第18話 新人冒険者、手荒い歓迎を受ける。

 ギルド《アスカロン》の前に戻ったローグ達一行は、その異様さに思わず目を細めていた。


『ふむ、物の見事に人っ子一人おらんな。ラグルドの呼び出しとやらは、誤報だったということか?』


 消灯してしまった《アスカロン》の出窓を見て呟くのはニーズヘッグ。

 未だ傷は癒えておらず、違和感もあるようだがそれを気にする様子もなく辺りをぐるぐると周回する。


「人の気配はあるようです。集団で隠密魔法をかけているので、罠の可能性も考えられますが……」


 イネスは、夜風に揺れる銀のポニーテールを手でいじっていた。


「そして、不自然な流れで何らかの香りが上空に飛んでいっています。ローグ様、如何致しましょう?」


「イネス、ニーズヘッグ。俺はもう、今日この時から、冒険者なんだ。先輩の命令は絶対遵守がマナーだぞ」


 ローグは、少しも迷わずにギルド《アスカロン》の重い木造扉を開いた。

 暗闇に包まれた店内。

 昼間の喧噪が嘘のように静まりかえっている。

 改めて店の内部を見渡してみると、築年数は相当のものなのだろうが、きちんと手入れが行き届いていて清潔さは保たれている。


『主よ、これはもしかすると――』


 ニーズヘッグが苦笑いを浮かべ、イネスが臨戦態勢に入った、その瞬間だった。


 パパパパパパパパンッ!!


 店内の至る所からクラッカーが鳴り響く。


『ローグさん、冒険者試験合格おめでとうございます~!!』


 昼間の受付嬢が先陣を切って、ギルド内に入ってきたローグ達に祝福の言葉を投げかけた。

 店の手前から、火属性魔法による照明が点灯して一気にアスカロンに光が戻る。

 店の中央に置かれたテーブルには、数多く彩られた豪華な食事の数々が並んでいた。

 後ろには、ラグルドをはじめとする《ドレッド・ファイア》やグラン率いる《獅子の心臓レグルス・ハーツ》、その他昼間に少しだけ顔を合わせた冒険者の面々も一様にローグの下に駆け寄り、手洗い祝福の渦の中にローグは巻き込まれる。

 両手にビンを持った屈強な男達が、荒波の中心にいるローグにエールを浴びせかける。

 イネスはその様子について行けずに口をぽかんと開け、ニーズヘッグは『くはははは!』と大笑いをかましていた。


 ラグルドは空になったビンを片手に、イネスの耳元で囁いた。


「安心しな。ギルド《アスカロン》名物、新人歓迎会だよ。ローグさんは、仮にもサルディア皇国アスカロンの冒険者メンバーの一員になったんだから、これくらいの祝福くらいは許してくれると嬉しいかな、っははは!」


 エール掛けに戻ったラグルド。

 ニーズヘッグは、イネスの肩に止まって言う。


『もう少しで、主の顔に泥を塗るところだったな。主のために祝福してくれるとは、なかなかに良い輩ではないか。主のあんなに嬉しそうな姿は、久しぶりやもしれんな』


「……えぇ。少し、寂しくはありますが。ローグ様があのように喜んでいることは、人間に素直に感謝しなくてはなりませんね」


 イネスが、ほっと安心感に胸をなで下ろしていると、立派な黒髭と筋骨隆々とした太い腕でローグの肩を掴んだグランは、自らの座るテーブルの横にローグを置いた。

 ニーズヘッグは受付嬢に差し出されたペット用の皿に乗っている肉に素早くかぶりつく。

 受付嬢から見ても、ニーズヘッグのふんわりぷにぷにした肌の質感は魅力的に思えるようで、触ろうとしても何度も何度も威嚇されては防がれている。

 業を煮やした受付嬢は、頬をぷくっと膨らませてからニーズヘッグを指さした。


「なーんで触らせてくれないんですかー! 少しくらい良いじゃないですか! もふもふさせてくださいよ!」


『人間には邪の気が流れているのでな。それに、触れられても我を満足させられるかどうかは見ただけで分かるのだ。お主はその器ではない』


「だ、だったらあなたにあげたこのお肉も没収ですからね!?」


『…………………………っ…………!』


「なんでそんなに可愛い顔しちゃうんですか! なんでそんな悲しそうな顔しちゃうんですかぁぁぁぁっ!! うわぁぁぁぁっ!! 存分に食べて下さいよぉぉぉぉ!!」


 エールを飲んで出来上がっている受付嬢とニーズヘッグの攻防戦が続いている。

 その傍らでエールのジョッキをローグの手に持たせたグランは、ぺこりと頭を下げながら乾杯をした。


「昼間はすまなかったな、お前の実力を見くびっていた」


 ローグは、グランからの乾杯を快く受けながら笑う。


「いえ、こちらこそ。グランさんが無事で何よりですよ」


 コツンと、ジョッキを交わしあった2人が注がれていたエールを一気飲みしたことを合図として、ギルド《アスカロン》はローグ達を迎えるお祝いムードに包まれた。

 ミニマムニーズヘッグは、机に並べられた数々の肉に貪りつつ。

 イネスは、毅然とした様子でローグの隣で、華麗にエールを進む。

 当のローグは、ここまでの歓迎はほとんど初めてだったようで、酒に酔って気分が暴走し始めているラグルドとグランに両肩を掴まれて、緊張しつつエールをぐびりと飲み干していた。

 順調に出来上がったラグルドは、空のジョッキを受付嬢に渡しながらローグの後ろを見る。


「そういえばローグさん、さっきからローグさん達の後ろにいる子って、誰なんです? 随分と可愛い子ですけど」


「ん?」

「……え?」

『む』


 エール片手にほろ酔い気分になっていたローグも、男冒険者達に口説かれかけて、実力行使で気絶の山を築き上げていたイネスも、ペット用の皿に出された肉を夢中でかっ喰らっていたニーズヘッグですら気付かなかった、その一人の少女。

 

「先ほど、この方々に助けていただきました……。エルフ族のミカエラと言います」


 肩まで伸びた翡翠の髪の毛。

 先ほどとは違い、透き通るほどに美しいものだった。尖った耳や顔は驚くほどに白く、華奢な手足は触れれば壊れてしまいそうなほどだ。

 そんな少女が、ローグと、イネスと、ニーズヘッグにぺこりと頭を下げた。


「荷物持ちでも、雑用係でも何でもします! さっきの戦い、すごくカッコよかったです……! 私を、冒険者パーティーに入れてください!」


 小さな女の子の、大きな決意の声が男ばかりの冒険者ギルド内に響き渡っていた。

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