第20話 週末の諸事情




 ようやく週末だ、今日は土曜日だけどウチは進学校なので授業はもちろんある。半ドンだから、お弁当を用意しなくて良いのがせめてもの救い。

 そんな訳で、習慣でいつもの時間に起きたけど割とゆっくりと朝の支度をこなしつつ。妹達は土日完全休みで、まだ夢の中らしく静かなモノである。

 うるさくして起こさないよう、注意して準備しないとね。


 そして午後からはバイトが控えている、勤労少年の鏡みたいなスケジュール。なかなかに大変だが、幸い勤め先がとっても親切で働き易くて助かっている。

 知り合いの中年夫婦の経営する喫茶店なので、こちらの学校行事にも鷹揚おうように対応してくれるし。試験前には休みを取り易いし、長期休暇には連日出勤させて貰えるし。

 物凄く好条件のバイト先なので、かえって恐縮だったり。


 着替えを済ませてもう一度頭の中で今日のスケジュールを反芻はんすうして。コーヒーを飲んでまったりしてると、年長の妹の楓恋かれんが起きて来た。

 全く眠そうな素振りも見せず、朝の挨拶を交わして同じテーブルに着いて。特に何をするでもなく、テーブルの上のジャムの瓶を眺めている。

 何か言いたい事でもあるのかな、こういう時は変に促さないけど。


「……琴音ことねちゃんがね、今日のお昼から買い物に行こうって。最近ずっとお兄ちゃんを独占してるから、その埋め合わせのつもりなのかもね?

 2人でやってるゲームの方は、上手く行ってるの?」

「ああ、琴音らしい行動原理だなぁ……ゲームに関しては、正直良く分からないな。サバイバルを頑張って生き延びても、敵をたくさん倒しても、それって勝利じゃないんだぜ?

 賞金ゲットの条件がまだ発表されて無いからな、だから今はゲームを楽しんでる感じかな?」

「そっか、それなら良かったね……お兄ちゃんは色々と忙しいから、ひょっとしたら無理してるのかなって思ってたけど。そう言えば、京悟きょうごさんと美樹也みきやさんもそのゲームやってるんだっけ?」

「そうそう、何か速攻メールが来てたな……今日も2人して、喫茶店に遊びに来るってさ。お前達も、時間に都合付けて寄って行くか?」


 京悟と美樹也は、まぁ毎度おなじみの俺の幼馴染である。ただしたまき誠也せいやが優等生側の友達だとしたら、全く逆サイドの腐れ縁だったり。

 とにかく野蛮で喧嘩っぱやくて、小学校の頃から2人共に問題児だった。主に京悟の方だけど、そんな飢えた野良犬みたいな性格の学友で。

 実は俺とも、何度か殴り合いの喧嘩をした事があったり。


 まぁ、腕力で言えば奴は途方も無く強い。スポーツにでも打ち込めば、特待生でも取れたんじゃないかと内心で思う程には運動神経は秀でていて。

 その代わり学力が足りないのは定番と言うか、今は地元の工業高校に通っている。


 美樹也に関しては、またちょっと傾向が変わって来る。喧嘩が強いのは京悟と同じなのだが、何と言うかこっちは弱きを助け強きをくじく的な設定が大好きで。

 普段は寡黙なキャラなのだが、強い奴がいたら喧嘩を吹っ掛けるみたいな。この2人が中学でつるみ始めて、段々と先生達でも手に負えなくなって来て。

 そこでその歯止め的な役割が、何故か俺に廻って来たのだ。


 小学校の頃、俺達は既にお互いに面識があった。そして琴音の我が儘や立ち振る舞いから、しばしば「お前生意気だな」的な抗争に発展する事もあって。

 気の強い彼女は、相手が上級生でもガキ大将でも思った事を口にするのを躊躇ためらわない。遊び場を横取りされたり、友人が苛められたりすると癇癪かんしゃくを起してソイツに食ってかかって。

 その後の喧嘩騒ぎに、俺はこの2人の腕力を借りる事を思い至って。


 まぁ、昔から小狡い計略を練るのは得意だったからなぁ。京悟の家は片親で、それなりに苦労して子供達を育てていると知ってたし。美樹也も鍵っ子と言うか家が商店で、家に帰っても夕食すら親と一緒に食べられない家庭だったし。

