8-13 ヘラフルの憩い所にて (4) - 冗談と純白の翼


 広い会場内を歩いていると、目線が天井に向かう。


 天井はごく平凡な切妻屋根のようで、ヘッセー教会のような天井に向けて伸びる柱もなければ、ジルを現した見事な花と図形の意匠もない。

 壁にはおなじみの赤竜のタペストリーが張られてあり、横には同様のタッチで描かれた銀竜のタペストリーがあるのは珍しかったが、他には特別変わったものはなかった。


 次いでテーブルに視線が向く。

 ここにはいくらか高級料理店の貫禄はあった。


 雪のように真っ白なテーブルクロスの敷かれたテーブル。テーブルクロスの中央に置かれたガラス製の水差しと食器が入っていると思しきナプキンのかけられたカトラリー入れの籠。金ぴかの燭台もある。

 緻密な彫刻細工の施された壁のランプに、そして吹き抜けから吊るされたたくさんの“脚”がある金色のシャンデリア。壁の方で置物のように鎮座している、立派な鎧を着、槍を持った警備の兵士が目に入る。槍の穂先では獅子が描かれた旗が下がっていた。暇だろうな……。


 なぜか赤いカーペットが入り口まで一直線に続いているのが目に留まる。普通のビロード地のようだが、当然のように靴跡がそこかしこである。王の代理のためだろうか?

 王はごろごろっとカーペットを敷かせた直後に歩くイメージがあるが、あれは誇張表現だよな……? 微妙に判断がつかない。


 カーペットを避けるように各長テーブルと長イスがカーペットを囲うように配置されている。大学の教室を思い出してしまう。


 見ていて内装の簡単な総評が俺の中で固まってくる。


 ……確かに安くはない店ではあるんだろうが……ただやっぱり、ヘッセー教会や金櫛荘に比べるとどうしても見劣りしてしまう。


 料理屋で内装に金をかけても仕方ないのかもしれないと、現代知識を持ち出して考えを一つ。


 レストランビジネスは絶大な富を築くとなると難しい。飲食店の数がやたら多く、そのために値段が下がりすぎている日本では特にそうだ。

 ……なんとか子爵がアランプト丘の土地を入手した暁にはブドウ栽培を始めるように、こちらの世界でも酒や居酒屋に目をつけた方がよさそうなものかもしれない。みんな酒好きだしね。肉体が西欧人ベースなら酒を受け付けない人はなかなかいないだろう。


「――ダイチ君、行くよ?」

「ほれ! ぼうっとしとらんで行くぞ。全く、目を離すとすぐこれだ!」


 インに背中を押されながら店の中を進んでいく。ヴィクトルさんやウキジンさんから不思議そうな顔で見られる。

 市内はある程度巡ったが、ここは初めて来るからなぁ……。この人の集まり具合も今日限りだろうし。


「妹というよりも、なんか……姉とか母親みたいだな」


 というウキジンさんのぼやきに、インは「であろ?」と得意げに答える。姉ならまあ……どうでもいいや。


「――ウラスロー伯! ご機嫌いかがですかな?」

「おぉ! アーデン将軍。……いや、男爵閣下でしたかな?」

「……もうそのくだりやめませんか? おかげさまでなかなか男爵位が板についてきませんよ。叙勲してからもう半年になるというのに」

「はは。失敬失敬。からかいたくなる年頃でね。しかし貴殿がいるということは……」

「ジギスムント卿は領内で対抗策を講じています。トルスクにも領軍は少なからず派兵を。今日の会合はミュットフォルテ子爵が名代としていらっしゃいます」

「なるほど。隣は……」

「ライゼンギル武器商会は弓部門所属、マシルト・イェリネクです、ウラスロー閣下。本日はテル氏の代わりに参りました」

「テル氏も多忙で?」

「はい。他の代表と同じく、忙しくしております。ヴォルデマール氏やチュール氏など、何人かはジギスムント領に」

「ところで伯爵。そちらの方々は?」

「あとでバラすけど天翔騎士のハレルヤと、ホイツフェラーの招待客だよ」

「これはハレルヤ様――」


 2人が会釈をしてくる。ヴィクトルさんの知り合いも多いようだ。

 ハレルヤ君もヴィクトルさんと同等の立派なマントと革の鎧――七影と七影の隊長の礼服用の鎧は、ミスリル製かアピスという魔獣の皮製で選べるらしい。2人は魔獣の方だ――に着替えているのだが、あまり顔は知られていないのか、判断はつかないようだ。


