第74話 神様の戯言




 その日はログイン前から、湿っぽい空気だったのは否めない。何しろ冒険のパートナーと張り切っていた、ベテランの筈の琴音が昨日イン資格を失ってしまったのだ。

 1週間の期限付きだけど、そのロスは物凄くキツい事態であるらしい。ベテランだから分かるそのハンデ、下手に慰めて逆鱗に触れるとも限らないので。

 俺がイン前に掛けた言葉は、短いモノばかり。


「強くなって待ってるからな、俺にも半分責任あるし」

「…………うん」

「そのPK仕掛けたって連中、見付けたら同じ目に遭わせてやるから」

「……うん」

「何ならそのPK組織、琴音が戻るまでに壊滅させてやる」


 俺がそう言った瞬間、琴音の瞳に暗い復讐の炎が燃え上がった気がして。ちょっと風呂敷広げ過ぎたかなと思ったけど、彼女が元気になるならそれ位は何でもない。

 向こうは俺の、心遣いが嬉しかっただけなのかも知れないが。復讐と言う言葉自体が、甘美な響きを持つのも事実。それを愛の証と取るのも、彼女の判断次第ではあるし。

 とにかくこちらは、幼馴染が元気になってくれれば言う事は無い。


 あの後少し話した限りでは、琴音の願いはごく単純で最初の頃と変更は無いようだった。つまりは俺に、このまま限定イベントに参加して貰って、2人で一緒に頂点を獲ると言う。

 それはこちらも望むところだ、今では俺にも立派な原動力目的が出来ているし。もちろんゲーム自体は楽しいし、多少のハンデなど引退するきっかけにはならないけど。

 逆に明確な目標が出来て、やる気はみなぎるほどだったり。


 つまりは復讐だ、さっきご機嫌取りの様に琴音に語った言葉、半分以上は俺の本音と言うか本気が含まれている。幸い始まりの森で盗賊団を殲滅せんめつした、成功体験が俺にはあるし。

 京悟と美樹也にも事の顛末てんまつを話したら、向こうも激怒&叱咤しったの嵐と言うね。主にPKと言う悪辣な行為に激怒したのは京悟、琴音をソロで放っておいた俺を怒ったのが美樹也だったり。

 美樹也の言い分も分かる、確かに俺は軽率だった。


 相棒である琴音を放っておいて、ソロエリアで遊び回っていた罪は重い。例えそれで弓矢スキルを伸ばせて、師匠から様々な教えを受けられたとは言え。

 肝心なパートナーを失う破目に陥っては、元も子も無い顛末ではある。


 琴音は気にしないでと言ってくれたが、それを真に受けては男が廃ると言うモノだ。彼女に提示した案件、強くなって待つのとPKの殲滅は責任を以て遂行したい。

 もちろんそれは、自分に課した最低限の任務である。他にもネムの強化や街のステージに慣れたりとか、街に出て色々とすべき事は多い筈なのは百も承知。

 そんな諸々を込みにして、今日も頑張って行こうかな。





 ――などと考えつつ、11日目のイン作業の果てのログインである。初の街中だなぁと、感慨深く考えていたのも束の間の事。

何故か見知らぬ大部屋に出てしまって、何処だここはとプチパニック状態に。


 不思議な部屋だった、壁には大小の時計盤の紋様が描かれていて全体的に鈍く光る緑色だ。学校の体育館かそれ以上に広くて大きい、印象としては部屋と言うより倉庫だ。

 そんな広い場所に、何故か自分一人飛ばされたみたいで。


 部屋の床は白黒のギンガムチェックで、俗に言うチェス盤の柄となっていた。と言うか、実際人間大のチェス駒が至る所に配置されていて、まるで彫像のよう。

 天井はもっと凄かった。何しろ超巨大な時計盤が設置されていて、やはり巨大な長針と短針、それから秒針が刻々と時を刻んでいたのだ。

 大き過ぎて、逆に何時何分を示しているのか分からないけど。


 それに気を取られていたせいで、目の前の変化に気付くのが遅れてしまった。いつの間にやら巨大部屋の中央に、シンプルな机と椅子が出現していたのだ。

 さっきまでは確実にそんなモノ無かったのに、狐につままれた気分だ。近付いて調べるべきか迷っていたら、その近くの彫像のようなチェス駒の陰から人影が出て来た。

 そいつは何故か、渋い背広姿にシルクハットと言う出で立ち。


「やあ、ようこそ“時の部屋”へ……驚かせてしまったかな、ここには危害を加える敵は出現しないから安心してくれたまえ。実際、君の全ての破壊行為は作動しないようになっている。

