第65話  盗賊の砦・地下一階




 細く続いた通路の突き当たりに、ようやく上へと開く丸いふたが窺えた。これが盗賊の砦に侵入出来る、唯一の裏ルートだ。

 開かなかったらどうしようかと、一瞬脳裏に不安が掠めたモノの。


 重石などでの妨害工作は無かった様子、ホッとしたのも束の間。ファーが物凄い速さで隙間へと突入、思わずそのままの姿勢で固まってしまう俺。

 ネムがお母さんに続こうと、必死に開いた隙間に鼻先を突っ込んでいる。


 どうやら罠か何かの仕掛けがあったようだと、気付いた時には既にそれは取っ払われた後だった。詳しく調べる技能も無いが、何となく鳴子の仕掛けじゃないかなと推測。

 つまり不用意にあの蓋を開くと、仕掛けられた糸が引っ張られて大きな音がフロア中に鳴り響く感じだ。秘密の通路は砦の地下に通じていると、師匠が言ってたので。

 地下フロアの住人には、侵入者の存在が知られていた感じか。


 それを未然に防ぐとは、素晴らしいファーの嗅覚である。収集ポイントばかりか、こんな罠感知でも活躍しちゃうとは……感心しつつも、素直にお礼を述べると。

 しゅたっと手を上げて、オーライか何かの合図。


 良く分からないが、本人的には何でもないよと報告したつもりなのだろう。それよりその後もファーの独壇場、この隠し部屋は宝物庫も兼ねていたようで。

 お宝が幾らでも取り放題……とはシステム上無理なようで、収集ポイントの数だけランダム入手の形っぽい。宝箱を開いて一括で獲得でも良かったのに、まぁ雰囲気はどちらも同じか。

 とにかく俺は、相棒の指し示すポイントを調べて回るのみ。


 鉱石やインゴットの置かれた区画では、そっち系のアイテムを入手出来るとか、取り敢えずの整合性はあるものの。入手アイテムはランダムなので、割と一喜一憂しつつ。

 全てのポイントを逃さずゲットして行く、時間が掛かってもそれは仕方が無い。冒険者たるもの、お宝の前から逃げる訳には行かないのだ。

 そんな訳で、結構な数のお宝をゲット出来た。


 先にも言ったが、半分は金や銀のインゴット系だった。骨董品や絵画の山もあったけど、そちらは自分的には外れ。大きくて持ち運びに不便だし、まぁ鞄に入るだけ持って帰るけど。

 本音では、宝石とか小物が入手出来れは言う事は無かったんだけれど。後は珍しい布素材とか、良く分からない錬金素材とかそんな感じのモノばかり。

  結果、ゲットしたお宝で当たりはほんの数点のみ。


 まずは炎の術書が1枚、それはすぐに使用するとして。盗技石×6個と鑑定石×5個は、初めて見るアイテムなので用途が良く分からない。

 説明文には、『盗技石』はPCを倒した場合、その相手のスキルPや技能を奪う事が出来るそうで。かなり物騒なアイテムである、ひょっとしてPK用のモノだろうか?

