第58話 雨の木曜日




 昨日の夜半過ぎから降り始めた雨は、朝になっても止む気配は無かった。湿気を含んだ空気は、教室にいる生徒たちに多少の憂鬱ゆううつも運んで来ているよう。

 琴音も朝から、髪のセットが決まらないと不機嫌そうな表情を見せていたな。ついでに数日前の突然の告知で、賞金サーバの数がいきなり15に増えたとの告知を受けて。

 かなりオカンムリだったのは、言うに及ばずだけど。


 要するに、急に人が増えるとかズルくない? って文句がアリアリ、週末は作戦会議が待っているそうだ。血相を変えるほどでもない、俺に出来る事は何もないのだから。

 ただ黙って、その真実を受け入れるのみ。


 元あった限定賞金サーバに関しては、移転を決断する者とそのまま残る冒険者で、しばらく白熱した議論があったらしい。ソロエリアにいた俺には、とんと関わりの無かった騒動だけど。

 琴音によると、しばらくは周囲から少しだけ人が減ったそうな。ただそんな感覚もほんの1日程度のみ、さらに数日後には後発組が膨大な数に膨れ上がって押し寄せるとの予想が。

 あんまり意味のない、サーバ増設騒動だとの事。


 もっともそれは、琴音と言うか先発組の冒険者たち全般の感想でしかなく。後発組や立案したゲーム会社的には、たっぷり旨みはあったのだろう。

 俺は課金とかあおってるのかと質問してみたが、琴音の返答だとそうでも無いらしい。元からの規定通りに、月の課金は定額以上は受け付けて無いそうで。

 そこら辺は、変に暴走しておらずおおむね平和らしい。


 賞金3億の争奪のために課金アタックなど、下品な争いに巻き込まれたくはない。そう思っていた俺には朗報だ、運営に理性があった事には素直に安堵しつつ。

 ちなみに俺たちの計画では、最初の『桜花』と名付けられた限定サーバに、皆で居据わる事となった。京悟と美樹也とその妹たちも、その案には賛同したとの事で。

 今後は皆が集結するため、行動を調整するっぽい。


 俺に関しては、さっさとソロエリアの『始まりの森』を抜けてくれと頼まれたけど。琴音にせっつかれなくても、そろそろ今日あたりそうなる予定だ。

 問題は、ワイバーンを倒した後に断崖登頂ルートが無事クリア出来るかどうか。そして昨日のログアウト前に、妙な♀NPCに捕まってしまったこと……。

 話すと長くなるので、今は詳しく語らないけど。


 とにかく学校に着くまでの登校時間で、そのあたりの話は琴音と語り尽くした。昨日の冒険でワイバーンを倒したと言う事実は、やはり与太話認定されてしまったけど。

 何で信じて貰えないかな、しかも従者に仔竜を加えた話も割とスルーされてる始末。師匠に師事して弓矢スキルを無事伸ばせたって話すら、武器スキルの取り過ぎで片づけられてしまっているし。

 俺的には、遠隔も近接も隙の無いアバターになったと思うんだけど。


 まぁ確かに、魔法スキルは取り過ぎたかもしれない……あれからさらに数が増えたのは、怒られると嫌なので言ってない。4つでも叱られたから、8つ全部の取得は確実に折檻コースだとは思うけど。

 それでもスキルPは余ってるし、装備も割と充実してるとは思うんだけどな。他の冒険者とじっくり比べた事こそないけど、同級生プレーヤーとの話から推察するに。

 やたらと破天荒と言われて、素直に誉められた事は無いけどね。




 天気の悪い日独特の教室の憂いを含んだ雰囲気も、俺はそんなに嫌いではない。同級生の発する喧騒は、そんな沈鬱ちんうつな空気など軽く吹き飛ばしてしまう。

 週の中間の曜日の、気怠さだけはどうにもならないけど。教師たちの繰り出す授業スケジュールには、全く何の遅延も及ぼさないみたいだ。

 敷かれた真っ直ぐなレールが見えるような、そんな日常の一コマの中。


 いつも通りのクラスメートと、移動教室にと休み時間に早めの移動をこなしていると。いつかの隣クラスの『ミクブラ』限定サーバ参加プレーヤー達に出くわした、ってか積極的に捕まえに来てたっぽい。

 今週は全く情報交換をしてなかったしな、向こうもサーバ増設で慌ただしく振り回されていたのかも。案の定、彼らは挨拶もそこそこにその文句から話し始めた。

 そんなに大事おおごとだったのかな、要するに人が増えたってだけだろ?


