第84話 ログイン12日目




 さて、ログイン12日目である。イン前に琴音とラインしたけど、もう大分落ち着きを取り戻して、アバターロスの衝撃も引きずっていなかった様子。

 今日から別々の部屋でのログインとなるけど、彼女が接続するのはメインサーバの方。俺と一緒にと言うのが、琴音にとっては大事な儀式みたいになってるみたいで。

 それはそれで、幼馴染が精神的に落ち着くなら大歓迎。


 いつもの様に、困った事があったらライン頂戴との返信を受けて。了解と返しつつ、イン前の儀式のようなグータッチの絵文字の交換。

 戦友みたいな行為に、俺の冒険者魂に火が入って行く。


 琴音は元々、ウザい位のコミュニケーション好きなのは知っていたし。何日目かのイン前に、洒落でこちらから催促したら恒例儀式になってしまった次第。

 俺の部屋に設置された新しい筐体は、何と言うか見慣れない調度品みたいで浮いている。妹たちも、午前中にゲームのお試しインをこなしたと聞いていたし。

 これが日常の光景として馴染むのは、もうちょっと先かな?


 先週の土曜日は、バイト終わりと夕食前の時間に無理やりイン時間を設けたので。ゲーム内では夜中だったと言う、予想外のハプニングに見舞われたのだが。

 今回は自分の部屋からのインなので、ある程度の時間の融通は利くのが嬉しい。今夜はフレとの待ち合わせがあるので、あまり悠長にはしていられないけど。

 それはまぁいいや、とにかく今日の冒険を頑張ろう。





 インした途端、激しい違和感に苛まれて俺はプチパニックに。ここはどこだと周囲を見渡すと、視界を埋めるように嬉しそうなファーが顔面に飛びついて来た。

 それから足元にも衝撃が、こちらは恐らくネムだろう。その他にも人らしき気配があるのを察知して、我知らず身構えてしまったけれど。

 何の事は無い、例の孤児の兄妹だった。


「あっ、兄ちゃん……おかえりなさい」

「おうっ、ロビーにリズ……ただいま、腹減ってないか?」

「お腹は空いてる……」


 突然に出現したこちらに対し、さほど驚かずに挨拶して来た兄君に対し。妹のリズも全く不信感を抱かずに、素直に自分の空腹具合をさらけ出して来る。

 印象通りに、この子たちはいつも腹を空かせている様子。何かあったかなと鞄の中を漁っていると、ファーとネムもご相伴しょうばんに与かろうと寄って来た。

 インして早々食事とか、変な気もするけど。


 鶏肉や卵は大量にあるけど、パンや穀物系の素材はほぼ無いなぁ……街に出たら買い溜めしておこう、今は取り敢えずその2つを焼いて提供する事に。

 ちなみにこの肉と卵は、9日目の軍艦鳥の群れのドロップである。調理キットを取り出して、調味料を適当に並べて行く。皿を取り出して、机が欲しいなとこの物置小屋を眺めやり。

