第72話 終焉と始動と




 ファーの喜びようは凄まじく、そして敵将の殺気は今にも破裂しそうな勢い振り。これだけ離れてても、ビリビリと肌に突き刺さるってどんだけ憎まれてんだ、俺。

 こっちも恨みは当然ある、何しろ一度殺されてるし。それで分かった事もあるし、コイツを倒すのは険しい道のりだと改めて認識も出来た。

 それから、師匠が陰ながら支援してくれてるって事も。


 師匠と共に畳み掛けたいが、万一砦外に支援者がいる事がバレたら、この首領ボスは弓矢の届かない場所へと移動してしまうだろう。

 俺だったらそうするし、向こうは時間制限なと屁とも思っていないのだから。逆にこちらが時間切れで悲惨な目に遭ってしまう、現にそろそろ残り時間が不味い。

 ここは是が非でも、短期決戦を挑まないと。


 相変わらずネムは捕えられたままだが、それは今となっては不運では無いと思う。少なくとも戦闘中の事故死は防げるし、こちらも相棒を構う暇が無い。

 ネムの戦い方は、自分と同じく華麗に舞って敵の薄い箇所に攻撃を加える軽戦士だ。どうしても防御が薄くなるのは致し方なく、それが目の前の敵には致命的ではある。

 一撃で粉砕される怖さは、さっき身を以て知った訳だし。


「がははっ、災厄とやら……貴様も配下に加えたくなって来たぞ、どう思う?」

「知るかよっ、災厄をその身に抱えて滅びろ……!」


 その短い遣り取りが、第二ラウンドの始まりの合図となった。さっきスカウトして来た癖に、全く容赦の無い斬撃が襲い掛かって来る。

 今度こそミスは許されない、短槍を握る手に力を込めて反撃の口火を切りつつ。改めて今出来る事を脳内整理、勝利までの道順を構築して行く。

 とても険しいのは承知の上だ、それでも可能性は存在する。


 まずは切れてしまっていた強化魔法の掛け直し、ファーが上手い事ボス首領の気を散らしてくれている。その隙をついて、1つずつ確実に自己強化。

 師匠の弓で左目を潰された“不屈”のゴラスは、明らかに動きが鈍くなっていた。ファーが邪魔するようにその視界を遮ると、途端に慌てたように顔を振って視界を矯正している。

 俺はその隙に、武器スロットを弄りに掛かる。


 今まで両手棍と短槍、更には弓矢の武器スキルを詰め込んでいたのは流石に無理があった。って言うか舐め過ぎてたな、自身のアバターの出力を活かし切れてなかった。

 そこで短槍と楯スキルを、両手棍スキルと交換して使用可能状態に。これで随分とマシになった筈、むしろ何故これを先にしなかったかって話だ。

 本当にボケてるな、死んでから気付くとは遅過ぎだ。


 それから更に、覚えてそんなに使ってなかった弱体魔法の重ね掛け。氷魔法の《魔女の略奪》は、スキルが低過ぎが原因か弾かれてしまったけど。

 闇魔法の《闇の腐蝕》は、何とか掛かってくれて思わずガッツポーズ。すかさず封印されていた《二段突き》から《四段突き》のコンボ技、敵の体力が一気に減って行く。

 いいね、一気にテンションが上がって行くよ!


 さっきまでワンキルされて沈んでいたのに、あっという間にこちらに風が吹いて来た感じ。逆に“不屈”のゴラスは、自分の二つ名を奪われた様な気の抜けた顔に。

 懲りずに大技を仕掛けて来る首領ボス、たまに来る《足払い》や《体当たり》は細心の注意で避けて行く。忌々しい《目潰し》を、スロットに仕込み直した《ブロッキング》で防いだ時には、思わず歓喜の声が漏れそうに。

 ぶっつけ本番だったけど、こんなに上手く行くとはね!


 楯スキルの特性だけど、楯で防げばほぼ半オートでスキル技が発動するようだ。SPがあればの話だけど、こちらは回転の良い片手武器なのでSPを枯らす心配も少ない。

 段々と戦闘の流れが興に乗って来た、普段と違う戦闘スタイルに慣れて来た証拠かも。短槍で多段スキルを撃ち込み、敵の大技は避けて小技は楯でブロックする。

 よどみの無い戦闘スタイルに、次第に身体も順応して来た様子。


 敵の行動パターンを、粗方あらかた体感出来たのも大きなアドバンテージだと思う。大技に絡め手、更には盗賊の首領の癖の様なモノに加えて、新たに出来た大きな死角。

 師匠の創り出してくれた敵の死角には、本当に感謝しかない。逆に相手は、こちらの戦闘パターンの変化に明らかに戸惑っている様子だ。

 うん、仕掛けるならやはりここかな?


