9-29 ヘッセーにて (3) - 死の手のトロンボーン


「この草原から東にあるバーデュゴ子爵領に廃村があるんだ。元々クロースという名の村だったんだが、賊に蹂躙されてな」


 また賊か。


「その賊どもがしばらく拠点にしていたんだが、そいつらもやがて村から去った。そうしていつの間にかクロース村はアンデッド系の魔物のはびこる廃墟となってしまったらしい」

「村に居座る無法者は賊どもであって、魔物はそう居座らんのだがの。しかしまぁ、アンデッド系の魔物が住みついておるんなら大方曰くつきの村だったのだろ」


 ああ、とクヴァルツは静かに頷いた。アンデッドに曰くつきか。

 クヴァルツの厳しい視線の先には小さな人影がある。位置はマップの赤丸と一致している。


「俺は詳しいことは知らないが……クロース村では秘密裏に犯罪者たちを集めて人体実験をしていたらしい」

「ほお。何の実験だ?」


 人体実験? そりゃアンデッド系も湧くだろうな。……まさかホムンクルス関係か?


「調合した試薬を飲ませたり、外科医たちの勉強のために解剖したり、魔法や呪術の実験台にしたり。そういうことに使っていたとは聞いている」


 ホムンクルスはなさそうか?


「別に珍しいことではないの」

「ああ」


 そうなのか。でもまあ試薬の接種や外科医の勉強なら珍しくないか。勉強するにも実際に解剖しなければ始まらないしな。


「クロース廃墟は魔物たちが再出現する周期が短いらしくてな。厄介なアンデッドたちが跋扈し、誰も掃討したがらなかったこともあって封印の処置が取られているんだが、マルフトが言うには地下の実験場に死の手のトロンボーンという強い魔物がいるそうだ」

「死の手か。……なるほどの、確かに“死の手”がある」


 インが納得したのはその死の手のトロンボーンらしき人影の背中に“6本の腕”があるのが見えたからだろう。

 トロンボーンは俺たちのことを認識しているのか分からないが、強者然としたゆったりとした動きで俺たちの方に向かってきている。


 インもクヴァルツもトロンボーンに視線を向けたまましばらく口を開かなかった。

 そんなに強い相手なんだろうかと思いつつ俺も彼に視線を向けた。


 やがて敵の姿が判明する。


 うねうねと動いている背中の青みがかった黒い腕は実体がないのか、透けていた。

 だが、指の爪は鉤爪のように鋭く、物理的な攻撃もできそうな疑いも解けない。技的にはファンタジー作品的にはシャドーなんとかとか命名されそうな代物だ。


 本体は人型ではあるようだが……体には至るところで包帯や革や鎖が巻かれ、頭には釘かなにかが何本か刺さっているという、たいぶ痛ましい姿をしていた。

 また、側頭部からは長い白髪が伸び、風になびいていて、額の髪は禿げているという老いた落ち武者のような風貌だ。両手には長い包丁のような殺意の高い剣を持っているので、生前は戦う者だったのかと推察してみることもできなくはない。


「……オークか?」

「かもしれんな。オークはその頑丈さゆえに人体実験の試験体になることはままある。魔法は使えん一方で怪力なため、しっかり眠らせるなり精神操作するなりする必要はあるがの。ま、それさえすればよいのだが」


 顔立ちもやがて見えてくる。


 ガタイのいい体にしては異様に首が太く、皮膚の半分がなくなったような干からびた顔は前に突き出ていて、外見的にはクヴァルツが言うようにオークの方が近いだろうか?