 乱雑なガラクタ的置物と、兄妹の私物の無さにちょっと引く思い。


 ファーに卵食べるかと尋ねたところ、彼女はこれも嫌だと首を振って来た。仕方なく竜宮城で入手した煎餅せんべいを取り出すと、小さな口でかじり始める。

 それを見て物欲しそうな顔になる子供たち&仔竜。メインの前にお菓子はダメと、強く言えないのが俺の弱点ではあるよなぁ。

 1枚ずつだぞと口にすると、途端に室内に響き始めるパリポリ音。


「今日はお店で、机とか保存食とか買っておこうな。後はこの部屋、何が必要かな……ベッドは無理でも、布団的なモノはあった方がいいな!」

「お金ないから……先に仕事が欲しい」

「あのね! 水槽からきれいな貝殻とか取れたの!」


 フライパンを熱していると、リズが勢いよく俺に語り掛けて来た。何の事だと驚く俺の前に、得意そうに煎餅の破片を持ったファーが浮き上がって来る。

 どうやら誉めて貰いたいらしい、リズも同じく収集手伝ったと珍しく大きな声を発している。どうやら昨日のログアウト間際に、設置した『水中珊瑚』の収穫があった様子。

 おっとマジか、たった1日で収穫が出るなんて。


 その内容は、綺麗な貝殻とか珊瑚の欠片がちょびっとずつ。貝殻系はどうするのが一番なのか、知識に無い俺は取り敢えず琴音に相談メールを飛ばしつつ。

 良くやったぞと、ファーとリズを褒めておく。


 ちなみに『壊れやすい鉢』に『魔法の腐葉土』を敷き詰めて、『銀葉樹の苗木』を植えた鉢植えは特に変化なし。枯れてはいないので、順調だと思いたい。

 それから『淡い水瓶』に『魔水連の球根』を8個ほどセットした水瓶も順調そうでなにより。これらは確か、西の断崖遺跡ダンジョンから入手した栽培セットだった筈。

 これらは全部、ログアウト前に設置した置き土産である。


 ファーに任せて大丈夫かと尋ねたら、ドンと胸を張って応えてくれたので。安心して残り少ない滞在時間を使って、昨日のうちに鞄から取り出したのだった。

 自由に使える敷地が手に入ったら、やってみたかったんだよね。リズも設置を手伝ってくれていた様子、良い助手を得たなファーさん。栽培など1日かそこらじゃ、ろくな成長も収穫も見込めないだろうと俺は思っていたけど。

 どうもこのゲーム世界では、少し勝手が違うみたい。


 いきなり珊瑚から収穫が上がってるし、ひょっとして妖精は栽培にも才能があるのかも知れない。とにかく継続的にアイテム収集の伝手が出来るのは、願っても無い事なので。

 今後とも頑張っておくれと、ファーとリズに激励を飛ばす。


 そのお礼として、こちらはご飯を食べさせたり寝床を確保したりする訳だ。ここは裏町の神殿の敷地内、オンボロ納屋に間借りした俺の専用空間である。

 神殿の借金の肩代わりに、1か月の契約で昨日のインで借りる事が出来たのだ。ついでに子供たちに仕事を与えたいと申し出ると、それならこちらもフォローすると神父さん。

 取り敢えず、売り子の手伝いからをこちらは予定している。


 何にせよ、物置小屋の中の半分は殺風景で家具の類いが1個も無いのは問題である。窓際に鉢植えと水瓶が置いてあるだけ、家具の買い足しは大事な今日のスケジュールだな。

 ちなみに納屋のもう半分は、椅子とかガラクタ類で埋もれている。片付ければもう少し、居住スペースが取れるかも知れない。

 掃除はそこそこ行き届いていて、汚くは無いかな。


 子供たちの仕業か、それとも例のシスターが気を利かせてくれたのか。などと思っている内に、鶏肉と卵焼きが完成。お皿に盛って配ってやると、食欲魔人たちの饗宴が始まった。

 もちろんウチのネムも参加中、ファーは煎餅でお腹一杯らしい。


 時間的にはお昼ご飯に当たる食事時、その最中にシスターがひょっこりと顔を出した。様子を見に来たと言うが、どうもアレコレと用事や伝言を抱えているらしく。

 その内の一つ、聖水作成用と生活用に使う水汲みは、どうやら兄妹の仕事らしい。それなら一瞬で終わるよと、俺は水魔法の《清き水》を奢ってあげる事に。

 驚き顔のシスター&子供たち、その代わり販売事業を頑張って欲しい。


 次いでのシスターの依頼は、神殿で製作する聖水&薬品類の材料収集。ちゃんとクエ依頼形式になっているので、こちらとしては有り難い限り。

 『♥2:月光草の採集』『♥1:薬草&毒消し草の採集』『♥2:魔力草の収集』『♥3:白苔&赤苔の採集』『♠4:白魔百合の球根採集』と5つもクエ依頼の同時受注、NPCからのクエは幾ら受けても平気っぽい。

