『スタートの街』の章

第76話 スタートの街・オーレン




 雑踏の中、呆けていたら新たに生み出された人影にぶつかりそうになった。そうだ、こんな所にいては邪魔になるだけだと、急いで道の端に避難する俺。

 人の姿は本当に多くて、今までとのギャップの違いに辟易へきえきする思いも少々。ここはスタートの街“オーレン”と言って、人間族の拠点となる街らしい。

 一言で言えば、スタンダードな中世っぽい街並みである。


 人混みの発する雑音が酷い、それからこの街を囲んでいるらしい城壁の圧迫感。ビル街を歩くのとは違う、重厚な石の壁の存在感はちょっと凄いモノがある。

 それから人の群れに目をやると、何と言うかNPCとプレーヤーの見分けは割とすぐ付いた。じっと見つめるとどちらも名前が表示されるのだが、NPCは分かり易く白色表示である。

 そしてプレーヤーは、青色での名前表記らしい。


 もっとも、道行く人を長時間“じっと”見詰めるのもマナー上宜しくないみたいで。コイツ良い装備持ってそうだなどと、ガン見して来る輩を確かに俺も信用は出来ない。

 ところがPKと言う存在が、そんな状況を混乱へと導いて行くっぽい。彼らの名前表示は、灰色で善良な冒険者とは一線を画す存在である。

 そして街の警備隊に、常に警戒される存在でもある訳で。


 表通りも一応は歩ける彼ら、もっとも警備兵に見付かれば問答無用で退治又は逮捕されてしまうので。だから大抵は裏通りに居着いているらしい、裏通りは危険と言われる所以ゆえんだ。

 そこら辺は琴音からも、前以てみっちり注意を受けている次第。表と裏の通りの表示を見逃さないようにとの小言は、うんざりするほど聞かされた。

 取り敢えずここは、表通りでいいんだよね?


「うおっ、何か凄い装備着てるな……えっ、その仔ドラゴンもお宅の従者っ!? おいおい、編み籠に入ってるの全部宝物かよ、ここで目立つの不味いから隠した方がいいぞっ!?」

「んおっ、俺の事……!? あんた誰っ、冒険者?」

「ああ、俺も冒険者だよ……昨日森を突破した者だけど、元サーバにもアバターいるからこの街には慣れてるよ。お宅はひょっとして初心者……の割には、えらく稼いでるな!

 従者もいるし……って、妖精もくっ付いてるのか!?」


 今の俺の格好を見て、おのぼりさんと思われずに済んだのは僥倖だ。何しろ鞄が2つもあるにも関わらず、野盗の砦攻略の戦利品があまりに多過ぎたため。

 止む無く昔の戦略に沿って、素材の布を風呂敷代わりに使用して。小物はファーの家の編み籠を、本来の使用目的の範疇外に使わせて貰っている次第である。

 だから本人は、その宝の山の上に居据わっていると言うね。


 ご満悦の妖精を羨ましそうに見ているネムは、可愛いと言うか可哀想でもあったりして。だけどこの大荷物の中、ネムまで籠に入れて持ち歩くのはちょっと大変なので。

 目立つの覚悟で、自分で移動して貰っている訳だ。


 つまりはどっちに転んでも、俺の姿は目立ちまくっている訳だ。それは致し方ないけど、見知らぬ人にまで指摘されるってどうなんだ?

 今更仕方が無いけど、どこか落ち着ける場所は確保したいところ。琴音には最初に『冒険者ギルド』に籍を置けば、色々と厚遇されると言われていたので。

 まずはそれを探すのが、街での最初のお仕事かな?


「悪目立ちなのは分かったけど、仕方ない事と諦めてるよ……別に犯罪じゃないんだろ、妖精や仔ドラゴンを連れ歩いても?」

「犯罪ではないけど、犯罪を助長する格好ではあるなぁ……冒険者って、基本は良い奴が多いけど、ここは賞金付き限定サーバだからな。

 妬みや嫉みの感情を、刺激するのはあんまり得策では無いよな?」


 確かにそうだろう、俺も好きでこの格好ではないと一応は言い訳を口にするけど。どこか荷物を置ける場所を確保したら、この特異な現状も多少は改善される筈。

 そう口にすると、話し掛けて来た相手は俺の名前を問うて来た。そう言えば、街に出て初めての会話だな、まぁインから数分も経ってない訳だけど。

 俺がヤスケだとアバター名を名乗ると、向こうも名乗ってくれて。


「んじゃ、お宅の事は八の字って呼ぶかな? 俺はカイドウ……そっちとお揃いで、二の字って呼んでくれ!

