狐のハックと僕と芸術

 ある春の日の昼下がり、今日はなんだかぽかぽかしていい気持ちである。梅の木が枝に小さな赤い花をぽつぽつとつけているのが窓から見えた。相変わらずハックは目をきらきらさせながら茶色く黄ばんだ半紙に筆で詩をかきつけている。


 ああ、いらいらする。

 ああ、いらいらする。

 ぶっ殺してやる。


 目に映るハックの姿が紫色の妖気をまとっている般若の面を被った鬼に見えた。手に持っている黒い墨のたっぷりついている筆はまるで赤黒い血がしたたっている包丁のように見えた。ハックの鼻歌は地獄へいざなう絶叫に聞こえた。ハックは・・・・・・。ハックは・・・・・・。

ハックがにたりと不気味な笑みを浮かべたように感じた。


 にやり

 にやり

 にたり

 にたり


 たまらなくなってどんと立ち上がる。そして叫び声を上げながらハックの元に行くと手から半紙を取り上げびりびりに破いた。感情のままに破る。

「ざまあみろ。お前の魂とやらをぶっ壊してやった!」

 ハックは目をまん丸くしている。すぐさま

「何しやがんだ! くそタヌキ! 心臓食い破ってやる」

「やってみろ。にせ詩人!」

 タヌキとハックはお互いに殴り合い蹴り合いかみつき合う。すぐさま医者たちがやってきて二人を引き離した。しばらくしてウサギ先生もやってきた。

「一体どうしたんだ!」

 ハックが叫ぶ。

「こいつが詩を描いた半紙をびりびり破きやがった!」

 ウサギ先生はこっちをにらむ。

「君も絵巻物語を描いていたんじゃなかったかね。君のことは調べたよ。物語を描くならお互いわかり合えるだろうに」

 たまらなくなって泣き出す。

「僕は精神病になっちゃったからもう絵巻物語は描けないんだよ! お前と違って! 僕は統合失調症だ。どうだ! お前みたいな気楽もんとは違うんだよ」

 ウサギ先生は途中で甲高い声で叫ぶ。

「それは違う!」

「何が違うんだよ!」

 ハックが言い放つ!

「僕も統合失調症だよ」

 辺りがシーンとなる。ハックがうえーんと泣き出す。

「お前は統合失調症になったくらいで絵巻物語を描く夢をあきらめるのかよ。そんなちんけな夢だったのかよ! そんな志の低い夢なんてさっさと辞めちまえ。夢なんてさっさとあきらめて部屋の隅っこで泣いて暮らしていればいいじゃん!」

 両腕を抱えられて引きずられるようにして大部屋から出された。出て行くときにハックが叫ぶ。

「お前も絵物語を描けよ」

 四方を土壁で閉ざされた部屋に入れられた。ウサギ先生が一言。

「そこでしばらく自分について見つめなおしなさい」


 知らなかった。ハックも統合失調症なんだ。僕は馬鹿だ。僕は馬鹿だ。板の間を見つめる。一匹のアリがはって歩いている。寒い。寒い。身体が冷える。これからどうしたらいいんだよ。

それから何日が経っただろう。水を飲もうと起き上がる。気が付くと、いつのまにか部屋の入り口に筆と墨壺と半紙が置いてあった。何気なしに筆を持つ。その瞬間。


 ドクン!

心臓が水の中にいた魚がジャンプするかのように激しく飛び跳ねた。

朝起きて、と書く。


ドクン! ドクン!


 胸が高鳴る。胸がわくわくする。もう一文描く。また胸がトクンと脈打つ。

 物書きの魂はまだ死んでいなかったんだ! うれしくて涙を流しながら書き続ける。

 それからすぐに大部屋に戻された。

大部屋に戻されるとすぐにハックに謝った。ハックは笑って許してくれた。個室で書き上げた小説を見せる。まだまだと言われる。

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