第21話 絶縁父娘と腐れ縁同盟




 会長室のあるフロアは、廊下から既に他の階と違って豪奢ではある。敷かれてるパネルの紋様とか、照明や調度品も一風変わっていたりして。

 さすが成り上がり、と言うかやはり外面は大事なのだろうと毎回思っているけど。これが会長室に入ると、フカフカの絨毯や立派過ぎる調度品に圧倒される。

 これは今日に至るまで、慣れる事は無いと言うね。


 そんな小市民の俺を、孝明こうめい老はまるでVIP扱い。この秘密の会合が始まって半年とちょっと、余程の用事が無い限り律儀に時間を空けてくれている。

 そんな琴音ことねの祖父の外見は、何と言うか気難しそうな老人そのまんま。昔気質の人ではあるし、若い頃は見た目の通りに短気でおっかない性格だったらしい。

 今でも生き馬の目を抜く、生きた情報を扱う会社の会長である。


 まぁ馬鹿みたいに親切とかお人好しとか、そんな日和見な性格で荒波社会を渡って行ける筈がない。現に俺にもこっそりと、喫茶店に訪れる社員のデータ取りとかを頼んで来ていて。

 その社員の性格もそうだが、会社をどう思っているかとか、不満不平が無いかどうかとか。そう言う意味では、俺は密告屋の役割も担っていたりする。

 ただし告げ口が嫌なら、無理して言う必要は無いとも告げられているけど。


 まぁ個人情報はともかくとして、会社の改革や世間体を客観的に見るのなら、そう言う情報網は必要かも知れない。無能上司のパワハラやセクハラも、このシステムで判明した事だってあるしね。

 会社内の風通しを良くするって意味では、なるほど画期的な方法だと思う。ただし実は、そんなのは後付けの口実に過ぎなかったりする。

 つまりはこれも、割と世間体的な俺の役職みたいな?


 本来の俺の役割は、表向きには“コーヒー配達”である。それに加えて、孝明会長が若い人と世間話をしたがってる的な、会社の受け付け嬢などはそう思っている筈。

 裏の顔を隠すために、ってか俺に毎週ここに来てもらう為に、さっきの密告業務は存在する。何だか小難しい話だが、それは俺がその本来の相談事をゴネたせいもあったりして。

 その役目ってのが、つまりは親子喧嘩の仲介役だ。


 親子と言うのは、要するに孝明老が親で琴音の母親が子供と言う意味である。この親子、大昔に大喧嘩をして絶縁騒動のまま現在に至っているらしくって。

 騒動の原因ってのは、まぁありきたりな「私この人と結婚する!」「どこの馬の骨だ、許さん!」的なアレである。そして琴音の母親は現旦那さんと駆け落ち、今に至ると言う。

 良い人なのにね、琴音のパパさんって。


 それから紆余曲折あって、琴音が誕生して。孝明老の奥さん、つまりは琴音の祖母はそこまで娘の恋愛に理解の無い人では無かったらしくて。

 陰でコッソリと援助していて、それもあって琴音家族は離れた土地に姿をくらます事はしなかったそうなのだが。父と子の交流は全く無し、そして月日は過ぎて行き。

 ある日秘密の援助が孝明老にばれ、激昂から話は更にややこしく。


 それから数年後に孝明老の奥さんが他界、その葬式の際にも老人は娘に家の敷居を跨がせなかったそうで。決定的にこじれた父娘仲、何しろ琴音の母親も祖父に似て激高屋なので。

 向こうからも縁切り宣言、今後こちらに近寄ったら法的に訴えてやると。それはもちろん、孫の琴音も含まれている言い渡しである訳で。

 そんな経緯の仲裁役、さてアナタなら引き受けますか?


 俺だって嫌だよ、何だよその過酷な人生相談役! ただの高校生にムチャ振りし過ぎだよ、そんなの『某ぐーたら新聞社員人生物語』のコミックでしか読んだ事無いよ!

