第78話 裏町クエスト




 束の間の野外探索とトリガーNM戦の後、二の字は用事があると言って、街に戻るとログアウトしてしまった。正確には、後半2時間は夜にインする為らしいけど。

 要するに、同じ“ホーム”のメンバーに夕方組と夜組がいて、どちらとも遊ぶ為の苦肉の策らしいんだけど。リーダー職って色々と大変だな、人数が多くなると特に。

 まぁこっちも、琴音を相手にするだけで物凄く大変だけど。


 それはともかくとして、あと2時間何をしようかって話だ。二の字からは明日イン時間が合えば、さっき御座おざなりにしてしまった野外の案内をしてくれると申し出てくれて。

 それなら俺も、今日のお礼に呼び水提供するよと気軽に約束を交わして。これで明日の2時間の予定は埋まった感じ、フレ登録もしてあるから合流手続きも万全らしい。

 そんな訳で、あと2時間どうしよう?


 そうそう、俺もさっきのチュートリアルをこなして見事“冒険者登録”を終わらせたんだっけ? その結果貰えた『冒険者カード』は、肌身離さずが基本らしい。

 何せ身分証みたいなモノだ、その割には発行がチョー素早かったけど。眺めていると、カードから色んな情報が読み取れることが判明。

 冒険者ランク1“ヤスケ”の、現状のアレコレとか。


 まずはランク1の恩恵だけど、二の字が説明してくれた通り基本は4つ。まずは競売所の利用、これは1回3点までしか一度に出せず、ランクが上がれば出品数も増やせるとの事。

 次に冒険者ギルドの利用、ギルドの建物もそうだが☆1~3のクエストを受けられるようになる。これでクエPとか貢献ポイントを貯めて、冒険ランクを上げて行く仕組みらしい。

 なお、貢献ポイントの説明は後ほどに。


 3つ目は街の出入りが無料になる、これはさっき早速使わせて貰った。こんな辺鄙へんぴな場所の街でも、所在不明の人間の出入りには厳しいらしく。

 冒険者としての地位だけど、この街ではそれなりに高く評価されるらしい。仕事もバンバン回されるし、街の治安維持にも駆り出されるみたいだし。

 まぁそれも、今後の冒険の評価次第なんだけどね?


 そして最後に、待ってましたの無料宿レンタルの恩恵である。最初は小さいスペース、ざっくり言うとたたみで2畳分しか貸し与えられないけど。

 ランクが上がる都度、その空間も広くなって行くとの話。夢は庭付き一戸建てである、そんなのあるかは定かでないけど。取り敢えずそこに向かおうか、さっき荷物を置いただけで中ははっきりと見て無いし。

 うん、荷物もそうだがこれからの指針も整理しておきたい。


 マップを確認すると、簡単に自分の借宿の所在地が確認出来た。中央の通りからは結構奥まった場所だ、何度も出入りするのはしんどいかも知れないな。

 簡単に言うと、街の南西街ブロックの端っこの方。城壁沿いに歩いた方が、迷わず素早く辿り着けそう。遅れて到着のハンデかな、それなら仕方ないけど。

 利便性に欠けるってのは、初っ端から大いにマイナスかも。


 そして中身も聞いた通りの酷さ、庭に設置するタイプの物置倉庫か、マンガ喫茶の個室を思い浮かべて欲しい。ここで何をすればいいのだろう、飛び上がったファーは楽しそうだけど。