 こんなやり取りで歩みが止まりつつ、とあるテーブルのコップに目が留まる。

 この杯の形の真鍮製のコップはなんて言ったっけか……そうだ、ゴブレットだ。だが、会場の酒のにおいはほとんどない。


 談笑は依然として挨拶回りをしていると思しき商人たちを含めそこかしこであるのだが、まだ挨拶の段階だからか、みんな表情が明るいようだ。パーティだなぁ。


「――おぉ、ハレルヤ様! ご機嫌麗しゅうございます」

「ハレルヤ様。今日もお美しいお翼ですこと!」

「いつお翼をお披露目していただけるかと首を長くして待っておりましたよ」


 ――品の良い談笑が俺たちを次々と取り囲んでいく中、突然歓声が起き、ハレルヤ君への挨拶や賛辞が俺たちの周りで起こる。どうやら《隠蔽ハイド》を解いたらしい。

 ハレルヤ君は天皇のように片手を挙げ、穏やかな笑みをたたえて、「ありがとう」やら「あなたもお美しいですよ」やら、コメントしつつ頷いていた。


 美しいと言った相手はもちろん女性だ。

 頭巾で髪は隠していたが、彼女は若くて美しかった。来場者の誰かの夫人なのだろうが、抹茶色の生地に帯や花柄や模様を散らしたドレスはつくりが見事で、彼女の外見年齢からするとちょっと落ち着いた風貌ながらも、何でも手作りであるゆえの、完成され計算された美をしっかり放っていた。それにしても……ハレルヤ君は恋愛とかに興味あるんだろうか?


 美しいの言葉通りに、確かにハレルヤ君の白い翼はにわか雨にでも降られたように半ば光り輝いている。

 オルフェでは翼人はレア種族のようだし、翼人であることは貴族たちから大切にされる要因になっていそうだ。貴族、美品珍品の類好きそうだし。


 やがて、ヴィクトルさんの「客」も挨拶に参加した。結構な大所帯になる。実にパーティらしいね。


 それにしても《隠蔽》を解く前と後で、ハレルヤ君への反応が極端だった。

 ユッダ君にちょっと聞いてみれば、現在の《隠蔽》でのハレルヤ君は、ユッダ君たち隊員と似たような装いにしているらしい。道理で分からないわけだ。《隠蔽》便利だよなー……。


 ――話が一区切りつき、歩みを再開すると、ダークエルフ、つまり姉妹にいくらかコメントしているのが耳に入る。普通に貴族たちだ。

 やかましくなるのを想定して《聞き耳》は切ってしまっているので、「ダークエルフ」「双子」「ジョーラ様は」といったワードしか聞き取れなかった。ジョーラは来るんだろうか?


 会場内の会話は内容も品がいいようなので《聞き耳》で気分を害することもなさそうだが、目の前の会話に集中できないのも失礼かと思い、切ったままにしておく。

 姉妹を見ると、いつからだったのか、すっかり緊張して萎縮しまっていて自分たちの評判どころではないらしい。会場に入ってからそうだが……まあ、そうだよなぁ。一応彼女たちも里ではいいところの子なんだけどね。


 と、1つ気付く。

 店内の席は二手に分かれ、左手が武人たちおよび七星・七影、右手が商人や貴族などの非武装の人で分かれているようだ。


 非武装席の同じテーブルに、ヨシュカとアルバンがついているのが目に入る。

 2人とも立派な服装に身を包んでいるが、緊張しているのか、自分たちが中心である会議の内容に気後れしているのか、面持ちはやや硬い。


 ヨシュカには白髪交じりの男性と葬式にも出ていた双子の従者の他に、戦斧名士ラブリュスのランブレー氏とホセ氏がいた。臨時の護衛だろう。

 アルバンの方には母親と思しきドレスを着た老齢ながら気丈そうな女性、役人風の壮年の男性2人に、黒髪で精悍な顔立ちの見知らぬ男性――いや、オランドル隊長が同席している。警戒戦では見なかった金属細工が豊かな金属製の鎧を着、上にも上等そうなケープをつけている。