 両腕も妙に長い上、二の腕から先には明らかに本体とは違う代物の禍々しい腕がある。肘のあたりを革かなにかでぐるぐる巻きにしてあるし、明らかに後から腕をくっつけたような感じだ。


 胸元には皮がなく、胸骨が覗いている。腰から下は黒い長いボロ布で覆われているためはっきりとはしなかったが、風に揺れた中見えた左の脚は骨そのものであるかのように細い。

 確かに死んでいるに違いない体だろうが……アンデッドというより、もはや異形だ。細い脚の先には腕と同様の黒い禍々しい足がある。


 トロンボーンの容貌から想像するに……だいぶやばい実験だったんじゃないかと考えずにはいられない。トロンボーンが人体実験の成れの果てだというのなら。


 インがクヴァルツに防御魔法をかけ始めた。と、情報ウインドウが出てくる。名前はクヴァルツの言うように「死の手のトロンボーン」で、レベル43らしい。

 インのいう通り、レベル40のクヴァルツは戦えなくはないだろう。レベルだけを見るなら。


 クヴァルツが剣を抜いた。


「防御魔法はかけてやったがの。無理はするでないぞ」

「ああ」


 俺も《魔力弾マジック・ショット》を出す。

 とくに意識したわけではないが、《魔力弾》は長剣になっていた。<山の剣>の持っていたようなハンガーの形をしている。


 それにしても別にクヴァルツのレベルアップのための戦闘というわけではないが、インはサポートにまわるらしい。

 七竜協定の制約もあるだろうが、ランハルトたちは後ろに残してクヴァルツの参戦を否定しなかった辺り、その程度の相手ということなんだろう。


 レッドアイがその程度の相手だったというのはちょっと現実味がなかったりもするが。

 実質俺の一撃で終わってしまったものの、あれだけみんなで警戒していたし、強風は厄介だった。使わなかったが重力魔法もあった。


 というか、俺が助勢するのは問題ないんだろうか? 協定的に。

 ……いまさらか。思えば結構自由行動を許されてるんだな、俺。全くと言っていいほど干渉されてないので、安易に行動を起こせない相手に見られていることにも取れるのだけども。


 ――ヴォアァァァッ! ヴォアッ! ヴィアァァ!


 と、そんなことを考えていると、だいぶ近くまできていたトロンボーンが突然意味不明の言葉を叫んだ。翻訳できる言葉で頼む。

 かと思うと、俺たちに向けて駆けだして来た。両手をシャキシャキと縦に揺らして。ずいぶん元気というか人間味のある走り方だ。


 インが左に跳躍してクヴァルツから離れたので、俺は跳躍して右に離れた。

 トロンボーンは方向転換はしなかった。


 にしても結構でかい。軽く3メートルはあるだろうか。クヴァルツ大丈夫か?


「クヴァルツ!!」


 つい叫んでしまったが、――トロンボーンの意外とでかかった体から繰り出される剣をクヴァルツは剣で受け止め、追撃の左の剣は避けた。

 左の剣が地面に激突して間もなく“死の手”の1つがクヴァルツ目掛けて伸びてきたが、後方に跳躍してクヴァルツはしっかり回避した。よし。


 手がさらに2本目、3本目と伸びてくるものの、クヴァルツはどれも避けていった。軌道が直線的なのもあるが、身軽だ。


 俺はレベルの前評判の通り、クヴァルツがある程度対抗のできそうな展開に安堵したが、双剣に加えて後ろの手も相手しなければならないとなると安心などできないだろう。少し減らしておくか。


 ハンガーになっていた《魔力弾》を発進させ――奴の左腕を切り落とした。


 ――ヴァッ……!!??


 いけるな。不意打ちだったが、トロンボーンの反応はそれほど速くない。

 次いで2,3本後ろの手も切ろうと思ったが、こっちは“物理的に通らなかった”。実体がないのか。


 ――ヴィエ、ヴァリ、オ゛ルォアアッ!!


 トロンボーンの怒った顔と咆哮が俺に向けられる。

 干からびた顔は憤怒に歪み、黒い眼窩に目玉はなかった。怖い怖い。ガチホラーだ。


 ダメ押しに「あの後ろの手を切れ」と念じてみると、《魔力弾》のハンガーの形が変わった。

 色味こそないが、幾本も筋の入ったシャムシール型の剣になり、2本の死の手を斬った。


 「シャドウムーン」。対アンデッド用武器としては最強格のクライシス産のアンリミテッド系片手剣だ。対アンデッド用途以外ではそれなりだ。


 斬られた手はかすむように消えた。

 いけるじゃん。疑似とはいえシャドウムーンならな。クライシス基準だけど。

 