 人生は難題クエだらけだ、時にはこんな難問クエストにもぶち当たるってね。ちなみにそのカーッとなる性格、見事に琴音も受け継いでいるのは周知の事実。

 今度はあの母娘が、変に拗れなければ良いけどね。


 そんな孝明老に変化があったのは、数年前に自身が大病に伏せった時だったらしい。入院して見舞いに訪れたのが、実際は遺産目当ての親戚ばかりと言う事実に。

 病で気が弱っていた所に、自身の長生きすら望まれていない事に気付いてしまった孝明老。それからガラリと気質が変わり、今では好好爺となってしまって。

 力不足ながらも、俺もそれのお手伝いをしている所だ。


 例えば琴音の写真を提供したりとかね……これが何と、一枚500円で買って貰える。バイト代と併せて良い商売だ、琴音の写メなんて撮り放題だからな。

 ところが肝心の絶縁関係の修復だけど、全く上手く行っていない始末。ママさんの怒りはあれから10年経っても治まっておらず、特に母親の件が尾を引いている様子。

 確かに気持ちも分かるだけに、こちらも強く出れないと言う。


 琴音に関しても、自分の祖父に合うのは強い抵抗がある様子。何となく訊いてみただけなので、彼女の心情は推測するだけではあるのだが。

 ママさんに強く言い含められているっぽい、自分達を捨てた酷い存在だと。


 そんな感じで現在に至る修復作業、進行状況は遅々として進まずってな感じである。仕方ないの一言で済ますのは簡単だ、そこを何とかするのが手腕の見せ所。

 ……ってか、上手く行く道筋が全く見当たらないんですけど? 長年にわたって蓄積された恨みつらみである、簡単に行かないのは孝明老も分かっていると思う。

 そんな訳で、ここは時間を掛けて雪解けを待つのが最善かも。



「待っておったぞ、恭輔きょうすけ君……で、どうじゃ? なにかこう、進展みたいなモノはあったかの?」

「いやぁ、それが……琴音から崩そうにも、彼女も見事に頑固者の血を引いちゃってるから。あっ、そうだ……孝明会長は知ってますか、今話題の賞金付きのオンラインゲームの事。

 琴音に勧められて、今週から俺もする事になっちゃって」

「おお、知っとるぞ……何やら同業者の成金社長が、会社を乗っ取って企画を立ち上げたらしいな。乗っ取りも素早かったが、今回の企画も相当に素早い世間出しじゃったな!

 これは確信犯じゃな、その場の思い付きで出来るスピードじゃありゃせんわ」


 顔を合わせてすぐに、こんな調子の会話である。時は金なりと言うか、せっかちなのは孝明老の治らない性格らしい。ちなみに俺は、彼を孝明会長と呼んでいる。

 仕事の時は、取引相手にはそう呼ばせているらしく。自身でも収まりが良いみたいである、会社に身を置く限りはこのスタイルで行くと決めているっぽい。

 良いけどね、俺もそっちの方が話しやすいし。


 それにしても、さすがに同業者の話は耳が早いみたいだ。知っているかなとは思っていたが、なかなかに興味深い話を聞けてしまった。

 乗っ取った金持ちも破天荒らしい、社長としてもなかなか腕は立つとの話だが。孝明会長のお墨付きなのだし、そこら辺は間違いないだろう。

 ただし、孝明老にもその真意は分からないそうで。


 只の酔狂なのか、はたまた何か深い目的があるのか……ただ単に趣味が高じてとの噂もあるみたいだ。その新社長は、なかなかのゲーマーだったとの噂もあるので。

 さすがにそれは無いと、俺なんかは思うんだけどね?


「いやいや、金の価値なんか人それぞれじゃからなぁ……儂もこの歳で、金の価値観はガラリと変わったぞ?

 あの世まで持って行けないのなら、金なんて紙屑も同然じゃしなぁ」

「金持ちの意見はどうでも良いです、何ですか嫌味ですか? 土日を潰して働いてる、一介の勤労少年を前にして……琴音の写真、もう売ってあげませんよ?」

「いやいや、済まんかった……! 今のは一般論じゃよ……誰しもある日、金よりも大事な物があると気付くんじゃ。

 それが恐らく、歳を取ると言う事なんじゃろうなぁ」


 しみじみと語る孝明老、俺も本気で拗ねた訳じゃ無いし、許してとっておきの1枚を譲ってあげようか。今回は何と、ママさんと琴音が一緒の写メである。

 ついでにウチの妹達も一緒だが、理由が思い浮かばなかったのだから仕方が無い。妹達が入れば、ウチの家族写真との良い訳が立つのだ。

 その写真を見て、一際感激の様子の孝明老。


「あっ、それ……今回のは、1枚千円で買い取りお願いします」





 コーヒー配達から戻って来たら、既に京悟きょうご美樹也みきやが遊びに来ていた。いつものお気に入りの席(そこだと比較的、仕事中の俺と歓談がしやすい)に陣取って、注文も通っている様子。