 オランドル隊長と目が合った。少し驚いたようだったが、薄く笑みをこぼされる。

 アルバンの付き添いか? まあ、ヨシュカと同じく人手いないもんね。オランドル隊長が護衛なら、頼もしいところだ。


 別のテーブルにはタチアナがいた。彼女もまたマントに革の鎧にと、立派ないで立ちだ。

 隣には同様のマントを羽織った、堂々とした厳格そうな男性に、柔和だが男性と似たマントを来た男性がいる。身内か? 同席している目に大きな切り傷のある頼もしそうだが、鋭い目つきの男はケープを羽織っている。護衛か。


 他にはなかなか迫力のあるスキンヘッドの人が同席しているが……新人育成を担当になった人だろうか。

 会場内では黒人並みにスキンヘッドは見ない。帽子をかぶってる人も多いので、中にはいるかもしれないが。


 観察をしていると、タチアナが気付き、少々大げさに手を振ってくる。……俺?


 控えめに手を振り返してみるとニンマリとされる。照れるじゃないか。それにちょっと恥ずかしいぞ。

 横でスキンヘッドの人が見定めるように見てきいていて、タチアナに耳打ちした――やがて意外そうな顔を向けた。会話の内容が分かりそうだ。こいつが? とかいう心境なんだろう。


 そういえば、タチアナとは外見年齢だと同年代になるのか。俺は年齢を聞かれた時には、一応17と答えている。

 俺はあまりそういう感情を抱けないが、彼女からしてみれば同年代のよしみなのかもしれない。


 俺の周りは年上ばっかりだしなぁ。タチアナも傭兵たちに囲まれてるなら、そんな環境な気がする。


 入り口近くの末席にアバンストさんがいるのが見えた。金髪ロン毛のオールバックはとても分かりやすい。音楽家のような巻き毛ロン毛の人とかもいるんだけどね。……あ、なんか照れている。

 彼と和やかに喋っているのはアングラットン市長だ。さすが市長、貴族たちに比べると豪華絢爛さや威厳では劣るが、周りにいる人たちはみんな賢そうな顔つきをしている。財政とか防衛とかきっとその辺の重役たちだろう。


 近くにはラズロさんもいる。黒人顔は見ないので、ラズロさんの人相は目立つが、さすがにアラビアンも準備している今回は分が悪い。

 とはいえ、灰色のハンチング帽をかぶり、フォーマルめなシャツとベストを着こなし、俺の世界でも通じそうなオシャレ黒人になっていて、新鮮な感動を味わわされる。ジャズを歌い始めるのを想像してにやけそうになるのを止める。


 同席しているのは似たようなフォーマルな恰好の白髪交じりの人に、男性と女性がそれぞれ1人。ギルド長と職員かな?


 そういえばアバンストさんのテーブルには誰もついていないことに気付く。

 ケプラ騎士団の席か。出席するのはベルナートさんにアレクサンドラに、あとティボルさんか。


 アリーズさんとかジルヴェスターさんとかは来ないのかなと振り返った折に、赤いカーペットの先が「とある席」に続いていることに気付く。

 テーブルクロスがかけられているので細かい部分は分からないが、先のテーブルは他のとは木の色合いが違っていて、テーブル、イスともども植物でできた蹄のような緻密な彫刻が脚に刻まれている。一品だ。


 ああ、代理用か?


「質問があるのですが……なぜこのようなテーブルの配置に? カーペットも。王の代理のためですか?」


 またヴィクトルさんとハレルヤ君が立ち話をし始めて歩みが止まっていたので、ダビエスさんに訊ねてみる。


「はい。普段店ではこのような配置にはしていませんし、カーペットも敷いていません。――あそこの席にはまだいらっしゃってませんが、今日は代理としていらっしゃる、王室貴族のディーター伯爵様がお座りになられます」


 ダビエスさんは席を見てそう解説する。やはり代理用か。


 と、改めて店内を見て、店の奥と入り口付近、とくに非武装の席で「層」がだいぶ違うことに気付く。

 店の奥はアラビアンな人をはじめとした金のありそうな人たちが集い、入り口付近ではケプラ騎士団員の席やラズロさんの席があるようだ。商人っぽい人もいるが、店の奥の人たちに比べて服装は控えめだ。


 察するに上座・下座ということらしく、おそらく権力の順位で席を決めているらしい。権力のある奴にとって席順って大事だもんな。

 くわえて、王の代理の席は店の奥の方にある。王の周りに下々を座らせるわけもない。こういう会食パーティは暗殺されやすいだろうしなぁ。……ということは、代理の席に近いので、アラビアンな彼はかなりの権力者か。まさか王子とかではないよな?


