第69話 盗賊の砦・見張り塔




 それにしても……冒険スキルを『隠密』に3Pも振ったのに、全くの無駄だったな。まぁ、あんな遮蔽物の無い場所で戦闘行為をしていれば、見付かるのも当然か。

 少しは貢献しているのかも知れないが、他の冒険スキルみたいに効果ははっきりと示されない。だからポイントを振り込んだ分、何だか損をした気分だったり。

 まぁいいや、それなら精一杯暴れて存在を示すのみ。


 そう思ったのも、千載一遇のチャンスが目の前にあったからだ。時間の止まっていた地下牢から出てみると、何と警備に残していた闇戦士と四天王の一人が戦いを始めていて。

 お付きの盗賊は、幸いにも雑魚っぽいのが2人しかいない。ここは是が非でも、畳み掛けて速攻で始末してしまうべき事案である。

 レア種討伐は厄介だが、相手側の増援が来る前に成し遂げたい。


 ちなみに囚われの錬金術師は、下手に動いて見付かっても厄介なのでその場に待機して貰っている。連れて行くのは論外だ、彼は戦闘能力は皆無みたいだし。

 こちらが負ける可能性もあるので、兵舎の地下の秘密の抜け道の事は伝えてある。この近辺が静かになったら、こっそりと移動出来るか試すと言っていたけど。

 上手くやって欲しいモノだ、一般人の人死には見たくないし。


 それに協力する為にも、本当は戦闘場所を階上へと移したいのだけど。四天王の一人を隔離した状況で倒すチャンスなのだ、ここは一気呵成いっきかせいに畳み込まねば。

 そんな訳で、相手が口上を述べる間に自己強化など。


「かかっ、こんなところで出くわすとは、俺様も運が良い……!! この“奇眼”のゲイムーン、全身全霊を以て貴様を駆逐してくれよう!!」

「ゲイムーン様、応援を呼んでまいります……!」


 そうはさせないぞっとばかりに、俺は登り階段を塞ぐように位置取りをする。外への扉はフリーだが、そちらを塞ぐ前にネムが襲い掛かってくれていた。

 以心伝心だな、ってか本当はたくさんに増えた呼び鈴を使おうと思ってたんだけど。こちらもサボっていられない、短槍で身近の雑魚盗賊を相手に突き掛かって。

 闇戦士を援護しつつ、四天王の3人目を観察してみたり。


 暗殺者、魔術師と来たが、この“奇眼”のゲイムーンとやらはバリバリの前衛戦士らしい。重そうなハンマーを振り回しているのでパワーはありそうだけど。

 相手取る闇戦士は割と避けてるので、その攻撃の命中率はイマイチみたい。そもそもこんな広くも無い空間で、4人も5人も密集していると。

 振り回すのが前提の武器など、味方の存在が足手纏いでしかない。


 こちらはいつもの短槍で、防御も自己強化で万全である。しかも試しの《Dタッチ》がモロに効いたようで、戦闘中なのに時間&空間的に余裕が出来てしまった。

 そこで覚えたばかりの《アクアガード》の呪文で、更に自己強化を図ってみる。何しろ相手はパワー系である、一撃喰らっただけで一気に持って行かれそう。

 などと思っている間に、ネムと俺で1人目の盗賊撃破。


 遅ればせながらも、さっき地下で作り直した海月モドキを塔の扉前へと移動させる。これで不意に入り込まれても、目暗ませ程度にはなる筈だ。

 ついでに闇戦士をチェックしてみたら、HPが半減以下へと落ち込んでいた。四天王戦士と戦っていた時間はほんのちょっとの筈なのに、やはり侮れない戦闘力の持ち主らしい。

 今は盲目状態を突かれ、闇戦士の逆襲に遭っているけど。


 あれっ、思った程でも無かったのかな? 敵の戦力を過大評価し過ぎたかも、などと多少の混乱に見舞われつつ。不意を打つイベントが起きたのは、そんな順調な戦闘の推移の最中。

