第26話 襲撃の後に




 咄嗟に隠れる場所を探して、猛ダッシュを決め込んだのはひとえに生存本能の為せるわざだった。その一瞬の判断力が、文字通り生死を分けたのだろう。

 必死に飛び込んだのは、側にあったナニカの洞窟だった。ここならあの巨体は入って来れない、取り敢えずの安全は確保出来る筈だ。

 周囲は阿鼻叫喚あびきょうかん、ゴブリン達も逃げ惑っている模様。


 それ以上の周辺情報は、生憎だが察知出来なかった。とにかく逃げる、これだけが脳の絞り出した最重要で至急こなすべき任務となっていたからだ。

 その内背後で、何かが地面に着地する大音響が響き渡った。揺れる地面に驚いて思わず振り返ると、その巨体の上の方から3対の瞳に睨まれた。

 不味い、ロックオンされている!?


 何故に顔が3つもあるかの謎は、割とすぐに判明した。ソイツの名前が、安直にも巨大キメラと言うらしく。キメラなら、ゲームに疎い俺にも何となく分かる。

 合成生物だ、キマイラとも呼び表すみたいだけど。


 その身体を構成する主要部分は、大抵は山羊とか馬とかそんな感じらしい。元は神話から来てるのかな、某ゲームで鷲と蛇の合成生物が有名になったけど。

 コイツはそんな、可愛げのあるサイズでは決してなかった。身体のサイズはマンモスがベースじゃないのかって程の巨体、しかし確実にフォルムは肉食獣っぽいけど。

 ついでにチラッと確認した限り、尻尾は蛇で顔は蝙蝠と山羊とライオンらしい。


 つまりは定番のキメラを、単純に巨大化させたユニオンモンスターっぽい。横を向いてる身体から、ライオンと蝙蝠と蛇の3つの顔がこちらを睨んでいる。

 じっとしていれば、或いはそこまで目立たなかったのかも知れないけど。恐怖心がそれを許さず、とにかく安全そうな場所目掛けて身体は突進して行く。

 向こうも本能なのか、そんな俺を獲物だと判断したっぽい。


 洞窟に飛び込めても、危険は遠ざかっていなかった。むしろ寝惚けたクマが洞窟内にうずくまっていて、前方のクマに後方のキメラ状態な有り様。

 いやいや、後ろの奴を相手にするのは問題外ですよと俺のダッシュは止まらない。動きがまだ鈍いクマを、良い感じに飛び越えられたのは僥倖ぎょうこうだった。

 そのままそいつを盾に、可哀想なクマはお外の異変に硬直している模様。


 次の瞬間、視界が異様に赤く染まった。暴風が吹き込んだのかと思ったが、どうも首の1つがブレスを吐いたっぽい。盾代わりのクマは呆気無くご臨終、ブレスを防いでくれた代わりに丸焦げの憂き目に。

 惨劇の真っただ中で、ある事を思い出して俺の心臓が早鐘のように鳴り始めた。ファーはどこだっ、まさか今の攻撃に巻き込まれて無いよなっ!?

 慌てて周囲を窺う中、どうやらブレスは止んでくれたようで。


 それでも全く安心出来ない、と言うか相棒の姿を探してそれどころじゃ無い! ところが彼女はちゃんと生きていて、実は俺の懐にぴったりと張り付いていたと言う。

 はあっ、良かった……全く、生きた心地がしなかったよ。きゅっと相棒を優しく抱きしめながら、脱力しつつその場にしゃがみ込んで。

 ってか、どうやら窮地を乗り切れた模様、敵は去ったみたいだ。


 後ろの寝惚けクマはとっくに粒子となって消え去って、今は洞窟の外の景色は素通し状態。慌てて壁に貼り付いて気配を窺うも、少なくとも洞窟のすぐ外に生き物の姿は無し。

 巨大キメラは、どうやらターゲットを他に移した様子……。




 ふうっ、何とか助かったみたいだ。今は洞窟の外には静寂が戻って来ており、大小問わずに生き物の気配は感じられない。哀れなゴブリン達も、皆逃げたか食われたかしたのだろう。