 ちゃんと呼び出し画面のクエ依頼の欄で、受注済みと閲覧えつらん出来た。


 内容はそれぞれ、聖水の原料、ポーション&毒消し薬の原料、マナポの原料、万能薬&炎の神酒の原料となっているらしい。

 ただし、白魔百合だけは何の原料かは教えて貰えなかった。


 採集場所は、薬草類はフィールドに点在するそうで、苔類は街の地下下水道げすいどうの奥にも生えているとの情報を得た。苔の採集は、子供たちも得意だとの事。

 とは言え、多少の危険もあるようで。


 大ネズミとか蝙蝠コウモリとかと、地下でまれに出くわすそうだ。それは気楽に行って来いとは言えないな、安全確保のために俺か誰か大人の同伴が望ましいかな。

 これらの依頼を受けてても、別に街の掲示板クエも同時に受けれるようだ。そして特に急ぎでも無いらしい、ってか原料が無ければ神殿の売り物が増えないってだけで。

 どうやら老神父さんが、錬金術系のスキルを持っているらしく。


 原料さえあれば、ある程度自分で作ってしまえるそうなんだけど。こんな裏町、冒険者も積極的にクエ依頼を受けに来てくれないと言う恵まれない現状に。

 困り果ててのジリ貧生活だったみたい、そこに飛び込んで来た世間知らずの冒険者。つまりは俺だ、借金の立て替えだけでも有り難いのに、薬草クエも受けてくれると言う。

 しかも、子供たちの面倒まで見てくれるとは想像外だったらしい。



 その子供たちは、今は食事を終えて満足そうにお腹をさすっている。シスターは今日の出品予定品を、俺の前に掲示してくれている所……なのだが。

 聖水が3本と炎の神酒が1本、他は効果が頼りない御守りが数個あるだけと言うね。こんな品数の露店など、何の魅力も無い事請け合いである。

 俺は昨日用意した、アイテム群を鞄から取り出す。


「ロビー、もの覚えは得意な方か……? リズも一緒に覚えろ、定価の8割で売っていいから。これで売れ残ったら、責任重大だからな!?

 せめてポーション瓶だけでも、全部売り切るように……これは80モネーな?」

「安く売ってもいいの……? 待って、値段おぼえる……」

「私もおぼえる!」


 元気に返事したのは、お腹がいっぱいになった証拠だろう。明らかに品数の寂しい露店の対策に、こちらの鞄に大量に余っているポーション類の提示を思い付いたのは昨日の事。

 ポーションも小瓶は、今となっては使わないので全て売りに出す事に。後は毒消し薬やマナポーションの小瓶、経験の飴玉や鑑定石なんてのも出品予定だ。

 他にも魔力のガムなんてのもあるな、よし出そう。


 消耗品なので、自分で使っても良いが使わなくても問題ない。店売り定価より安く出せば、買って行く冒険者も一定数いると思うし。

 小瓶の類いは、それぞれ10本以上あるので、かなりの賑やかしにはなってくれる筈だ。それを見ていたファーが、自分もするぞと鞄からアレコレ取り出してくれて。

 何と言うか、これで出品物は急激に珍妙な並びに。


 一体いつの間に、こんなに収集したのだろう……木の実や丈夫な蔦はともかく、綺麗な石や貝殻類、古銭らしきモノや壊れた矢尻、カタツムリの殻や干乾びたキノコまである。

 さすがの兄妹も、これにはうわぁ……と言う顔つき。ただシスターは動じず、何だろうねこの人ってば。俺も言葉を濁して、買う人がいれば売ってくれと言付けるのみ。

 考えれば酷いな、こんなガラクタを押し付けて。


 まぁいいや、これで更に商品が賑やかになったと思って貰おう。シスターの内心は読めないが、兄妹は明らかにいつもと違う品揃えに興奮してヤル気十分の様子。

 いよいよ商売へと向かう一向に、こちらも装備を整えて一緒に納屋を出る事に。ついでに露店の場所を見定めて、後で見学に行けるようにしようと思う。

 上機嫌の兄妹にじゃれ付かれながら、裏通りを歩く事数分余り。


 そこは東門前の小広場だった、露店の数もそこそこ出ていて人通りも多い。近くには赤の塔の茶色いブロックの壁面も窺えて、競売所も結構な場所を取っている。

 急に賑やかな場所に出た混乱と、ごった返す人々の喧騒けんそうに酔ったようになりながら。シスターはお構いなしに、自分たちの露店場所はここだと静かな声で知らせてくれた。

 もろ角っこで、あまり良い場所では無いな……。


 敷地もかなり狭いし、第一人の流れがそこまで来てないのが商売として痛い。今までは、兄妹が冒険者に声掛けして何とか売り上げを稼いでいたそうだ。

 今日も早速、露店場所に商品を設置するシスターと、冒険者に声掛けを始める兄妹の構図。見事なフォーメーションだな、兄君はいきなりお客第一号を捕えた様子。

 しかもその客、いきなりマナポ小瓶を3本お買い上げ!


