚はあった。仕事に行く日は、弁当を作って食べているからいいけど、行かない人なると一口も食べないのが当たり前だった。

 配達物を床に置くと、そのまま椅子に座ってしまった。上には紐が垂れ下がっている。風はないから、揺れていない。僕はそっと紐を叩くと、紐は静かに揺れ始めた。

 また、踏みとどまってしまった。これで、何回目だろうか。僕は自殺すらできない人間なのか。自分を哀れむ自分はもう普通のように存在していた。

 会社には一報も入れずに休んだ。気に入らない会社だからとかそんな理由ではない。むしろ、客観的に見れば充実しているのではないだろうか。同僚と飲んだりするし、後輩や先輩にも偶に遊びに誘われる。もしも女の人だったら勢いでそのまま寝たりもした。だけど、考えていることはいつも無だった。

 虚しかった。自分が生きていることが。嬉しいとかそんなものはもう遠い過去のように感じている。

 大学では勉強に熱を入れた。院まで行って研究もした。友達もいた。恋人もいた。初体験もしたから童貞ではない。就活も自然と入りたい会社は決まったから苦労することもなく就職できた。けど、考えていることはずっと無だった。

 いや、そうではない時もあった。僕は立ち上がってピアノに触りながら思った。

 僕は創作が好きだった。ピアノで自分の音を作ることが。その時だけは唯一自分を自分で認めていられるような気がした。

 メロディーを聴いていると空いた穴が塞がって行く感じした。治癒のように塞がって行くわけではなく縫合するような感じ。だから、脆い感覚はいつでもあった。だけど脆い感触はここ最近気づいたことで、今までは分からずただぼうとしていて原因を考えているばかりだった。その時と比べれば今はまだ自己肯定感はある方だ。

 日が沈み始めると僕は自殺衝動を失くしていた。

 影が濃く伸びている。伸びているはずの長い影は僕以外に存在していなかった。

 僕は椅子を片付けると、届いたダンボールを開けた。

 中には数種類の缶詰とお米が入っていた。母からのものだと気づくと、傍に手紙が入っていることに気づいた。

 手紙には自分の身体のことを心配する内容が書かれていた。厚かましく、結婚はまだかとも書いてあった。うるさいな、と内心思いながらも、自分を心配してくれていることを少なからず感謝した。

 届いたお米を開けて、米を研いで炊飯器のスイッチを入れた。

 久しぶりの食料に僕の胃は大きな音を出した。

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