第27話
翌日、アリアンナは熱を出した。
肌寒い部屋で薄着で起きていたからか、デルヴォークの去った後も暫くバルコニーに居たからか、それとも夢のような出来事に眠れず現実との帳尻で熱となったのかは分からないが。
普段よりも朝日が部屋に差し込む光が眩しく映る。
そしてもう一つ。
サーシャとミシェルにデルヴォークの深夜の訪問が知れるところになった。
アリアンナが寝る前に水差しにそのまま挿しておいたからだ。
良くも悪くも主思いの察しのいい二人は、薔薇と丁寧に置かれたデルヴォークの瞳の色と同じ金のリボンを見つけ、熱で浮かされているアリアンナを問い詰める作業を忘れなかった。
なぜならそのリボンの色が問題だからだ。
この国では好む異性に自分の色を贈る習慣がある。
代表的なものは髪や目の色だ。
だから二人はアリアンナとデルヴォークの話を詳細に聞きたがったのだ。
アリアンナからすればあの殿下がそれと知って薔薇に添えたかどうかなど疑わしい。
ただ身近にあったリボンが殿下のお色だったから、というか王家の人々は皆この色を使うわけだから王家のリボンと思えば至極当たり前のような気がする。
それでも二人はアリアンナの話を聞きながら、手を休めることなくアリアンナの身の回りの世話をし、部屋の掃除などもこなしていく。
勿論相槌は矢継ぎ早に質問形式でアリアンナに返し、ミシェルは黄色い悲鳴とデルヴォークへの称賛も忘れない。
そして二人は話を全て聞き終えると、声にならない悲鳴を上げて、腕相撲よろしく手を組んで何事かへの勝利を喜んでいた。
サーシャに至っては、感涙で泣き崩れていた。
ただ、薔薇に付いていたカードのことは言わずにおいた。
デルヴォークの直筆であろう字は、意外に整っていて昨夜の生真面目さを思わせる。
────── 今日はすまなかった
明日は良い一日を
とだけ。
隣で騒ぐ二人を諫めるには少し気力がまわらない。
閉じた瞳に腕を乗せ、日差しを避ければ瞼の裏にカードの文字が思い出される。
デルヴォークからの自分に向けられた優しい気遣いが嬉しい。
決して侍女たちが騒ぐようなことにはならない予定だが……、このままデルヴォークを好ましく思う気持ちを引き締めなければならないような気がする。
あくまで自分は魔術の勉強に来たので、デルヴォークの花嫁になりに来たわけではない。
どんなにデルヴォークが素敵でも些細な弾みで結婚に至ってしまう。
妃教育なぞには興味もないし、それだけは避けねば。
サーシャ達はまるで私が妃に決まったかのように喜んでいるけれど、他にも候補の令嬢がいるのだし、私だけが特別なわけではないのだから。
熱にうかされた瞼の裏に、困ったような顔で微笑むデルヴォークが浮かぶ。
頭では分かっているし、理解もしているが、昨夜の気持ちがアリアンナの決意を小さく揺らしているのだ。
アリアンナの吐息が熱を帯びて吐かれる。
こんな頭ではまとまるものもまとまらないわね……
考えたいような……考えたくないような……
騒いでいてもちゃんと仕事をしている二人に、着替えさせられ水分補給とすこしだけ果物を口に入れる。それだけで随分さっぱりと落ち着く。
部屋の帳を引いてもらい、室内が薄暗くなると眠気が襲ってきた。
薔薇のお礼も熱が引いたら考えようと思う。
頂いたリボンと同じものに私の瞳の色の糸で殿下のお名前を刺繍したものを差し上げたら……
その考えも途中で睡魔に負ける。
「 ね・ちゃ・い・ま・し・た・ね 」
アリアンナの枕元にいたミシェルが眠ったことに気付いて、サーシャに小声で教え、それに頷きだけを返し、サーシャもまた手振りだけでミシェルに退室を伝える。
さっきまでの賑やかな気配を消し、二人は静かに部屋を後にした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます