第5話

カイは今なんて言ったのだろう。

私を好きだと言ったように聞こえたのだけど、きっと幻聴よね。

頭の中で都合良く変換したのよ。


「アイリスが好きだから…近くにいたら気持ちが抑えられそうになかったから離れたんだ」


聞き間違いじゃなかった。

カイが私を好き?本当に?

どうしよう、嬉しい。婚約解消より嬉しいわ。

初恋の人が私を好きでいてくれている事実に私の頭の中はお祭り騒ぎを起こしていた。が、感情を表に出さないように訓練を受けてきたせいで私の嬉しさは彼に伝わらなかったようだ。


「諦めるべきだと思っていたのにアイリスはハリー殿下との婚約を解消した。僕にもチャンスがあると思って…。今日はアイリスに告白する為に来たんだ」


真っ直ぐ見つめながら恥ずかしい事を言うのはやめて欲しい。

真っ赤になってしまいそうだ。

そう思っても全く彼には伝わらない。

そろそろ何か言った方が良いと口を開いた瞬間、彼の方から驚愕の言葉が出てくる。


「アイリス、君が好きだ。僕の婚約者になって欲しい」


婚約者?私がカイの婚約者に?

それは良いのだろうか。破棄になったわけではないので傷物令嬢扱いにはならないが、婚約者を失ったばかりの身で他の人と婚約をするなど周囲が許すのだろうか。もちろん彼の申し出は嬉しいが素直に頷けない。


「アイリスが僕の事を兄のようだと思っているのは分かっている。でも、どうか僕にチャンスを与えてくれ」


カイを兄だと思っていたのは幼少期の頃だけだ。

八歳の時には好きになっていたし、一人の男の子として見ていた。

諦めようとしたのは十歳を過ぎて物理的な距離を取るようになってからだ。


「あの…」


答えを待ってくれているカイに対してようやく口を開く事が出来た。

しかし何をどう言えば良いのか分からない。


「私も…その、カイが好きなの…」

「え?」

「だから小さい頃から貴方の事が好きだったの」


好きという言葉を出すだけでこんなに恥ずかしくなるのね。

カイは驚きに目を開き、次の瞬間には嬉しそうに笑った。


「なら…」

「でもね、婚約者になるのは…難しいと思うの」


私の言葉に顔を青褪めるカイが視界に写り申し訳ない気持ちでいっぱいになる。


「どうして?」

「私は婚約を解消したばかりなのよ。すぐに婚約者を作ったら不貞を疑われるかもしれないわ」


実際にハリー殿下という婚約者が居ながらも心の奥底ではカイを想い続けていたのだ。

ある意味で心の不貞を働いていたようなものだろう。だから私が悪く言われる分には良い。でもカイが悪く言われるのは絶対に嫌だ。

こちらが必死に悩んでいるというのに目の前にいるカイを見れば満面の笑みだった。


「それなら何も問題ないよ」

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