第15話 警備隊の劣化、全ては繋がっているのか
アルストラの名物は『マグロの海鮮丼』。マグロはアルストラ近海で採れるローマグロが使用されることが多い。脂身が少なく歯応えのある身が特徴だ。他の魚に比べると日持ちするので、冷凍技術が発達する前から様々な地域に輸出されている。
クロはその海鮮丼を出す店を一軒ずつ回っていく。
「へえ、この店ドラゴン料理もあるんだな。新しい店なだけある」
クロはメニューを見てそう呟いた。メニューを捲ると1ページ目にでかでかとドラゴン肉のステーキが紹介されている。
クロの向かいに座っている男は軽いため息をつく。
「どんだけ食えるんだ、お前は。自分が食った丼の数覚えてるか? 5だぞ、5。ここを合わせれば6杯目だ。見てるだけで腹が膨れる」
男の名はロバート・ブラウン。クロの友人で、ここアルストラの水質研究所で研究員をやっている。ぼさぼさと伸びきった髪は目元を覆っていてミステリアスな不潔を演出している。てきとうに生えているアゴひげをじょりじょりと触るのが癖である。
クロが訪ねてきた後、せっかくだから飯を食いに行くぞとクロに連れ出されてしまったのだ。
「この街に来たんだから食べ比べるのが筋だ。自分で作るときの参考にもなるからな」
当然だろ、という調子でクロが言った。
そして手を挙げて店員を呼ぶと「海鮮丼(マグロ)」と「ドラゴン肉のステーキ」「サラダ盛り合わせ」「水を2つ」を注文した。
「この『ドラゴン肉のステーキ』って何のドラゴンの肉を使っているんですか?」
クロが店員に
「……? ドラゴン肉のステーキはドラゴンの肉を使ってますけど……」
店員の女性は不思議そうな顔をして愛想笑いした後、軽く頭を下げて奥の方へ下がっていった。
「まあ、一般的にはこの程度だよな」
クロは肩を
「そりゃそうだろ。誰もドラゴンの肉が何のドラゴンの肉かなんて気にしないさ。ドラゴンはドラゴン、ドラゴンの肉はドラゴンの肉ってもんだぜ」
それが一般常識、とブラウンはクロから受け取ったメニューをパラパラとめくった。
「……そういうのも変えていきたいというのが俺達の考えだ。例えばシュクルードドラゴンとメンドラゴンなんかは同じドラゴンだが、肉質や味はまるで違う。売る側も買う側も、どういうドラゴンを食わせたいか、どういうドラゴンを食いたいか、もっと自由に意識できればいいんだがな」
「まあ、まだまだ無理だろうな。ドラゴンに関する情報は意図的に制限されてる部分もある。余程興味があって図書館に行ったりする物好きがいるなら別だがな」
「昨日いたドンネルなんかはドラゴンが卸される度に祭までやるくらいだ。地域によっても興味の差異は出てくる。現状を変えていくにはそういう地域を
しばらくすると2人の元に「サラダ盛り合わせ」と「水」が運ばれて来た。
「ところでアカってのはどういう奴なんだ?」
ブラウンが少し小声で聞いて来る。
「それは見た目か? それとも性格的なことか?」
「どっちもだ」
「見た目は、まず髪が赤い。俺と違って短めでさっぱりしてるかな」
クロは自分の髪をサラサラとつまみながら説明する。クロはあまり見た目にこだわりを持っておらず、邪魔になったら切り揃える程度で、料理中は後ろで軽く結ぶこともある。それに比べアカはいつも小綺麗に短髪を維持している。どのタイミングかは分からないがかなりマメに切っているのだろう。
「髪質はお前とは反対みたいだな。まあ髪が赤いやつってのはここらへんじゃ珍しいが、いないこともない。北の方に行くと赤いやつが多い国もあったはずだ」
ブラウンは水を飲みながら思い出すように言った。
「それから目は少し鋭い感じで、全体的に獣っぽい顔をしてる。いや、そんなに獣っぽくはないか。とにかく顔とか体は普通の人間だな。身長は俺より少し小さいくらいか。あとはそうだな、肘から手首ぐらいの長さの太身のサーベルと、同じくらいの細身の短剣をいつも持ってる」
「へー物騒なやつだな。性格はどんな感じだ?」
「性格はシンプルだな。いつも笑ってるような明るいやつだ。俺達みたいな
「なるほどな」とブラウンは椅子にもたれかかった。聞く限りでは、アカは決して悪い奴ではない。生きる目的も人類に害をなすようなものではないようだ。まあもし何か悪さをするようなら、近くにいるクロが何とかするだろう。初めて聞いた時にはアカの戦闘力に驚いたものだが、クロの強さも大概だ。それにいざとなったら自分も力になるつもりでいる。クロには及ばないがサポートぐらいはできるだろう。
