第26話 新人冒険者、呼び出される。

 ツンツン、ツンツン。


「……ローグさん」


 ツンツン、ツンツン。


「これ、死んじゃってるよね? もう動いたり、しないよね?」


 バルラ帝国の魔法術師が近くにいることを考慮しつつも、ドラゴン3体を1カ所に引きずってきたローグの傍らで、黒龍の巨体をツンツンと指で突っつきながらラグルドは言う。

 もしかしたら動いてしまうかもしれない、と引け腰でドラゴンに触れるラグルド。

 一方グランは、タァンタァンとドラゴンの身体を手の甲で叩きながら笑う。


「ローグのことだから、そこは問題あるまい。きっちり仕留めて解体して、素材も丸ごと剥いでいけば一生遊んで暮らせる分の金は手に入るだろうよ。っはっはっは」


「殺してはいませんよ。側頭部に衝撃与えて、気絶させただけですからね。元々は冬眠の邪魔しちゃった俺たちが悪いですから、ここは元の巣に戻ってもらおうと思って」


「……な、なるほど……」


 グランはペシペシ叩いていた手をすぐさま引っ込め、3頭から静かに距離を取った。

 その影に隠れるようにしていた少女――ミカエラは、せっせとドラゴンの周りを小走りしている。


「どうした? ミカエラ」


「ドラゴンさん、怪我しちゃってますから、ちょっとでも傷を治してあげたらなって……。起きたときに身体が痛いのも、悲しいですから……」


 そう呟きながら、ミカエラが傷ついた場所に触れると同時に打ち傷や擦り傷、切り傷、果ては古傷すらも癒えていく。

 そんな様子に、ラグルドもグランも息を巻くばかりだ。


「エルフが凄いのか、ミカエラちゃんが凄いのか……。国中探してもあんな回復術師ヒーラーは見つからないね」


「あぁ、人間の回復術師とは魔法出力回路が大きく違うのだろう。にしても、龍に流れる龍気に一つも逆らわずに回復の気を送り込めるのは――っつーか人外回復は相当技術が必要だしな」


 ミカエラが回復に奮闘している際にも、ローグは頭にはてなを浮かべていた。


「回復系に関しては全くの門外漢なので分からないんですが、人外って、本来は回復できないものなんでしょうか?」


 ローグが問うと、グランは「ローグにでも出来ないことはあるんだな……」と少し驚き気味になったものの、ミカエラを見て言う。


「回復ってのは、相手の中に流れる気の流れをくみ取って、修正してやるんだ。要は、怪我しちまったらそこの気の流れが淀むから回復術師ヒーラーの魔法力を注いで、その淀みの元に正しく気が行き渡るようにしてやるって感じだな。それはもちろん、種族によっても大きく変わってくるだろうしな。エルフ族は生来からその回復術師ヒーラーの素質を持っていると言われている」


 ラグルドもそれに続く。


「だから俺たちの国は、そのエルフ族に領地と外界からの守護を担保に、ゴボルド地区の森を丸ごと譲渡・契約して回復薬ポーションを精製するようになったんだ。昔はエルフ族ってだけでいろんな国が盗り合い、各地の貴族が思い思いに独り占めしようとしてた。けれども、現サルディア皇国の皇王――アジュカ・サルディア様だけは、広い目でエルフ族を保護する最初の王になった。おかげで冒険者稼業でも、常時ギルドに回復薬ポーションが回るようになったし、人死にも格段に減った。俺たちがこうして安心して冒険者稼業を続けていられるのも、皇王様のおかげだよ」


「最後に見たのは確か、10歳になった皇太子のお披露目会だったっけか。ご尊顔をお隠ししている時点でお披露目会も何もない気がするが、あの場では随分でっぷりと太っていた皇王様にみんな目が行っちまってたしな」


「そっすねぇ! あのままでいると、美味しそうにドラゴンにパクッといかれちゃいそうですもんね」


「ま、そうなりゃそうなったで俺たちが全力でお守りして差し上げれば良いだけの話だ」


「そっすね~」


「なるほど……」


 カルファの普段から愚痴っている愚王と、ラグルドやグランの言う賢王とで大きな差があるようだ。


「ししょー、この3頭のドラゴンさんはどうしましょう?」


 ドラゴン3頭の治療をきっちり終わらせたミカエラがローグの方を振り返る。

 それにつられてラグルドもふと呟く。


「そうだよ、ローグさん。こんな大容量のドラゴンを3頭も巣へ戻すったって、ギルドの応援でも呼ぶのかい? って……あぁ、そういえば、ローグさん、そんな能力持ってましたね……」


 ローグは、鼻息交じりでおおよそ10メートルは大いに越しているであろうドラゴン3頭を片手で鷲づかみ、まるでゴミ箱にモノを入れるかのようにひょいひょいと、空間魔法で生じた見えない袋の中に放り込んでいくのだった。

 グランは、苦笑いを浮かべて言う。


「なぁ、ローグ。そういえば、俺たちも伝承でしか聞いたことはなかったんだが、空間魔法によって形作られたそれ・・の中には生き物も収納できたのか?」


「そうですね、これ、元々イネスから教えて貰った技なんですけど――あいつは確か、武器の収納をメインにやっていたはずです。イネスも最初は魔物とかを入れようとしてたんですけど、武器とか魔法力付与エンチャントを施した無機物以外には拒絶反応起こしてたらしくって……」


「ほぉ、んじゃ、ドラゴン3頭それ入れちゃそれこそまずいじゃねぇか」


「それがですね、何度も何度も自分ごと空間魔法に入れて調節しまくってたら、その内この見えない空間袋も俺のこと拒絶しなくなってきて・・・・・・・・・・、次第に受け入れてくれるようになったんですよねっと、これで大丈夫かな。スライム達も全部焼失させたことですし、ちょっと森に潜ってきますね」


「……なんつーか、やべぇこと聞いた気がするぜ」


 ローグが軽快に、森の中に入っていっていた最中に、ミカエラは空を見て呟いた。


「ねーねー、ラグルドのおじさん。あれは……なんですかね?」


「ん? ……あぁ、ギルドからの伝書鳩だな。鳩を使うってのは、よっぽどの急用ってことでもある。そういえばあの受付嬢、黒白赤龍のことなんざ微塵も言ってなかったからな。職務怠慢でクビが吹っ飛んじまうんじゃねぇか? っはっはっは」


 グランが笑う横で、ラグルドは伝書鳩の足についていた小さな紙を取り出した。


「……龍殺し《ドラゴンスレイヤー》? ……SSSランク? こ、国際ギルド……連合? ……な、何か俺たち下っ端には一生聞くこともなさそうなことが書かれてませんか、これ…!?」


 その小さな紙切れ一枚を読んだグランとラグルドは、書かれていた備考の文を見て、目をまん丸とさせていたのだった――。

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