 ここで可能なのは対話のみ、さあ座りたまえ……話をしようじゃないか!」


 不意の出現と演出に驚いていると、そいつは勝手に会話を始めてしまった。そう言えばファーとネムがいないな、男の言った通りに俺の武器の類いも手元に無い。

 魔法もついでに使用禁止っぽいね、この部屋特有の現象なのかもしれない。つまりは安全地帯だ、ファーがいないのは釈然としないけど。

 何にせよ、目の前の対話を望む男への不審感は拭えない。


 そんなこちらの心情が伝わったのかそうじゃないのか、男は着席しながら何故かお茶の用意を始める始末。何だろうね、この不気味なマイペース感……。

 一体誰だコイツ、考えられるとしたら運営の人間とか、ゲーム会社の関係者には違いないだろうけど。俺に何の用事だろうか、不正はしていない筈だし不具合とか?

 うむぅ、それって直接本人を呼び出して告げる事とも思えないし。


「警戒しないでくれたまえ、私が言ったのは全部本音だよ? 私がしたいのは唯一、始まりの森を優秀な成績で突破した君との会話に他ならない。

 実際、君は自分の成績を客観視した事はあるかい? あの森には隠されたダンジョンが、全部で4つあってね……製作スタッフが気合入れて隠し過ぎたせいか、4つ全部回った冒険者は君たった1人なんだよ!

 オマケに、最後の最後に盗賊の砦を壊滅させるってね!」

「あぁ、俺1人だけだったの……ふぅん、そりゃ凄いかもな? でもそれって、別に不正でも反則でもないでしょ……こんな辺鄙な場所に連れ出して、何を話そうって?」

「辺鄙な場所とは酷いな! この空間を創るのに、金も時間も掛かってるんだよ? 時の部屋みたいで格好良くないかな、いやそれはどうでも良いか。

 つまり会話の切っ掛けだけど、純粋に君に興味を持ったって訳さ!」


 なるほど、何か凄い事を俺はやったらしい……そう言えば、そのお陰で『未踏破ボーナス』を何度か貰ったなぁ。スーツの男は尚も、レア種討伐率や探索範囲率も君は全体で5位以内だったとネタばらし。

 その行動力はどこから来たのかと問われても、正直知らんがなと回答するしかなく。好き勝手やっているだけだ、危険な目にも遭ったけどそれは仕方が無い話。

 冒険者だもの、その程度のリスクは承知の上だ。


 それにしても勝手だな、興味を持たれたと一方的に言われても、俺には何のメリットも無い。そもそもアンタ誰だと、なるべく喧嘩腰にならぬように詰問する俺に対して。

 向こうは穏やかな表情は崩さず、もちろん特別報酬は用意しているよと。そう述べつつ、スーツの男は机の上にアイテムを取り出した……おっと、用意周到だな。

 それなら話は別だ、魚心あれば水心ありってね。


 向こうが差し出して来たのは、虹色の果実に冒険者の心得:中級と言う贅沢なセット。あれだけ苦労して探し回った果実をポンと差し出されると、何だか妙な気分になるけど。

 まぁ貰えるなら文句は言うまい、大人しく席に着きながら不満を仕舞い込み。それでアナタは誰ですかと、肝心な相手の正体を尋ねてみたら。

 自分は“神様”だと返された、さて……俺はどうしたら良い!?


 思わず座りかけた姿勢で固まってしまった、いやだって神様と話す機会ってなかなか無いから。自称神様の年齢は40歳前後だろうか、若くは無いけど年寄りでも無い。

 スーツ姿はあまり似合っていないな、好奇心いっぱいの表情のせいかも。コーヒーと一緒にアイテムを差し出した神様、そう言えば君の幸運値は凄いねと一言。

 それは君が、意図して起こした事象なのかなと問われ。


「いや、別に……アバター作成時に、幸運値に重きを置いてたつもりはないですけど。俺だって魅力値とかも欲しいし、まぁ今の所は特に困ってもいないんだけど。

 でもあれやこれやと欲しがっても、全てが満足出来る能力値って、実際はあり得ないモノだから。そう言うの含めて、今のスタイルに不満は無いと言えるかな?」

「ふむふむ、世の中は全てが満たされる事は無いって知ってるのは強みなのかな? 私はその点を話したいんだ、世の中の大半の人間はそうで無いって意味なんだけどね?