 八の字はこの街で、誰かベテランの知り合いいんの?」

「二の字って、二が名前に入って……あぁ、了解。待って貰ってた人間種族の知り合いが、ちょっとした不都合で合流出来なくなってな。

 それ以外の知り合いは、種族違いで別の街になっちゃってるかな」


 なるほど、どうやらコイツの元の名は二階堂にかいどうとかそんな感じなのだろう。余程のお節介なのか、俺に街の案内をしてくれると申し出てくれて。

 ここはどうするべきかな、お言葉に甘えるって事は相手を信頼するって意味なんだけど。一目見た限りでは、この二の字なる人物は信頼出来そうな気がする。

 何と言うか、どこかのチームの頭をやっている手際と面倒見の良さが窺える。


 それを尋ねると、にかっと笑って良く分かったなとの返答。元のサーバでは、割と大きな“ホーム”のリーダーを現在進行形でやっているとの話である。

 その仲間達が、遅れて到着したリーダーを明日辺り迎えに来てくれるそうで。それまでは奴の方もソロ行動になるので、道案内程度は別に何の苦労でも無いとの事。

 なるほどね、それならお世話になろうかな。


「よしっ、それなら話が早い……まずは冒険者ギルドに入会するぞ、チュートリアル的な流れで街中を歩き回る事になっから! でもそれしないと、無料貸部屋も競売所も使えないからヨロシク!

 暫くその恰好は仕方ないけど、なるべく目立たなくしてくれよ!」

「了解、何処に向かえばいい?」


 この大通りを真っ直ぐ進めば十字に大通りが交わっていて、そこがこの“オーレン”の街の中央になるらしい。その大通りの西門寄りに、本来は『冒険ギルド』が建っているんだけど。

 現在は冒険者の未曾有の来訪に、建物に入り切らない事態が勃発。結果として、中央の広場に臨時の受け付け窓口が出現しているとの話である。

 この辺りの情報は、事前に二の字が収集済みらしく。


 何の迷いも躊躇ちゅうちょもなく、俺達はその臨時冒険ギルドの受け付け窓口に到着。ビックリしたのは、周囲をうろつく冒険者のその格好がまず一つ。

 全体的に貧弱と言うか、着ている装備はひょっとして質素シリーズじゃないか? 酷いのになると粗末シリーズも目に入って来る、改めて傍から見ると本当に粗末だな!

 そんな連中の姿が、意外と多いのにちょっとショックを受け。


 それとは裏腹に、二の字はしっかりとした装備を着こなしていて、いかにも冒険者然としている出で立ち。それぞれ性能も良さそうだ、俺の装備には劣るだろうけど。

 聞けば彼も、10日間の森生活を満喫したらしい。その間のサバイバルで、ワイバーンや各種レアモンスターを討伐に至って、特に後半はレア種フィーバーだったとご満悦。

 お蔭で一度、ロストから1週間の出禁を喰らったそうで。


 強敵とたわむれ過ぎたツケだと、本人はあまり気にしていないようだが。出遅れ感はあるけど、果実も丸々儲かったし充分巻き返せるとの感想に。

 やっぱり果実はそうなんだなと、こちらは10個以上持っている事は伏せておこうと心に決めて。二の字は断崖だんがい登坂コースでのクリアらしい、やはりアレもクリアルートだった様子。

 うん、俺の砦殲滅せんめつクリアコースもついでに黙っておこうか。


 幸いワイバーンのベストがお揃いなので、向こうもこっちが断崖クリアだと信じて疑っていないみたい。それに便乗しつつ、しかしこの大量のお宝と従者はどう誤魔化そう?

 まぁ、向こうも詮索好きって感じではないし、深く追及して来るのはマナー違反と感じるタイプかも。正直に話しても、あの森に帰る術など存在しない訳だけど。

 ただ面倒臭いだけ、俺の全ての冒険たんを他人に話す義理も無いし。


 そんな心配は杞憂に終わったみたい、二の字は俺が不思議に感じた現象について推測を述べている。要するに、この粗末なナリの冒険者の群れの正体だが。

 月の半ばから参入を開始した後発組が、丁度俺たちと同じ時期に街に転がり込んで来たとの話で。その後発組の連中、割と既存のテンプレ情報に沿った冒険を繰り広げる傾向が。

 その結果、似たような安全ルートを辿って、平凡な性能の冒険者が多数出来上がっているそうな。例えば西の断崖エリア、山羊の皮の収集場所だが、危険NMの目撃情報多数との理由により忌避きひされて。