 トロンボーンの顔が苦痛に歪む。そうして今度は俺に向かって駆けてきた。怖いからくるなよ。


 と、トロンボーンの横っ面に火球が到来した。


 ――ヴィ……。


 しかし多少焦げ目がつくばかりでそれほどのダメージはなかった。トロンボーンは立ち止まり、目線が火球の飛んできた方向に行く。

 周囲を見れば、遠方からマルフトさんとヘルミラが手を向けていた。ディアラもいる。


 ただ、ヘルミラの方は手の周りがほのかに光り、周囲では白や黒の光の粒が舞っている。《雷撃トルア》か。


 だが、“あるもの”がヘルミラに向けて猛スピードで飛んでいった。


 俺が切り落としたはずの腕だった。


 え、それはまずい――


 俺は焦って《瞬歩》で移動しかけたが、クヴァルツが間に入り、やがて剣を叩き落とした。

 手の進行はピタリと止まる。ナイス。


「――ッ、らぁぁっ!!!」


 次いでクヴァルツは空中に立ち止まっていた腕を両断した。腕はあえなく地面に落ちた。

 クヴァルツは油断なく落ちた腕に剣を向けていたが、腕に動く様子はない。


 ――ヴァッ、ヴィジ、ウ゛ォルオオ!! ……ウ? ……ア゛ッ……!