 そんな彼らを言葉巧みに取り込んで、まぁ俺も多少はヤンチャをしていたってのが中学時代の事である。その辺の昔話は、また今度と言う事で……。

 しかしそんな内申書で、よく進学校に受かったな俺……。


 とにかくそっち系の幼馴染2人も、琴音と同じく高校進学から例の『ミクブラ』を始めたらしい。そして琴音とギルドを作って、バーチャ世界で割と無双をしているのだとか。

 そのせいで、俺も当時は何度も誘いを受けたモノだ。京悟と美樹也の妹達も、兄貴に誘われてゲームを始めてしまったと言う経緯もあって。

 3兄妹全体的に仲が良いのに、今はウチの妹達だけそのゲームに参加してない現状が。


 う~ん、その辺りの環境は何とかしてあげたいけれど。ちなみに幼馴染の2人の妹達は、楓恋と同い年で中学も一緒だ。学校でも仲良しらしく、恐らくゲームの話題も度々上がっているのだろう。

 ウチの家計的には、3人分の筐体きょうたいを購入なんてのはまず無理だ。それを妹達も分かってるので、変におねだりとかはして来ないけど。

 そこに俺だけ琴音の家で、プレイし始めたと言う微妙な立ち位置が。


 まぁ別に俺も、限定イベント中だけの参加予定なんだけどね。賞金イベントが終わったら、綺麗に身を引くつもりではある。琴音には文句を言われそうだが、それは仕方ない。

 楓恋も文句を言うつもりは全く無い様子、本気で俺の身体の心配をしているのだろう。勉強にバイトに友達付き合いに、まぁ色々と忙しいのは確かだし。

 だから妹達に心配かけまいと、高校を卒業したら就職って決めてたんだけど。


 琴音によって、その予定も何だか変な方向にじ曲げられそうな予感がヒシヒシ。それはまぁ慣れていると言えばそうだし、今回は我が儘を聞いてしまった俺にも非がある。

 う~ん、本当にどうしようか? 楓恋はともかく、杏月あんずは不公平だとねているかも知れない。丁度明日がみんなで集まる日だしな、なるべくゲームの話はしない様に皆に釘を差しておかないと。

 本当にね、色々と悩み事は尽きないよ。




 土曜日の学校の授業ってのは、それはもうとても気怠い。他の中学や高校が休みとか知っていると、特にその濃度が増す。

 それでも何とか全科目が終了、皆が待ち望んだ放課後だ。


 もっとも俺は、ここからバイトに出向だけど。同級生が騒がしく、部活動やら遊びの予定を話している中。独り帰り支度をして、真っ直ぐにバイト先に向かうと言う。

 いやその前に、速攻で琴音と誠也に捕まったけど。


恭輔きょうすけ君、もうそろそろ始まりの森を突破じゃない? 攻略具合はどんなかな……何なら姉ちゃんに逆らってでも、僕だけスタートの街に戻って護衛でも案内でもするよ?」

「恭ちゃん、いっぺん家に帰ってから、楓恋ちゃんと杏月ちゃん連れて遊びに出るね? 夕方ごろに喫茶店に寄るかも、京悟がゲームの話をしたいってうるさい!」

「あぁ、何か始まりの森で色々とクエ受けてて、それが終わるまでもう少しそっちにいる感じだから。誠也はそんなに気を遣わなくていいぞ、姉ちゃんに雷落とされる危険は回避しろ?

 楓恋にも出掛けぎわに聞いたよ、琴音に誘われて遊びに行くって……」


 ゲームを始めてから、同じ趣味を持つメンバーのまとわり付きが酷くなってる気もするけど。それを適当にあしらいながら、騒がしい一行は校門を目指す。

 大半がゲームの話題だけどね、京悟と美樹也も恐らく同じ症状なのだろう。高校生になってお互いつるむ時間も少なくなっていたから、そう言う意味では待望のシチュエーションかも?

 今はソロエリアだけど、合流は待ち遠しい気が。




 与太話を交えつつ、途中で幼馴染と別れて表通りへ。俺のバイト先だが、近所でも評判の個人経営の喫茶店である。個人経営と言っても、店内は割と広くてテーブル数も微妙に多い。

 なので、喫茶店経営の老夫婦とは別に、常時バイトさんが2人~3人入っている規模で。客数も平日でも多くて、昼時や夕食時は物凄い混み様だ。

 接客業は甘くない、相手のある仕事は常にストレスとの戦いだ。


 そう言いつつも、この喫茶店『銀風亭ぎんふうてい』のマスターとおかみさんは、とっても良い人には違いない。そして客層も、まずまず紳士淑女率が高くて変な人はほとんどいない。

