10-6 ドワーフの誇りを捨てて


「こいつが最後の光輪石のタリスマンだな」


 ガルソンさんは、枠組みやツルやジルを象る花などのそれなりの彫刻が施された小さな箱を木箱から取り出し、同様のものを武具屋内のテーブルに3つ並べた。


 そのうちの1つを開けてみる。


 凹凸をつくり、滑らかに仕上げられた木の土台の上にタリスマンがあった。黄みがった結晶――光輪石はコナールさんの店で見たものよりも綺麗にカットされ、輝きがまばゆくなっている。

 取り出して裏返してみる。船の舵のような線対称の円形土台があった。手仕事だからか少し粗造り感・安物感は否めないが、コンピューターを通さない手仕事ならではの“わずかな不揃いの魅力”があることはある。


「睡眠魔法に耐性のある石だな。身につければ聖浄・神聖魔法に対する耐性も上がる。昔の魔人にあやかってミカエラオスという名もあってな」


 コナールさんの店でも聞いた説明を小耳に入れながら、光輪石の淡い輝きに魅入る。綺麗だ。

 以前のザバの言葉から察するに装飾品向きを専門にする店もあるように思うし、輝きは実のところそれほどのものでもないのかもしれないのだが、なかなかの一品に見えてしまう。舵の四方に爪があるファンタジー味要素も、石の一部に見えてくる。


 俺は別にアクセサリーにはたいして興味があったたちではない。学生の頃はネットで知り合ったバンドマンの友人の影響含めいくつかシルバーアクセサリーをつけていた時期もあったが、しょせん安物で、社会人になって以来はつけることはさっぱりなくなった。

 なんにせよ、既に注文した3種類のアクセサリーも見ているが、光輪石のも含めてどれも満足のいく代物だ。ガルソンさん曰く、「坊主がつけるんならミスリルくらいつけてもおかしくねえんだがな」だったけども。


紅玉髄カーネリアン黒死石リーダントスの指輪、光輪石のタリスマンがそれぞれ3つで、星辰魔鉱の腕輪が4つ。これで全部だよな?」

「ええ、合ってます」


 俺や姉妹の右手には既に紅玉髄の指輪がある。星辰魔鉱の腕輪はインもで、はめてから気付いて内心で苦笑したが、全員“おそろ”だ。

 姉妹にいたっては俺に倣って右手の指に指輪をはめたからね。中指まで一緒。


 顔を上げると、ガルソンさんがとがったヒゲを指先で撫でていた。


「しかしなんだ。俺はなかなか稀有な現場に居合わせたわけだな?」


 稀有な現場?


「お前さんはかの槍勇ジョーラ・ガンメルタも打ち負かすこともできる逸材なわけだが、近頃はどういうわけか装備一式を揃えている。そこいらの兵士も通い詰めるようななんてことのない武具屋で、しかも一からな」


 む。店内には客はいないからいいが、なんか色々言われそうだな。

 ガルソンさんは腕を組み、「まるで……そう、まるで」と視線を落としてこぼしたあと、なんら批判的ではないが、口の端を持ち上げて皮肉っぽい表情で俺を見上げた。


「“つい先日賊に身ぐるみはがされてきた”とでも言わんばかりにな。旅路のためもあるようだが」


 俺は苦笑した。さもありなん。だってマジで何もなかったし。


「呪われた品々が使えない代わりだと言ってたもんだが……1月も経たねえうちにここまであれこれ買った客もそういねえよ。自分の私兵軍のためでもなしにな?」


 俺はなんとも返すことができず、口をへの字にした。

 これだけ買ってれば俺たちにまつわる考察の類も生まれるか。


「ま、お前さんから身ぐるみ剥ぐってんなら、身ぐるみ剥いだそいつが何者なのか俺にはとんと検討もつかないが」

「ありとあらゆるものを燃やしつくす業火を吐き、都市など灰塵と化せる魔法を扱える賊かもしれんな?」


 インが茶目っ気を含ませてそう言うと、ガルソンさんは「勘弁してくれよ」と、こちらは真面目にため息をついた。


「他の奴らが言うならいいんだがな。どうにもお前さんたち、とくにあんたが言うと笑えねえよ」


 勘がいいな。間違っちゃいない。


「ふっ。なかなか鋭いではないか? ドワーフが勘が鋭いとは聞かんがの」


 俺もイメージにないなぁ。


「……ふむ……お主は保守派のドワーフだったの」

「保守派ぁ? オルフェの栄えた街で店を構えたら保守派にもなるだろうよ。周りがみんなドワーフで俺たちの“堅気”の性質を理解してくれるわけもなし、一品のためにハンマー振るってたらお偉いさんどもが生意気だっつって唾を飛ばして店をつぶそうとしてくるしよ」


 えぇ?