「急に15倍だよ、増えたって一言じゃ片付かないってば!」

「外国サーバまで増えるとはねぇ……確かに外国人が喜びそうな、お祭りイベントではあるけどさ。礼節れいせつにうるさい日本サーバでさえ、PK騒動が蔓延してるってのに。

 外国サーバなんて、プレーヤーが最初の街に出た途端に破綻するんじゃないかな?」

「文化の違いって、バーチャ世界でこそ恐ろしい効果を発するからねぇ? 本当に暴動騒ぎが起きるかも……いやいや、バーチャ内で済めば別にいいのかな?」


 それぞれ色々と心配しているが、どこか対岸の火事っぽい外国サーバの増設騒ぎ。それはまぁそうだろう、要するにライバル認定するにはもう少し様子見って認識なのかな?

 それより彼らは、日本サーバが5倍になる事実のプラスとマイナスの効果を論じたいらしい。つまりプラスは現在の混雑が緩和される事への期待らしく。

 そしてマイナスは、勿論ライバル冒険者の増加に他ならない。


 そうは言っても、先発の冒険者達の有利は変わらない筈との彼らの推察。その優位を活かし切って、彼らはさっさと“港町トーハン”まで移動したいとの事で。

 ちなみに現在、彼らは“中間の街ベルベス”に滞在中らしい。スタートの街より混雑具合はマシだが、混迷度合いは遥かに高いらしく。

 かなり苦労しているらしい、彼らの感想からすると。


「何しろ元サーバには無かった街だからね、勝手が分からず地理を覚える事から始めなきゃならない……街中もそうだし、街の外も全く知らない景色だからね」

「本当に初見だから、その分探索も大変だよね? 変わったクエも多いし、苦労はしてるけど……景色は見応えはあるし、是非とも八崎やざき君も訪れてみるといいよ!」

「俺の場合、どこも初見なんだけど……」


 それもそうだねと、何だか俺が初心者扱いされていない様な雰囲気。こちらの現状を訊かれたものの、どうも正直にワイバーンを倒したと言うのもはばかられ。

 適当に順調だよと応えて、森の南で狩人NPCと出逢って弟子入りしたと報告。この程度なら良いだろう……まぁ、9日間も始まりの森にいる時点で、既に変人扱いだけど。

 こっちは好きでいるんだし、放っておいて欲しいと思う。


 向こうはそんなNPCいたのかと、ちょっと半信半疑な様子……これでも駄目みたい、ワイバーン討伐より信憑性があると思って話したのに。

 何の弟子入りかと尋ねられたので、弓矢を教わっていると一部だけ報告して。仔竜の卵騒動までは、話さない方が良いかなと微妙に話題操作など。

 うむぅ、話を合わせるのってなかなか大変だな。


 休憩時間も残り少ないし、向こうの話を訊くだけで良いかな? そう言えば、誠也も姉ちゃんと中間の街にいるって話していたっけ?

 何やらPKプレーヤーの跋扈ばっこする裏通りが街の半分くらいあって、物凄く治安が悪いそうな。やさぐれ者っぽいNPCも大勢見掛けるし、安全な表通りはプレーヤーで混み混みで。

 それが嫌で、早々と次の街へと移動するべきかと画策かくさくしているとか。


 そんなせっかちな連中は、実は結構多いみたいだと誠也は話していたような。PKエリアが広過ぎだとの文句は、街のそこかしこで囁かれているらしい。

 そんな不便さは、元々スタートの街から付いて回っていたそうなんだけど。治安の悪さは致命的で、お遣いクエスト一つこなすのも命懸けとの事。

 未だに始まりの森にいる俺には、まるで関わりは無いけどね?


「確かに治安は悪いね、こっちは常に4人以上で動き回ってるから襲われる事はまず無いけど。注意はしてるよ、それこそスタートの街からね」

「それより困ってるのは、武器や装備の良品を揃える事かなぁ? 中間の街のお店でも、なかなか良いの売ってないんだよねぇ……」

「そうだね、街自体は造り込まれて感心するレベルなんだけど……ゲーム的な部分に関しては、色々と不満のある造りかも知れないなぁ。それほど大きな街じゃないんだけど、安全かつ快適に行動出来るエリアは限られているからね」