 武装席の方は、入り口にケプラ騎士団の席があるが、あとは主に七星・七影か?

 武装席では、貴族・商人側よりも席についている人は少なく、明らかに隊長格でない人が座っているテーブルもある。


 まだきてないのか、欠席なのか。

 ホイツフェラー氏も、戦争中だから全隊長・副隊長が揃うことはない、代理が来ると言っていたものだった。


「――ところでダビエス君。私たちが座るのはどこだい?」


 話が終わったらしい。


「あ、あちらです」


 と、ダビエスさんが顔を向けた方向には貴族が数名集まっていて、奥がよく見えない。

 見えないのが同じだったようで、ヴィクトルさんが少し横に移動したのでついていってみると、奥にはホイツフェラー氏がいた。


 弓術名士の方々はホイツフェラー伯爵様の御座りになられている戦斧名士席の横ですね、とダビエスさん。


 ホイツフェラー氏は、縁には毛足が短めの毛皮があり、生地には金糸で贅沢に模様を縫ってある紺色の豪勢なマントを羽織っている。

 葬式とは違うあつらいのマントのようだが、今回のマントにも、雄々しく叫び、斧を手に持った戦斧名士の初代隊長スヴェンの横顔のシルエットがあるんだろう。


 マントの下にはこれまた細部まで彫刻がびっしりと彫られた金属製の胸当てを着ている。鎧の輝きは鉄や鋼の比ではない。

 礼服の鎧はミスリルの鎧か、アピスの皮の鎧のどちらからしいのでミスリルなんだろう。ミスリルの鎧は初めて見たが、金属質の輝きが綺麗だ。


 隣にはラディスラウスさんと老参謀のヘルバルトさんがいる。他にはいないようだ。人選的には納得はできるが、何人まで出席可能とかあるんだろうか。


 ホイツフェラー氏も俺たちに気付いたようで、


「お、来たな。“お坊ちゃん”が!」


 と、手を振ってくる。え。あまり大声で言わないでくださいよ。

 みんなから見られ、やがて軽く生温かい視線がいくつか注がれる。俺たち以外の出席者からもだ。恥ずかしいったらない……。


 ホイツフェラー氏のもう一方の手にはゴブレットがあり、傍には小さな樽もあった。ワインだろう。ゴブレットはともかく樽の方はまだ見ていない。


 ヴィクトルさんが皮肉な笑みを見せ、肩をすくめながら見てきてホイツフェラー氏のテーブルに向かったので、俺たちも移動した。


「なんだ、ハンツ。お偉いさんが来るってのにもう酔ってんのか?」

「お偉いさん?? ディーターの奴がか? ぶははっ!! 別に奴は俺が酒を飲んでようと気にせんよ。元平民のお前が自分より先に酒を飲んでたらちょっとにらんでくるかもしれないがな」


 ホイツフェラー氏はかなり陽気な表情で、舌も滑らかだ。結構酔ってるのか?

 ヴィクトルさんがため息をついて、「ディーター伯爵は“平民上がりの七星に文句を言いたい病”なんだよ。つける薬もない厄介な病気だ」と俺たちに解説した。ははあ。貴族らしいといえばらしいけど。


「ま、諦めるしかなかろうな。地位ある奴にはままある類の病気のようだからの」


 と、他人事のように薄い笑みを浮かべてイン。


「ままあるが、相手をする方の身にもなってほしいね」


 少しかわいそうだが、でもヴィクトルさんはのらりくらりと受け流しができそうではある。それがまた相手を焚きつける理由にもなってしまうのはよくあることだ。


「ウラスロー閣下、俺たちも席に向かいます」


 ベルナートさんとアレクサンドラも席に着くようで、俺たちとはいったん別れ、アバンストさんのいるケプラ騎士団の席の方に行った。


「ダイチたちはここだ、ここ! 俺が招待したからな!」


 ホイツフェラー氏が機嫌よくテーブルを軽く叩いて座るように言ってくる。はいはい。再び参加者のいくらかから視線を感じた。目立つなぁ……。

 ダビエスさんはハレルヤ君たちに天翔騎士の席を教えると、店の奥に消えていった。


>称号「貴族のパーティに参加した」を獲得しました。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る