第46話

 その日、アリアンナが目覚めた午後は王宮の奥向きが俄かに慌ただしくなった。


 アリアンナが目覚めた途端、侍女のサーシャとミシェルの大泣きが聞こえ、優雅なというより賑やかな目覚めとなった。


 その後も、娘の元へと日参していた母アレーヌが、父にジィルトと、アリアンナの意識が戻った知らせを聞いた者達が代わるがわる見舞いに来て、丸二日昏睡だったことは混乱の中で知ることになった。


 国王、妃殿下自らの訪問に至っては驚きと恐縮とで何を話したのか覚えていないが、ウィラット嬢や女官長との再会は嬉しいもので皆から掛けられる温かい言葉にアリアンナも嬉し涙を滲ませた。


 来客が途切れる頃には夕方に差し掛かっていた。


 夕食前だが一息付きたくてサーシャらにお茶の準備をして貰った。


 それはいつもの光景で、のんびりとアリアンナの気のおける女子会になった。




 「それにしてもお嬢様、本当にどこも何ともないんですか?」


 「……ないわね。むしろ、絶好調よ」


 「それは何よりです。寝たきりだったとはいえ、癒しの魔術を掛け続けられた甲斐もありましたね。魔術にも問題はないんですか?」


 「えぇ、倒れる前よりも魔術の流れが鮮明になった感じで、眠いことぐらい。寝過ぎて眠いみたいな、分かる?」


 「魔術のことは分かりかねますが、お嬢様が無事で本っ当に良うございました」




 アリアンナの話に感嘆の返事を返していたミシェルだが、サーシャの言葉にまた場がしんみりしたものになる。




 「……本当に心配を掛けてしまってごめんなさい」


 「ご無事でこうしてお会い出来ればいいんです。ただ、気絶するまで戦いになるのは今後お止めになって下さい」


 アリアンナを熟知している侍女は小言も忘れない。


 「それなんだけど、サーシャ。今言った通り、魔術の流れも絶好調みたいなのよ。次は倒れるようなことにならないと思うわ」


 自信に満ちたきらきらした瞳でサーシャを見るアリアンナの顔を見て、ミシェルがそろりと隣のサーシャを覗けば案の定目を座らせアリアンナを見下ろしている。


 「……そのような話をしているのではございません!」


 サーシャから怒号が飛ぶ。


 そんないつもの会話に三人で笑い、日常が戻って来たのだとアリアンナは心から思えるのだった。








 ❁    ❁    ❁








 「……お嬢様……お嬢様」


 「……どうしたの?」


 「デルヴォーク殿下がお越しになります」


 「?!」




 夕方にお茶をしていて、体が温まったせいかまた眠気に襲われ眠っていたアリアンナだが、サーシャに起こされた。


 「とにかくお召し替えを」とアリアンナが身を起こすのを待ってから、急かすように手助けする。


 ドレスを抱えて入って来たミシェルは持って来た物をベッドの縁に置くと、暖炉から火を取り部屋の中を明るくしていく。


 アリアンナは立っているだけで、サーシャが夜着を脱がせ、替えの下着を着せられる。


 寝惚けた頭で考えるが今夜来るなどと知らせを貰っただろうか。


 のろのろとコルセットの入っていないドレスを袖を通すが、それはアリアンナが初めて見る衣装だった。 


単色菫すみれ色の全体的に柔らかい色合いに、袖口や裾などには白へと幾重にも階調が施され、所々に同色レースのリボンが華やかさを添える。


 ドレスとしては少々控えめだが、絹で出来たそれはコルセットがない分着心地も楽で肌触りの良い少しも見劣りしない物だ。


 体が本調子に戻るまでと母が気を利かせてくれたのであろう。


 着付けられていくままにしていたアリアンナだが、何か大事な事を忘れているような気がして思考を巡らせる。


 ふと重大な事実に気がつき、大きな声でサーシャの名を呼び振り返る。




 「痛かったですか?」


 「あぁ、いいえ、痛くはないわ。そうではなくて……私、臭くない?」


 「……はぁ?」


 「は?じゃないわサーシャ。私、お風呂に入ってないでしょ!」




 確かに、二日間寝たきりで風呂に入れるわけもないからアリアンナが心配するもの分かるが……今考えることではないと思いつつ、落ち着くよう宥める。


 「さっき、お茶なんてしてないでお風呂に入っていれば!はっ!お風呂にもはいっていない汚い身で陛下達にも会ってしまったじゃない!」


 あああああと両手で頭を抱えた主を見て、暖炉の火を調節し終えたミシェルが二人の話に加わる。




 「心配しなくてもアリアンナ様、ピカピカですよ」


 「?何を言っているの、ミシェル。丸二日よ。それとも癒しの魔術は体も清潔に出来るの?」


 「あはは、違いますって。ジィルト様ですよ」


 「ジィルトが?何?」


 「例の魔術でお嬢様を日に一度、来られた時にキレイにされてましたよ」


 「……!あれを私に?!」




  あれか!と思い至るがまさか人にまで使えるとは……




 にこにこしているミシェルと頷いているサーシャを見比べれば事実なのだと思え、確かに髪も肌もベタついてなどおらず、案外快適なのも納得出来る。




 「……あの魔術を覚えさせた私と珍しく気が利いたジィルトに感謝しなくてはね」




 神妙に腕を組むアリアンナを見て、サーシャを出手伝おうとしたミシェルがまたも笑い声を上げ、苦笑したサーシャも着付けの続きに戻るのだった。


アリアンナが支度を終え、隣の応接間で待っていると、初めからアリアンナの用意が出来次第ということだったのであろう、程なくしてデルヴォークの到着が告げられた。


 デルヴォーク本人とともに、夕食になる軽食も用意されていく。


 食事が終わるまで、デルヴォークへ誘拐の内容を報告したり、この二日間の王城の動きなどを教えて貰っての夕食となった。


 食後のお茶を頂く段になり、デルヴォークがサーシャ達を下がらせた。


 アリアンナの部屋は応接間を真ん中に左翼に衣裳部屋、右翼に侍女の部屋が用意されている。だから、何かまた用事があればすぐに呼べる距離だ。


 二人が部屋からいなくなるのを待って、デルヴォークが話を切り出した。


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