 そして洞窟の中も同様に、何の気配も漂って来ない。《Dビジョン》を掛け直して奥を見るが、程無く突き当りになっている様子。

 ここの住人は熊だけで、要するにここは熊の巣だった訳だ。


 ファーも奥まで飛んで行ったかと思ったら、すぐに引き返して来た。それから入り口を確認、何かあるといけないので俺もすぐ後に続く。

 もっとも、まだアイツがいるようならすぐに引き篭もって震えてるしか手は無いけど。意に反して、妖精はポンッと夜の闇の中に飛び出して行った。

 どうやら危険は去った様子、安心した途端に腰が抜けそうに。


 洞窟の入り口から周囲を見回してみるが、確かに巨大キメラの姿はどこにも存在していなかった。それどころか、さっきまでその辺を徘徊していた、ゴブリン共も一切いない。

 だからと言って、安全とも限らないのだが。正直、あいつとの遭遇はトラウマになりそうなほどの衝撃だった。当分闇夜の空の下を、のんびり徘徊出来ない程度には。

 今もちょっと身が竦みそう、死にそうな目に遭うってこういう事なんだな。


 もう一つ、中破した馬車の探索は残っているけど。とてもそんな気分にはなれない、ってかいつあの巨大キメラが戻って来るかも知れないって恐怖の方が勝る。

 少し考えて、今夜はスッパリ材木集めは諦める事に。大量とは行かないが、そこそこ素材は集まった訳だし……割と当たりも引けたし、満足ではある。

 だから比較的安全な、洞窟探索に切り替えよう。


 洞窟内なら、どうあがいてもあの巨体モンスターは入って来れないし。ってか、奴が小暴れしたせいで断崖が一部崖崩れを起こしてやがる。

 なるほど、つづら道の破損はそうやって起きたのか……ここはあの巨大キメラやワイバーンの、どうやら狩り場の一つらしい。やな設定だな、ってかそんなのに巻き込まれた俺って。

 これも幸運値20オーバーの為せる業……って、笑って済ませられない。


 とにかく移動だ、なるべく外に居座らない様に、洞窟から出たら隣の洞窟まで猛ダッシュ。何に追われているのか定かでないが、ソイツの大半は恐怖に違いないだろう。

 そんな感じで息を切らせながら、何とか次の洞窟に到着。



 その洞窟はさっきの小さな熊の巣とは、全く様相が違っていた。断崖に亀裂のように入った裂け目とでも言おうか。大きくは無いが、狭い空間だとは間違っても言えない。

 しかも亀裂の広くなった場所では、分岐の様な別の裂け目が垣間見えていて。これは探索に一苦労の予感、さらにそこに巣食う寝惚けたクマとか、絡まり合って巣を満喫している大蛇とか発見するとなると。

 駆逐しながら進むので、割と時間を取られてしまって。


 気付けばこの断崖に辿り着いて、1時間が経過していた。残り2時間くらいか、まだあると思うかもう残り半分しかないと感じるか微妙な所。

 ここまでの探索で、倒したのはクマ×1と大蛇×2、蝙蝠が少々と大ネズミをたくさん。大型のモンスターの餌になっている筈なのに、ネズミ算式に増えているのか。

 そしてこの洞窟で、凄く嫌なモンスターと初遭遇。


 それは大ムカデだった……見るだけでもうね、何と言うか気持ち悪い! リアルで嫌いな害虫が、敵として大型化した姿って、もうね!

 それが何匹も群れていて、団子状になって巣に居座っている……とにかく近付いて来て欲しくない俺は、棍棒でなるべく凝視しない様に叩き潰して倒すを繰り返して。

 最後の1匹が分子になって消滅して行くのを見て、ようやくホッと息を吐き出す。とにかく苦手なのだから仕方ない、一度刺されて酷い目に遭った人なら分かる筈。

 そんな奴等の巣には、例え全部いなくなっても近付きたくは無い……んだけど。


 その中にもいっぱい収集ポイントがあるよと、呑気な妖精あいぼうが指差して知らせて来る。無邪気なその笑顔、恐れ知らずなその性格がある意味羨ましい。

 大ムカデの主食は、やっぱり動物性のお肉らしい。旅人風の骸骨とか山羊か何かの死骸が、巣の中に転がっている。さっきのクマの巣にも、実は収集ポイントがあって。

 山羊の皮とかボロの服とか、詰まらないモノを幾つか拾えた次第。


 さっきの『装備がわんさか!』みたいな当たりポイントは、本当は滅多に無いのかもね。そう思ってポイントチェックしたところ、何と意外な収集物を幾つか発見!