 まずは2階からの増援の気配が、俺の背中越しにぞわっと充満し始めたのが1つ。それから敵の雑魚を始末出来て、残りが四天王戦士ただ一人になってから。

 まるで枷が外れたかの如く、渦中の大男が振る舞い始めたのが2つ目で。


 言い忘れていたけど、“奇眼”のゲイムーンは縦にも横にも大柄な大男だった。まるで人間版オーガみたいだが、装備は何故かとっても薄い。

 バーバーリアンと言った方が近いのかも、ああ言う類いの薄手の筋肉マッチョには違いない。味方がすべて倒されたせいか、はたまたHPが6割まで減ったせいか。

 容赦の無いハンマーの振り回しで、途端に闇戦士のHPが危険領域へ。


 こちらもそれを放っておけない、まずは真後ろから来る敵に対処するための戦力補充だ。先ほど作って貰った呼び鈴の、戦士と魔術師を召喚して。

 背後の敵に対しての、警戒と対応を銘じておく。それにしても意外だった、てっきりまたゴブ兵士が出て来るとばかり思っていたけど。

 何かネコ顔の、平均体系の兵士が出て来てビックリ。


 戦闘能力の程は分からないけど、装備からして頼りになりそうな気配はある。とにかく背中は彼らに任せて、こちらはハイパー化した四天王戦士を止めないと。

 闇戦士のHPは風前の灯だが、試しに掛けた回復魔法は全く効果なし。それが召喚ユニット仕様なのか、彼が闇属性のせいなのかは定かではないけれど。

 回復の手段も無く、とうとう活躍してくれた闇戦士が没。


 それでも大いに助かったのは事実、消えた瞬間にネムのブレスと俺の《バグB》を撃ち込んでの牽制攻撃。ハイパー化の際には不用意に近付かない、これは既に鉄則なので。

 ダメージは与えられたが、闇戦士が取っていたタゲがこちらに向いてしまった様子。敵のハイパー化は収まる気配もなく、接近からの《岩砕き》と言うハンマー技を喰らう破目に。

 しまったな、先に足止め魔法を撃ち込んでおくべきだったか。


 などと反省しつつ、咄嗟に《スパーク》で相手の動きを止めるのには成功。一手遅かったが仕方が無い、ゴリッと削られたHPは《Dタッチ》で敵から吸い取って。

 しかし普段と威力が違うなぁ……強化のついでに、囚われの錬金術師に支給して貰った魔力のガムを、戦闘前に口に入れたんだけど。その効果が発揮されている様子、これは優秀なアイテム確定かな。

 大事な戦いの前には、積極的に食べるようにしよう。


 って言うか、絡み手の無いパワータイプのレア種の相手だが、こちらにスタン能力があればかなり楽だな。今までの四天王の中では、一番やりやすい相手かも?

 油断はしないが、それならば色々と手立てを整えたい。未使用の魔法とか、ネムとのコンビプレーとか……まずはこれかな、氷魔法の《魔女の略奪》を唱えてみる。

 これは確か、相手の各ステータスを奪い吸収する魔法だった筈。


 エフェクトは雪が舞う感じで綺麗だったが、効果は割とエグいかもね。何とハイパー化も解けてしまって、相手の弱体化は目に見える程。

 いや、実際はそこまで凄い弱体化でも無かった様子。こちらに加算されたステータスの数値は、各々に+3~5程度で。奪った数値も、恐らくはそのくらいだろう。

 悪くは無いが、ハイパー化解除は時間経過のせいだったのかも。


「くうっ、役に立たない部下どもめ……こうなれば俺の奥の手で、貴様を血の海に沈めてくれようぞ!!」


 いちいち芝居掛かっている戦士はともかく、仕掛ける前にそれを告白するってどうなのよ? そう言えば確か、奴らの二つ名にはそれぞれいわれがあったような?

 そう思った時には遅かった、戦士の片目が妖しく光を放って。


 途端に金縛り、そこを狙い澄ましての戦士のハンマーの振り下ろし。避ける術もなく殴られて、挙句の果てに《地割り撃》と言う両手棍のスキル技。

 ネムが割って入らなければ、ヤバい感じでそのまま殴られ続けていたかも。HPは一気に半減以下に、侮っていた訳じゃ無いけどとんだ失態である。

 相棒に感謝しつつ、戦闘区域を離れて回復作業。


 レア種であれば、特殊能力の1つや2つ持っていて当然である。しかしひと睨みからの金縛り効果とは、あまりに凶悪過ぎて笑えないな。

 相手のパワー特性を、存分に生かす能力には脱帽する他ない。


 その反省と引き換えに、その厄介な特殊能力の発動状況は分かった。恐らくは目を合わせなければ平気だろうが、絶対と言う訳では無いから怖い。

 次に喰らったら、マジで命の保証はないかも。


 それが焦りとなった訳でも無いけど、ネムの加勢に入っての殴り合いへと移行して。ここからは危険と隣り合わせの、ガチの削り合いだ。

 大技はなるべく喰らいたくないので、位置取りは慎重に。特殊技の“奇眼”にも細心の注意を払わないと、死のフルコースを喰らってしまう。

 その流れだけは、何としても阻止しなければ。


 相手の防御は、見た目通りに高くは無いので削りは順調だ。ネムとのコンビプレイも上々、仔竜は飛び回りながら相手の攻撃の合間を縫って仕掛けている。

 明らかに不利を悟った四天王“奇眼”持ちの戦士、ならば必殺の技をと何故か再びの口上を述べ始めて。コイツは阿呆なのかと、しばし呆れ返りつつも光魔法の《フラッシュ》をお見舞い。

