ある異世界転移の記録

紅茶党のフゥミィ

エルフの集落を襲った悲劇について

 異世界転移は悪影響を及ぼすことがある。


 もし、転移した人物が悪人だったら……


 もし、要人が突然転移して消えてしまったら……


 もし、核廃棄物が転移していたら……


 これは、あるエルフの集落を襲った異世界転移の負の側面を記録した文章となる。


 そのエルフの集落は深い森の奥に位置していた。人口はおよそ百数十人。原始的な狩猟採集生活を送る彼らは、他の種族と交流を持つことも無く、それ故に平和な人生を謳歌していた。


 異変が起こったのは七日前の事だった。突如として森の一角で火事が起こったのだ。

 この辺りで火事は珍しいことではない。付近の山岳地帯に巣を作るサンダーバードや雷獣の放電で森林火災が発生する場合がある。だが、その際には必ず雨が伴う(彼らの放電が雨雲を呼び寄せるらしい)ので、すぐに鎮火し、大規模な被害になることはほとんどなかった。


 今回は事情が違った。降るはずの雨が降らないのである。火の勢いは収まるところを知らず、どんどんと集落へと近付いていった。川の水や魔法を用いた消火活動も行われたが、何故か効果は無く、消火活動に参加した数名がその尊い命を落とした。


 未曾有の危機に、集落の長老達は避難命令を出した。エルフは長命な種族。中には旅に出る者も居るが、その大半は生まれた土地で一生を過ごす。長命故に繁殖力は低く、先祖代々の土地から離れるということはまず有り得ない。しかし、それを行わなければならない事態になってしまったのである。

 まだ生まれて数百年の若者たちは早々に避難し、近隣の集落へと逃げ延びたが、この森で千年以上過ごした者たちは逃げなかった。少しでも鎮火出来る可能性に賭け、そして焼け死んでいった。


 結局、生き延びたのは若者たち十三名だけだった。

 

 今回の件が異世界絡みだと判断した王国は、私を現場へと派遣した。

 早速、生き残りから集落のあった場所を聞き出し、私は森の奥を目指した。空高くサンダーバードが飛んでいる。雨が近い。


 焼け焦げた木々から時折水滴が落ちる。

 焼き尽くされた集落に到着した。縮こまった姿で眠る屍たちに黙祷し、火事の始まった地点を目指す。

 あった。黒く染まった空間で、それはやけに白く見えた。


 タバコだ。


 タバコの吸い殻。綺麗に形が残っている。

 異世界から転移したものは生き物であろうと石ころであろうと三日間の加護が付与される。これのおかげで私もブラックワームの群れから命からがら逃れ、王国へと辿り着けたのだ。


 今回の火事の原因、それは神の加護が施された転移物、ポイ捨てされたタバコだった。加護によって、この世界の不条理から守られたタバコの火が燃え広がり山火事となってエルフの集落を飲み込んだのだ。そして、三日後に加護が切れ、サンダーバードのもたらした雷雨が鎮火したのだ。


 誰かの吸っていたタバコなんて拾いたくないが、これを持ち帰って王国に報告するのが、この世界での私の仕事だ。


 タバコの不始末であなたの集落は燃えました、と生き残ったエルフ達は後に伝え聞くことになるだろう。そして、彼らは子孫にこういう昔話を語るのだろう。


 むかしむかし、タバコという悪魔が集落を襲いました……と。


 これで、今回の異世界転移事件の記録を終わろうと思う。

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ある異世界転移の記録 紅茶党のフゥミィ @KitunegasaKiriri

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