 『鑑定石』は簡単で、アイテムのランクを知る事が出来る石らしい。


 どう使うかは書かれてないので、要検証もしくは知ってる誰かに尋ねる必要があるけど。他には天使のベールと言う頭装備と、天魔草の種ってのが8個。

 天魔草は、上手く育てると魔石を収穫出来るらしい……このゲームはどうも、栽培も当然のように出来るみたいだ。これも後で調べる必要があるかな、スキルが必要かとか色々。

 ファーに任せたら、何となくやってくれそうな気もするけど。


 万能感の出て来た相棒の件は置いといて、天使のベールも何気に万能感が溢れ出る装備みたいだ。耐久値と防御は低いけど、HPとMPのオートヒールが付いている。

 これはかなり悩ましいな、でも戦闘中の装備はかなり怖いかも。取り敢えずは休憩用に持っておこうかな、勿体ない気は凄くするけど。

 今の兜は防御+10だからなぁ、交換はちょっと無理。


 ――天使のベール 耐久4、防+2、HpMpオートヒール


 後は何故か、『宝の地図』が1枚出て来た……どうしろって言うんだ、探せばいいのかな? 地図なのは確かなんだけど、どこの地方の地図なのかが全く分からない。

 これはアレだな、行き先は分かるけどスタート地点が分からない典型的なガラクタ品だ。面白いゲームソフトを貰っても、それを動かすPCハードが無い的な。

 もしくは映画のチケットを持ってても、映画館に行く交通費が無い的な。


 まぁ、ファーのテンションがひたすら上がっているから別にいいけど。王冠2つに加えて、彼女の巣のオブジェに進呈してあげよう。

 何か見た目はかなり豪華になって来たな、ネムが凄く羨ましそうに見てるよ。そうだな、今度暇を見つけて仔竜のベッドも作ってあげようか。

 ファーママと似たような感じで、良い夢を見れる感じの奴を。




 さて、隠し部屋の財宝探索はつつがなく終了、マップを開いて地下1階の地図を眺めてみる。スキルの地図だと、未探索地点も何となく分かるのが良い点だ。

 もっとも、自分の近くしか把握出来ないけどね。しかも灰色表示なので、本当に透かして見ないと分からない感じである。スキルをもう少し割り振ったら、もっと便利になるのかな?

 だとしたら、伸ばす価値はかなりあるスキルな気も。


 潜入ミッションでは、先にルートが把握出来るアドバンテージはかなり大きい。変にうろうろして時間を取られずに済むし、敵や罠の場所を前もって検討出来る。

 どうやら階段が北東の突き当たりにあるみたい、ちなみに今いる場所はその真逆である。近くに普通の間取りの部屋が幾つかあるが、それもチェックすべきだろうか?

 砦攻略の観点から言えば、スルーすべきなのだろうが……。


 まぁ、出たとこ勝負でいいか……鍵が掛かっていなければ、中を覗いてみれば良い。まずはこの隠し部屋から出なければ、一応は裏侵入者対策にも気を付けて。

 他にもあるかも知れないので、慎重に進んで行こう。


 ファーが側にいて見守ってくれるのがありがたい、仕掛けがあれば彼女が気付いてくれるだろう。この扉は鍵が掛かっていたが、幸い内側から開けられるタイプ。

 重い扉をそっと開いて、向こう側の気配を窺う。この隠し部屋は、続き部屋になっているみたいなので向こう側も部屋になっている。

 人の気配は無いみたい、取り敢えず安心してそちらへ移動。


 ここはワイン貯蔵庫みたいで、ひんやりした空気が漂っていた。隠し部屋への扉は上手くカモフラージュされていて、一見してもそこが扉だと分からなくなっている。

 ワイン庫は薄暗くて、奥の扉の隙間からうっすらと光が差し込んでいた。あの扉の向こうが通路みたいだ、ここには用が無いので素通りしようとしたら。

 ここでもファーが収集ポイントを発見、騒ぎ立てている。


 手に入るのはワインだろうなと想像しつつ、そのポイントを漁ってみると。案の定のワインゲットだが、何年物とか注釈がついているので結構高級っぽい。

 当然だがこちらにワインをたしなむ習慣などありはしない。有り難く頂戴するが、これは誰かのお土産にするか、はたまた換金してお金になるか。

 とにかくファーがノリノリなので、こっちもそのノリを分けて貰いつつ。


 さて、次からが本番だ……今度の扉は通路に通じているので、より慎重に行動しなくては。既に定番のフォーメーションで、少し開いた隙間からファーがするっと先行して行く。

 少しだけ悲しそうなネムは、俺の足元で所在なさげに佇んでいる。暴走されても困るので、ちゃんと俺の後について来るように言い含めて。

 ファーのオーケーサインを確認して、砦の地下の通路に忍び出る。


 汚れは相当なモノだが、造り自体はしっかりしている建物らしい。取り敢えずは盗賊の気配の確認と、安全の確保に頭を働かせて。

 いざとなったら逃げ込むのは、ワイン庫に他ならない。この扉は少しだけ開けておいて、大勢に追われる事態になった場合は避難場所に使う事に。

 それから階段に向かう通路、この角に何か仕掛けておこうか?