 生きて行くだけで精一杯の癖に、アレが欲しいこれが足りないと我が儘ばかり! ハングリーと言えば聞こえはいいけど、正直足りない中で上手く立ち回る知恵を絞れと言いたいね!

 幸運と要領の良さ、君はどっちがより大事だと思う?」


 何だコイツ、神様の癖に口が悪いな! 大半の人間の苦労話を扱き下ろし、あまつさえゴミみたいに下に見てやがる。いや、神様だったら許されるのかな?

 実際の所、この神様を語るスーツ姿の男の正体が少々気になり始めて来た。推測を働かせつつ、さり気なく会話を続けてヒントを探って行こうか。

 それからこの会話の、本当の真意も問い質したいところ。


 運なんて所詮は、どっちに転ぶか分からない独楽の様なモノだ。それなら要領良く生きるべしと俺が応えると、向こうは意外な顔をして反論して来た。

 世の中には、何をやっても上手く行く人種が極僅ごくわずかだがいるのでは無いか? そんな人間は、要領も性能も関係なく人生を渡って行けるんじゃないか的な。

 努力や元の能力が同じなら、運がすべてを左右するって事らしい。


 努力や元の能力を補って余りある強運は、確かにチートでしかないけれど。それ以前に人が行う影の善行が、まさに幸運を引き寄せている可能性もある。

 などと持論を展開しながら、何だか本当に問答っぽくなって来たなと内心で変な気分に。興が乗って来たのは確かだが、そろそろ意地悪な質問もぶつけてみようか。

 そもそも神様なら、こんな問答も必要が無い筈では?


「いやまぁ、確かにそうだけど……つまりだね、神様と言ってもまだ見習い程度なんだ。ぶっちゃけて言うと、この『ミクブラ』のゲーム世界でしか力を振るえない、そんな神格だと思ってくれていいよ。

 それを高めるために、君みたいな異端児の行動原理を紐解いてみたくってね。サンプルだと気を悪くしないでくれたまえ、君みたいな冒険者は本当に10人もいないから」

「なるほど、神の高みに向かう理念は確かに素晴らしいと思うけど。かつて人々は集団で神の高みに到達しようと、巨大な塔を造ったと言う逸話があった筈。

 結果、神罰で塔は崩され、その上人々はコミュ力を失った……言語が分かれて、団結する力を無くした訳だ。或いは、神は人の可能性を怖れているのかも知れないな。

 そんな人間の可能性、知りたくないか?」


 ほおっと、向こうも増々興味深そうな顔付きに。是非とも君の持論を訊かせてくれたまえと、見習い神様は前のめり過ぎる興奮振りで食い付いて来た。

 んむっ、他人が思わず唸るような理論など、実は持ち合わせてないんだけど。困ったな、勿体付けながらも試しに見返り報酬の上乗せを仄めかしてみたら。

 追加でポンッと、『皆伝の書:武器』とお金を10万モネー貰えてしまった。


 自称神様は、こちらの事情を良く知っているようだ。武器スロットが足りないようだから、この贈り物は助かるだろうとか調子に乗って喋っている。

 お金は困ってないぞと返すと、この先お金が必要なイベントが発生するからと種明かし。おやおや情報まで戴いちゃった、これはひょっとしてもう少し搾り取れるかな?

