第4話

「それで何か用があったの?」


ガゼボでカイの持ってきてくれたローズティーを一口飲んでから尋ねる。

王太子の婚約者の立場から解放されて暇になった私と違って彼は変わらず忙しい身だ、

大切な用事があるに違いない。


「アイリスに会いに来ただけだよ」

「まさか」


ヘーゼルナッツの瞳を蕩けさせながら微笑むカイに冗談が好きな人だと笑ってしまう。

私の婚約が解消になったのを知って話を聞きに来たのかしら。考えを巡らせているとカップを持っていた私の手を大きな手で包み込んでくるカイに動揺を示す。


「本当だよ。今までだって何度会いに来ようと思った事か」

「嘘よ。お互いに忙しいからしばらくは会えないって言ったのはカイでしょ?」


一年前、文官となった彼から言われたのだ。

しばらくは会うのをやめようと。

彼の邪魔は出来ないと頷いたが正直な話かなり寂しかったのだ。それなのに今更会いに来ようとしていたと言われても反応に困ってしまう。


「あれは…ごめん」

「どうして謝るの?」

「君に嘘をついていたからだ」


嘘?忙しいから会えないと言ったのは嘘だったの?

カイに嘘をつかれていた事が自分の中で相当ショックだったのか気分が悪くなる。


「忙しかったのは本当だ。でも、会おうと思えば会えたんだ」

「ならどうして…」

「アイリスに会いたくなかったから」

「私のことが嫌いになったの?」


もしそうだとしたらかなり落ち込む。

しばらくは立ち直れないかもしれない。今だって泣きそうな気持ちを必死に抑え付けているのだから。

そこでようやく自分の気持ちに気が付いた。


私、今もカイの事が好きなのね。


初恋は過去に置いてきたつもりだった。

私はハリー殿下と結婚する。だから他の人を好きでいるのは彼に対して不誠実だと割り切った。つもりだったのだ。でも実際は違った。初恋は今も続いていたのだ。

カイが好きだからハリー殿下の婚約者という立場をあっさりと捨てる事が出来た。それなのに好きな相手に嫌われているのかもしれないとは。王太子の婚約者という重い立場を放棄した罰が当たったのだろうか。


「違う!」

「カイ…?」


机を叩きながら立ち上がるカイに驚く。

優しく温厚な彼が声を荒げるなど今まで一度も見た事がなかったから。


「アイリスに会いたくなかったのは……自分の気持ちが抑えきれなくなりそうだったからだ」


抑える?何を抑えるというのだろうか?

彼の言いたい事がいまいち理解出来ずに首を傾げているとカイは深く息を吐き。そして覚悟を決めたような顔をした。


「僕はアイリスが好きなんだ」

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