 軽く手を挙げて挨拶して、マスターとおかみさんに戻りましたと報告。夕方近くのこの時間は、比較的お店も空いていてのんびりと出来る。

 この2人は、それを狙い澄まして来る客の常連である。


 だからマスターも知った顔、相手をしてあげなさいとの頷きは心得たモノ。何しろ俺の知り合いも、週末は結構な数来店してくれるのだ。

 さすが地元である、喜ばしい限りだ。


 実際この喫茶店は、客層も穏やかで働き易いのは事実。そんな中の異分子、まぁ見事なまでに異彩を放っている俺の腐れ縁な2人の幼馴染。

 俺が近付くと、京悟は早速スマホをよこせと乱暴な物言い。琴音辺りから聞いたのだろう、そして呆れたアバターになってるみたいな噂が流れて行ったとの推測が。

 美樹也はいつもの澄まし顔、コーヒーを美味しそうに啜っている。


「うおっ、凄いなこのアバター……何でレベル10しか無いのに、称号を2つも持ってるんだっ!?」

「……武器スキルも複数あるな、ってか最初に範囲技を取得してるってラッキー過ぎ……」

「本当だ、凄ぇな……うわっ、幸運値がアホみたいに高ぇぞこのアバター!」

「……その代わり、魅力が壊滅的だな。混血の典型的パターンだ、森出て街に入ったら苦労するぞ……」


 やかましい、他の客もいるんだから少しは自重しろ。アホとか言うな京悟、壊滅的ってのも少しはオブラートに包め、美樹也!

 2人は尚も、俺のアバターの解析と言う名の粗探しに夢中な様子。特に従者の存在には突っ込みが殺到、商人から貰ったとの返事に2人の呆れ顔がシンクロする。

 大物か無知バカの所業だなとか、放っとけっての!!


 向こうは1年とちょっとのゲーマー歴だが、結構な時間『ミクブラ』をやり込んでいるらしく。それぞれの妹達も巻き込んで、琴音と一緒に通常サーバで“ホーム”を作って、1年近く活動しているらしい。

 完全に身内だけのこの“ホーム”だが、言ってみれば冒険者連合とか同盟みたいな感じらしく。今は3年選手の琴音がマスターをしているが、この限定イベントでは俺に譲ってくれるとの事である。

 良く分からないこだわりだが、皆もそれに同意してるそうで。


 腐れ縁同盟である、それなりに強い絆もあるし、既に定まっている役割分担も存在する。つまりは俺がリーダー的な役割を、リアルで毎回押し付けられているって感じなのだが。

 それに付随して、琴音が姐さん的な位置に収まっているのは如何なモノか。京悟と美樹也もそれを面白がっているし、バーチャ世界でもそんな感じの遊び方をしてるらしい。

 まぁコイツ等は、何も考えずに暴れる場所があれば良いだけな気も。


 そんな血の気の多さは、今回の限定イベントでは最大限の効果の発揮場所なのかも。言ってみれば無礼講でルール無用な世界観、野獣共が解き放たれてしまった的な。

 お前らはどうなのと、一応おざなりに質問を飛ばしてみたら。イベント初日に妹達とプレイし始めて、それなりに順調に合流まで漕ぎ着けそうな感じらしい。

 このゲーム、種族が違うと合流するのに苦労するそうで。


「俺達が魔族ベースで、妹達が獣人ベースだからさ……本当は最西の港町じゃないと合流出来ないんだけど、限定イベントの仕様で中間の街が出来ててさ。

 まずはそこまで移動して、Uターンして妹達の街に迎えに行くって感じかな」

「詳しく説明すると、始まりの森に5日、スタートの街で街間移動許可を貰うのに5日。それから新しく出来た中間の街に向かって、妹のいる獣人の街にくの字ターンって感じだな」

「そうなのか、元サーバのゲームやった事無いから全く分からないけど……街同士を移動するのに、許可がいるんだ?

 何か大変そうだな、俺達の合流はいつになるやらだな」


 大雑把な京悟の説明より、美樹也の方が的確に細かい部分を開設してくれて情報が伝わり易くて助かる。街間の許可は、力の無い冒険者の移動の際の事故を防ぐためらしく。

 ミッションをこなして、危険な移動に耐えられるだけの強さを示す必要があるそうな。そしてほぼ後衛仕様(獣人なのに)の妹達の為に、わざわざ護衛役を買って出たっぽい。

 妹想いと言うか、ここら辺は流石お兄ちゃんズである。


 ちなみに街の配置関係が良く分からないと文句を言ったら、扇子をイメージしたら分かり易いと教えて貰えた。扇子の持ち手を左側にして、その要の部分に最西の港町がある。

 この港町トーハンが“試練の島”の最大の街であり、ここから船を使って冒険者達は本大陸を目指す訳だ。元サーバではそんな感じらしく、それまでに大抵の冒険者は中級職にチェンジし終えているとの事。

