第27話 新人冒険者、帰還する。
『私は酔って、新人冒険者さんの命を危険に晒した愚か者です』
そんなプラカードを首から下げて、今にも泣きそうな顔で空のエール瓶を持ち運んでいるのは受付嬢だ。
ギルド『アスカロン』には、普段とは全く違う空気が流れている。
いつもは思い思いにエールを呑んで、鉄と汗と獣の匂いを入り交じらせてギルド館内を歩いている武骨な冒険者達が、何やら真剣深そうにギルド掲示板に貼られた任務用紙とにらめっこをしている。
任務を受ける体裁を整えているだけなのは明白だ。
受付嬢はカチコチ固まりながらギルド館内を忙しなく動く。
艶やかな黒髪と装飾品に彩られた派手な服装が、今だけはとてつもなく邪魔に思えて仕方が無かった。
朝は酒に溺れて真っ青だった顔が、今は不安と絶望で真っ青になっている。
いつも以上にそわそわが隠しきれない受付嬢は、ビクビクしながら黄金色のエールをテーブルに置いた。
「おぉ、冒険者街のエールってのはこんな色をしているのですな。大聖堂付近、貴族街のエールはどうも上品に取り繕ったような嗜好品ってのばかりで味も薄い。俺みたいな根っからの下町育ちからすると、
「私はエールは嗜みません。お気遣いなさらず。これから成長期に差し掛かる皇太子殿下にお会いする際に、判断を誤るのは持っての外ですから」
「ですよね。職務中の酒など言語道断ですよね。……すまない、受付嬢。この残り、そこらの冒険者にでも渡しておいてやってくれ」
「は、はぁ……」
「と、ところでカルファ様。
「もう少し声を落としなさい。周りの者に聞かれるのは得策ではありません。先ほど私の方にもギルド連合からの伝書鳩が届きました。今頃、各国の首脳陣達にも同様の書類が届けられていることでしょう」
そう言って、武骨でがさつな者が多いギルド『アスカロン』に似つかわしくない、誇り一つ無い銀鎧を纏った美女――カルファ・シュネーヴルはその胸の内ポケットから小さな羊皮紙を取り出した。
「っておいおい、なんで政府のお偉方がこんなむさ苦しい場所にいるんだ?」
「そういえば、随分前になるが、カルムも元は
「ってことは何だ、この中の誰かが中央の正規兵に栄転とかあんのか……!?」
サルディア皇国のナンバー2の突然の登場に、アスカロンの住人達も動揺しっぱなしのようだ。
そんな様子を知ってか知らずか、カルムとカルファは話を続ける。
「なるほど。
「その書状の主を見てみなさい」
カルファは、苛立ちを見せながらトントンと紙の裏面を指さした。
「差出人、バルラ帝国宰相ヴォイド・メルクール。《世界七賢人》の魔法術師ですか」
カルムは、きょとんとその名前を見て「カルファ様の昔のお仲間ではないですか。これが何か?」と呟く。
「……割と状況は深刻なのですよ」
カルファは、受付嬢に差し出されたコップ一杯の水を飲み干した。と同時に、カランと軽快なギルド玄関の鈴の音を鳴らして、一行はやってきた。
「ローグ・クセル、ミカエラ・シークレット並びに指南役ラグルド・サイフォン、グラン・カルマ。全員無事にて帰還しましたー」
ギルド館内に入ってきたのは、先ほどまで『異常発生したスライム討伐』を任されていた新人冒険者とその指南役だった。
「あれ、なんで鑑定士さんがこんなとこに――」
「この度は大変申し訳ありませんでしたぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
ローグがカルファの存在に気付くと同時に、彼らの前に猛スピードで頭を下げに来た受付嬢。
「この度の失態、受付嬢として最悪です。許してもらえなくても当然です。本来ならば冒険者を救う立場にいなくてはならないのにも関わらず、このような体たらく、本当に情けなく、申し訳なく思います……! ですが、皆さん無傷に戻ってこられたということは出くわさなかった、ということなんですね! 本当に、本当に良かった……!」
涙を流してローグの手を握る受付嬢。
だが、グランとラグルドは苦笑しながら答える。
「いやいや、黒・赤・白龍にはちゃんと出くわしましたよ。ね、グランさん?」
「……ナンデスッテ? で、では無事に逃げ切ってこられたとのことですね、本当にすみませんでした! でも、ご無事で本当に良かった! 皆さん怪我がないってことは、奇跡です……ッ!」
「ん? いやいや、ローグが一瞬で3頭
わしゃわしゃとミカエラの頭を撫でるグラン。ミカエラは、誉められて満足そうに「にし~」と屈託のない笑みを浮かべていた。
「……ネムッテモラッタ?」
こうなると、状況が全く分からなくなったのは受付嬢だ。
何せ、報告では冬眠中の3頭龍のレートはおおよそSを遥かに上回る。
頭が完全にショートしてしまった傍らで、ローグはアスカロンの奥の机で神妙そうな面持ちをしているカルファを見つめた。
「お話があります。少し、大聖堂の方まで来ていただいてもよろしいでしょうか」
その横にいるカルムも、表情は深刻そうだ。
「ん、分かった」
ローグは、その雰囲気を察してすぐに頷く。
その手には、伝書鳩が運んできた紙も握られていた。
「ローグさんには、
「会ってもらいたい?」
「はい、ここではあまり言えないので、外の方へ――」
そう言ってカルファがローグを誘導しようとした、その時だった。
「ねーねー、ししょー! グランのおじさんが誉めてくれた! 誉めてくれたんです!」
「お、そりゃ良かったなミカエラ。俺はいまからこの人達とちょっと用があるんで、ここにいてくれ。グランさん、ラグルドさん、お任せして良いですか?」
「応ともよ」「もちろんだ!」
そう、屈託のない笑顔を浮かべるエルフ族のミカエラを見納めたローグは、「んじゃ、行くか」とカルファの方を向いた――――が。
「こ……!?」
カルファは我を忘れて、慌てたようにミカエラの前に跪いた。
「皇太子殿下……! 何故このような所に!?」
「こーたいしでんか?」
当の跪かれたミカエラは、何が起こっているのか分からない、そんな様子でローグを呆然と見つめていたのだった。
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