 うがぁ! っと、大仰に苦しがるお茶目な四天王戦士。


 侮れないなと真剣に対峙したのも恥ずかしい、こんな技名を叫びつつ繰り出すような脳筋野郎だったとは。とにかくモーションを探る手間は大幅に省けた、後はタコ殴りで始末するのみ。

 それは滞りなく上手く進んで、最後に何か雄叫びを発した戦士だったけれど。何をしようとしたのかは、最後まで分からず仕舞いでノックダウン。

 いやいや手強い敵だった、そう言う事にしておこう。


 ドロップは通常通り、渋めでも我慢出来るレベルではあったけれども。まずはスキル2Pに、剣術指南書が1枚とお金が割とたくさん。

 タダで貰った武器スキルは、最近使用の多い短槍に振り込んでおこうかな。他にも筋力の果実がドロップしたので、速攻で使っておくことにして。

 消耗品はもう一つ、皆伝の書:冒険をゲット。


 冒険スキルのスロットが増えるのは嬉しいけど、本当は武器スロットが良かったなぁ。とにかくこれも即使用で、冒険スキルのスロットは計6個まで増える結果に。

 余った1枠は何を突っ込もうかな、ってかこの四天王が冒険スキル『筋力強化』を落としてくれてるんですけど。他の予備は戦闘向けじゃないし、本来はこれを突っ込んでおきたいのだけど。

 教えてくれる人がいないので、覚えられないと言うお粗末さ。


 仮に今覚えたとしても、どれだけ効果があるのかは不明ではあるし。スキルPを振り込んでいけば、それなりに機能はしてくれるとは思うんだけど。

 最後に『破砕の指輪』と言う装備品と、初見の『爆心の秘薬』と言う薬品が3個。指輪は戦士が持っていただけに、防御と筋力アップ付きのなかなかの良品。

 お薬の方は、攻撃力が超アップする秘薬らしいのだが。


 説明文によると、その後のマイナス効果も酷いらしい。いずれかのステータスが、ランダムで幾つか永久に欠損するらしいとの事で。

 何か嫌だな、使うたびに心も病んでしまいそうな気が。それから3つ目の『クローバーの鍵』も、無事に回収出来たみたいでまぁ良かった。

 どこの扉を開けるかは不明だが、最後には役立ってくれる筈。


 ――破砕の指輪 耐久6、防御+5、筋力+3




 勝利の胸張りダンスを始めるネムを誉めてあげながら、ファーと毎度のハイタッチ。寛いでいる時間は無いけど、これ位の勝利の余韻には浸らせて欲しい。

 階段の上からは、やはり戦いの喧騒が響いて来ている。さっき経験値とお金が舞い込んで来たので、俺の召喚した戦士と魔術師は頑張ってくれているみたいだ。

 それならば、すぐにでも応援に駆け付けないとね。


 時間が勿体ないので、ネムと俺の傷を魔法で癒してマナポでのMP回復。地下での休憩でスタミナは回復しておいたので、食事休憩までは不要である。

 もう少し頑張るぞと、相棒達に告げてから。海月モドキを操りつつも、予備に取っておいた『騎乗者の呼び鈴』を使って3体目の兵士を召喚する。

 何しろ階上からの怒号は、結構な敵の数を知らせて来ている。


 ここで変にケチって、階段途中で大挙して敵に押し切られても嫌だしね。出現した騎乗者は、パンサーに鞍を着けて乗っかってる猫弓矢兵の出で立ち。

 強そうではあるが、果たしてどの程度の戦闘能力を有しているのか。負けず嫌いのネムが、自分の方が強いよと謎のアピールを始めてるけど。

 まるで意に介しない騎乗弓兵、さっさと2階へと走り去って行った。


「さて、俺達も合流するか」


 召喚兵士達だけに戦わせてはおけない、とは言え不用意に戦場に踏み込むつもりも無いけど。石階段の途中からそっと覗き込むと、なるほど砦内は乱戦の坩堝るつぼと化していた。