 見るべき個所もすぐに無くなり、彼女はやがて元の移動住居へと戻って行った。ネムも同じく、俺の新居よりさっき移動中に買った屋台のハンバーガーの方が気になる様子。

 森には無かった食べ物なので、思わず買いこんでしまったのだが。


 もちろん肉が嫌いなファー用に、パインバーガーなるモノも購入してある。肉の替わりにパインが挟まれてるんだけど、見た目は美味しそうだし値段も手頃だった。

 しかし机が無いと不便だな、何か代わりになるモノは……うん、素材の木板を適当に積み上げて代用しよう。他にも邪魔なものは、全部鞄から出してしまってと。

 鞄の中の整頓だ、その間に相棒2人は呑気に食事に勤しんで。


 あまり散らしてくれるなよと、思ってる自分が一番部屋を散らかしている気が。仕方ないよね、予備の武器や防具、素材や森での収集品、何か懐かしいアイテムとかも出て来て。

 そう言えば、二の字にアイテム箱を買えとアドバイスを貰ってたっけ。それを使って整頓すれば良かったな、二度手間になるけど時既に遅しである。

 部屋の半分を占めるアイテム群、もう手を付けるのも嫌になっている。


 本当は店売りしたり競売に出したり、換金してスッキリさせるべきなんだろうな。素材の類いは自分で使うかもだが、必要の無い武器やアイテムは邪魔なだけ。

 だとすれば持って出るべきか、いやいや今は特に金に不自由している訳でも無いし。ってか、砦殲滅せんめつの恩恵でお金は腐るほど持っているのだ。

 やはり一旦、整理がつくまで部屋に放置だな。


 琴音が復帰したら、彼女に整頓を手伝って貰おうかな。琴音ならベテラン冒険者だし、アイテムの価値も分かる筈。もっともそれまでに、更に荷物が増えるかもだが。

 取り敢えず、冒険者ランクを2に上げるべきか……そうすれば確か、部屋の広さも大きくなると聞いた気が。逆にランクを2にしないと、合成ギルドやその他施設が使えなかった筈。

 街の中の塔とかも、確かランク1じゃ使用不可だと言われた気が。


 本当に面倒だな、琴音がいないと不自由で仕方が無い。……おっとそうだった、彼女の復帰までにすべき事を確かめておかないとね。

 まずは冒険者ランクを2にして、街の施設を使えるようにしておく。これは琴音も済ませていると言ってたので、戻るまでにこちらも必須の作業である。

 それからPK連中のあぶり出し、特に直接幼馴染に凶刃を振るった奴には報復を。


 逆に職替えは、琴音が戻るまで控えて置く事を密かに決めてある。彼女がリタイアした時のレベルが、初級魔法剣士Lv7だったのは聞いている。

 転職したてはやはり、簡単にレベルが上がるそうなので、この程度なら2日あれば余裕で上がるそうで。それならこちらのレベルも、彼女に合わせてしまえと思った次第。

 今転職したら、幼馴染をLv的に引き離しちゃう恐れが。


 それで不機嫌になられてもアレだし、待ってたよと言うメッセージを目に見えて伝えたいと言う配慮である。何しろ既に初心者Lv26まで上がっちゃってる俺だ、今更焦って転職してもかえって恥ずかしい。

 そんな訳で、リストの上位2つは必ず遂行すべし。後はランクを上げた後合成ギルドに入ってみたいのと、競売のシステムも少しだけ確認しておきたいかな。

 野外フィールドの探索は、明日二の字が案内してくれるそうだし。


 そんなに急いで地形を覚えたりする必要も無いと思う、街の中はこれからソロで廻ってみるつもりだし。アイテムの整頓は、琴音が戻ってから手伝って貰う方向で。

 うん、これで1週間でやる事リストは完成したかな?




 特に急ぐ用事もないし、従者達の安全も考えないといけないからね。積極的に危険に飛び込むつもりはないけど、ある程度の危ない橋は渡る心積もり。

 そんな決心を後押しするように、試しに覗いた中央広場の冒険者ギルド出張掲示板には、適度な難易度のクエ依頼書が無かった。例えば、始まりの森で良く見た『○×を何匹討伐』とか『□△を幾つ収集』みたいな定番クエ……それが全くないっ!

 ってか、張り出される端から新参冒険者が取って行く!


 これじゃ永遠に、俺のターンが回って来ないんじゃと不安になるも。ようやく掲示板の前に到達して、詳しく眺める時間を得られた一瞬で。

 ささっと数枚のクエ依頼書を確認、残っているのも幾つか存在している模様。


 ……なるほど、何で皆が取って行かないのかと不審に思っていた依頼書があるけど。どうやら、残ってるのは裏町関連の奴ばかりらしい。

 クエ内容自体は、簡単なのばっかりなのにね?


 調べてみた所、お遣いクエが多いみたいだ。酒瓶を居酒屋まで運べとか、詰所に差し入れを持って行けとか。挙句の果てには、貸したお金の取立てなんてのもある。

 共通してるのは、唯一“裏通り”縛りである事。


 ランク1では、一度に3個しか同時にクエ依頼を受けれないんだっけ? 難儀な事だ、さっさとランク上げしてしまいたいと切に思う。

 まぁ、取り敢えずはこの3つを受けよう、何とかなるさ。


 いやいや、こちらの目論見には適ってるんだけどね。裏通りを歩き回る目的も出来たし、それでPKに絡まれるなら本望である。

 返り討ちにしてくれる、行くぞファー&ネム!