 ふむふむ、バーチャ世界の街並みなんて、俺は見た事も味わった事も無いんだけどな。これほど言われると、是非じっくりと堪能してみたくなる。

 どちらにしろ、始まりの森を脱出するのはもうすぐではある。今日か明日か、その位で実行出来てしまう予定。変なイレギュラーが無い限り、果実も予定数以上集まってるしね。

 琴音を待たせ過ぎるのも良くないし、弓矢修行も無事終わったし。


 師匠の免許皆伝も貰えたし、何より卵から仔竜が孵ったのでファーも思い残す事は無い筈だ。知り合いになった精霊ラマウカーンや師匠とのお別れは寂しいが、これも仕方のない事。

 一か所に留まっていては、お話が進まないからねぇ……。


 ゲーム的にはこの『始まりの森』は、ソロでのお試し期間と言うか振るい落としエリアだったのだろう。確かにきつい仕掛けも多かったが、クリアすれば報酬は美味しかったし。

 他の冒険者と較べるのは無意味だが、このエリアでたんまり儲けた実感はある。この1週間ちょっとで確実に強くなったし、スキル技や魔法も充実して来た。

 琴音に言わせれば、見境なく取り過ぎなのだろうけど。


 そんな俺の成功体験で、同級生にNMドロップ装備を狙えば良いのではと提案してみた所。そんなの4時間フルにうろついても、滅多に遭遇するモノでは無いと却下された。

 そうだったのか、始まりの森では毎日平均して2~3匹出遭うので、そんなモノかと思っていた。皆が集う街のフィールドでは、そんな遭遇率は不可能らしい。

 それは残念だな、今後も期待していたのに。


 そろそろ街へと到着してからの行動も、考えておいた方が良いのかな? 特に必要ない気もする、情報は大事だけどベテラン冒険者の琴音もいるしね。

 さらに進めば、恐らくは京悟と美樹也たちとも合流出来る予定だし。向こうは凄く楽しみにしているっぽいが、俺はそうでも無かったりする。

 昔からのイメージだけど、あいつら基本的に戦闘ジャンキーだからなぁ。


 深く考えずに行動する事も多いし、何だか余計な苦労を背負い込む気がしてならない。琴音に言わせると、バーチャ内では妹たちの面倒をよく見る、そこそこ優秀な前衛戦士らしいけど。

 人間の中身なんて、そうそう変わりはしないってのが俺の持論だったりする。小学校からの付き合いのこの2人の狂戦士が、立派な騎士道に目覚めるなんて眉唾まゆつばモノだ。

 まぁ確かに、2人とも妹想いな面も確かにあるけど。



 などと脱線した思考を持て余していたら、授業がもうすぐ始まるらしい。俺に話し掛けていた学生冒険者たちも、それじゃあと言って隣の教室へと去って行く。

 彼らも移動教室だったらしい、思うに半分は愚痴を聞かされただけだったような気もするけど。楽しんでいるのは確かなのだろう、こちらも毎日楽しませて貰ってるし。

 うん、ゲームを始めてから毎日にメリハリが出て来たような気がする。


 悪い事では無いよな、趣味を同じくする友達も出来てるし。街に出れば、バーチャ世界の中でも友達かそれに類する同志が作れる可能性も大いにある訳だし。

 そろそろ単独行動も飽きて来た、琴音の言う所の喧騒の街中へと飛び込むのも良い頃合いだろう。聞く所によると、美味しい出店も多いらしいので。

 ファーやネムも、きっと喜んでくれるに違いない。


 幸い軍資金は、何故かたんまりあるからなぁ……琴音が『始まりの森』をクリアした際は、クリア報酬で3万モネーが貰えたそうなんだけど。

 たったそれっぽっちと言う感覚らしく、冒険者の懐具合では軍資金としては心許ないそうな。そんな訳で、彼女は現在お金とか装備をクエ依頼で集めている最中との事。

 それもソロだときついらしく、はやく合流してと言われているのだが。


 それも遠くない時期に叶いそう、これ以上せっつかれずに済むのは何よりだ。俺の冒険の密度的には、そこいらの冒険者より濃密だと誇れると思っているし。

 琴音と合流するのは楽しみではある、強さと汎用性では負けてないとの自負もあるし。逆に悪目立ちしないようにしないとな、魔法の属性も幾つか隠した方が良いかも……。

 怒られるの嫌だしね、武器の方も投擲や楯スキルは隠すべき?