 これはラッキー、いやいや巨大キメラから逃げられただけで本当に幸運なんだけど。


 ――護衛の刀 耐久9、攻+9

 ――幸運の御守り 耐久2、防+1、幸運+2


 んむっ、片手で操れる攻撃力の高い武器は良いね! いつもの通りに、スキルを全く振ってない武器だけど。取り敢えずはキープ、護衛の人に感謝しながら。

 もう1つは御守りなんだけど、個人的にはちょっと微妙。いや、数値的には問題無いんだけど……その御守りを持っていた人が、大ムカデの巣でこんななれの果てなんだよね。

 それを装備するのって、かなり躊躇ためらわれると言うか。


 更に一番奥のポイントからは、何と《秋波斬り》と言う名の片手剣スキルが。他はガラクタだらけだったけど、これだけでもお釣りが来そうな引きである。

 いや、スキルの強さは分からないんだけどね? そもそも秋波って、流し目とかそんな意味じゃ無かったっけ? 意味不明な武器スキルではある、本当に強いのかな。

 使うつもりは無いけど、ちょっと使用感は気になってしまう。


 ってか、どうやら洞窟の中は動物や昆虫の巣と、それに伴う収集ポイントが多々設置されている感じ。お隣もそうなのかな、この洞窟内は全部廻ったみたいなんだけど。

 見る場所が無くなれば長居は無用、再び外に出てダッシュで隣の洞窟へ向かう。一度外から見ただけなので、洞窟の位置関係はおぼろにしか覚えてなかったんだけど。

 何とか最後の洞窟に、無事到着出来たっぽい。


 ゴブリン達に絡まれる事無く、何より空中からの襲撃も無く済んで何よりだ。そしてこっちの洞窟も似たような造り、探索も全く同じ感じで進んで行く。

 ところが収穫に関しては、全くの当たり無し状態が続いて行って。洞窟に巣食う敵を倒しつつ、経験値とガラクタだけが貯まって行くと言う。

 まぁそれも仕方ない、いつも当たりを引けるなんて有り得ないし。


 この洞窟の大きさは、2つ目の奴とほぼ一緒だった。ただ1つ違ったのは、何やら訳あり気な人口の通路が1か所だけ設置されていた事。

 まるで坑道のような、木枠で組まれた道が真っ直ぐに続いているけど。トロッコ線路こそ無いけど、まさに炭鉱のような雰囲気の洞穴を発見してしまい。

 テンションが上がって、そこを相棒と進んで行くと。


 出て来る敵もさっきとまるで違う、骸骨やスライムが行く手を塞いで本物のダンジョンのよう。そして時々収集ポイントで見付かる鉱石たち、最初は重いから諦めようと思ったけど。

 そう言えば、さっき大き目の鞄をゲットしたのだと思い出してからは。とにかく見付かった鉱石は、全部まとめて鞄の中へ。価値は全く分からないが、捨てるよりはマシ。

 そんな感じで、一本道の奥へと進んで行く。


 ファーは相変わらず、俺より先にポイントを発見しようと張り切って先を飛んでいる。呑気なような陽気な感じの、何とも掴み切れない性格の相棒なんだけど。

 その彼女が、慌ててピュッと俺の元へと戻って来た。奥に何かいるらしい、出て来た雑魚は全て倒してしまった筈だけど。行き止まりがどうやら、小部屋になっているみたいで。

 そこに何かがいるらしい、この洞窟のボス的な奴が。


 どストレートな定番に遭遇すると、人は呆気にとられてしまうらしい。少なくとも自分はそうだった、小部屋に宝箱とそれを守護するゴーレムだ。

 部屋に入った俺を認知して、動き出す土塊の魔法生物。慌てて棍棒を構え、殴り掛かってその硬い感触に顔をしかめる俺。強いと言うより、厄介なタイプかな。

 いやいや、準備不足な俺が悪い。


 レア種でも何でもないし、風の付与魔法をかけ忘れていた俺が間抜けなだけである。案の定、魔法を付与された棍棒で敵はメタメタに為すがままに削られて行く。

 動きも遅いし、唯一の攻撃手段のパンチを避けるのは余裕である。取柄の堅さと体力も、魔法の付与された武器の前ではてんで話にならない。

 そんな感じで、2分と持たずにお宝の守護者は没。


 嬉しい宝箱の中身との対面も、実際は中身がショボくてがっかり。守護者の強さから比較すると、こんなモノなのかな……魔法が無かったら、それなりに強い敵だった筈なんだけど。

 とにかくゲットしたのは、体力の果実と土の術書、スタミナポーション×2とポーション(中)が1個のみ。海辺の宝箱を体験した後では、凄く物足りない。

 ってか、今までの収集ポイントで得た品物の方が良いかも?


 ちょっとだけ期待して、ファーに抜け道や隠し通路の類いは無いかと訊ねてみるも。どうも無いみたい、小首を傾げて首をフルフルと振られてしまった。

 彼女が無いと言えば、確実に無いのだろう。





 ――残念だけど、それでは帰路に着きますか。






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