第9話 新人冒険者、憧れる。

 ――《デラウェア渓谷》第6階層。

 第1階層とは打って変わって、地面は数々の白骨で埋め尽くされている。

 おおよそ25メートルほどの円形になった部屋の壁には、数々の黒い穴が空けられていた。

 ここの階層ボスである筋肉狼マッスルウルフの巣窟である。


「でぇぇやぁぁぁぁっ!!」


 ラグルドは、迫り来る筋肉狼マッスルウルフの爪攻撃を直剣の腹で受け止める。


「魔法術師、援護を頼む!」


「了解しました! 火属性魔法、火弾ファイア・バレット!」


 中衛職の魔法術師が、その手から小さな火の弾を数発打ち込んだ。

 打ち込んだ内の2発が筋肉狼の肩部に着弾すると共に、火を嫌って一度退こうとした所を、ラグルドは見逃さなかった。


「うらぁぁぁッ!!」


 剣先を、筋肉狼マッスルウルフの最も皮膚の薄い顔面に突き立てる。

 動かなくなったBランクの魔物に、「よし!」と拳を掲げるが、直後後方から再度声が上がる。


「ラグルド! 5時の方向から追加で4頭来るよ!」


「十二時の方向からも3頭出現! 魔法術師、狙撃手スナイパー、がこちらを担当します!」


 Cランク冒険者パーティー『ドレッド・ファイア』。

 パーティー構成としては、リーダーで《剣士》職のラグルド・サイフォンを初めとして前衛職にはもう一人、女性の槍使いランサー。そして中衛職には魔法術師、後衛職に狙撃手スナイパーと盾士の5人構成だ。

 お互いが背を任せ合う形で、密に連携を取り合いながら忙しなく動く。

 

 対するのは、Bランク魔物筋肉狼マッスルウルフ

 全身を固い横紋筋で覆われ、身体全身がその筋肉で盛り上がっている。

 その固くバネのような筋肉から繰り出される跳躍力や、腕力。そして強靱な顎はこれまで数々の魔物や冒険者達を屠ってきた。


 壁に空いた黒い穴は、奥の空間で繋がっているためにどこの穴から出てくるか分からない。

 少しでも連携を怠ると、どこかの一角が潰されてしまう可能性も大きい中。


「ラグルド! ポーション渡しとくからさっさと回復しなよ!」


「助かる! 残りはいくらだ!」


「体力回復のポーションが7つ、MP回復ポーションが3つだよ。魔法術師の魔法力限界が来るまでにカタを付けないとね!」


 そんな『ドレッド・ファイア』の戦い振りを、階層階段付近で見守る3人と1頭がいる。


「これが、冒険者の闘い方か……! カッコいい、これはカッコいいな!!」


 ローグが、きらきらとした目でそんな冒険者パーティーの闘い方に見惚れている。

 カルファは、手持ちの書類に目を通しながら、晴れて新人冒険者となったローグに苦笑いを浮かべる。


「ローグさん、大げさですよ……?」


「そんなことはないぞ、鑑定士さん! 背中を合わせて互いが互いをサポートしあう。そして密に連携を取り合って強大な敵に立ち向かう。これぞ冒険者、これぞ仲間の本当の姿って奴なんだからな!」


「で、ですがローグさんにもあの強大な兵力とイネスさん、ニーズヘッグさんという信頼できるお仲間をお持ちではないですか」


 おずおずと、ローグの腕にぴっとりと寄りつくイネスと、ローグの肩ですやすやと寝息を立てるミニマムニーズヘッグを見てカルファは言う。

 そーっと、カルファがニーズヘッグのぷにぷに肌を触ろうとするが、触れようとした瞬間に、敏感にも気付いたニーズヘッグがきらりと白い牙を見せつけている。


「そうだなぁ……」


 ローグが、ニーズヘッグの頭をなでなでとさすると、気持ちよさそうにゴロゴロと喉を鳴らすのを見てカルファは心底落胆していた。


『我は、我の子孫と出会える時が来たならば、少しは気も変わるかもしれんな』


 ニーズヘッグは言う。


『我を邪龍・・などと愚弄し、屠った人間が、我の子孫までにも手を伸ばしていたとなると、主に対しても抑えきれぬものもあるやもしれんな。自由の身になるメリットも出てこよう。くはははは。』


「りゅ、『龍神伝説』のお伽噺を当人から聞く日が来るなんて……」


 喉をゴロゴロ言わせて尻尾をふりながら笑うミニマムニーズヘッグに畏れるしかないカルファだった。


「私は、ニーズヘッグなどとは違い、今でもローグ様を倒すために日々研鑽を続けてますけどね」


 ふと呟いたイネスは、銀のポニーテールをふりふり揺らす。


「いつか私が、ローグ様を超えた時に正式に妻として迎えていただくのです。二人で世界を治めて、二人だけの世界を築き上げましょう……」


「ってことだ、見たか鑑定士さん。首輪しっかり締めとかないと大変なことになるだろう?」


「ローグさん、頑張って下さい……」


「それに、俺は死霊術師ネクロマンサーだったからって、むやみやたらに人を傷つけたこともないし、蘇生させたこいつらが人を傷つけることを断じて許すつもりもないからな」


 遠い方角を見つめて物憂げに呟くローグに、カルファは何も言うことが出来なくなっていた。

 そんな中でも『ドレッド・ファイア』は着実に、1頭ずつ筋肉狼マッスルウルフを片付けているのを見続ける3人。


「ラストだ! 気を抜くんじゃないぞ、みんな!」


「ポーションも後1つ! MPマジックポイント回復ポーションはもうないよ! ここで怪我しても戻るまでは治せないから、覚悟してかかるんだね!」


『――了解!』


 試験も大詰めを迎えようとしていた。

 『ドレッド・ファイア』の足下に転がる筋肉狼マッスルウルフの死体は10と1つ。

 足音からして、あと2頭あたりだろう。

 今の状況からしても、まだパーティー内には自分と余力が残されている。


「こちらの方も、どうやらクリアになりそうですね」


 カルファがパーティーメンバーそれぞれの書類にチェックを入れていく。

 ――と、その瞬間だった。


『――主』


 肩の上で眠っていたニーズヘッグがぴくりと跳ねるようにして宙に浮かぶ。


「ローグ様。第10階層にて何か不穏な空気を感じます」


 ニーズヘッグと、イネスの進言に、ローグは「あぁ、俺も今感じたところだ」と即答する。


「え、え? 第10階層? 何が……何が起こってるんですか……?」


 状況を判断出来ていないカルファは、心配そうに言う。


「分からない。分からないが、下の方に異常が起こってる」


「10階層というと、グランさんですか? 試験中に、何か異変があればすぐさま中止して帰投するのがルールです。試験に落ちることもありませんし、危機管理の優秀なグランさんが、それを怠るとは思えませんが――」


 そんなカルファの焦りように、ローグはすぐさま下の階層へと続く階段に向かっていった.


「イネス、ニーズヘッグ。お前達はここで待機しててくれ。デラウェア渓谷ここは、何かおかしい」


「ちょ、ちょっと、ローグさん!? どこに――!」


「悪いね、鑑定士さん! ウチのは優秀だから、何かあったら頼ってくれ! 俺は10階層に行ってくる!」


 あっという間に姿を消したローグに、カルファは目を丸くする。


「さ、最深階層に突っ走っていく新人冒険者なんて、聞いたことがありませんよ……」

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