そんなことを考えていると、クロが「サラダ盛り合わせ」をブラウンの方に寄こした。
「なんだこれ?」
「見てそのまま。サラダだ」
「どういう意味だ?」
「お前は不摂生だからサラダを食え。俺の奢りだ」
しばらく生活から遠ざけていた野菜たちが目の前に差し出され、ブラウンは嫌な顔をする。嫌がらせとも言えなくもないが、これはブラウンとクロの間柄だからこそのジョークでもあった。ブラウンは嫌々ながら泣きながら、モシャモシャとサラダを食べることにした。
「この世界は! 間違っている!!」
外の声が店内まで響いてきた。
「竜神様は怒っている!! 我々の世界から竜神様を追い出すのは間違いである!! みんなどうか気づいてほしい! 我々は、竜神様によってこの世に存在できているのだと!」
どうやら店の前の大通りで老人が叫び出したようだ。
「またか、最近活発になってきたからな」
ブラウンはサラダの苦味を噛み締めながら声のする方を見た。
老人が叫んでいる「竜神様」とはつまりドラゴンのことである。ドラゴンを絶対の神として
「大通りであんなことしてたらすぐ捕まっちまうな──っておいおい」
さっきまで目の前にいたクロがいなくなっている。辺りを見渡すとクロはすでに店を出ようとしているところだった。
「おいって」
慌ててブラウンも席を立つ。ちょうど注文していた料理も運ばれてきたが、クロを放っておくわけにはいかないため、料理はそのまま置いといてくれと店員に言い残しブラウンも店を出た。
「このままでは、我々は竜神様に見放されてしまう! どうが目覚めるのだ! 我々の神を、どうか正しく崇めようではないか!」
老人の周りには人々がどよどよと集まってきている。
「こりゃすぐ警備も来る。あのじいさんには悪いがどうしようもねえよ」
クロに追い付いたブラウンが老人を眺めながら言った。
「竜神教がまた活動し始めてるのか?」
「ああ、最近増えてきてる。この町だけってことはねえだろうが、ここには狙って活動するだけの理由があるんだろうよ」
「竜神教にとって竜食は禁忌だからな。メンドラゴンを中心に竜食が盛んになってきているこの町は、彼らにとっては許し難い場所でもあるわけか」
観衆に混ざり様子を伺っていると、制服に身を包んだ2人の男が老人に近づいてきた。服装から警備隊であることがすぐに分かった。所属によって装飾や色は異なるが大部分は統一された制服様式であるため、どこにいっても警備隊であることは判別できる。
「116番隊か」
ブラウンが数字を見てそう言うと、クロはピクリと眉を動かした。
腕章と背中に施された数字がそのままその者の所属している隊を表している。警備隊は戦闘部隊の『
第1翼は10~19番隊。
第2翼は20~29番隊。
第3翼は30~39番隊。
第4翼は40~49番隊。
第5翼は50~59番隊。
第6翼は60~69番隊。
第7翼は70~79番隊。
第8翼は80~89番隊。
第9翼は90~99番隊。
第10翼は100~109番隊。
第11翼は110~119番隊。
第12翼は120~129番隊。
第13翼は130~139番隊。
第14翼は140~149番隊。
第15翼は150~159番隊。
第16翼は160~169番隊。
といった具合である。
目の前にいる「第116警備隊」は十六竜議会第11翼の管轄である。つまり──
「アルドレア・センドリクスか」
「おいおい敬称も無しに……。誰かに聞かれたら面倒だぞ」
第11翼に座しているアルドレア・センドリクスはまさにクロとアカが目的にしていた人物で、3日後に面会予定である。面会はどちらか1人だけにしてくれとスピノールから連絡があり、代表としてアカが行くことになっていた。別れる前にどういう方向に話を持っていくのか擦り合わせているためどちらが行っても問題はないのだ。
ただ、気がかりなのはアルドレア・センドリクスの評判である。昔は、それこそ数ヶ月前までは模範的な統治を行うことで庶民の支持を得ていたのだが、ここのところ悪い噂が流れ始めていた。真偽は不明だが。
そして、その噂が聞こえ始めた時期と彼らと我々が接触した時期が重なっている。さらには『竜界』が荒れ始めた時期とも──。
