第31話 死霊術師、戦力を確認する。

 ――同日深夜、サルディア皇国のとある湿地帯に、薄暗い影が数千、整列していた。。


「お帰りなさいませ、ローグ様」


『む、帰ってきたか主よ。して、ミカエラの奴はどこだ?』


「ただいま、イネス、ニーズヘッグ。っつーか、こんな深夜帯にあんな子供ここまで連れてこられる訳ないだろ?」


『……そうか、それもそうだな』


「今は鑑定士さんと一緒にルシエラ皇太子の所に行ってもらってるよ。どうも、ルシエラ皇太子とミカエラの2人、気が合うみたいでさ。こんな所を見せるよりはいいだろーよ」


 巨体を地面に寝かせ、露骨にがっかりした様子をしているニーズヘッグ。

 夜の風が吹き抜ける中で、イネスはローグの前で後ろを振り返った。

 ローグ達の目の前に広がるのは、《不死の軍勢》。戦場跡を駆け回り、《蘇生術》を施して自らの駒にしたゾンビ・スケルトンの軍団が列を連ねている。

 

 イネスは、手元に展開させた《死霊術師・傀儡》の電子表をローグの前に差し出した。

 同時に、本来のローグのステータス表示も行われ、そこには《死霊術師・主》と主従の関係を現す細い糸のようなものが繋がっているように表示されている。


「残存戦力は3648。先の対亜人野戦によって、全戦力の6%の消失が確認されています」


 淡々と事実を連ねるイネスに、ローグは「なるほどね」と腕を軽く組んだ。


「行方不明、身体の腐敗、部位欠損などの諸症状のある闘えない者、総じて《死霊術師の蘇生術》が解除されている者ははこちら側で選別・処分致しました」


『いつも通り我の龍・火混合属性の魔法で焼却させておいたぞ』


「その件ですが、ローグ様。最後に《死霊術師の蘇生術》を行使して2年が経っています。現在、小規模紛争が起こっているバルラ帝国南西部では、有力な魔法術師達の戦死も多数報告されています。上手く行けば、6%以上の戦力補充を行えるかもしれません」


『なんだ? あの国はまた落ち着かないのか、相変わらず忙しないことだ』


「領土が大きいからと言って、資源が豊富な所でもありませんからね。それよりも今、かの帝国が厄介なのが――ろ、ローグ……様? どこか、体調が優れないのですか……? お、お熱ですか!? 夜風が身体に障りましたか……!!??」


 イネスがステータス表とにらめっこしつつローグを振り返る。


 ――ローグさん、カルファ。あの男には用心してください。


 ギルド連合会議直後、ルシエラは机の上に2枚のカードを伏せた。


 ――ピエロに、悪魔……ですか。


 カルファが不可思議そうに呟く中で、ルシエラはため息交じりに言う。

 明後日に控える新皇王の即位。

 その日、ルシエラはサルディア皇国の新たな王になる。

 それと同時に前皇王ナッド・サルディアの崩御も正式に公表するなど、異例尽くしの神事になる。


 ――もしかすると明後日、私は殺されるかもしれません。


 脈絡もなくそう話したルシエラの姿が、ローグの頭の裏にいつまでも焼き付いていた。

 どこか虚ろな表情で、湿地帯の仮初めの玉座に退屈そうに座るローグはぽつり、呟いた。


「戦力なら、そろそろここらでも手に入るんじゃないかな」


「……はぁ」


 要領を得ないローグの言に不可解に思うイネスだったが、ニーズヘッグは自嘲気味に笑う。


『戦力の残存が確認されたのなら、我からも報告だ。主の現状も把握しているつもりではあるが、おおよそ北の方角に、淀んだ魔力の集合体反応が接近中だ。現在は山脈付近に止まっているようだがこの国に入るのも時間の問題だろう』


「気になることとして、私からも一つ。ローグ様がカルファ・シュネーヴル達との談合中にギルド『アスカロン』の方に大量の亜人出現の依頼が届いている模様です。グラン・カルマ、ラグルド・サイフォン共に早朝からの出撃を余儀なくされている状況ですが……どのクエストもDクラス級と、そこまで難を要するものでもなさそうです」


「北からも内部からも、亜人出現ってことか」


「どうも、出現範囲も狭く、本来ならば存在しない地域からの出現とのことで対処に時間と戦力を取られている様子です」


『……なんだか、聞いてる限りだとこの国はどうもチグハグ・・・・しているな。主よ、いっそ活動拠点を変えてみればいいではないか。もうこの国に縛られ続ける必要もあるまい。また放浪生活を続けるのも悪くないのではないか? くははははは』


 茶化すニーズヘッグだったが、イネスもその案には否定的でないようだった。


「私も、ニーズヘッグの案に反対ではありません。ローグ様が大切にしておいでの戦力を投じてまでこの国に尽くすことはありません。カルファ・シュネーヴルへの義理も充分果たしているはずです」


 2人の説得に苦笑いを隠せないローグは、「昔の俺ならそうしてたかもな」と前置きした上で小さく話す。


「ラグルドさんに、グランさん。ミカエラだって、ルシエラ皇太子だって、みんな鑑定士さんが繋げてくれた仲だ。割と俺はこの国が嫌いじゃないから――滅亡する所・・・・・なんて、見たくないんだよ。もう二度も居場所失うなんて、耐えられないだろうしさ」


 ローグの目からしても、この国は危機に瀕していることは明らかだった。

 人魔大戦も終結し、各国が再建に走り回る中で明らかに国力が低いサルディア皇国にはもう後がないにも等しい現状で、ただ1人奔走していたのがカルファだった。


「昔は守れる力がなかった。追い出されはしたけど、やっぱり故郷の孤児院が侵略されてた時に何も出来なかったのは悔しかったんだ。けど、今なら守れる範囲も広い。理由なんて、そんなもんだろ」


『主がそう言うのであれば、我等は付き従うのみだな』


「ローグ様が守りたいものは、私たちが守りたいものと同義です。ローグ様はお優しすぎるのが唯一の弱点なのかもしれませんね」


 寄り添うようにローグの肩に額を当てたイネスの頬は、仄かに紅潮していた。

 辺境の孤児院で静かに暮らしていた頃の二の舞は踏むまいと。

 新たな居場所が出来たのならば、今度こそ、平穏無事に仲間と一緒に楽しく暮らしていくために。


 《不死の軍勢》を前にして夜空を眺めながら固く誓ったのも束の間。


 突如として事態が急変したのは次の日だった。


 ――サルディア皇国内で、深夜の亜人族討伐に赴いた冒険者ギルド『アスカロン』の冒険者達が全滅した。


 早朝、ローグの耳に飛び込んできた情報は、時を同じくしてサルディア皇国全土に知れ渡っていった。

 国家機密的に進むルシエラ・サルディアの即位式が迫った前日の出来事だけに、大聖堂内部にも大きな波紋が広がっていた。

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