「おおうっ、幸先良いな……ロビー、ナイス客引き! この調子で頼むな、俺は別の用事が出来たからここを離れるけど。

 後で顔見せに来るよ、追加の商品についてはまた考えよう」

「わかった……多分、この感じだと残りも全部売れると思う!」

「薬草の収集もお願いします、神父様が煎じて売り物にしてくれますので……」


 頼もしいロビーの報告はともかく、普段は言葉少ないシスターのお願いに取り敢えず了解の返事をして。用事が出来たのは事実で、さっき二の字から通信が飛んで来たのだ。

 どうもフレ登録してたら、こんな感じで“音声”を飛ばせるらしい。ただし同じエリア内にお互いがいる場合のみ、色々と制約が多いそうで。

 とにかく5分後に集合しようと、その声は語っていた。


 集合場所はこの東門前なので、今更焦る事は無い。ただし、さっき競売所を覗いてみて、俺も何か試しに出品したいなと思っていた所なので。

 そこはある程度の場所が設けられ、目玉商品が並べられていたりと人目を惹く造りになっていて。確か冒険者ランク1だと、出品数は3点までだったっけ?

 店員に尋ねると、まさにそうらしい。


「いらっしゃいませ、出品されますか? こちらである程度の適正価格を提示出来ますので、出品者の負担と損失は最低限防げるシステムとなってますが……?

 自動出品システムと申しまして、冒険者の皆様が良くご利用なされますよ」

「あ、へぇ……そうなんだ、それじゃあその自動出品で頼もうかな? えっと、3点までですよね……こら、ファーさん!

 それは売り物だから、触っちゃダメ!」


 目玉商品の提示物を、物珍しそうに物色し始める相棒に一言釘を刺しておいて。俺は鞄の中から、適当な販売可能アイテムを物色し始める。

 とは言え、昨日の残り時間である程度は絞っておけたので問題は無い。まずは土蜘蛛のローブと忍びのブーツ《消音》の2つの防具を取り出して。

 それから砦の宝物庫からせしめた金属鎧、これも1品処分する事に。


 忍びのブーツ《消音》は、師匠から砦潜入用に貰った装備品だ。ちょっとだけ思い入れはあるものの、防御力も低いし今となっては使わないと思うし。

 そんな訳で思い切って処分、同じくローブとか金属鎧も自分には必要ないので。ちなみに金属鎧は、あと数セット鞄の中に入っている。

 平均防御力は上下セットで40くらい、なかなかの良装備だと思う。


 店員さんは、その品揃えに少々驚いた様子。3点合計で、6万モネー前後の値段設定になるとの事。もちろん売るのは別々だ、そして1日経って売れなかったら返却されるそうで。

 少し不便だけど仕方が無い、売れた場合は手数料が数%差し引かれるそうだ。それも了承しつつ、俺は出品完了を確認する。

 それから暫し、良い出物が無いかファーと一緒に出品物をチェックしていると。


「よっ、待たせたな八の字、今日も冒険日和で何よりだぜ! 街の中の案内はもう大丈夫だよな、今日はフィールドの案内しようか……多分1時間ちょっとかな?」

「おうっ、助かるよ二の字……こっちから出す呼び水、先に渡しておくから。今日やってもいいし、何なら取っといて仲間とやってくれてもいいから。

 貰ってばっかで悪いから、お礼だと思ってくれ」

「それじゃ悪いな、トリガーNMは今日やろうぜ! ……へえっ、水系のモンスターだな。何処に湧くんだろう、とにかく街から出てみようぜ!」


 威勢の良い二の字の言葉に、相槌を打ちながら俺達は東の大門を潜る。門前の広場で売り子をやっている、リズが俺に気付いて大きく手を振って来た。

 愛想良く手を振りかえすファーにならって、俺も軽く手を振ってやる。兄のロビーもこっちに気付いた様子、兄妹が揃って行ってらっしゃいの大げさなボディランゲージ。

 ファーも負けずに、空中で華麗なポーズ決め。


 小っちゃすぎて、向こうには見えてないだろうけど。兄妹の生活の面倒を見るなんて、烏滸おこがましいのは分かっている。それでも懸命に生きる彼らに、手を差し伸べるのは悪い事では無いと思う。

 冒険者の教義など、人それぞれだとも思うし。それなら俺は、知り合った人との絆くらいはきっちり強固にして行きたいと考える次第である。

 小さき人間の身である俺には、未来の展望など全く見渡せないけれど。





 ――街でも色々ありそうだな、それだけは確実に言い切れるよ。





  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る