 ちなみに相棒達は、表通りでは悪目立ちしないように編み籠移動に徹して貰っている。後で肩掛け鞄でも買おうかな、通行人たちの視線が痛い。

 こちらがクエを受けるのが初だと言うと、掲示板の側にいた受け付けのオッチャンが懇切丁寧に流れを教えてくれた。まずは依頼書に書いてある、依頼主に話を訊きに行って。

 それからそれに従って、依頼を遂行すると。


 任務がすべて完了したら、もう一度依頼主に会ってサインと報酬を貰うらしい。そして最後に、サイン入りの依頼書をギルドの受け付けに持って来ると。

 そうすれば、何やらポイントを加算してくれるらしい。なるほど、報酬自体は依頼主が払ってくれるんだ。ってか、ある程度は依頼書に報酬内容が書かれているらしい。

 オッチャンの説明によると、こんな感じ。


 そんな感じで、初の街中クエ依頼の遂行である。受けたクエは『♥1:酒瓶を裏町の飲み屋へ』『☘1:裏町の詰所へ差し入れ』『♥2:裏町の神殿に借金取立て』の3つである。

 まずは依頼人に会いに行くんだっけ、依頼書に場所が書いてあるから便利だな。最初に西の大通りの酒店に向かうが、ここで早くもイレギュラーが発生!

 運ぶ荷物の酒瓶が、何でも入る筈の鞄に入ってくれないのだ。


 荷物の酒瓶は全部で6本、木の枠箱に綺麗に収まっていて重さは半端無い。落としたら勿論割れる荷だ、粗末には扱えないし初っ端から困ってしまった。

 ところがファーさん、困っている俺を見兼ねて近くの道具屋を指し示して。なるほどコロ付きカートが売ってるじゃないか、値段も手頃な2000モネー。

 よし買った、これで重い荷物問題は解決だ!


 実際は、それを押しての移動がちょっと恥ずかしかったけど。ファーは何故かご満悦で、今はそのカートの荷物の上に陣取って街の景色を楽しんでいる。

 それを見ているネムが、とても羨ましそうなのは気のせいだと思いたい。とにかく次だ、今度は北の通りの軽食屋さんに向かえば良いらしい。

 そこでは差し入れ用の、ランチバスケットを渡されて。


 途端にミッションの難易度が上がった気分、2人とも摘み食いしないようにね! 無事に渡せなかった場合、恐らくクエは失敗……どころか、罰則もありそうで怖い。

 最後は職安の隣の銀行みたいな建物、そこで取立て任務を言い渡されて。4万モネーは、このゲームでは割と高額みたいである。いや、良く分からないんだけどね?

 素直に返金されるなら、とても楽な依頼なのは確かだけど。


 とにかく3つの依頼は、無事に受ける事に成功した。お次はドキドキの、裏通り訪問である。何も無い事を祈りたいが、何かあったとしても俺的には満足ではある。

 PK組織の足掛かりを掴めるかも知れないし、街から悪人が減るなら本望だ。もちろんそれは、こちらが勝利を収めるのが前提なんだけどね。

 まぁ恐らく、3~4人までなら平気っしょ!


 などと心をハードモードに染めての裏通り行脚は、全くの静寂さで迎えられた。最初に入った宿屋では、マスターに胡乱な顔付きで裏から入れと凄まれはしたモノの。

 確かにこちらは客では無いので、それは俺が悪かったと思う。だけど初見で、そんなの分かる訳無いじゃん! などと、心の中で叫びつつ荷物の受け渡しはすんなり終わった模様。

 そして厳つい顔の宿の主から、ご苦労さんとの温かい声掛け。


 おやっ、仕事堅気の意外と良い人の設定なのかな? まぁ、こんな裏町の飲み屋経営者など、どんな経歴であっても不思議では無いとは思うけど。

 酒場自体は意外と良い雰囲気で、小柄なマスターは次も頼むぞとこちらを労ってくれた。報酬次第だけどなとは、俺の心の本音ではあるモノの。

 当分、裏町の依頼に関わりになりそうな気配がヒシヒシ。


 酒瓶を受け取ってくれたのは店員だったのか、はたまた用心棒だったのか。強そうな気配が漂って来てたな、お駄賃だと渡されたのは赤色のコイン。

 これはどうすれば良いんだろう、取り敢えずは持っておくけど。それよりこの店、夕方なのにまぁまぁ繁盛している様子。酔っ払いばかりで、特に怪しい人物は見掛けなかった。

 一番怪しかったのは、多分用心棒(推定)位だったかな?