「組合に所属しておるのだろう? 助けてくれんのか?」

「鍛冶組合なんて職人と見習いしかいねえぞ。お偉いさんってのはおおかた貴族か、貴族と繋がりのある奴らだからな。俺たち職人は悪態をつく以外に何もできねえのさ」


 ずっとオルフェにいるのかと訊ねてみる。


「いいや? 俺はタジサンガスにいたぞ。タジサンガスはガシエントで2番目に大きな街だな。……ある日オルフェの役人がきてな。ケプラに1人職人として来ないかって話があがったんだ。もちろん俺たちドワーフは誰も行きたがらなかった。わざわざ技術が自分より下んとこに行きたいわけもねえからな。だがなぁ……大金を出すって言うし、1年だけ徒弟入りしてくれれば店を構えていいし、その後は弟子も取っていいって言われてよ」


 ふうん?


「その話自体は良い話なんですか?」


 ガルソンさんは、


「俺たちのいた鍛冶組合はそれなりのとこだったからな。店は持ってる奴もいたが、どだい貴族が指名するようなでかいとこじゃあない。金入りもそれなりだ。くれるっていう金は3年分の稼ぎでな。金入りの良い話ではあった。ドワーフとしての誇りを捨てれば、だがな」


 と、説明を加える。誇りか。


「ま、そこで、一番こらえ性のある俺が話に乗っかってみたってわけだ。一応徒弟になってやった1年間はハナクソみてえな日々だったが。親方は俺より腕がねえし、……自分の打ったもんを悪く言うわけじゃないがよ。売りもんは鉄ばっかで、薄いもんばっかだった。薄利多売主義らしいが、鋼すら滅多に打たねえ。しばらくは自分の腕が落ちることに対してやけ酒もよくやってたもんだ。ローランドの野郎はいつも喧嘩吹っかけてくるし――ああ、こいつはうちの出資者のいけ好かない貴族野郎だ――俺じゃなけりゃ投げだしてただろ」


 色々あったようだ。


 実力があるのに、ない人の下につくのは嫌だろう。ないことを自覚しているならかえっていいリーダーになったりもするが、そういう上下関係のコミュニケーションの常識とやり取りがこの思想の古い世界で浸透しているようにはあまり思えない。

 ただ、ガルソンさんの話しぶりを聞くに、そこまで横暴な親方のようには見えなかったりするけれども。


 インが腕を組み、ガルソンさんの方はとがったヒゲを撫でた。しばらくしてインが「お主も苦労してるんだのう」と同情を含ませると、ガルソンさんは片眉をあげて小首を傾げたあと、ため息をついた。

 ガルソンさんには悪いが、このため息にはなんか笑ってしまった。ガルソンさんもなんとなく察していそうだが、インに市井感情を語らせるのはちょっと説得力がない。理解力はないわけじゃないんだけどな。


 それから2人の背丈がほぼ変わらないところに気がいく。

 背の変わらない竜とドワーフか。なんだか変な組み合わせだとちょっと思ってしまった。


「……はぁ。まあ、お前さんとの絡みはなかなか面白くはあったな。なかなかの“お祭り”だったかもな」


 と、今度はガルソンさんは俺に向けてそうコメントしてくる。お祭りとは言うが、別に嬉しがっている素振りはない。


「俺も長年色んな奴と絡んできたが、坊主ほど変わった奴もいない」


 人を変人扱いしないでくださいよ、と肩をすくめる。


「はん。どこからどう見ても変人だろ」


 ガルソンさんが鼻を鳴らした。え? そこまで?