 何より俺は、子供の頃から濃い性格の知り合いに慣れているので、滅多なストレスではへこたれないと自負している。そして、今の仕事は割と楽しくて好きだ。

 マスター夫婦とは、一応仕事とは別に知り合いだしね。


 マスター夫婦は嘉村かむらさんと言う名前で、詳しく言うと琴音の両親の親戚筋に当たる。ウチの生前の両親とも面識があったようで、そのツテで仕事を紹介され。

 こちらは学生で、とても毎日入れるような余裕はない。何しろ進学校だし、試験や学校行事も色々とある訳だし。そこら辺も融通を効かせてくれるし、色々と親切にしてくれるし。

 何の文句も無い勤め先である、そんな訳で週3日のバイト生活を。


 高校1年の時から始めているので、もう丸1年は続けている算段だ。他のバイトの人とも仲良くやっているし、嘉村夫婦にも親切にして貰っている。

 入学祝も貰ったし、仕事の終わりには妹達にとお土産も持たせてくれる。今では本当に、親戚みたいな付き合いで、琴音の両親より親しいかも知れない。

 まぁ、それを言ったら琴音に怒られるから言わないけど。


 そして今日は土曜日だ、この週末の曜日には俺だけに任されている特別な任務が待っている。それは『銀風亭』の客層や客入りにも大いに関係しているので、無下にも出来ないと言う。

 何故に俺だけそんな任務を背負っているかと問われると、まぁこれにも琴音とその両親が関わっている。その辺は複雑なので、この話はまた後ほどと言う事で……。

 世の中って、本当に複雑怪奇に出来ているよね。




 ともあれ、お店に裏口が無いので表から挨拶しながらお店に入る。マスター夫婦やバイト仲間、そして常連さんからも温かい挨拶のお返しが、何と言うかアットホームな空間だ。

 奥の控え室兼事務所的な小部屋で、タイムカードを切って素早く着替えて身ごしらえ。自分専用のエプロンを装備して、これで戦闘準備は完了だ。

 いざ戦場へ、颯爽とした身のこなしで躍り出る。


 店内はお昼独特の混み具合、もう少し時間が経てば落ち着いてくるのだが。そこまで行かないと休憩が取れないので、お昼抜きでの仕事となってしまうけど。

 そこはぐっと我慢、何しろマスターの軽食は空腹と言う調味料が無くても絶品なのだ。実際喫茶店じゃ無くても、レストランでも充分にやって行けそうな腕前である。

 ちょっと勿体無いが、このお店を支えている事実には違いない。


 喫茶店のアルバイトの内容は、ホールに限って言えば割と簡単だ。コーヒーカップやお皿を下げたり、注文された品を間違いなくテーブルに運んだり。

 注文を取ったりお客様をテーブルに案内したり、そんな感じの接客全般をこなして行く感じ。レジ仕事やお皿洗いなどは、おかみさんの仕事なので滅多に自分達はやらない。

 そしてコーヒーを淹れたり料理を作るのは、当然マスターの仕事だ。


 お客さんありきの仕事なので、当然混んでいる時は凄く忙しい。オーダーを間違いなくこなすのも一苦労、でもまぁ俺的にはそう言う記憶術には自信があるので。

 滅多な事ではオーダーミスなど起こさない、最初の頃は多少のヘマはやらかしたけどね。今ではほぼ完ぺきな仕事振り、矜持きょうじを持って仕事に当たっている。

 それが仕事を楽しむコツだ、客受けも良いし社会勉強にもなるし。


「高校生活はどう、恭輔君? 2年生だと修学旅行やら学校行事やら、色々あるんじゃない?」

「今日は美人の恋人と妹さん達、遊びに来るの? 来るならそれまで、粘っちゃおうかなぁ?」

「あれっ、もう春メニュー終わって夏メニューが出始めてるの? 一品頼んじゃおうかな……それじゃあコレとコレお願い!」


 高校生活はそれなりに楽しいし、学力の維持はそれなりに大変だ。進学校なら尚更だが、うちは何故か校風も特に堅苦しくないし、生徒にしても大らかで素直な性格の学生ばかり。

 成績を気にして堅苦しい奴なんてほんの一握り、だから学校行事も毎年盛り上がりはなかなかのモノである。常連の会社員の中にも、ウチの学校の卒業生は多い。

 そんな訳で、割と盛り上がる話のネタの一つではある。


 マスターも、お客さんとの立ち話は大いに推薦してるしね。彼らはここに、癒しと寛ぎを求めて来るのである。無論騒ぎ過ぎは他の客に迷惑だが、会話で寛いでくれるに越した事はない。

 俺にしても、そんなOBとの繋がりは大事にしたいし。


 美人の恋人は、どうもいる設定になってしまっているらしい。琴音とマスターの嘉村さんは、親戚筋なのでもちろん親しい間柄である。

 そして物凄い甘やかし振り、嘉村さん夫婦に子供がいないのも理由の一つだと思うけど。俺がバイトの時は、大抵顔を見せるので、すっかりこの店の名物になっていると言う現状。

