第28話

 城下町の外れにある飲み屋の二階に、黒づくめの男二人と貴族風の男が酒杯を空けている。


 三人は隅に陣取り、周りの喧騒に紛れているが、あくまで周囲に溶け込んでいるだけで、剣呑な空気も醸し出している。




 「予定通りに依頼をしたい」


 「……」


 「サンディーノを使って得た情報は俺の依頼主に流れるから、元ネタの信用はしていい」


 「……」


 「相手はあのキャセラックだ。万が一にも失敗は許されないからな」




 貴族風の男だけが一方的に話すと、何事か殴り書きされた紙を男の一人に渡す。


 男達は一言も話さないまま、席を立つ。


 男たちは別々に店を後にした。




 店の中は男達が去った後もまるで始めから居なかったかのように、変わらぬ喧騒の中にあった。












──────────────────










 勢いよく帳を開け、外の光を部屋に入れる。


 今朝も日に日に秋は濃くなっているが、朝もやから差し込む朝日がなんとも美しい。


 こうして寝着一枚では寒いくらいだ。


 昨日は認めたくはないが知恵熱というものを出したらしく、ほとんど一日寝て過ごしてしまった。


 けれど、今朝は寝起きからすっきりとした快調さを感じ身が軽い。




 体を動かしたい。




 唐突にそう思うと、王城に来てからというもの何とはなしに落ち着かなかった為、用がある以外は部屋から出ずにいたから、今日は王城内で行ったことのない場所へ行こうかと考える。


 デルヴォークとのことは、自分が成したいことを考え周りの思惑に飲まれないようにしなければと思う。


 昨夜、デルヴォークには候補者として残る意思を伝えてしまったが、早まった感が否めない。


 万が一、自分が妃候補に選ばれたら……絶対に魔術が使える生活にはならないだろう。


 だが他にも候補の令嬢はいるし、自分は大いなる失態を見せ続けているから落選の可能性はまだある。


 いや、今回だけで妃が決まるわけではないかもしれない。




 望みは捨てずに、お父様でも修復出来ない見事な落選を勝ち得なければ!




 アリアンナは名門侯爵家の、貴族の考え方が分かるが王家の決め事は知らぬのだから余計な心配をせず、王立魔術学院への入学の準備を再開させて思考を魔術に集中しよう。




 (だいたい、殿下の妃になるかもしれないだなんて考えない方が得だわ)




 いつかはキャセラック家から嫁ぐ未来は、侯爵家としての務めだから当たり前のこととして生きてきても、今更、王家になんてことは今回の話でもなければ、夢にも思っていなかったことだ。




 ただ……


 アリアンナが全く知らなかった殿下は、噂通りの美丈夫で若くとも風格を兼ね備えた人だった。


 それが会って、話し、二人の時間を過ごせば、近寄りがたい雰囲気も意外に微笑む姿も、一緒にいることに気負いがなくいられる人だとも分かった。


 知ったデルヴォークは……




 あまり考えていても仕方がないので、考えるのをやめる。


 朝食を摂ったら思い切って、王立魔術学院にでも行ってみようかと思うが同時に制服のことを思い出し、デルヴォークとの約束を思い出す。


 また同じ悩みに落ちそうになったので、少し大きな声でサーシャ達を呼ぶ。




 まずは着替え。


 落ち着いた色合いの衣装より少し華やかなものに。


 美味しい朝食。


 何が出るか支度をしながらサーシャ達に聞こう。何なら好きな果物を追加で頼むのもいい。


 天気は出掛けるのに良好。


 グズグズ悩んでいるのは性に合わない。




 アリアンナの声に答え、入室してきたサーシャ達の賑やかな声に元気を貰えるような気がした。


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