第18話

「アイリス…」


弱々しく伸ばされた手から逃げるようにカイのところに戻ると温かな腕に抱き締められる。


「もう婚約者じゃないのです。気安く呼ばないでください」


縋ろうとするハリー殿下を突き放すと彼の手は力なく地面に落ちて行った。


「衛兵、ハリーを連れて行け」


陛下の厳しい声が響く。

衛兵達が動き出してハリー殿下を囲うと彼はまだ悪足掻きを続けようとする。


「待ってください…!僕は王族なのですよ」

「民を傷つけるだけの存在であるお前が王族であって良いはずがない。今すぐ王家を除籍とする!」


ハリー殿下の王家から除籍は学園卒業後を予定されていた。しかし彼の愚かな行いが露呈したせいで今この瞬間に除籍となったのだ。

馬鹿な事をしなければもう少しだけ王族で居る事も出来たのに本当に馬鹿な人である。


「嫌です…!僕は王族です!」


大暴れをして衛兵達から逃げようとするハリー殿下。その姿は王族に相応しいものではない。ただの犯罪者にも見えてくる。


「父上!母上!」

「私の事を父と呼ぶな」

「どうして…」

「さっさとその馬鹿を連れて行け!」


暴れながら喚き散らすハリー殿下。無理やり引き摺られながら会場の外に連れ出されて行った。

ハリー殿下が居なくなり静かになる。最初に声を出したのは陛下だ。


「アイリス嬢、マイラ嬢。ハリーの父親としてお詫びする。大変申し訳ない」


頭を下げる陛下に焦る。

カイから離れて身振り手振りで止めるように言う。

平民であるマイラに関しては顔を青褪めさせていた。


「おやめ下さい。陛下が謝る事ではありません…!」

「いや、私が悪いのだ。あいつを甘やかして育てたのは私なのだから」

「陛下だけでなく婚約者であった私にも責任があります」


私が優秀なのが悪い。

ハリー殿下はそう言っていた。

滅茶苦茶な理由だし、私には納得出来るものではない。ただ婚約者であった私の存在がハリー殿下を傷つけたのは変えられない事実だ。

知っていればやりようがあったのに。


「アイリスは悪くないわ。貴女をあの子の婚約者にしたのは私なのよ」

「王妃様…」

「だから私達からの謝罪を受け取って頂戴」


ここで受け取りを拒否する事こそ失礼に当たる。

淑女の礼をしながら「謝罪を受け取ります」と返事をした。


「マイラ嬢にも我々の謝罪を受け取って欲しい」


一瞬だけ周囲が騒つく。

当たり前だ。国の主が平民に謝罪をしたのだから納得出来ない貴族達もいるだろう。しかし彼女の苦労を知った手前、文句を言う人は誰もいなかった。


「え、あ、あの…」


陛下に言われてあたふたするマイラ。おそらくどうしたらいいのか分からないのだろう。

きょろきょろ見回す彼女と目が合った。私は「受け取ってあげてください」と小さな声で助言する。


「わ、分かりました…。受け取らせていただきます…」

「ありがとう」


悲し気に頷いた陛下と王妃様はそのまま階段上の席に向かって歩き出した。

内心では複雑なのでしょう。


「長らく待たせてしまい申し訳なかった。さて楽しい宴を始めるとしよう!皆、存分に楽しんでくれ!」


陛下の言葉にようやくパーティーが始まった。

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