 それも仕方があるまい、まぁ妹達を含めて下手に声を掛けたら出禁という風潮があるから良いけどね。そこら辺はしっかりしている、マスターは信頼のおける人物なのだ。

 そして京悟と美樹也も、この店ではしっかり顔を売ってるし。


 無論、下手な虫除けよりも効果は抜群である。高校生になって、この2人の外見は一応それなりの落ち着きは見せた。ただし、醸し出す雰囲気は何と言うか昔気質の流しの流浪人るろうにみたい。

 特に美樹也が酷い、恐らく映画か何かで触発されたのだろう。俺とその知り合いに手を出したら火傷じゃ済まないぜ的な空気を、周囲に漂わせる技を覚えてしまっている。

 或いはバーチャゲームの影響なのかな、だとしたら俺も気を付けねば。


 6月だけど既に夏メニューは始まっている、こう言うのは飲食業界では大抵早めが定番らしく。涼しげなミント系のメニューに加え、冷麺系の品も出現している模様。

 賄いでも食べさせて貰えるので、お客さんに自信を持ってお奨めも出来る。今日も割と好評な様子、ランチにオーダーを通す回数も増えて来ている様子。

 そんな感じで、仕事開始からの混雑を乗り切って。




 ようやく小休憩と賄いの時間だ、腹ペコで働いていたので感激もひとしおな時間。とは言えそんなに休憩時間は長くないので、急いで食べる必要も出て来る。

 俺に限っては、この後“コーヒー配達”と言う土曜日限定のお仕事が待っている。これはマスターとある人物が盟約? を結び、俺に白羽の矢が立った重要な任務ではある。

 まぁ、俺にも全く関係が無い訳では無い人物のご機嫌伺い的な?


 その人物は、この喫茶店の割と近所の大通りの大きなビルの持ち主である。不動産で成り上がって、それからITやら何やらに進出し、今では総合会社の会長職と言う。

 一代と言うか、まぁここまで大きくなったのはその爺様の貢献度と言うかワンマン度が物凄く高かったみたいである。名前を能義原のぎはら孝明こうめい老と言い、実は琴音の母方の祖父だったりする。

 だからマスターとも繋がりがあると言う、ばらしてしまえば簡単な謎。


 この二人の密約の内容は、つまりはこういう事らしい。孝明老が自分の所の社員に、積極的に『銀風亭』を利用するようにと社令を下す。嘉村マスターは、代わりにバイトの俺を会長の元に相談役として週1で向かわせる。

 実は“コーヒー配達”は、言ってみれば隠れみのみたいなモノである。一介の高校生に70過ぎのご老人が相談とか、世間体とかよろしくないのでこうなった次第。

 地域でも有名な人物だからね、その辺は仕方が無いと言うか。


 無論だが俺にもメリットはある、孝明老に差し出されている1時間の間、時給が何と4倍もアップするのだ。他の人にはもちろん内緒、この盟約チーム内だけの秘密。

 大人だね、こう言う密約の仲間に入れて貰えるってのは、それだけで楽しい。


 もっとも、楽しいだけじゃ済まないんだけどね。今は取り敢えず休憩を終えて、前もってマスターの用意してくれてた配達セットを持った所。

 中身は保温ポットに入ったコーヒーと、軽食のサンドイッチか何かだろう。毎回微妙に中身は違うけど、大抵は俺も食べる事になっている。

 そして行って来ますの挨拶と共に、小散歩の開始だ。


 実際、1分足らずで表通りに出てから2分程度歩いた先なので、合計で5分も掛からない場所ではある。だから社員の足も、普通にこのお店に伸びて来る感じだろう。

 6月の気温は生温かくて、空梅雨との噂はどうも本当らしい。車の行き交う大通りに出ると、そんな不快指数はグンと上昇をみせる。

 ビルの中は快適なんだけどね、それにしてもいつ見ても大きな構えではある。


 美人の受け付け嬢にも顔を覚えられていて、予約は毎回バッチリ。ほんの数秒で、目的階を告げられる。大抵は会長室で、向こうがこの時間を指定してるから当然なんだけど。

 大人の都合で、仕事が入っている場合もあったりと、少々待たされる場合もある。今回はそんな事も無い様子、素直に最上階の会長室へと直行だ。

 場違いな場所への戸惑いも、今はもう無くなっている。





 ――さてさて、人生相談おしごとの時間の始まりですな。









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