第33話

 ノックの音にミシェルが対応に出ると、そこには侍女を連れたエマ・ウィラットが立っていた。




 何事かと思えば、先日アリアンナが寝込んだ具合を心配してお見舞いに来たと言うのだ。


 寝込んだ日から結構経ってはいて、今更感は否めないが折角来てくれたのだし、もてなしもせず返すことは出来ないのでお茶でもと招き入れる。




 くだけて話してみればエマは話相手として最高だった。


 先の茶会より会話は弾み、主にお互いの領地での話にもなる。


 その上、お互いの領地が近い地域なせいかアリアンナの地元の収穫祭の話をすれば、もしかしたらすれ違っていたのかもとお互いの侍女たちも巻き込んで盛り上がった。


 そしてエマから「実はアリアンナ様に一度どうしてもお会いしたかった!」と詰め寄られて、アリアンナへの熱い情熱を語るのを聞くことになった。




 (前に来られた時に熱心に見られていたのは偶然じゃなかったのね)




 エマからの話は、何でも小さい頃から親から見習うべき淑女の代表として名が挙がっていたそうで、常に意識して生きてきたというのだ。


 ただ、近いのにも関わらず領地でアリアンナを見たことがなく、夜会に出ても見掛けることはなかったので、是非とも今回会ってみたかったと。


 だから今回の登城は花嫁になりに来たのではなく、憧れのアリアンナを見るために受けたという徹底ぶりだ。




 ……憧れを追い求めるというより珍しいもの見たさにも思えるわね




 可愛らしい見掛けによらないエマの鼻息に、若干笑顔が引きつるのを隠さないアリアンナ。




 「でもお妃候補に選出されてしまったら如何するおつもりだったの?」


 「そこは大丈夫です!アリアンナ様がいらっしゃるなら爵位の上位の方が選ばれることになるでしょうし、もし選ばれてもお断りしますから」


 「?!」




 なんと?


 今エマから言われた言葉に驚く。


 アリアンナですら断れない令状だったからこそ今この場に居て、妃候補の本命になって断るとか先程から地をみせているのか初対面の時の印象はどこへやら、人形のように可愛らしい姿であるのに、はきはきとした物言いに度胸もある。


 そういうアリアンナも王立魔術学院がお目当てなのだし、お妃候補などなるつもりはないが、もしも万が一にも選ばれようなら謹んで受けるものだと思っていた。


 いや、思い込んでいただけでこうして断ると胸を張って言うエマを見ると、なるほど選ばれない努力も必要だが、断ってもいいのかと思える。


 エマの断る理由も気になる。




 「お断りになるって……どんな理由をつけるおつもり?」


 「そうですね~…『私には身に余る立場ですので辞退申し上げます』です」




 なるほど、身分を上手く使った躱し方だ。


 多分だが、エマの辞退の理由はお妃候補戦線離脱を成功に導くだろう。


 では自分にはどんな理由がいいか……と考え込むが、ふと自分とジェネスの一騎打ちの様にも思えてきて、何となくどっと疲れが沸く。


 そして、デルヴォークが今回は誰も選ばないということもあるのではという考えが浮かび、ちくりと胸が痛む。




 「でも、ウィラット伯爵はそうは考えていないかもしれないでしょう?」


 「その辺も大丈夫です。私に妃なんて務まるわけがないって一番分かっているのはお父様たちですから。この参加も私が希望したってこともありますが、滞在費など全て王家持ちなので、心苦しくとも有難く都の生活を満喫しようと、期間限定の旅行と家族で思っています」




 慎ましく笑ってはいるが、内容は過激そのものだ。エマだけでなく両親もとは……


 王陛下への謁見の折に見掛けたエマの父親をアリアンナは思い出す。


 確か、挨拶の時にいた父親も娘同様、ふんわりとした雰囲気だったような気がするが……




 (本当に見掛けに騙されることなかれ、ですわ)




 しかし自信満々で話しているエマは本当にアリアンナに会いにしか来てないのだと思える。


 エマを見れば、一通りアリアンナとの会話を終えた解放感からか、口の中へ少々多めにお菓子を含んで、侍女から注意を受けている。


 その姿は最初に感じた人形に様に見える姿より生き生きとしていて(多少の自分への難はあるが)これからあと三か月ほどある王城生活は仲良くやっていけそうだと思う。




 そんな風に楽しい時を過ごしていると、またノックをする音がした。


 立っていたのは届係ではなく侍従でやはり届け物があるという。それも一人ではない。


 ミシェルが部屋のなかへ促すと、侍従たちは同じ包装をされた大きな箱を一人一つ持って入って来る。


 ミシェルに言われた机に三人は包みを置く。


 その内一人が前に出て来てアリアンナへ宛名のカードを渡す。


 カードを開くと 【 アリアンナ・キャセラック 様 】 となっているので、この部屋への配達物に違いないが、アリアンナにしろサーシャにしろ覚えがない。


 疑問は多いに湧くがとりあえず、侍従たちに受け取りの礼を告げ労う。


 三人が部屋を後にし、アリアンナ、サーシャ、ミシェルの三人で顔を見合わせるが、やはり心当たりがない。


 するとエマが「開けてみたら如何ですか?」というので、それもそうだとエマに断り、箱の開封をする。


 白くて大きな箱にはサテンの濃いグリーンに金縁のリボンが掛かっている。




 「……これって!」




 アリアンナは箱の蓋を開けて息を飲んだ。


 サーシャも目を見張っている。


 箱から出て来たのは登城前にベルタンの店で注文しておいたアリアンナの王立魔術学院の制服であった。


 制服の上にはまたも濃いグリーンに金色が縁取られたカードが添えられている。






 ─── 貴女の入学に幸あらんことを






                 デル・ヒースリッジ








 アリアンナは名前を見ても記憶にない。


 サーシャに聞いてみても首を傾げている。


 仕方がないのでその場にいた全員で考え込んだ。




 ただ、アリアンナはデルヴォークに頼んだ自覚があった。


 もしかしたら、誰か別の人に頼むか偽名か?と考えていると、皆それぞれ記憶を辿るように話している中で、ただ一人エマだけは小さな声でヒースリッジ、ヒースリッジと呪文のように唱えている。




 「……!ヒースリッジ伯爵様ですわ!」




 急に大きな声でエマが送り主の名を叫ぶが、だからそれは誰だ?という顔で全員がエマを見る。




 「デルヴォーク殿下の伯爵名ですわ!」




 エマが一番に思い出したことを誇らしく言い切る。


 急にそう告げられてもデルヴォークとヒースリッジの名が同等にならないが、だからこそデルヴォークを指す名として知られていないこの名をつかったのだろうが、前回同様、アリアンナお妃計画班二人に雷が落ちる。


 エマ達には当然見えていないだろう。


 だがアリアンナには見えた。


 サーシャは感動で打ち震えているし、ミシェルの周りにはピンクのハートが散っているのだから。


 勿論アリアンナもデルヴォークの名の衝撃に耐え、持っていたグリーンのカードを真っ二つに破っていた。

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