第16話 病の兆し?!
*
「セリーナの髪、とても綺麗なのに。まとめてしまっては勿体ないですよ?」
アリシアはすっかり体調を取り戻したようだ。
そろそろ休もうかと寝屋の支度をし、セリーナと並んで鏡台に腰をかけ、二人仲良く髪をとかす。
「私のなんて、全然ダメです、真っ直ぐですから……。アリシアのウエーブがかった髪、可愛くて羨ましいです」
「長さもありますし、少し巻いてみたらどうかしら?きっと似合いますよ!」
「アリシアはお洒落ですね。巻いてみるだなんて考えもしませんでしたっ。でも私は……」
——似合うはずがない。
宮廷に来てからはしっかりと食べ、頬も少しふっくらしてきたけれど。
アリシアのように持って生まれたものが何も無いのだから、そんな自分なんかが幾ら頑張ったって仕方がない。
小さい頃から、鏡の中に映る自分の全てが嫌いだった。
この
「……何だか、廊下が騒がしいような?!」
アリシアの言葉に顔を上げる。
互いに顔を見合わせ……セリーナが席を立った。
「ちょっと、見てきますね」
部屋の扉を開けて、覗いてみると——。
廊下の両側にある部屋のそれぞれから外を覗く侍女たちの姿が見え、騒めきと黄色い声が廊下に溢れていて……その先に見える、二人の男性の影。
彼らは野次馬の侍女たちなど気にとめる事なく、堂々と歩いて来る。
(あれは、侍従長様と……)
——バタンッ。慌てて扉を閉める、
「アリシアっ、皇太子様が……!」
使用人の居住階に、皇太子が何のご用だろう?
なんとなく厭な予感がしたのだが、その予感は的中し……数秒後、二人の部屋にノックの音が響いた。
「こんな時間に、部屋にまで来てしまってすまない。今、少しだけ良いだろうか?」
艶のあるその声に、心が不本意にキュンとなる。
「扉を開けなさい。カイル殿下がお見えだ」
侍従長の低い声がそれに続いた。
「やだ、お部屋散らかってない?!私たち、酷い格好っ」
枕を正したり髪をととのえたり。
バタバタ取り乱してみるものの、片付かないものは仕方がない。
「……ど、どうぞお入りになってくださいませ」
二人揃ってきちんと並び、扉口から少し離れたところで待つ。
侍従長が扉を開け、使用人の部屋に入って来た皇太子の凄まじい存在感——。
「皇太子殿下、侍従長様に、ご挨拶申し上げます」
カイルは二人の前に立ち、アリシアとセリーナを順に
彼の視線が氷のように冷たいと感じてしまうのは、瞳の色のせいだろうか?
一瞬、淡いブルーの瞳と目が合って——セリーナの胸がどくんと脈打った。
(今のは、なに?!私の心臓っ、どうかしちゃいましたか……)
「アリシア・レイセル・フォン・デマレは君か。目を覚ましたと侍従長から聞いた。わたしも二日ほど休んでいたから、政務が押してこんな時間になってしまったが……」
二人の侍女は、固唾を呑んでカイルを見上げる。緊張からか、アリシアが身体をこわばらせているのがわかる。
「少しでも早く礼を言いたかった。世話になったな……。君はわたしの命の恩人だ」
青い目を細め、微笑んだカイルがアリシアを見つめている。しっかりと、意思のこもった眼差しで。
「わざわざこんな所まで、それを言いに……?」
アリシアはそれ以上、言葉が続かない。
大きな目からポロポロと涙を
セリーナには、彼女の涙の意味がわかる。
『カイル殿下の瞳は
そう言って、肩を落としていたから。
「なぜ泣くのだ?あの場に君がいてくれたおかげで、わたしはこの通りピンピンしている……」
カイルは微かに微笑んで、アリシアの頭を男性らしい大きな手のひらでくしゃっと撫でた。
その
「君は、わたしとの
その一言に——…
アリシアの涙が、ますます止まらなくなる。
*
「ああっ、緊張しました……。侍従長さまも、いつもながら威圧感はんぱなかったですし」
皇太子が退室し、二人きりに戻った部屋で思い切り伸びをする。
「セリーナ、私……なんだか色々と、吹っ切れました!」
「え………?」
「以前、宮廷侍女としてお城に上がった時に、殿下と他愛のない約束をしたんです。私の能力の事をお尋ねになった、何気ない会話の中でのことでしたけど……そのことを今でも、覚えてくださっていたみたいです」
アリシアは遠い目をする。
「もうそれだけで、私はじゅうぶん……満たされましたし、気持ちが救われました。何だかもうスッキリ!爽快な気分です」
「カイル殿下とは、どんなお約束を?」
「もしもの時はこの私が全力で殿下をお守りします!って豪語しちゃって。可笑しいでしょう?!あの時は私、まだ十七歳の子どもでしたし、ひどく緊張してたのでしょうね。私の能力は治癒ですから、実際には守るのではなくて『治す』ですけれど……。その約束を、ようやく果たせました」
「それで殿下は、あんな言葉を……」
「もう何年も前のことですし、毎年大勢の侍女が入れ替わるのに。覚えていてくださったんです」
アリシアの幸せそうな笑顔を見て、セリーナも自分の事のように嬉しくなる。
「わざわざお礼を言いに来られたり……。単に冷たくて怖くて、
能力の強さを認めたと言っても、セリーナにとってカイルは女性を泣かせる「悪行の主」に変わりはない。
「セリーナは、何か勘違いを。殿下はあなたが思っているような方ではないですよ?宵のお仕事ではあんな感じですけど、あれは往年来続く伝統?みたいなものですから……殿下も私たちと同じで、責務として割り切っておられるのだと思います」
「そんなものでしょうか……」
伝統だか何だかは、よくわからないけれど。
お互いに義務でしかないのなら、いっその事こと無くしてしまえばいいのに。
そんなセリーナの想いを察したのか、
「皇族の皇子に施される帝王学の一つとして在るものなので、突然にやめるわけにもいかないのでしょうね。カイル殿下は割り切っておられますけど、歴代の皇族の中にはそれにどっぷりハマる方もおられたでしょう——『禁忌』を犯した御方も、恐らく数多く…….。帝国は妾とその嫡子の存在を認めていないので、懐妊の結果、口封じに殺されてしまった侍女もいたとか」
(禁忌を、犯す……?)
「とにかく殿下が、そっちのタイプじゃなくて良かったです……」
「何だか話が変な方向に行っちゃいましたね!明日も早いですし、そろそろ休みましょう」
*
まだ体力が完全に回復していないのだろう。
アリシアは寝具に入ってすぐに、幸せそうな顔で眠りに就いた。
いつまでも寝付けないセリーナはキャビネットに行き、アムレットを少しだけグラスに注ぐ。
(そういえば、私……明日ですよ?!お当番……)
眠りぎわに、ますます眠れなくなることを思い出してしまった。
宵の業務の事を考えるとセリーナの心はにわかに騒つき、落ち着かなくなる。
ただいつもと違うのは、心が苦しいこと。
胸がぎゅうっと締め付けられること。
(この感じは、一体何でしょう。胸の病気……?!)
そう思った瞬間。
むくむく……ずるん!
「……えっ……これ、ナニ?!」
セリーナの手のひらにわさっと乗っかっているのは、
———か、髪の毛っ!?
たっぷりと長く、艶やかなシルバーブロンド。
サラサラと流れるような美しい髪の毛先が、腰元に揺れていた。
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