 こちらにまだ体力に余裕のある時期に、チャレンジしてみたい奥の手がある。成功率は運任せなのが怖いが、幸いこちらの幸運値は高い方だったりするので。

 相手を混乱させる意味合いも含めて、俺は通常攻撃を途端に左手の手甲でブロックし始める。今まではスピード頼りで避けていたのを、いきなりの方向転換である。

 これには“不屈”のゴラスも、不意を突かれて驚いた様子。


 こちらも少なくない衝撃と、手甲の軋む音に内心冷や冷やモノである。それでも方向転換は止めない、そして待望のログ通知とエフェクトが訪れたのは3撃目だった。

 “反射”効果の乗った《ブロッキング》で、敵将は体勢を崩して尻餅を突いたのだ。想像以上のリターンに、俺は勢い付いて《落とし突き》のお土産までプレゼント。

 こちらまで体勢を崩しつつ、敵のHPを一気に減らせて舞い上がる俺。


 それ以上の追撃は、相手の蹴り攻撃で防がれたけど。向こうが立ち上がる隙に、こちらもポーションPで減ってしまったHPの回復作業。

 これで相手も、相当な警戒を強いられる筈である。その隙に再び《闇の腐蝕》と《魔女の略奪》の重ね掛け。今度は氷魔法の《魔女の略奪》が掛かった様子。

 その途端、一気にステ上昇する俺のアバター。


 そう言えば、これは敵のステータスを吸い取る弱体兼強化魔法だっけ……慌てる首領ボスと、一気に調子に乗って攻め立てる俺の構図。

 ファーもここぞとばかりに、光の水晶玉を投入してくれる。そして俺の怒涛のスキル技攻撃で、“不屈”のゴラスは2度目のハイパー化に及んだ様子。

 HPを確認したら残り2割ちょっと、いよいよ大詰めっぽい。


 半ば意識を手放した狂乱状態で、巨大な斧を振るい始める敵首領はまるで勢いを失いかけた巨大独楽のよう。何処に向かうか予測不能で、逆に神経を使わされる。

 ただし隙も多くなって、嫌味な攻撃手段は来なくなったのは有り難い。大きく方向を見誤った敵将は、防御壁にぶつかって備え付けの大砲ごと砦の向こうに落ちそうになってるし。

 その隙にこちらは、再び強化呪文の掛け直しなど。


 相手のステータスを確認したところ、まだ弱体効果は残っている様子。ここは畳み掛けたいな、数少ないチャンスには違いないし。

 俺はポーチから炎の神酒を取り出して、覚悟を決めて一気飲み。副作用が怖過ぎるけど、ここは使い時だ。弱体スキルは何度も使うと効き目が無くなって行くし、元々長期戦はこちらに圧倒的に不利だし。

 残り時間も気になり始めている今、景気付けの一杯は必要だ。


 束の間、身体が異様な熱を帯びた気がした。いや、気のせいでは無い……口から炎が出そうな熱量に、我が身を支配されそうになりながら。

 荒ぶる敵首領に、獣のように襲い掛かる俺。向こうも半ば獣染みているし、野獣同士の戦いの様相を呈して来た。それでも理性は、的確に相手の急所を探り当てる。

 そこを食い破るように、スキル技を敢行!!


 相手の苦しそうな怒声が、耳に心地良く響き渡る。接近戦は不利だと思ったが、ハイパー化の現在は相手も特殊技を選ぶ理性も無い様子。

 大斧の大技ばかりが、やけに速いテンポでバンバン飛んで来ているけど。得物には適正距離と言うのがそれぞれ存在していて、それを外してやると意外と怖くない。

 体術を封印した首領ボスは、実に良いカモだな。


 パワーばかり上がっても、駄目だと言う良い例だ……今のうちに炎の神酒で上がったステ込みの、連続スキル技で奴を追いこんでやる。

 《二段突き》からの《四段突き》を見舞って、さらに複合技の《白垂飛泉槍》まで全てヒット! 首領ボスもこれには参った様子、大きく体勢を崩してダウンする寸前。

 これは仕留めたかなと、俺の心に僅かに油断が差し込んだ瞬間。


 こちらの攻撃の最中に、どうやら向こうのハイパー化は途切れていた様子。同時に正常な思考も取り戻していた“不屈”のゴラス、倒れ込む拍子にこちらも強引に巻き込みやがった!

