第12話 海辺の洞窟・隠し通路




 なんとまぁ、あんな場所に抜け穴が存在するなんて……自由に飛べる妖精のファーでなかったら、まず見つけられなかっただろう。その結果、依頼達成ならずで、再びカラスモドキにこの洞窟に押し返されていた可能性も。

 そんな事にならずに済んで良かった、少々登攀とうはんが必要だけど何とかなるかな? 凸凹でこぼこの多い岩壁だから、慎重に登って行けばあの横穴に辿り着けそう。

 ここは一つ、依頼達成の為にもうひと踏ん張りだなぁ。


 ファーにお礼を言いつつ、まだ敵のいそうな横穴へと苦労して辿り着いて。物理的にファーが松明を持てないので、登攀中の灯り対策には苦労したけど。

 懐中電灯とまでは言わないが、ランタンみたいなモノは欲しいかも。松明は燃えてる炎の部分が剥き出しだから、取り扱いにどうしても慎重になってしまう。

 まぁその分、振り回せば武器にもなるのだけれど。


 要するに、登攀中の武器兼明りとして松明を使おうと思っていた訳だけど。幸いそんな不利な状況での襲撃は無かった様子、まずは安心して横穴の平地に到着。

 松明を掲げて奥を窺うと、妙な音が聞こえて来た。何だかドロッとした液体が流れるような、ゴボッとかそんな低い響き。海辺の洞窟なので空気は湿っているが、ちょっと違う気が。

 音の発信源を探っていると、妙な軟体生物を発見した。


 先程の広間のアメフラシモドキとも違う、コイツはひょっとしてあの有名なモンスター? ってか、スライムに遭遇して感動するなんて妙な話ではある。

 スライムは、勿論だが架空の生物ではある。某初期RPGで有名になっただけあって、俺もその存在は知っている。琴音が子供の頃、クラシックゲームにハマっていた時があって。

 随分熱心に、教えてくれたりしたものだ。


 モンスターの設定としては秀逸だと思う、消化器官が外に剥き出しなのはアレとして。何でも体内に取り込んで消化してしまうと言うのは、敵として対面すれば怖いのかも?

 いや果たしてそうなのか……動きはそんなに速くないし、待ち伏せ以外は餌を捉える能力は低い気が。軟体を利用して壁の隙間から滲み出るのは脅威だが、体内器官ってばそもそも弱点じゃないのか?

 松明の火を近付けてみると、案の定怯みまくる軟体生物。


 やっぱり火は弱点か……妖精のファーも、興味深げに近付いて観察しているけど。君はもうさっきの事故を忘れたのか、危ないから不用意に近付かない様に。

 とにかく実験は続く、女王蜂の短槍……は壊れちゃったんだっけ。ナイフを取り出し、その切っ先で透明な器官を傷つけようとするが、ゼリー状のソレは上手く切り裂けない。

 どうやら斬属性には、微弱ながらも耐性があるようだ。


 これは突攻撃も無理かな……いやいや、中央の核が分かり易い弱点だったみたい。それをナイフで突き刺すと、呆気なくスライムは昇天してしまった。

 代わりにこちらも、表皮を触ってしまってダメージをちょびっと受けたけど。


 触るだけでダメージは厄介だけど、弱点が分かり易いのは完全にカモだなぁ。動きも鈍いし、取り付かれなければ何て事は無い敵だ。

 まぁ、不意打ちだけ気を付ければ大丈夫だろう。そんな感じで横道を進んで行くと、段々と入口より幾分か穴の幅が広くなって来た。

 そしてすかさず、さっきと同じ蝙蝠こうもりの襲撃。


 ってか、さっきより倍近くいて大変なんですけど! 視界が蝙蝠の翼で埋められて、耳から入る情報も奴らの羽音のみと言う酷さ。こちらは棍棒を振り回し、対処するだけ。

 ファーの安否が気掛かりだ、身体が小さいので連れ去られて無いと良いけど。それよりこれだけ密集していると、狙いを定めなくても敵に攻撃がヒットする。

 それでも、こちらもすれ違いざまに少なくない被害を受けていたり。


 変に、相手の体当たりを避けようとしたのが不味かった。どうやら足元に、大きな窪地があったみたいだ。松明も同様に振り回していたので、そこに落っこちるまで全く気が付かなかった。