 いや、生きてた世界が違うし多少変わってるだろうけど、どこからどう見てもレベルなのか? ついインを見ると、眉をあげて何とも言えない表情を返される。


「嬢ちゃんたち。この2人は自分らが変わった奴って自覚ないのか?」


 姉妹を見れば、困った顔をして返答に困っていた。

 ええ……? インが変わってるのは分かるけど……。


 ガルソンさんはにんまりと笑みを浮かべる。


「がはは! でも変わった奴じゃなけりゃ、俺とここまで絡むことはなかっただろうなっ!」


 そうして、俺の横にきて背中をバシバシ叩いた。

 ここにきてなんか機嫌よくなったようだが、……まあいいか。はぐらかしてるつもりもなさそうだし。


「そういやジョーラとは話をしたのか?」

「何の話を?」

「明日ケプラを発つってよ」


 ああ。


「既に知ってましたよ。セティシアで聞いたとかで」

「そうか。発つ前に顔合わせしとけよ? ありゃあ、坊主のことかなり気に入ってるからな」


 気に入ってるっていうレベルじゃないんだけどな。


「もちろん。ジョーラも色々と付き合いのあった一人ですからね」


 ガルソンさんは俺の返答を聞いて、うんうん頷いたかと思うと、「で、出発準備はあと何が残ってんだ?」と訊ねてくる。


 店の客足が少なく、ガルソンさんとは注文したアクセサリーを見せてもらいながら色々と話していたのだが、その中には今日は明日の出発のためにあれこれ準備しているという話題ももちろんあった。


「あとは……人に会うだけかも」

「ジョーラか?」

「ジョーラもいますし、騎士団の人とか金櫛荘の人とか、お世話になった人はいますし」


 アレクサンドラの名前が出そうになったが伏せた。別に何もないと思うが、なんとなくだ。


「ほお。感心なことだな。俺にチーズをくれたし、ホイツフェラー伯に手紙を出すってのも分かるが。……ああ、そういうところだぞ? 坊主が変わってるのはな。他にも色々あるが」


 挨拶まわりか?


「出発前に挨拶まわりすることですか?」

「挨拶自体は別に変わってねえよ。徳のある奴は農民でもやってる。珍しい方だがな。ただ、平民に時間を割く金のある奴もそういないって話だな。平民から儲け話は生まれねえし、俺たち職人にしたってそうだ。資金があり、金儲けも上手い貴族は平民と無駄話をしてる奴ほど金は稼げないとこぞって言うが、まさにその通りだからよ」


 そうガルソンさんは淀みなく喋った。むすっとしているが、これはガルソンさんの通常モードの顔つきだ。


「別に無駄話をしてるつもりはありませんが……」


 微妙な心地で俺が弁護的にそう言うと、ガルソンさんは軽く鼻を鳴らした。


「ま、お前さんと話してると、金だの時間だのは考えずにすむがな。坊主の変わったところであり、美徳でもあり、俺としては気に入ってる点だって話だな。そう深刻に捉えなくていいぞ」


 今度はさきほどよりも軽めにバシバシと肩を叩いてくるガルソンさん。インがうんうん頷いているのに気付く。

 相変わらずガルソンさんといると、少年に立ち返った気分になるというか、見た目通りの年齢になってしまった心地がするが、インも便乗するとますますそんな気分になるようだ。インの場合は年齢差的に小僧なんてレベルじゃないんだけど。


「……しかしあれだ」


 ん? ガルソンさんは俺の肩に手を乗せた。


「坊主の体つきだけは分からんところだな。ジョーラはしなやかな動きで巧みに翻弄するタイプと言ってたが、ジョーラの豪槍を止める膂力はスキル頼みか?」


 膂力。スキルというか、レベル頼みというか。あの時はスローモーションもあったものだけど。


「そんなところだの。あまり気にせん方が身のためだぞ? ダイチの力の源泉を知るとみな恐れおののいてしまうからの? 誰であっても等しくな」


 と、インが薄い笑みを浮かべながら半ば脅しのような文句を言った。八竜だからって言いたいのか?


「……そうしとくぜ。俺は敬虔なことでも知られているドワーフだからな。だから当たり障りない友人で頼むぜ?」


 一転してガルソンさんは俺にウインクしたが、勢いはすっかり引いていた。インにはなにかやった素振りもないし、しないとは思うが。

 内心で苦笑しつつ、別にとって食べたりはしませんよ、と何を言ったものかとちょっと考えた末に出てきたそんな文句で返答した。


 するとガルソンさんは、


「取って食べる時は女房と子供と一緒にしてくれ。女房は多少鍛冶はできるが、子供はまだ食べ盛りだからよ」


 と、腰に手をやって口の端を持ち上げて、ちょっと調子を取り戻したものだった。「そうします」と返すと、ガハハ笑いがきたもんだ。


 ちょうど客が来てしまったので、「じゃあ、達者でな。お前らも」とらしいラフな見送り文句と気さくな笑みをもらったあと、アクセサリーの空き箱をディアラのリュックにしまって店はあとにしたが、ガルソンさんの女房と子供が見たくなった。

 女ドワーフ……まだ見てないんだよな。子供ってヒゲが生えるの早かったりするのか?