 不意の反撃に、全く対処の仕様も無く。一緒に倒れ込む破目になった俺のアバター、これじゃあ追撃も侭ならぬ。ってか、倒れ込んだまま奴の《頭突き》を喰らってしまった。

 頭部へのダメージで、ピヨッている間に先に相手に立たれてしまって。


 完全に立場は逆転したっぽい、後ちょっとだったのに……! 敵の斬撃を何とか《ブロッキング》で防ぐが、防ぎきれないダメージがこちらのHPを蝕んでいく。

 あっという間に体力は半減、しかも体勢を立て直す暇は全く無いと言う。しかし相手に蔑むような表情は全く無い、全力で以てこちらを仕留める手負いの野獣の目である。

 こちらも諦めるつもりは無いが、向こうにあなどりが無いと付け入る隙が。


 などと思っていると、天の助けは思わぬ方向から飛んで来た。もちろんファーは、能力以上に頑張ってくれてはいたけど。

 水晶玉が底をつくと、介入する手段は皆無な訳で。


 風を裂いて飛来した矢は、もちろん師匠のここぞと言う所での援護射撃だった。それは見事に敵ボスの首を貫通、一瞬驚いたように動きを止める“不屈”のゴラス。

 不屈の二文字が本当かどうか、この手で確かめてやろうか。


 長かった砦での戦いに終止符を打つように、短槍を持つ手に力を込めて。俺は何とか片膝立ちになって、急所に《二段突き》をお見舞いする。

 その衝撃に揺れる巨体、だがまだ命のタンクには燃料が残っている。


 本当にしぶといが、こちらにもまだ辛うじて余力がある。いつの間にかスタミナも枯渇状態で、身体を動かすのも辛い状態だけど。

 最後の余力を振り絞り、飛び掛かる様に《落とし突き》!!


 身体同士が衝突した衝撃は、思ったよりも大きかった。思わず弾き飛ばされ、尻餅を突いた途端に脳内に響き渡る数々のインフォメーション。

 死闘を繰り広げた敵将の巨体は、粒子を撒き散らしながら消え去って行く途中だった。ようやく安堵出来そうだ、もっとももうろくに動けないのも確かな事実。

 これ以上の無理は、時間的にもスタミナ的にも無理。


 恐らくは豪華なドロップ品もあるのだろうが、それを確かめる時間も気力もない。敵将が消滅して、ネムの束縛も消えてくれた様子。

 弱々しい声を出す仔竜に、ファーが飛び寄って慰めてくれている。こちらは大丈夫かな、後はせめて師匠に一言お礼を言いたいのだけれど。





 ――近付いた砦の防壁越しには、人の姿は一切見えず終い。









 波乱の戦いのようやく終焉したバーチャ世界から、現実世界へとログアウト。1度やられてしまったけど、何とか勝利をもぎ取れた。

 考えてみれば、ほぼ一人で砦を攻略してしまった事になるな……いやいや、そこは色んな人達の陰の支えがあったからなのは百も承知。

 天狗になるのは早い、そう自分を戒めて。


 一応幼馴染に報告はしておくかな、毎度の如く胡散臭がられるのはアレだけど。財宝の山を見せてやれば、恐らく信じて貰えるだろう。

 あの後の残り時間で、ファーの力を借りて砦の中の財宝はほぼ全て回収に至った。実際多過ぎて、鞄から溢れてしまう事態に陥ったのには参ったけど。

 そんなご機嫌な俺を、殴りつけるようなショックが襲ったのはその直後だった。


 琴音が筐体を胸に抱いたまま、大粒の涙を流していたのだ。何かがあったのは事実だが、その顔はむっつりと唇を引き締めて悔しさを我慢している感じ。

 この時点で、俺の感想は美人が台無しだなとかそんな程度だったのは確か。何しろ子供の頃から見慣れているので、一々構うのも大変だったり。

 その当人は、俺と目が合うと途端に大泣きを始めてしまって。


 これも昔から見慣れた風景、どうしたのと慰めの言葉を口にしつつ戸惑う俺。バーチャ世界で何かがあったのは推測出来るが、はっきりした原因が分からない。

 琴音が何とか話せるまでに回復出来たのは、それから10分くらい後の事。相変わらずの感情爆発屋さんではあるが、幼馴染の泣いてる姿はこちらもかなり堪えるのは確かだ。

 そして知らされる、衝撃の顛末てんまつ


「……PKにやられた……っ、悔しいよ恭ちゃ……」

「えっ……それって、琴音のアバターが他のプレーヤーに倒されたって事かっ!?」

「塔でふっ……不意打ちされて……っ! 一緒にいた友達も、全員……っ!!」


 泣きじゃくる琴音の頭をポンポン撫でながら、何とか事の詳細を聞き出したところ。どうやら琴音とその友達2人は、塔での冒険に野良で誘われて、即席パーティを組んでの探索中に。

 不意を突かれて、待ち伏せしたPKに倒されてしまったらしい。


 彼女自身、ここのところ街中のPKの噂に用心していたと言うのに。まんまとその犠牲になった悔しさが、その言葉の節々から溢れ出ていて。

 そんな幼馴染を宥めながら、こちらの調子に乗った砦攻略の報告など、すっかり頭からブッ飛んでる始末。逆に俺の脳内を占めるのは、静かな殺意に他ならず。

 もちろんそれは、PKとやらをしでかした連中に向けられていて。





 ――方向転換だ、街に出たら琴音を泣かした奴に必ず報復してやる。








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