第54話 皇太子の妻になる人
セリーナがティアローズと過ごしている間も、皇宮はデルフィナを迎え入れる準備に慌ただしかった。
白の侍女たちはデルフィナの居室に新鮮な花々を生け直したり、彼女の到着より先に次々と届けられる着衣の数々や日用品などを運び入れ、在るべき場所に整えてゆく。
セリーナがティアローズの部屋に昼食後のティーセットを運んでいる最中、にわかに回廊が騒がしさに包まれ、大勢の人間が移動する気配がした。
セリーナは立ち尽くす––––。
国務大臣が先導するその一行は、侍従長をはじめ皇宮の重鎮が続き、更に数名の白の侍女を伴う––––回廊を渡り征くデルフィナの姿を、視線の先に認めたからだ。
(あの方が……)
離れているのでぼんやりとしか姿は見えないが、薄桃色のドレスに身を包んだデルフィナの落ち着いた物腰や優雅な身のこなしが、歩く姿からさえも見て取れる。
(生まれながらのお姫様……なんですね)
帝国皇太子の妻となるのに相応しい、深窓の姫君だ––––……。
セリーナの心が叫ぶ。
途方もない劣等感と、胸の痛みとともに。
⭐︎
侍従長から白の侍女全員に手渡された職務表を丁寧に確認する。いよいよセリーナも、このデルフィナと接する時が来たのだ。
「お一人だけでしたね」
デルフィナの居室『華蝶の間』に向かいながら、白の侍女エリアーナが呟いた。
皇太子妃の候補者は通常二人以上用意される。なのに一人きりとは随分と的を絞り込んだものだ——…
たった一人のデルフィナは、必然的に皇太子の婚約者となるのだから。
エルティーナ・アイリスリン・フォーン王女殿下、十八歳。
帝国に隣接するフォーン王国の第三王女で、豊かで広大な領土を有するこの国と国境が繋がれば、豊富な作物や希少な物資などの流通がスムーズになり帝国にとっては有益でしかない。
ただ第一、第二王女を指し於いて第三王女とは。
一大帝国が選ぶデルフィナにしては格下だ。それとも何らかの事情でもあるのだろうか。
「第三王女にしてカイル殿下のデルフィナに選ばれるなんて幸運だわね。帝国がフォーン国家を取り込むことを求めてないって事かしら……?」
国同士の事情などセリーナにはよくわからない。
どんな形であれ、フォーン王国の王女エルティーナが皇太子カイルの婚約者になる事に違いはないのだから。
——通い慣れたカイルの居室、『獅子の間』への通路。
今後は使用人が通る他はカイルとエルティーナ専用となる。
デルフィナが滞在するのは『華蝶の間』、皇太子の居室『獅子の間』の隣だ。隣と言えども部屋の広さ分の壁を隔ててはいるが、互いに容易に行き来出来る距離が配慮されている。
『獅子の間』の前を通り『華蝶の間』に向かうのは、セリーナにとってはとても辛いことだった。
「このあとすぐ、エルティーナ様は殿下とのご対面だから、私たちがしっかりサポートをして差し上げないと」
「ご到着早々お会いになるのですね……」
この扉の向こう側に
いったいどんな女性なのだろう?セリーナの胸を叩く鼓動がにわかに激しさを増してゆく。
「……準備はいい?ノックするわよ!」
⭐︎
美麗な青い瞳を濡らし、エルティーナが泣いている。
腫れ上がった目元は宮廷に向かう道中もずっと泣いていた事を示すのに十分だった。
王女が国から連れて来た、ただ一人の専属メイド・オフィーリアが寄り添うようにして、王女の背中をさすっている。
「エルティーナ様。皇太子殿下に接見されるためのご準備を、わたくしたち二人がお世話させていただきます」
——ほらっ、お召し物の準備を!
王女の美貌に見惚れていたセリーナに、エリアーナが促す。
「 ぁ……は、はい」
——嫌がっている。
皇太子の、
得体の知れない熱が目の奥から込み上げて来るのを、セリーナは抑える事が出来ない。
だが、わからないでもない、自分だってひどく畏れていたのだ……カイルの事を深く知るまでは。
セリーナは心を奮い立たせ、エルティーナに微笑みかける。
「あのっ……エルティーナ様。カイル殿下はとても素敵な方です……だからどうか、泣かないでください。一度ゆっくりお話をされたら……きっと、わかります」
カイルには幸せになって欲しい。
そして妻になる、エルティーナ姫にも。
セリーナは右手の薬指にはめられたリングの輝きにもう片方の手のひらを重ね、ぎゅっと、握りしめた。
「さあ、もうじき殿下に会えますよっ!私たちがとびきり美しく仕上げて差し上げます……。ドレスはどれがよろしいですか?!オフィーリア様も、着替えのお手伝いをお願いします!」
大丈夫、
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