 この辺の疑問をインと姉妹にぶつけてみると、女ドワーフは背丈がドワーフと同じくらいであり、男の子は人族と同じくらいの年齢でヒゲが生え始める、ただし毛量は人族の比ではない、という話を聞いて疑問はあっさりと解決してしまった。

 もっとこう……色々と変わったエピソードを期待してたんだけど、別になんてことのない話だった。まあ、ガシエントは寄るので、実際に見たら驚くことは色々とあるかもしれないけどさ。


 ・


 昼時になり、腹が減ったというインの腹時計のすすめに従い、俺たちはいったん金櫛荘に引き返すことにした。

 どこかで食べてもよかったんだが、これまでの出会いを振り返っている最中、魔法の鞄のインベントリにソラリさんからもらったトウモロコシやチーズ、オリーブオイルがしまったまま手つかずだったのを思い出し、これを食べようと思ったからだ。


 自分たちで焼いてもいいのだが、金櫛荘の料理人なら手堅そうなので、頼めれば頼むことにしたわけだ。

 ちなみにトウモロコシだけでは物足りないので市場にも寄ってランゴシュも購入した。インは道中でしっかり1つ平らげた。子供か。子供だけど。


 金櫛荘の部屋に戻り、いったんトウモロコシを出してみる。


 現れた木箱の中のトウモロコシは7本あった。

 トウモロコシは別にミニサイズでもなく、7本はなかなか多い量に思えた。さすがに全部は食べられなさそうだ。


「ほお。美味そうなトウモロコシだの」

「もぎたてかな一応」

「ふむ」


 魔法の鞄も《収納スペース》と同じで収納している分には時間が止まっている。


「で、このオリーブオイルを塗って焼くわけか」


 インが木箱から小瓶を手に取った。中にはソラリさんの自信作らしいオリーブオイルが入っている。

 俺はオリーブオイルは苦手だが、焼き油として使う分には問題ない。


「そうそう」


 あとはホールケーキ並の大きさのチーズがある。これは旅の間にグライドウェルの傭兵たちに振舞いつつ消費すればいいだろう。


「じゃあ下に行こう」

「私は待っておるぞ」

「了解」


 姉妹とフロントに降り、棚の木彫りの獅子の置物を拭いていたマクイルさんに話しかける。


「あの。マクイルさん、1つお願いがあるというか」

「何でしょう?」

「手持ちにソラリ農場からもらったトウモロコシとオリーブオイルがあるのですが、焼きトウモロコシを作っていただくとかできますか?」

「焼きトウモロコシですか……。問題ございませんよ」


 一瞬考えたようだが、柔和な返答をもらい、部屋に持ってくるかと訊ねられたのでお願いした。

 マクイルさんと部屋に戻り、チーズを取り出して、木箱を手渡す。


「どれほどお焼きになりますか?」

「4人……5人分でお願いします」

「分かりました」


 5人分なのはインのおかわり分を上乗せたからだ。これでも足りなさそうだが、別に今日全部食べる必要はない。

 マクイルさんが木箱を抱えて部屋を出ていく。持っていこうかと打診したが、予想も何もなくやんわりと断られた。


「トウモロコシをかじるのは何びゃ……何年振りだろうの」


 と、ランゴシュをかじりながらイン。肉串はトウモロコシが出来てからと言うと、このありさまだ。俺たちはまだ食べてないのに。


「いつ振り?」


 内心で苦笑しつつそう質問すると、実際には「さての」という返答があり、念話で『300年ほど前だったかの』とくる。

 何百単位になると、よく覚えてるなという感想を持ってしまう。


「俺もずいぶん久しぶりだよ。こ、……子供の頃以来かな」


 つい子供の頃のところで考えてしまったが、5,6歳も子供に含まれるのでそのまま押し通した。実際は中学生の時に行った祭りの露店だったか。正直直感めいたもので、ほとんど覚えてない。


「ふむ。お主らはどうだ?」


 インの質問に「1年半ぶりくらいでしょうか。里に行商人が来た時に食べました」と、ディアラ。


「里に来る行商人は結構売るの? トウモロコシ」

「そうですね。穀物ではジャガイモに次いで多かったです」


 と、今度はヘルミラが返答した。


「ジャガイモにトウモロコシか。スープにパンに、何にでも出来るよね、どっちも」

「はい」

「あ、椅子取ってきなよ」


 言われたままに2人が自室に椅子を取りに行く。


 ふと、窓の外が目に入る。

 もう見慣れた光景ではあるが、この高い石壁に囲まれた中世ヨーロッパ的な街並みがしばらく見れないかもしれないという感傷に襲われる。ガシエントは山と荒野の地というしね。