 取り出したのは撒き菱が幾つか、それを通路の中央に配置してみて。雑多なゴミや埃が良い具合にカモフラージュ役になってくれてる、それから新魔法も使ってみよう。

 《地駆けラット》は土魔法なので、割と土の剥き出しのこの通路でなら問題なく作動する筈。これは待ち伏せトラップ魔法で、作動時間は30分らしい。

 その間最初にここを通った者に、トラップが作動するらしいのだが。


 生憎と、呑気にそれを待って眺めている時間はこちらには無い。一応扉の類いは順に調べて、変な挟み撃ちやフラグ抜けの無いようにする予定ではある。

 そんな感じて奥の扉から、素人なりの慎重さでもって部屋への侵入を果たして行く。最初の部屋は装備保管庫に使われていたようだ。

 何というか、ほとんどが盗品っポイので漁る気も起きない。


 上下揃っているのはまだマシな方、中には血糊がベッタリ付着してる防具もあったりして。武器も似たようなモノ、斧やら剣やら槍やらが無秩序に置かれている。

 ファーが収集ポイントがあるよと教えてくれるが、さすがにここは食指が湧かない。呪われた武具とか拾っても仕方が無いし、ここはスルーしようと相棒に提案すると。

 案外素直に従ってくれて、この部屋の探索はこれにて終了。


 次の部屋は食糧庫だったので、そんな禍々しさとは無縁で有り難かったけど。ファーが見つけられたポイントはたったの3つで、内容も保存食ばかりでショボい結果に。

 次の部屋を調べようと通路に戻った際に、最初の騒ぎが起きた。どうもさっき仕掛けたこちらの罠に、盗賊の見回り兵か誰かが引っ掛かったらしい。

 騒がしい集団の、その口を封じるべくダッシュで現場に駆け付けて。


 その風景は、傍目に見ると結構衝撃的ではあった。黄色い2匹の鼠に齧り付かれている棒立ちの男と、その傍で足裏を抑えてうずくまっている男。

 どちらも野盗に間違いは無いみたい、不意に出現した騒動に対応は出来ていないのは有り難い。しかもその後ろで狼狽している連中が2人、始末はそいつからが定石か。

 腰だめにした短槍で一突き、それだけで最初の一人は戦闘不能に。


 ネムの襲撃は、もっと容赦が無かった。転がって呻いている盗賊の顔目掛け、鋭い爪で襲い掛かっている。反撃も防御も侭ならない撒きびし被害の男は、既に戦力外と数えて良さそう。

 残ったのは、狼狽度をマックスまで極めた風な表情の男のみ。騒いで仲間を呼んで欲しくない俺は、素早くそいつも倒しにかかる。

 さっきの戦闘で、コイツ等は雑魚だと見当をつけて。


 実際の手応えもそんな感じ、反撃もへっぴり腰で武器を扱い慣れていない感じ。SPを貯めるまでもなく、短槍の突きだけで仕留める事に成功。

 追加で乱入して来そうな気配は今の所無し、野盗全員がこの程度の実力なら良いんだけど。戦闘を終わらせて振り向くと、ネムも罠にかかった盗賊2人を始末し終えていた。

 弱っていた敵相手とは言え、なかなかやるなぁ。


 倒された盗賊の群れは、こちらの目論見通りに粒子となって消えてくれた。これなら下手に騒がれずに済むかな、少なくとも死体の処理に困ることも無い。

 しばらく階段の方向を見て、新手が来ないかの確認作業。通路の曲がり角に身を潜ませて、戦闘区域の惨状を眺めてみる。土魔法のトラップは、完全に消えている模様。

 やはりこれは一度きりみたい、後は未使用の撒き菱を回収して。


 しかし今の局地戦はこちらの思惑通りに行ったけど、1人でも盗賊を逃したらヤバかったな。仲間を呼ばれでもしたら、秘密の通路から撤退するしか手が無くなってしまう。

 もう少し敵の数を減らせたら、逃げ回っての殲滅戦などの手段も講じれるんだろうけど。今はダメだ、相手の人数が把握しきれていないのだから。

 何とか他に、手立ては無いかな?


 こう言うのは時間を掛け過ぎても駄目だ、素早く手早く策を練らないと。自分の魔法スキル欄をざっと調べて、待ち伏せ罠魔法以外に何か使えないか考察する。

 そう言えば、今日はまだ海月モドキを出していなかったな……魔法スキル上げに毎日出しておこうと思っていたのに、つい忘れてしまっていた。

 ふむ、この無形生物で壁を作れないだろうか?


 取り敢えず、成長した分のMPも加算して過去最大の《マナプール》を作り出す。それからマナポでMP回復、さっき入手したばかりの天使のベールに装備チェンジして、MP回復に勤しんで。

 闇魔法の《影纏かげまとい》で無形物体に硬度と色と形を注いでやる。以前より大きくなったとは言え、それでもバランスボール程度にしかならないな……。

 この大きさで、通路を全て塞ぐ手段は無いモノか。


 薄く伸ばせば可能だが、人の力で突破が困難な硬さが保てない。大声で増援を呼ばれる事態も避けたいので、やはり隙間の無い壁の形が一番ベストではある。

 どこか通路の細い場所でもあれば、そこにトラップ3点セットを仕掛けられるんだけど。スキルマップで捜索してみると、幸運にも丁度良さげな場所があった。

 ってかすぐそこだ、そこの通路に置かれた棚を利用すればいい。


 この棚は作り付けなのかすごく重厚で、斧で叩き割らないと壊れそうもない分厚い木板が使用されている。棚に置かれているのは雑貨類らしく、木編みの籠が幾つか置かれていて。