 さすがに心配を掛けるので、昨日の妖魔NPCとの遭遇の顛末は、幼馴染にはさわり程度しか語ってない。琴音に言っても、これは仕方のないイベントだしね。

 それとなく誠也に窺って見たけど、『始まりの森』でそんなNPCに出遭った報告はあがってないみたい。スレ版の書き込みとか、誠也は割とチェックしてるそうなんだけど。

 精霊とか狩人とか、ましてや妖魔の目撃報告は皆無らしい。


 遭難した商人の目撃情報は、実は少数ならあるらしいんだけど。妖精を素直に引き取った“愚か者!”など、まずいないだろうとの友人の発言に。

 そうかもねぇと、乾いた笑いで応じる俺。


 なにやら『ミクブラ』内の仕掛けとして、有名過ぎる引っ掛けトラップであるらしく。ベテラン冒険者であるほど、警戒して乗ってこない筈との推測に。

 みんな素直じゃないなと、ひねくれた思考で思う俺であった。


 同じように、南の騎士団との交渉で、果実の収集以上の成果を挙げた者も存在しないそうで。何とかしてあの戦闘部隊を、動かすようなイベントを見れた者は皆無らしい。

 それは残念だ、あのキャンプ地にはまだ回収していない虹色の果実があると言うのに。連中があの場に居据わっている限り、俺があの場所の果実をゲットする事は叶わないだろう。

 まぁ既に予定数を超えて集めているのだし、全然構わないけど。


 俺のメインの情報源である琴音や誠也は、こうした情報を専門のスレ板で得ているようだ。もっとも俺がネタバレ禁止令を発しているので、突っ込んでのネタ披露はして来ないけど。

 何しろ、賞金付き限定サーバは1日1時間である。そんな訳で専用のスレ版や他のネタ紛いのネット情報を、掻き集める時間は幾らでもあるそうで。

 俺みたいな情報弱者とは、大違いの幼馴染たちではある。


 その情報量が、最近は凄いとも耳にしたっけ。どうも限定イベントのサーバが一気に増えて、プレイする人数がそれに比例して増加したのが主な要因らしい。

 先行冒険者の書き込みを頼って、後発のプレーヤー達も細かな情報を提供して。そんな感じで、どこか提供元の怪しい情報も最近は増えているのだとか。

 例えば限定イベントの、進行予想スレなどが良い例らしく。


 ここでは毎回、進むが吉か留まるが優位かと、侃々諤々けんけんがくがくの議論が為されているっぽい。とにかく進めば、何かしらのイベントが起きる筈と先を急ぐ冒険者と。じっくり腰を据えて、最低1か月は成り行きを見守るべしとの意見の冒険者が。

 意見をぶつけ合って、白熱と言うより罵り合っているスレ板もあるらしい。


 まぁ、ちょっと興味本位で覗いてみたい気もするけど。誠也の話では、どちらも一理あるんじゃないかとの推測である。さらに怪しい意見の中には、PKが獲物を留めるために偽情報を流しているとかの憶測も出ているらしく。

 思いっ切り振り回されてるな、疑心暗鬼を生ずって奴だ。俺にはあまり関係ない話だけど、レベルの低い奴が狙われやすいって情報もあるし。

 注意はしておこうかな、情報云々はともかくとして。


 そんな先駆者の誠也のアバター、昨日の時点で初級冒険者Lv15との事である。つまり最初の職種変更をこなして、『初心者』⇒『初級』にクラスチェンジを経て。

 そこから更に、15程レベルが上がったらしい。


 これは先発組の大体の平均値らしく、中間の街で見かける大多数の標準値でもあるとの事。ひょっとすると、スタートの街でじっくり上げている猛者の方が、高い可能性があると誠也は分析していたけど。

 つまりは先に進んで探索する時間を、慣れている街でアバター強化に費やす方が、賢い遣り方ではあると。これは留まる方が優位との、情報を分析している連中のスタンダードらしく。

 せっかちな先行冒険者とは、一線を画す連中もいるみたい。




 授業はとっくに始まっていて、雨は段々と小降りになって来ている様子。先生の語る授業内容と、黒板の表面を等間隔のリズムで流れるチョークの音。

 物憂げな雰囲気の中、時間はゆっくりと進んで行く。


 こちらもノートを取りつつ、一応は真面目に授業を受けているけど。ともすれば、フワリと思考があの『始まりの森』へと飛んで行ってしまう。

 モンスターがうろつき回り、剣と魔法が大手を振って存在するあの場所へ。





 ――血沸き肉躍る冒険の待つ、放課後まであともう少しだ……。







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