「アレクサンドラには会いに行かんのか?」

「……ん。行くよ」


 アレクサンドラのマークは西門近くでゆっくりと移動している。仕事中だろう。

 一方のジョーラは詰め所でほとんど動かない。指導でもしているのかもしれない。


「あとで連れて行かなかったことを後悔しても知らんぞ?」


 少し憤りを含んだ口調だった。連れていくかどうかはまだ決めてない。今日旅のことについて話し、それから誘ってみる予定だったからだ。

 インを見れば、口調と同じでふてくされたような面持ちでじっと俺のことを見ていた。間もなくランゴシュを口に入れて、もぐもぐしだす。


 俺は内心でちょっとうんざりした。

 というのも、今日だけでインのこの手の発言はもう3回目になる。


 1回目は『お主らは番ではないか。連れて行かないなんてことがあるのか?』といういつか聞いたようなインの念話に対し、アレクサンドラも仕事があり、別に二度と会えないわけじゃないし、仮に同行させないことになっても手紙も出せると改めて説明した。

 インは『ま、私には人の子の色恋の類はよう分からんからの』と言う傍ら、『お主のいた世界の男と女はみな淡泊なのか?』という質問をよこしてきたので、人による、ただ前も言ったように、進みすぎた文明の影響が大きく、感情の処理が下手になってる・煩わしくなってる・個人の思想の尊重が恋人間、夫婦間にもある・意見の言い合いを避けるお国柄もあるなどと答えたものだった。俺は別にアレクサンドラとの付き合いに関して自分が淡泊だとは思っていない。散々やらかしておいて思えるわけがない。


 2回目は代筆屋にいる時で、「男女は文だけで会えぬことが我慢できるのか?」と椅子で退屈そうにしながら訊ねてきたものだった。寂しいけど、人によるだろうねと俺は答えた。

 続けて「お主は我慢できるのか?」とインは訊ねてきた。文面を考えていたのもあって、分からないよと一言答えて終わった。次いで代筆屋――ロカールさんが「手紙のやり取りは大昔から恋慕の炎を燃え上がらせる常套手段ですな」という話で話題が逸れたこともある。ちなみにロカールさんは前妻とは長い間、手紙のやり取りをしていたとのこと。


 で、3回目が今になるわけだが、正直放っておいてほしいと思った。

 俺もそれなりに不安な心境にある。不安な心境の中、アレクサンドラに旅のことを話し、同行する意思を確かめるわけだ。ここはもう避けては通れない確定事項なので、そこに水をさされるのは不愉快さがある。


 どう答えるか、答えなくてもいいか? と一考していると姉妹が戻ってきた。


「お主のためを思って言ってやってるのだぞ? 決して、……周囲のことを案じて言っているわけではない」


 インは後半は少し考えた素振りを見せながらそう言った。周囲を案じて?

 間もなく念話で、『周囲とは魔力暴走による被害のことだ』と説明。なる。嫌な話だ。起こしていた可能性があったから何も言えないが……。


 そんななか姉妹は俺たちから少し離れた場所で、雰囲気を察したのか音を立てないようゆっくりと椅子を置いた。


 しかしあれだな。「お主のためを思って」って完全に母親のセリフだ。


 母親に自分の恋愛事情に口出しされてうんざりするエピソードは創作でいくらでも見たものだし、リアルでもいくらでもあると思うが、俺に今まさに到来しているらしい。

 俺は親の過干渉には縁のなかった口で、だからこ干渉を煙たがる話には身内ならではの“本物の”愛情を感じ取って少し羨ましく思いつつ聞いていたものだが、抵抗感はあるようだ。割と。若返ったのもあるのかもしれない。


「あんなにあやつを好いとって、なぜ置いていけるのか私は信じられん」

「いや、だからまだ決まってないって」

「決まってない決まってないなどともう聞き飽きたぞ」

「インが聞いてくるからだろ?」


 インは咀嚼していたが、やがて飲み込み、俺に残り3割ほどになっているランゴシュを突きつけた。突きつけた勢いで豆がいくつか落ちた。


「男だったら意中の女子おなごの1人や2人さらうくらいの男気を見せろ!」


 えぇ…………?

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