 とにかく重い荷物とおさらば出来た、その足で南東の防壁沿いにある見張り塔へ。正しくは護衛詰所だったっけ、良く分からないけど街の衛兵がいる場所だ。

 恐らく毎日あるクエなのだろう、そこに差し入れを持って行くと言う。こちらの魅力度の低さから、受け取り態度は何となく想像出来たけど。

 あにはからんや、護衛のオッチャン達は大喜びで差し入れを受け取ってくれた。


 同じ鎧を着込んだむさ苦しい男たちは、全部で4人は居ただろうか。また頼むぞと声を掛けられ、同時に帰り道は気を付けろよと警告された。

 やっぱりこの裏町は、荒事が物凄く多いらしい。ここでのお駄賃だけど、500モネーを直に渡されて。クエ依頼書を見るに、どうやら依頼主の所には戻らないで良いらしい。

 それはそれで助かるな、歩き回っても疲れるだけだし。


 最後は借金の取立てだ、裏町の神殿に努める神父さんから4万モネーを回収すれば良いらしい。それを銀行に持って帰れば、このクエは終わる筈なんだけど。

 ☆2の依頼だから簡単だろうと、当初の思惑は大外れ。出て来た年老いた神父さん、裏町の住人なのに明らかに人が良さ気で参ってしまう。

 彼の言葉を要約すれば、無い袖は振れないとの事。


 いや、いかにも申し訳無さそうな表情で、謝られても困るんだけど。一緒に出て来た隻腕の獣人族の若いシスターも、頭を下げてもう数日待ってほしいとのたまう始末。

 悪い奴相手なら強気にも出れるが、こんな態度を取られたらこちらも軟化するしかない。ただしこちらもクエは終わらせたい、妥協案で俺が借金を肩代わりして良いかと問うたら。

 それは申し訳ないと、代わりに何か持って行ってくれとの展開に。


 なるほど、クエの性質上こちらが一方的に損なルートは無いのだろう。ここでなるべく損を出さない鑑定眼が、腕の見せ所って感じなのかも知れない。

 取り敢えず了承の言葉を返すと、年老いた神父と隻腕のシスターは俺を神殿内に招き入れた。外観と同様に、建物の中も古ぼけていて年季が入っている感じ。

 ただし、掃除は行き届いていて清潔感はバッチリだ。


 ここで一体、何を質替わりに貰えば良いのだろう? 一応神殿内には、売り物のコーナーとか信者の貢ぎ物なども置かれていて小物の数は多い。

 売り物は定番の聖水や炎の神酒、それから御守りや光属性の矢束が2セット程度。どれも数が少なくて、全部貰っても到底4万モネーには届かない感じ。

 貧乏なのは確からしい、これは恐らく貢ぎ物の中に当たりがあるのかな?


 ただし神様へのお供えを貰うのも、こちらとしては抵抗がある。老神父さんの話では、ここに祭られているのは“勝利の神”アミーラと“探求の神”シュンドーの2柱らしい。

 左右の台座の上に、なかなか立派な銅像が並んで立っている。この世界は多神教らしい、そう言えばあの時の部屋で問答した自称神様、どことなく“探求の神”シュンドーに似てる……。

 まさかね、乗っ取り社長と言えそこまでしないでしょ。


 自称神様と対話をしたのは、ほんの15分程だったけど。お調子者の性格も垣間見えていたし、案外してるのかも知れないな。いや別にいいけど、自分の銅像造るくらいは。

 胡乱うろんな目をして“探求の神”を眺めていると、老神父がその神は比較的新しい創造新なのだと教えてくれた。元は日本人ですかと尋ねようとして、思い留まる俺。

 返事次第では、何だか窮地に立たされそうで怖かったので。


 ちなみにお供え物は、チラホラと高価なモノも散見出来た。花束や神様の肖像画の隙間に、還元の札や闇の秘酒や価値のありそうな飾り物が置かれている。

 高そうなお酒もあるし、冒険に役立ちそうなアイテムも探せばもっとありそうだ。ただし、これを貰ってしまうと人として駄目な気がするので。

 考えた末、交換報酬は保留と言う事に。


 戸惑う老神父とシスターに、金策を手伝うので少しでも通常営業で稼ぎを出してくれと言い含めつつ。どうやってこの神殿の運営を立て直すかなと、知恵を絞り始める俺。

 もちろん完全な善行では無いし、コネが出来れば今後活用しまくる算段ではある。こちらは小金持ちなので、最悪貸した金が戻って来なくても困ることも無いし。

 そういう意味では、気楽ではあるよね。





 ――明らかに日本人っぽい神像を前に、顔をしかめてそう思う俺だった。







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