 トロンボーンは再び憤怒の形相になり、クヴァルツに怒りの矛先を向けていたが、それは途中で遮られた。


 奴の頭上から落ちた黒い雷光によって。直撃だった。


 ……だいぶ効いたようで、稲光を終えたあとのトロンボーンは黒煙を上げていた。

 トロンボーンはやがて力なく右腕を垂らした。体中が黒々と焼かれている。元々痛ましかったが、さらに無惨なことになっている。


 ――クヴァルツが駆けていた。終わりだな。


「――ふっ!!」


 だが、残った死の手の3本が斬りかかってきたクヴァルツを素早く掴んだ。あ。


「っ!? ぐ……離せ! この野郎!!!」


 クヴァルツはもがいたが、死の手に全く動じる様子はなかった。

 上半身、下半身、そして顔が死の手によって掴まれていて、クヴァルツの動きを完全に封じている。


 力なく垂れていた奴の右腕がゆっくりと上がる。焦げた顔も同様に拘束されたクヴァルツに向けられた。奴の右腕には剣がある。まずい――


「くそっ!……――」


 マルフトさんがクヴァルツの名を叫ぶのをよそに《瞬歩》で向かった俺は、《魔力弾》のシャドウムーンで死の手を3本まとめて切り落とし、次いで奴の右腕も落とした。


 そして、《魔力装》で首も切断した。


 途端にクヴァルツを拘束していた死の手も消える。

 開放されたクヴァルツはすばやく後方に逃れたものの、奴に動く気配はなく……やがてトロンボーンは仰向けに倒れた。


 倒れてほどなくしてトロンボーンは黒い靄となって消えてしまった。


 《雷撃》により草が焼かれ、土の露出した丸い地面には、真っ黒になった長い包丁のような剣と胸に巻いていた鎖だけが残っていた。


>称号「死の手を討伐した」を獲得しました。

>称号「不死の頭領を倒した」を獲得しました。

>称号「助力で真価を発揮する」を獲得しました。

>称号「慢心」を獲得しました。


 慢心ね。クヴァルツの元に行く。


「大丈夫か??」

「……ああ。助かった」


 ざっとクヴァルツの全身を見るが、とくに外傷もないようで安心する。


 インと姉妹とマルフトさんもやってくる。


「2人とも助かったよ」


 マルフトさんもヘルミラも安堵の微笑を浮かべてきたが、マルフトさんの方はすぐに険しい表情になり、奴のいた地面に視線を向けた。


「やはりトロンボーンとかいう奴か?」

「ああ。特徴は一致している。……バーデュゴ子爵に知らせた方がいいでしょう。廃墟の封印が解けてしまっているのかもしれません」


 マルフトさんがそう言って見てくるので、俺はそうだねと頷いた。


「大草原内を見て回ろう。こいつが何体もいたら困る」

「トロンボーンは廃墟内で一番強い頭目の魔物だし、それはないと思うが……」

「そもそもここにいるのもおかしいんだろ。ならすべてを疑ってかかるべきだ」


 しばらくしてマルフトさんが、そうだな、他の魔物もいるかもしれない、とクヴァルツに頷く。 


 トロンボーンの2本の剣と鎖を回収し、俺たちは俺とインをつけたクヴァルツの2手に分かれて馬で草原内をまわることにした。


 結構時間をかけてまわったつもりだったが、大草原は平和の一言で、野ウサギ、イタチ、シカ、臆病な性質で毒もないというウィートスネーク――名前のままに小麦色の小さな蛇だった――以外には動く生物は見かけなかった。

 奴はいったい何だったのか。なぜここにいたのか。結局何も分からないまま、俺たちはヘッセーに帰還することになった。



 ◇



 ヘッセーに戻った俺たちは、ヘッセー城内でヘリバルトさんとは別の家令の人――シルキー・ナジ氏に一部始終を話した。


 ナジ氏によれば、マルフトさんの言葉や情報ウインドウで提示された情報の通り、奴は「死の手のトロンボーン」と呼ばれるクロース村廃墟の魔物で間違いがなかった。

 ただやはりクロース村廃墟の魔物たちが村を出たという前例はなく、それが不審な点であると同時に最大の懸念点にもなった。


 今回はトロンボーン1匹だけだったが、奴1匹だけでももちろん脅威ではあるし、他の魔物も廃墟外に出てしまう恐れも出てきてしまったからだ。


 子供が乗馬ができるほどの大草原の安全は揺らいでしまったといえる。


 クロース村廃墟はバーデュゴ子爵領にあり、バーデュゴ子爵の管轄ではあるが、ホイツフェラー氏の管轄であるヘッセーならびにラークベリー大草原の隣にある領地だ。他人事になるわけがない。

 また、大草原の南にあるバラトン湖周辺を治める小領主であるビュッサー家もまた他人事ではなく、ホイツフェラー氏と協力しなければならないのだが、この家は家のことで手いっぱいで頼りにならないらしい。オネスト男爵としていた話の通りだった。


 なんにせよ、今回の一件はホイツフェラー氏の管理責任が問われる事件になってしまった。


 はじめは話を聞いていて、ホイツフェラー氏の“荷物”がまた増えてしまってその気苦労への同情を深める程度だったのだが……セティシアにいるホイツフェラー氏たちを除く城の要人たちを呼んで改めて報告した話し合いの場で事の深刻さを叩きつけられることになった。

 つまるところ。「管理責任」という現代味の強い事情で収められる事態でもなかったことを俺は知らされたわけだった。


 というのも、話し合いでは以下のようなやり取りがあったからだ。


「――アマリアの仕業に決まっている!! フィッタにセティシアに、そして今度は魔物を開放しただと!? こそこそと隙をつく真似ばかりしやがって!!!」

「落ち着きなさいヨハネス殿。テーブルを壊すつもりか? だいたい魔物の巣を意識的に」

「頭を使いすぎると“玉”がなくなるというのはほんとのようだな。ナジ、お前はアマリアの奴らを嬲り殺す理由が増えて嬉しくないのか? ハンツ様とオトマールの最大の友だと誓い合った仲ではなかったのか? 友の汚名をさらに注ぐ絶好の機会になると考えないのか!?」

「それは……」

「落ち着け、ヨハネス。俺と斬り合いたくないのならな。それともハンツ様に告げ口をした方がいいか? 守備隊長の頭の血管が切れそうだからそろそろ血抜きをしてやってくれとな」

「エーレン、お前はいつからそんなおべんちゃらを言う玉になったんだ。クヴァルツの奴を養子に迎えてからか?」

「お前が変わってないだけだ。歳を食っても何もな。いつも血という血をたぎらせているだけだ。クヴァルツを息子に迎えたことは日々私に生きる活力と希望を与えている。ナジだってそうだろう。お前も同じじゃないのか?」

