第32話 新人冒険者、見破る。

 それは早朝のことだった。

 《不死の軍勢》のメンテナンスを終えたローグ達が冒険者街に赴くと、そこには異様な雰囲気が漂っていた。

 ミニマム化して、ローグの肩に貼り付いているニーズヘッグ、イネスと共に冒険者街の象徴――《アスカロン》の前に妙な人だかりが出来ていたのだ。

 人混みを分けてアスカロン敷地内に脚を踏み入れると、そこはまるで野戦病院さながらの状況だった。


「し、ししょー! 大変です! た、大変なんです! いくら治療しても治療しても、次から次へと重傷者が――!」


 ベッドも足りずに床に転がされている冒険者達の側で献身的に回復魔法をかけ続けるのはミカエラ。

 翡翠の美しい髪が頬に貼り付いていた。


「カルム! 冷たい水を組んできて! 受付嬢さんは倉庫からありったけのタオルとポーションを!」


「――はッ!」


「も、もうポーションの残量も20個ほどしかありません! 近頃の物資不足も相まって、供給量も少ないですし、何より集中治療室に運ばれた回復術師さん達にほとんどが使われています……!」


「完全なポーションでなくても構いません! ポーションはバケツに移して水を注いで、薄めてから使います! 魔力回復薬MPポーションは!?」


「そ、そんな高い代物1つしかありませんよ!?」


「あるなら、MPポーションはミカエラさんに! ありったけ……! とにかく、全員死なせないで下さいッ!」


 重たい銀鎧を脱ぎ捨てて、床に広がる冒険者達の血が身体に付着していてもなお、関係無しにと士気を取っていたのは、カルファだった。


 ついこの間まで団らんの雰囲気に満ちていた『アスカロン』がたった一日で早変わりしている。

 そんな様子に流石にイネスやニーズヘッグが押し黙ってしまう。


「そ、そこのお三方! 手が空いているのなら手伝って下さい!」


 受付嬢の焦る怒号にローグが頷くと同時に、イネスやニーズヘッグもギルドの奥についていく。

 事の様子を訝しむローグに、「う、動かないで下さい!」とミカエラが静止している一つの影が話しかけた。


「よぅ……ローグ。っはは。久々の夜任務かと思やこの有様だ」


「あ、あはは、ってて……。俺たちでも、軽い方なんだけどね」


「ぐ、グランさん、ラグルドさん!」


 Bランクのパーティーリーダーが2人揃って、アスカロン前の固い土の上に寝そべっている。

 所々流血している上に、切り傷も相当深い。

 だが、それ以上に不可解なのはそれぞれに凍傷、火傷などの外傷や、止血しても失血が続く状況など明らかに、どこかしら『魔法』の存在が窺えることだ。

 俊敏性を持ち、毒塗り小刀で相手を斬るゴブリンや戦斧を振るうミノタウロス、鈍い動きながらも怪力を振るって戦闘するオークなどの獣人型低級魔物は、刀傷や打撲傷が主となるのにも関わらず、だ。


「むしろ、俺なんかはどーだっていい。むしろやべーのはギルドん中行った回復術師ヒーラーだ。班員さえ守れなくって、何が冒険者だってんだ」


 ラグルドよりも重症性の高いグランは、握り込んだ拳を地面に叩き付けた。


「いいから、今は休んでください! 中の回復術師ヒーラーさん達は、必ず救けますから……!」


 荒ぶるグランを差し押さえて治療するミカエラ。


「……おはようございます、ローグさん」


 額の汗を拭って、カルファがローグの隣に立つ。

 うめき声をあげるギルド所属冒険者達を横目に、グラン達に気付いたカルファは呟いた。


「グランさん、ラグルドさん、意識、戻されたんですね! 良かった……! も、申し訳ないのですが状況を詳しくお願いします!」


 ラグルドはゆっくりと、確認するかのように言う。


「カルファ様、ありがとうございます。昨夜の夕方から夜にかけて、皇国王都近縁に多数の亜人出現が確認されました。等級はおおよそDランク相当です」


「Dランク? それでラグルドさん達がこんな目に?」


「俺が確認した所では……確かアスカロン所属全12チームが出撃していたと思います」


「12チーム、ですか。それはそれで……昨今の魔物出現の中でもかなり異色に思えますね」


 カルファが腕を組んで考えると、グランは「異色どころじゃねーだろ」と唇を尖らせた。


「任務内容ん所にゃ、『どっからともなく湧き出てきた』って文言ばっかだ。1つや2つ、気付かなくて侵入を許した所はあるだろう。だが、任務全部でそれがまかり通ってんのはどう考えても頭おかしいだろ。それにどのチームも回復術師ヒーラーが致命傷を負って、ギルド内部の集中治療室で治療を受けてんだ」


回復術師ヒーラーを戦闘不能にしておけば、パーティーが瓦解することを低級魔物が理解してたってことですか……」


「だろうな。Dランクの魔物がそこまでの知性を持ち合わせているとは思えないが、状況を見るとそう判断せざるを得んね。どっから拾ったか分かんねぇが、魔法具なんて贅沢なモンも使ってりゃ、ランクも一気に跳ね上がるだろうよ」


 ――魔法具。

 それは本来、魔法術師が補助具の役割で使う魔法力を使用した武具の総称を言う。

 サルディア皇国においてはポーションよりも高価なものとして扱われており、決して低級魔物程度が持てるようなものではないはずのものだった。


「よりによって、こんな時に――ッ! どこからともなく、ともすれば皇国兵を王都各地に配備強化するしかない……? かといって戦力消失した皇国兵を宛がう訳にもいきませんし……なにより、ルシエラ様の護衛を減らすのは絶対に……!!」


 頭を抱えるカルファだが、ローグは「どこからともなく湧き出てきた……?」と、ふと思考を巡らせていた。


「イネス、お前、確か転移魔法使えたっけ?」


 ローグの言葉に、ポーション瓶をいくつも抱えたイネスが「はっ」とすぐさまローグの方に向き直る。


「転移魔方陣を点、そこを流れる魔法力を線として移動するだけの下級魔法ですね。それならば遙か昔に習得しております」


「……下級? あれって、確かSランク相当の……」


 カルファが本気のはてなを浮かべるが、ローグは続ける。


「んじゃ、その転移魔法は本人以外の他者でも介入は可能だろうか?」


「基本的には不可能です。転移魔法は、転移魔方陣を点とし、最低2カ所に設置することによって成り立ちます。転移魔方陣間には人が瞬間ワープ出来る程度の魔法力の線――例えるならトンネルのようなものを形成させる分の魔法力が必要になりますから。魔法力は人それぞれで性質も種類も大きく違うので、一般的には拒絶反応を起こしてしまうことから、転移魔法は個人でしか扱えないのです。とはいえ、無害な魔法力でトンネル全体をコーティングすれば不可能でもないですが、理論上の話でしかありませんね」


「理論上の話は……ねぇ」


 ぴかんと何かがひらめいたローグは手をぽんと叩く。


「ん、ありがとう。鑑定士さん、ミカエラ。この場は任せた。イネス、ニーズヘッグ、支度してくれ」


「も、元よりそのつもりですが……!」


「了解です、ししょー!」


「仰せのままに。目的地はどう致しましょう」


『なーんかまたアホなことを思いついたのか、ウチの主は?』


 一同の反応を見たローグは暢気な顔で天井を指さし、言った。


「空行くぞ。一度この国をじっくり見てみよう」


 緊迫した状況での、あまりの暢気さには、流石のイネスとニーズヘッグも口をあんぐり開けるほかなかったのだった。

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