とにかく「アルドレア・センドリクスは変わってしまった」というのが世間の一部と、アカとクロの評価であった。以前までの彼女ならば会うまでのハードルはかなり高くとも、会ってしまえばこちらの計画に引き込むことは容易だったと予測できる。だが今は、全てが未知数になった。変わってしまった彼女にどう接触するべきか。どういう反応してくるのか予測が付かないのだ。
彼らに出会わなければアカとクロはこんな不確実な道を選ぶことはなかっただろう。しかし彼ら無くして今のアカとクロの力は無いというのも事実。これは彼らの「遺言」とも言える思いを引き継ぎ、尊重するための選択なのだ。
観衆の前で老人が引きずり倒される。
第116警備隊の2人は例え相手が老人であろうと情け容赦しない。むしろ相手が弱い立場にいることを喜んでいるようにも見える。
「おいじじい、知ってるか? お前が今やってることは重罪なんだぜ」
老人を引きずり倒した警備隊の1人が見下ろしながら周りに聞こえるように大きな声をあげる。
「わ、わしの行いのどこが重罪か! 竜神様の──ぐがっ」
横にいたもう1人が老人の顔を蹴りつけた。
「それが重罪だって言ってんの。分かる? これ以上やるなら……おら!」
老人の腹に蹴りを入れる。そして2人がかりで殴る蹴るを繰り返した。衆人達はその様子を見て悲鳴を上げた。
「殺す気かよ。やりすぎだぜ止めるか? なあクロ? ってあれ?」
ブラウンの隣にいたはずのクロがまたもや消えている。老人の方を見るとクロの姿はそこにあった。
「もうやめておけ」
クロが警備隊と老人の間に割って入る。
「
警備隊の男は高圧的な態度でクロを見下ろす。かなり背が高くガッシリとしている。
「俺が庇ってるのはむしろお前らの方だがな」
「ああん?」
「状況が分かっていないようだな。これだけ衆人環視の前で無抵抗の人間を暴行し続けるのはいくら警備隊だろうと許される範囲を越えている。お前ら警備隊に権力が与えられている意味を履き違えるなよ」
「何だてめえ……大人しく聞いてりゃ説教か? てめえも同じ目に合わせてやろうか!」
声を張り上げ威圧する、がクロは一切表情を変えない。そこへさらにもう1人、警備隊の男がやってきた。見た目からしてここにいる2人より随分と年上のようだった。2人の態度が急激に変わり、ビシッと敬礼して直立した。
「おう、うちの若ぇのがちょっと興奮しちまったみてえだな。兄ちゃん悪かったな。ここは俺が引き取る。これ以上の面倒事はそっちも避けたいだろ? それともまだやるなら、こっちも兄ちゃんを捕まえなきゃいけなくなるが」
謝りながらも脅しを混ぜてこの場を片付けようとする。若い2人に比べると話も通じそうなので、クロは大人しく引き下がることにした。
「俺もこれ以上関わるつもりはない。だが、この老人はもう抵抗していない。無抵抗だ。罪人だろうが何だろうが丁重に扱え。警備隊法第68条に抵触するぞ。法に
「ずいぶん法律に詳しいんだな兄ちゃん。分かってるよ。俺たちも鬼じゃない。それじゃあ皆さんお騒がせしました! もう大丈夫です!」
それだけ言って年配の男は若い2人を連れて老人を連行していった。クロと言い合いになっていた警備隊の1人が別れ際にニヤリと笑った。
警備隊がいなくなるとブラウンが駆け寄ってきた。
「おいクロよ、あんまりはしゃがないでくれよ。仲裁に行かなきゃなんねえかと思ってヒヤヒヤしたぜ」
ブラウンはこう見えてもアルストラの中ではかなり顔が利く。アルストラにおける研究職は地位が高いのだ。しかし警備隊との揉め事に巻き込まれると、下手をすればその地位を失うことだってあり得る。そうならずに済んだのは幸いだった。
「警備隊の質もかなり落ちているな」
「そうかもな。最近は目に見えて乱暴にもなってる。まあ今回はすぐに殺されなくて良かったってところだな。いや逆にすぐ殺された方がマシだったか? 後から来たやつは良い奴そうだったしな、まともな取り調べになればいいが」
警備隊の目に見える劣化。それも第11翼アルドレア・センドリクスの管轄である第116警備隊。
これは偶然か。
それとも全て繋がっているのか。
少し探る必要がありそうだ。
とりあえずクロとブラウンは店に戻り食事を再開することにした。何があろうと食事を残すというのはクロの流儀に反するところだ。
そして3日という時はすぐに経ち、十六竜議会第11翼アルドレア・センドリクスと対峙する時がやってきた。
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