 恐らくこの限定サーバでも、流れは同じじゃないかとの2人の予測。


 それで扇子の扇面、一番広い地紙の部分に4つの種族のスタートの街が等間隔に並んでいるそうな。上から妖精族、人間族、獣人族、魔族と言う並びで、スタートの街同士の往来は無い。

 実際は険しい地形で行き来が大変と言う設定らしい、それが簡単だとゲーム的にスタートの街を種族別に分けた意味が薄らぐのだろうけど。

 とにかく冒険者は、西へと進むしか無い仕様らしい。


 ただそれだと、後衛仕様の直接の殴り合いが苦手な冒険者は、移動にとても苦労する。仲良く助け合う元サーバの風潮なら良いが、限定サーバは賞金の分捕り合いである。

 他人の好意など当てにならないと、世話焼きお兄ちゃんたちが一肌脱ぐ予定らしい。こちらは琴音と人間族のスタートの街で合流予定、そんな面倒な事にならずに済みそうである。

 その点は良かったが、出遅れている分取り戻せるかは未定。


明日香あすかはともかく、芽衣めいも後衛なのか、美樹也? ってか、運動神経的には明日香の方が前衛やってそうだけどな……」

「芽衣は元サーバの時から後衛だ、ただし魔法ぶっ放すタイプの攻撃魔法使いだけどな。殴られたら終わりの紙装備だから、どうしても盾役か前衛がいないと不味いんだ……」

「明日香も本職は弓矢使いだな……薙刀系も勧めたけど、本人は後衛の方がやり易いみたいだから。ただ最初のソロエリアでは、さすがに長槍も使ってたみたいだぞ?」


 そうらしい、ちなみに京悟は大鎌使いのバリバリの前衛職、美樹也は盾と片手斧の盾職を担っているそうな。ちゃんと覚えておかないとな、バーチャ世界でもつるむの確定だし。

 まぁそんな4人と琴音を合わせて、5人パーティで元サーバでは遊んでいたらしいんだけど。6人目の俺は、自動的に空いてる前衛に組み込まれる予定との事で。

 しっかりと鍛錬するようにと、釘を差されてしまった。


 そんな感じのゲーム話のみの会話って、珍しい現象を残して奴らは去っていった。余り長居をしないのは、明日も会える事を知っているから。

 高校が別になって、何故か自然に出来上がった毎週日曜の集会と言う名の夕食会である。それぞれが妹達も連れて来るので、結構な大人数の賑やか食事パーティなのだ。

 琴音も含めて総勢8名、内5名が女性である。


 そりゃあもう、毎回賑やかで騒がしい夕食会になっている。ただその恒例行事、余程の事が無い限り欠かさず続いているので、評判は良いみたいだ。

 別に俺の発案じゃないし、自然発生的な流れだった筈なんだけどね。野郎同士は仲は良いけど、女性達もそれに輪を掛けて仲が良いのが原因なのかもね?

 女性陣の最年長、琴音が妹たちを上手くまとめているっぽい。




 暫くして、その当人の琴音が楓恋かれん杏月あんずを従えて来店して来た。もうすぐ俺のバイト時間も終了を迎える、それが分かっている時間帯での訪問だ。

 しっかり者の楓恋はともかく、甘えん坊の杏月はとっても楽しそう。色々と奢って貰ったのかも、手には買い物袋が幾つか窺える。

 いつも甘やかし過ぎないよう、琴音には言ってあるんだけど。


 甘え上手な杏月に掛かっては、それも虚しい忠告なのかも知れない。琴音ばかりを責めるのは酷かも、ってか楓恋はバツが悪そうにこちらと目を合わそうとしないし。

 うん、結構な額を奢って貰ったっぽい……後でキツく叱っておこう。それはともかく、この3人の来店で何だか一気に店内が華やかになった気がする。

 俺の気のせいか、はたまた身内贔屓が過ぎるせいかな?


 琴音は早速、親戚筋の嘉村かむら夫婦に挨拶を交わしている。妹達はいつもの席を確保、ってかそこはさっきまで京悟と美樹也が居座っていた席だ。

 ご機嫌な杏月は、早速今日の遊び倒した内容を俺に報告し始めている。そこまでお気楽になれない楓恋は、メニューで悩んでいる素振り。

 まぁここは俺の奢りだ、ゆっくり悩め?





 ――総じていつもの日常、いつもの週末事情だったり?










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