第2話 硝子瓶(ニ)

 どうせ荒波に足を取られるならば、いっそ流れ流れて行くのも乙なものではないでしょうか。


「先が知れたものじゃなし、この方が楽かねえ」


 言ったそばから高波がざぶりと呑み込み、そのさま、娘に黒い手のひらがつかみかかったかのように見えました。

 嵐の晩、高波に叩きつけられては、気を失います。身も骨も砕けてしまう者もあります。

 雨は降り注ぎます。次々波は打ち寄せます。

 娘の姿が見えなくなりました。


「やれやれ、どうしたものかねえ」


 ところが、娘は遠く離れた場所で、ざぶんと空高く打ち上げられたところ。


「生まれた時から、ってんじゃあないが、もともと旅暮らしが長いもんでね。口の利き方も伝法で、どうもお粗末。

 それでもこれだけはお約束いたしましょう。きっといっしょに参りますよ」


 落ちるそのとき、あぶない、流木に当たりかけましたが身を翻し、避けまして、ちょこんと浮かんだその上につま先立ち。


「やれやれ、これでも濡れやしないときたもんだ。余程水にはきらわれた」


 上へ下へと揺れていた客船は遠く、もう見えません。


「ちぇ」


 誰にむかってかこの憎まれ口。


「どこへ流れてゆくじゃやら、だ」


 流れ流れて。押し戻され、打ち上げられ。

 木の葉、水の藻、千切れた綱やら、船の破片。蝋で封じられたぶどう酒の瓶。

 それどころか、どこからか三味線の音まで聞こえてくる始末。


「ちん、とん、しゃん、ときた。

 こんな時にも鳴るだなんて、おかしな術だよ」


 どこのどなたが鳴らすやら。


 おっと。……波がざぶり、と、また娘を見えなくしますが、またひょい、と打ち上げられたようで。

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