「まだ青臭いガキだぞ?! 青臭いガキがこの俺に何を与えるっていうんだ?」

「……はぁ。ヨハネス。ナジ殿は魔物の巣からトロンボーンだけを意図的に開放するようなそんな所業は、たとえアマリアとて出来ないだろうと言ってるんだ。魔物の巣の魔物たちは、数年何もしないでおいてようやく“漏れる可能性が少なからずある”程度だ。そのことはお前も知ってるだろ?」

「……し、しかしだなホセ……」

「しかし、なんだ? この魔物の巣の仕組みは500年以上前から記録されているんだが? とくに変わった前例も残っていない。クロース廃墟のように周期が他と比べて早い場所があり、魔人の出現時には魔物の活動が活発になることがあるというその程度だ。お前はこの仕組みを覆せる前例か理論かなにかを持っているのか? それともアマリアが魔人を子飼いにし、意のままに操っているとでも?」

「……」

「いいか、ヨハネス? ハンツ様は喪に服している今でも、王や歴々の方々と共にお考えになっている。今後のアマリアとの戦いで勝利を収め、オトマール様の汚名をさらに注ぐことにもなる勝利と平和という栄誉で上書きするためにどうすればいいかをな。……俺たちがここで騒いでいても何一つ変わらない。剣と殴り合いしか能のない俺たちが今すべきなのはハンツ様が戻られる前に情報を整理し、大草原に出せる調査隊を把握し、マイアン様やバーデュゴ子爵に文か伝令を出すことだ。違うか?」

「……ふんっ。まったくその通りだよ」


 こうした会話を聞いていて、まさかアマリアと関連付けるとは思わなかったが、でも確かに状況的には結びつけてもなんらおかしくはなかった。


 フィッタでの他国の山賊に委ねた虐殺。セティシアでのその隙を狙った占領。

 ここにまた別の布石が連なってくるのは何も不思議ではない。アマリアをそういう相手だと見る感情も正しいと言えた。


 もう白髮のほうが多い黒髪を振り乱して怒り狂っていたのはヨハネスというヘッセー城の守備隊長の人だが、彼の怒りはまったく当然の怒りのように思えた。

 額に血管を浮かせながらクヴァルツを青臭いとか罵ってたし、率先してはあまり絡みたくない人には違いなかったが、彼は大草原の調査部隊に真っ先に名乗りを上げていた。ホイツフェラー氏や先日亡くなったオトマール・ベルガー伯爵、ヘッセー城にヘッセーの街そのものを守る意志の強い人には違いないらしかった。


 今回は俺たちがたまたま討伐できたが……レベル45の敵に立ち向かえるとなるとそういる人材ではない。

 話し合いにいた面子でも、レベルは30台でホセさんが一番高くて34だ。


 クヴァルツも単身だと厳しいものがあった。トロンボーン1匹を放逐するだけでもじゅうぶんな被害を出すことが出来たのは明白だ。勇気のある人たちだ。

 クヴァルツの活躍を賞賛していなかったのはあれだが……まあ、ヨハネスさんには守備の任を頑張ってほしいところではある。


 また、魔人にはまだ会ったことがなく、魔人の脅威もまだ身を持って経験していない俺的に言わせれば、「アマリアが魔人を意のままに操る」というのは割と濃厚な線なんじゃないかと思わされたりもしたんだが……とはいえ、500年の歴史はさすがに説得力がある。