 石造りの見張り塔と接して造られている砦だが、この2階部分は大扉の真上に当たる筈だ。つまりは責められて一番困る弱点の真上部分、それなりの備えはしているみたい。

 木窓から敵を攻めれるように、色々と用具が窓際に置かれている。


 それ以外は板張りの簡易的な造りの部屋で、居住用には全く不向きで梁や柱は剥き出し状態。荷物も適当に置かれている感じで、今はそれが障害物の役目を果たしている。

 こちらに有利なのは、その障害物のお陰で呼び鈴召喚の後衛魔術師がフリーになっている事だろうか。前衛の猫戦士が上手く道を塞いでいて、盗賊相手に孤軍奮闘している。

 もちろん後衛の魔術師猫も、それをしっかりサポートしているけど。


 お手柄なのはやはり前衛猫兵士に他ならない、ちなみにその奥の砦の造りは物凄く大雑把で壁が無い。無いと言うか対面の岩肌が剥き出しで、そこに穴と言うか通路が空いていて。

 どこに通じてるのかは不明だが、敵の増援が来たら不味いな。中庭にいた盗賊達は、恐らく大半が俺を追ってこっち側の建物に入り込んだのだろう。

 この砦の2階には、現在半ダース程度の盗賊がいる模様。


 装備の整った強そうな盗賊兵士は、約2名程いるみたいだけど。こちらも早速、騎乗猫兵士が参入して弓矢を放ち始めている。ネムも負けじと、前衛に乱入していて。

 肝心の俺は、連れて来た海月モドキをどこに配置しようか迷っている最中。おっと、その障害物を乗り越えてこようとして来た奴がいるな……。

 いや、そいつは猫騎乗者の弓攻撃でダウン寸前に追い込まれてるや。


 どっちみちこの海月モドキの大きさじゃ、充分な道塞ぎは出来ないしなぁ。いいや、放っておいて手強そうな盗賊の相手でもしようかな。

 前線をソロで支えている猫兵士は、既にHPもかなり減っていて辛そうではある。向こうの敵側も、一度に並べるのが精々2人なので助かっている感じ。

 そこに短槍と手甲を構えて乱入しつつ、盗賊達の気を引いてやる。


 強化魔法は改めて掛け直してあるし、敵の前線は体力の減った雑魚盗賊が2人である。減りの早い方に突っかかってやると、敢え無くそいつはダウンしてしまって。

 装備の良い強そうな輩が、すかさず割って入って俺の相手をし始める。コイツさえ倒せば、この場はかなり楽になるかなぁと脳内で戦況を判断しつつ。

 敵の手斧での攻撃を、丁寧に手甲で受け流し。


 ネムは何故か、もう一人の強そうな盗賊と奥の方で戦っているみたいだ。雑魚盗賊が乱入しそうになる度に、飛び去って距離を取っているのは上手い戦法だと思う。

 その隙を庇うように、猫騎乗者が弓矢で援護をしている。即席のコンビだけど、上手く機能しているみたいで頼もしい限り。

 オレも参加するぜと、騎乗のパンサーも障害物を乗り越えようとしている。


 それはそれでアリかも知れない、猫魔術師はMP切れなのか今は戦闘に参加出来ていないし。とにかくこちら側が大きく押し込めている状況には違いなく。

 このままここを制圧して、次は塔の3階か奥の洞窟調査かな?


 などと呑気に考えてたら、戦況が一変する出来事が発生。敵の増援が、奥の洞窟からやって来たのだ。しかもどうやら本陣の精鋭らしい、雑魚っぽい盗賊が1人も混じっていない。

 いや、それどころか……オレンジと朱色ネームが混ざってる、アレはひょっとしてここの首領と四天王の残りかな? 更には猛獣タイプのモンスターまで混じっていて、相当な一大戦力となっている。

 これは不味いな、レア種2人同時に相手なんてちょっと無理!


 しかも、片方はエリアボスの首領盗賊である。普段ならそれなりに強いパーティでもって当たって、ようやく勝てるかどうかの相手なのだ。

 何とか分散させないと、まずこちらに勝ち目は無い。


 幸い召喚した兵士たちは、まだ健在で頑張ってくれているし。ここは一旦退却だな、敵戦力の分散は逃げながらする事にしよう。

 召喚アイテムはまだ残ってるし、全部使い切る覚悟で当たらなければ。





 ――迫り来るプレッシャーに、早々に退散を決め込む俺だった。







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