 お陰で、丈夫シリーズを身に着ける者が激減しているとの話。


 その反面、安全にレベル上げ出来るエリアや敵情報は溢れているらしく。始まりの森で脱落する者は、初心者でさえ激減しているそうである。

 ただこれを有り難いねとか、良い情報を仕入れたと鵜呑みにする連中もどうかと思うけど。少なくともそれを話す二の字は、そんな奴らは敵ではないと言いたげな表情。

 つまりは賞金を競う上で、ライバル足り得ない烏合の衆的な。


 それはまぁそうだろう、この街に到着して巻き返すぞと意気込んでも、それにも限度がある訳だし。どこかでリスクを取らないと、ライバルに追い付き追い越せないのは必定。

 冒険者稼業に関わっているのに、そんな単純な事も分からないかね? まぁ別に、俺が腹を立てる云われも無いけどな。

 ただし向こうも、こちらの事情には首を突っ込んで欲しくは無い。


 多過ぎる好奇の視線に晒された結果、思わずそう思ってしまった次第。特にネムがやはり悪目立ちするっぽい、風呂敷包みは所詮中身が分からないからなぁ。

 仕方なく仔竜も、バスケットの中にご案内して。


 ファーはちゃんと場所を開けてあげて、大人しくしてなサイと母親然としている感じ。砦の潜入に不適切と、仕舞うように俺が指示していた鈴付きの杖。あれを再び装着して、振り回して遊んでいるのはアレだけど。

 ネムはそれも羨ましそうに眺めている、今度何か作ってあげるから我慢しておくれ。それともファーママに首輪でも作って貰おうか、抱えられての移動中は恐らく暇だろうから。

 その申し出は、2人の従者に概ね好評の様子。


 作業にすっかり没頭し始めた2人はともかく、こちらはようやく臨時受け付けに辿り着けた。さっきまで、二の字と一緒に受け付けの列に並んで順番待ちをしていたのだ。

 その間に簡単に街の説明や、混雑の愚痴を言い合ったりと、適当に時間を潰して。臨時の相方の戦闘力も、暇つぶしの会話で何となく推測してみたり。

 どうやら二の字は、典型的な魔法戦士らしい。武器は楯に片手剣と、思い切りスタンダードな品揃え。ただ彼の理論では、結局はスタンダードな装備が一番手元に集まり易いのだそう。

 なるほど納得、俺のドロップ品にも片手剣&スキルは普通に多かった気が。


 さすがベテランは一味違うな、そうやって習得武器スキルを選択する方法もあるのか。ちなみにやはり、短槍や両手棍は人気もドロップ率も極低らしい。

 弓矢は辛うじて、まぁまぁ見掛けるそうなんだけど。他の両手武器には劣るけど、NMドロップや宝箱からの入手情報は多いとの事だ。

 片手武器は、それに較べて少し劣るみたいだ。何故かは知らないけど、統計的にそうらしい。唯一多いのが片手剣で、その次が短剣や細剣の類いみたいである。

 つまりは片手斧や棍棒は、あまり見掛けないそうな。


 楯に関しては、そこそこ出物はあるし武器防具店でも取り扱いは豊富との事。ただしスキルに関しては、ドロップは希少で店売りも皆総じてお高い値段設定らしく。

 それだけ使えるスキルではあるけど、伸ばすとなるとなかなかに大変らしい。二の字も自分で伸ばしつつ、レアスキルが取れるのを運任せに願っている現状との話で。

 ふむふむ、それじゃあ砦の宝場からの楯の宝珠は凄いレアだった訳か。


 これも妬まれると嫌だから黙っておこうかな……ちなみに覚えた《シールドバッシュ》と言う楯スキル技、楯で殴りつけて敵の動きをスタンさせてしまう事が可能らしく。

 超便利な技を覚えたみたい、既に宝珠は使用して習得済みだったりする。これって手甲でも発動するのかな、手甲の場合は間合いが思いっ切り短くなって使い難いけど。

 う~ん、やっぱり普通の楯に戻すべきかな?