 見る者によっては、何でこんな場所にって感じで通路の通行の邪魔ではある。さらに向かいの扉を開け放して、わざと扉の前後を重い荷物で塞いでやると。

 あら不思議、人がやっと1人通れるかどうかの狭い関門の出来上がり。


 そしてその隙間の手前に、さっきの罠魔法と撒き菱を幾つか撒いてやる。棚の上の籠には海月モドキを球体で潜ませて、何か動きがあったら道を塞ぐ壁に変形して貰う。

 時間が惜しいが、命はそれ以上に惜しいので。何度か練習して、完ぺきに滑らかに動けるように動作チェックを行う。うん、壁形の方が形を保つのがラクだな。

 試しに突進してみるが、硬度もバッチリで不服無し。


 何故か俺の真似をして、ファーとネムも影水の壁にぶつかって遊んでいるけど。変にヤンチャして、無闇にHPを減らさないで欲しい。

 念の為に、離れた場所からも指令が届くのを確認して。それからやっと安心を得て、残りの地下の部屋の探索に向かう事に。

 いや、これは本当は特に大事でも無いんだけど。


 見回り兵でもやって来たら、あそこで分断して数減らしをして行きたいのが本音である。扉が開きっ放しなのを見付けても、連中は不審に思いこそすれ、侵入者などとは思わないだろう。

 相手は盗賊団なので、そこまで繊細な神経は持ち合わせていないと思いたい。どうせ仲間の誰かの不始末だと、勝手に解釈してくれそうな気がする。

 などと思いつつ、鍵の掛かっていない扉を開けて行き。


 2つ連続で、特に使われていない空き部屋だった。薄汚れていて、ほぼ収納物すら無い状態の室内は暗く淀んだ空気を抱えていて。

 最後の扉は、どこか豪華で錠前付き仕様だった。だけどズボラな事に、鍵は完全に掛かっておらず。太いチェーンが、ただ単に引き戸の取っ手に巻かれているだけと言う。

 そこで警戒すべきだった、その仕掛けを知った時は既に手遅れ。


 ここも盗品置場か何かかなと、軽い気持ちでチェーンを取り去って。取っ手に手を掛けた時にそれは起こった。つまりは罠、トラップの作動がである。

 今まで立っていた場所が、ガタンと音を立てて部屋の方へと滑り台状に抜けて行き。あっという間も無く、床のくり抜かれた室内へとご案内。

 通路の高さから2メートル程度なので、落下ダメージこそ無いけれど。


 奈落の底状の室内には、丸々と太ったネズミや虫系のモンスターが我が物顔で待ち構えていた。俗に言うトラップハウス、もっと言えば蠱毒こどくの室内バージョンかも。

 毒を持つヘビやトカゲ、サソリみたいな奴までいる。


 一番多いのは鼠だが、それはここにいる連中が常に満腹だからかも知れない。残飯の残り滓が至る所にあるので、定期的に餌が与えられているっポイ。

 つまりコレは、やはり人工的なトラップハウスなのだろう。さっきから怖気が襲って来ているが、それは相棒達も同じだったみたいである。

 ネムの暴虐ぼうぎゃくの水のブレスから、嫌な場所での乱戦がスタート。


 こうなったらもう、なるべく静かに目立たず行動なんて言ってられない。鼠と言ってもモンスターサイズ、どいつもボーリングの玉程度はあるし凶暴この上ない。

 何しろ仔竜のネムに対してさえ、餌としてしか認識していない様子で突進して来る。こちらは素早く両手棍を掲げて、とにかく乱打で対抗するのみ。

 部屋の隅へと避難して、敵の群れを近付けないように必死である。


 コイツ等は腹が減っていないと推測したが、何と言うか獰猛さは野生のモンスターと遜色ないかそれ以上。縄張りを荒らされた怒りなのか、久々の活きの良い餌への興奮なのか。

 知りたいとも思わないが、乱戦模様で魔法も使えない一気呵成いっきかせいの包囲網は何とかならないモノか。内心の焦りを知ってか知らずか、変化は頭上から現れた。

 つまりは、俺が落っこちた罠の扉の部分から。


「なるほど、これは活きのいい餌だな……コイツ等が興奮するのもわかる。おい、1人は仲間を呼んで来い……竜の子供だけは捕獲したいからな、金になりそうだ」

「へいっ、ルスカ様!」





 ――当然だが、俺には助けの手は無しみたい……参ったね!





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