 千年以上生きているインもそのような前例は聞いていなかった。

 あるとすれば、新しい呪術の類か、<灰色の幽暗>の異常な現象による影響だろうとのことだった。ただ、<灰色の幽暗>なる現象は今年はまだ起こっていない。


 ちなみにヨハネスさんは周囲の説得も甲斐なく何度か声を荒らげていた。やれやれだ。

 友人が死んでいる身からすれば、やれやれだなんて気軽に言える問題でもないんだろうけどな。



 聞いているだけでもどっと疲れた話し合いを終えて、城にある食堂で食事を取った頃にはもういい時間になっていた。

 馬車を乗ってケプラに着いた頃には真っ暗になっている、そんな時間だ。


 ヘッセーに来る予定はもうなかったのでホイツフェラー氏と会ってから帰りたいところだったが、残念ながらまだ彼はセティシアから帰還していないようだった。


 ディーター伯爵の熱が引き、回復した文はもらっているので明日には戻るとのこと。よかったよかった。

 ナジ氏の計らいで賓客扱いになっていたので城内での宿泊をすすめられたが、明日のガシエント行きの準備のこともあるので断った。


 実のところ、ホイツフェラー氏には少し会いたくない気持ちもあった。

 重荷を増やして険しい顔をする彼の顔を見たくなかったのだ。コルネリウスを殴った時の彼には恐怖感も覚えたが……同時に痛ましくもあった。


 厩舎への道すがら、近くにダゴバート一家が借りている借家があり、ダゴバートはグンドゥラとアルルナを見送りに連れてきた。

 厩舎で馬車の準備をしてもらう間、トロンボーンのことを話すとグンドゥラは驚いていたが、ダゴバートが戦わなかったと聞いて安堵していた。ダゴバートの方はいくらか不服そうだったけれども。


 レベル差もあるし判断は間違ってないとは思ってるが、戦力外通告をしてしまったからね。無事に生き残ったからこその不服とも言えるかもしれない。

 もっともダゴバートは不服であるとは口に出さなかった。いい家庭を築いてほしいものだ。


 馬車の準備が終わった。


「元気でな」

「ああ。クヴァルツも」


 クヴァルツが手を差し出してきたので握り返す。


「結局たいしたことはできなかったが、今回のこともある。まだまだ恩は返したりないからよ。オルフェに戻った時はいつでも顔を出してくれな」


 と、ダゴバート。


「いつになったら返せるの?」


 意地悪な質問をしてみると、「さあなあ」とダゴバートは肩をすくめた。

 こうして友人として会ってくれるだけでいいと思ったが、恥ずかしいので口には出さなかった。


「あの時はダゴバートを救ってくれてありがとうございました」


 次いでグンドゥラが軽く頭を下げてくる。気にしないでと言いかかり、「いえいえ」と言うのに留めた。

 命を救われた恩を気にしないわけにはいかないだろう、とくにグンドゥラは。ダゴバートが生存してあんなにむせび泣いた人だ。


「イン嬢もありがとな。グンドゥラに魔法を教えてくれてよ」

「教えたわけではないんだがの。ま、気にするでない」


 俺は留めたのに気にするなと言われてしまった。


「せっかく生き延びたのだ。強く生きるのだぞ。アルルナもな」

「うん。分かったよ」


 ハンツ様、寂しがるぜ、ダイチのことは気にいってたからよ、とランハルト。


「どうやってうちや七影に誘うか常に考えておられたからな」


 マルフトさんの言葉に、うんうん頷くランハルト。やっぱり誘うことは考えてたのかと内心で苦笑する。


「まあ、今生の別れってわけでもないし。用事があればまた来るし、出発前には手紙も書くから」

「そうだけどよ。……お前らも元気でな。また馬乗りしようぜ」


 姉妹がぜひ、と笑みを浮かべる。


 姉妹には里に送り届けたあとのことは聞いていない。

 もしかすると、これからもついてくると言い出すかもしれないし、むしろ俺の方で頼んでみたりするのかもしれない。インとの2人旅はちょっと寂しいからね。


「旅の間に馬の練習しとけよ?」


 頑張るよ、とクヴァルツに苦笑すると、俺の情けない姿を知っている3人から笑みをもらう。

 笑われつつ、そういう暇のつぶし方もあるか、と内心で頷く。


 名残り惜しさを胸にみんなから見送られつつ、俺たちはケプラ行きの馬車に乗り込んだ。


 発車してたいした間もなく俺は眠ってしまった。


 単純に馬車移動は疲れるし、俺が乗り物で寝る性質なのもあるが、ヨハネスさんたちの小会議が疲れたのもあるだろう。

 復讐の熱量は、堪える。浴びるのも、俺自身が放つのも。復讐劇はエンタメの世界だけでいいよ……。

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