「ようこそオーレンの街へ、新米冒険者さん……さて、ここは冒険者ギルドの臨時受け付け窓口となっています。ここで受けれるのは最初の街の施設を覚えて貰う特別依頼、それから☆1~3までの依頼も、隣の簡易掲示板に貼り付けています。

 ただし、まずは最初に特別依頼を全てこなして、ギルド登録をして頂く必要があります。ギルド登録して頂くと、この街で様々な恩恵を受ける事が可能となります。

 ここまでで、何かご質問は?」


 などと迷っていると、どうやら俺の順番になっていたらしい。窓口のお姉さんが、今日何度目かの、もしくは何十度目かの案内文句を述べて来た。

 特に質問は無いと返すと、お姉さんはにっこり笑ってクエ依頼書を束で渡して来た。結構枚数あるな、受け付けから離れながら内容を確認してみるけど。

 どうも街中の施設を回って、この依頼書を見せればクリアらしい。


 同じく受け付けを済ませて来た二の字の話によると、これをクリアしながら街の地理を覚え、ちょっとしたアイテムを貰うチュートリアル形式のクエストらしい。

 そんな訳で、俺は二の字の案内に従って冒険者のごった返した街中をあちこち移動する事に。武器防具店、それから道具店は割と通りのすぐ近くにあった。

 ってか、冒険者ギルドの建物のすぐ近くだ。


 東西にある大門を繋ぐ、大通りに面した立地で西門寄りに建っていてなかなかに立派である。そして出入りする冒険者の多い事、どこぞの主要駅なのかと一瞬思ってしまった。

 それはまぁ良い、今日は関係ないし……いつかは入って、クエ依頼受けたりしないといけないのか。結構ハードな難問だな、ってか☆1~3ってどういう意味?

 二の字に尋ねたら、数字は難易度の事らしい。簡単なのは報酬も貧相で、数字が上がるにしたがって難易度もクリア報酬も上がって行くらしい。

 なるほどね、つまりは臨時掲示板では簡単なのしか受けれないってか。


「そう言う事になるな、ちなみに冒険者ランクが上がるにつれて、難しくて報酬のいいクエ依頼も受けれるようになっから。次の街に移動するにしても、最低ランクは2にしておいた方がいいぞ……いや、ランク3にしないと街間の通行許可下りないんだっけ?」

「そうなのか、ランク上げるのにはクエをこなして行く必要があるんだっけ?」

「そうそう、報酬とは別にポイント貯まるから……一気に上げようと思ったら、ハートの依頼を受けてクリアすればいいから。

 取り敢えず、チュートリアル全部こなして報告に行こうぜ。街中が混んでるけど、1時間も掛ければ全部回れる筈だから」

「おうっ、了解!」


 俺は改めて荷物を抱え直し、二の字の案内に従って武器屋と防具屋に特攻を掛ける。実際はクエ依頼書を見せて、そこにスタンプを押して貰えばお終いらしい……のだが。

 俺と二の字に対しての接客振りが明らかに違う、ついでに追加で貰えた報酬も! 二の字は武器屋では大振りのナイフ、防具屋では古びた鎖帷子を貰っていたと言うのに。

 俺に限っては、砥石と使い古したパンツのみ!


 これは嫌がらせかっ!! 明確な悪意が透けて見えるぞ、次に廻った道具屋でも似たような境遇だったし。……ちなみに貰えたのは火打石、二の字はランタンを貰ってたけどね?

 この現象があれか、誠也たちベテラン組が懸念していた魅力度の低さの弊害かっ! 思わずチェックしてみた所、魅力8しか無かった……体力や敏捷値は、67まで成長してるのに。

 うぬぅ、ファーの恩恵で+4されているのに、他の装備のマイナス弊害で綺麗にプラス分が消え去っている。そう言えば今装備している海賊のマント、前にも騎士団に因縁を仕掛けられた覚えが。

 迂闊だったな、砦で得た分の装備はまだ交換してないし。


 何しろ潜入ミッションで、多少慌てていたからなぁ……反省しつつ、マイナス効果の装備をお召し替え。これで多少は良くなるかなと、実験的に次の薬屋で確かめてみた所。

 二の字はポーション(大)で、俺は毒消し薬……あんまり変わらない様な気がする。店員の対応もそこそこ冷たいし、何か買い物するのも嫌になって来た。

 たくさんの在庫を抱える身としては、それはちょっと困りモノ。


「……このポーションやろうか、八の字?」

「情け無用……」


 同情はいらないから、案内を引き続きしてくれと沈んだ声での返答に。このゲームはステータスの数値に割とシビアだからと、取ってつけたような二の字の説明。

 彼も魅力値は高くないらしいが、どうも俺ほどでは無いらしい。ってか、恐らくは俺の幸運値と魅力値がアンバランス過ぎるのだろう、今更どうし様も無い問題だけど。

 ちょっと後悔しつつ、二の字を追い掛けつつ街を歩き回る。





 ――見渡せば、何処までも喧騒に包まれた通りが続いていた。





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