 あくどい事を考えつつ、この会合の落とし処を脳内で模索する俺。


「それで君の言う人間の可能性、君はどこに見出しているのかな? プレイ振りから察するに、やはり幸運値に重きを置いているとか?」

「しつこいな、そんなモノ無いよ……どっちかと言うと俺にあるのは、ただのビギナーズラックだろ? 強いて言うなら、出逢った人との繋がりは意識して大事にしてるけどな。

 始まりの森でも、随分と助けられたよ」


 それは俺の本心でもあるし、情けは人の為ならずは好きな言葉でもある。冒険者って、突き詰めればそう言う事なんじゃ無いかって思う。

 つまりは、人の役に立つ存在であるべきって。


 モンスターを倒すのも依頼をうけて駆け回るのも、確かにお金や経験値を稼ぐ為ではあるけど。根本には、人の為であったり街の平和を護る為だったりする訳で。

 そんな理念がブレると、冒険者はただのならず者と変わらなくなってしまう。


「へえっ、今まで何人かインタビューして来たけど、君みたいな存在は珍しいね。過半数以上が自分の力を過信してる自信家ばかりだよ、冒険者って奴は……。

 こちらの存在も、大抵は運営の者と気付かれて無難な対応しかしてくれないしな。変わり者でそのまま信じた人と、異世界転移キターと叫ぶ者も約1名ずついたけど」


 厨二病の発動か、冒険者って変な輩が多い印象だったけど。概ね間違っていない様子、そこはちょっと安心した。俺は違うけどね、そこはキッパリ否定しないと。

 とにかく相手は、情報提示を何とも思っていないノーガードな呑気な性格らしい。今も本能のままに、冒険者と言う存在は危険に対応する機会が多いので、モニターには最適だと漏らしている。

 本音なのだろうな、人間観察が大好きに違いないと思える程度には。


 要するに目の前の男が知りたいのは、人が劇的に変わる瞬間はいつなのかと言う問いに尽きるのだろう。その切っ掛けと選択肢、正解を勝ち取る運を持つ者と持たざる者。

 蝉や蝶が羽化する瞬間を見た事が無いかな? 確かにあれは感動する、地を這う能力しか持たなかったものが、華麗に新たなステージへと到達するのだ。

 その変化を掴める者、気付かずに過ごす者の違いを知りたいと。


 変なこだわりを持ってる人だな、人の運命の分岐点なんてそれぞれだろうに。俺たち冒険者をサンプルにするって言ってたけど、黙って虫の様に観察されるのは趣味じゃない。

 ここは値上げを要求しようか、向こうはあからさまな弱味を見せている訳だし。つまり向こうは情報を欲していて、こちらの手札の中にそれが紛れ込んでると思っている。

 ここはトーク力で、限界までアイテムと向こうの情報を引き出してみよう。


「ははっ、神様ともあろう者が随分と一つの事にご執心だな……答えが知りたいのなら、もっと張れよ。仮にも限定賞金イベント立ち上げるために、会社を乗っ取る程の男だろ?

 そんなお人が、バーチャ世界のアイテム報酬ケチってどうするの?」

「…………ほおっ、私の正体を良く言い当てたね」


 あらら、呆気無く肯定しちゃったよ、この自称神様もとい乗っ取り社長。顔は知らなかったけど、話して行く内に何となくただの運営社員じゃないなと思い始めて。

 軽くカマを掛けてみただけなのに、あっさりクリティカルしちゃったみたいだ。金儲けは得意そうだが、こう言う言葉の駆け引きは苦手なのかな?

 まぁいいや、相手がしらばっくれて来たらこちらも追及の手は無い訳だし。


 その当人は、先ほどから宙を見つめて何かを確認中の様子。それから思い出したように、急にしまったと言う顔付きになった。どこかと通信してたのかな、良く分からないけど。

 やっぱりそうみたい、ってか渡し忘れの報酬があったと謝られてしまった。


「いや実は、最後の未踏破ボーナスを渡すのを忘れていてね……何しろ盗賊の砦をソロで乗り込む猛者には、直接報奨を手渡ししたいと思っていたから。

 そんな訳で、追加の報酬はかなり豪華にさせて貰うよ。それから君が、推測力と判断力が充分にある事も分かったし。

 実に嬉しいじゃないか、それで答えが貰えるのなら」


 そう言って自称神様が取り出したのは、たった2つのアイテムだった。ただしどちらも上物で、最初の1つは何と『複合技の書:両手棍+光《光臨爆讃こうりんばくさん》』と言う代物。

 かなり威力の高そうなスキル技だ、これは良いモノを貰ったな。ちなみにもう1つは冒険スキル『探索☆』と言うモノで、こちらも性能は素晴らしいとの保証付き。

 何しろ、ドロップ率や経験値入手率か軒並み上がるスキルだそうで。


「さあっ、それで君の言う人間の可能性、運命の分岐点はどこに潜んでいるんだい?」

「まぁ、これは俺なりの見解なんだけどな……さっきも言ったろ、人は見えない国境と伝わらない言語や種族で、今まで幾つもの国と言う小箱カテゴリーに分け隔てられて来た。それが今はどうだい、神様?

 神様の仕業化はともかく、バーチャ世界では国境も無く、同時翻訳機能はほぼタイムラグも無く言語と感情を遣り取り可能なんだろう?

 つまりは、人の力が再び合わさる力場が出来つつあるって事でしょ?」





 ――何かが起こるとしたら、まさにこの神の領分バーチャ世界の中でしょ?








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