 落下ダメージは、恐らく無かったように思う。それより妙な感触にド肝を抜かれ、しかも続いて息が出来なくなったパニックに急に襲われて。

 それがスライムが密集して作られた池だと気付いた時は、既に遅かった。


 慌てて武器を捨てて、顔にひっ付いている奴を取り剥がそうとするも。当然の如く全く手応えが無く、手ではどうやっても掴めないのが分かっただけ。

 後から考えれば、松明で攻撃するのが正解だと気付いたのだけれど。パニくっている状態では、そんな思考も働かないのが当然で。

 視界が変に赤いのは、HPが危険域を知らせるアラームだったか。


 ほとんど諦めかけた時、更に視界が赤く染まった。派手な破裂音と、炎のエフェクトが周囲に拡がって行く。それと同時に、窒息感が収まったのに気付く。

 どうやらファーが、炎の水晶玉を使って助けてくれたようだ。それよりついさっきまで侮っていた敵を相手に死に掛けるとか、どう仕様も無く恥ずかしい。

 猛省しつつ、必死扱いて窪地から脱出を図って。


 近くを飛んでいたファーにお礼を述べて、投げ捨てた棍棒を慌てて拾い直す。それから何とか落ち着きを取り戻し、洞窟内を飛び交っている残りの蝙蝠の群れを駆逐する。

 下手に動かず、すれ違いざまを殴りつける戦法が功を奏した模様で。辛うじてそれ以降は、被害を最小限に押さえられた様で何よりだ。

 ホッと一息、後は窪地に残ったスライムを松明で焼き払うだけ。


 さっきから足元で、粘液が移動する音が響いていて心穏やかではいられなかったんだけど。さっきの二の舞は御免被りたい俺は、敢えて地面からのダメージを無視していた次第。

 お陰でHPは半減以下の酷い有り様、しかも装備の耐久値が軒並み減ってしまっているみたい。特に上着と靴の数値が酷い、元から粗末な腕装備も同様の有り様。

 替えなど無いと言うのに、本当に踏んだり蹴ったりだ。


 しかし海辺とは言え、まさかスライムで溺死しそうになるとは……ファーに水晶玉を渡していて本当に良かったよ。近くの岩場に腰掛けて、小休止しながら心からそう思う。

 忘れない内に、お代わりを渡しておこうかな。笑顔でそれを受け取る妖精、本当に心強い相棒である。ついでに果実も渡して、お互いにスタミナ回復など。

 残り時間は余り無いが、焦ってへまをするよりはマシだ。


 ついでに休憩時間を使って、パワーアップもしておこうかな? 短槍が壊れてしまったので、両手棍を上げる一択なんだけど。

 早く魔法が使えるようになりたい、そのためには任務を完遂しなきゃ。


 さっきレベル7に上がったので、またスキルPが増えてしまっている。今日だけで3つも上がったなぁ、その分のスキルを使ってもバチは当たらない筈。

 さてと、それでは4Pを両手棍に振り込んで……。


 あれっ、変だな……スキルPが少ない気がするぞ? えっと、この洞窟に入る前に8Pだったのは覚えている。そこから投擲に3P使って、スキルを覚えたんだっけ。

 そこからレベルが1つ上がった訳だから、8-3+2で7Pになっていないと駄目な筈。ところが実際は6Pしか貯まってなくて、残りの1はどこに行ったと言う話だ。

 ちょっと待って、怖い……バグとかそんな類いの災いだろうか?


 困った時の琴音頼りだが、今回は切羽詰まったメール送信だったのは仕方が無い。返事は割とすぐに帰って来て、理由はそれで呆気なく判明した。

 何とミックスBの宿命だと書かれていて、つまりはそう言う事らしい。どうやら混血度が高いと、成長が速い代わりにスキルPの入手が減る事態がたまに起こるのだとか。

 以前琴音の言っていた、ミックスBの怖さと言うか弊害だ。


 混血していない純血種の場合、成長が遅い代わりにステータスやスキルPがたくさん増える事があるらしく。そう言うゲームバランスらしいので、文句を言う筋合いでは無いっぽい。

 落ち込んでもいられない、とにかく探索を続けないと。


 って、ショックで本題を忘れる所だった……両手棍のスキルを取得しようと思ってたんだっけ、そうそう4P支払ってと。

 そんな訳で、今回覚えた必殺技は《撃ち上げ花火》と言う名前らしい。アッパー系の打撃を敵目掛けて撃ち込むみたいで、威力は当然通常の攻撃よりは高い筈。

 よしよし、気を取り直して早速使ってみよう。


 こうなると松明を持つのももどかしい、何故なら棍棒のスキル技は両手で持たないと発動しないから。そんな事を思っていると、前方に陽の明かりらしきものが見えた。

 洞窟の左の壁に亀裂が入っているみたいで、うっすらと陽が射しこんでいる様子。完全に周囲が見渡せる程の光源では無いが、さっきまでの暗い洞窟内よりははるかにマシだ。

 それを素直に喜びながら、俺は真っ直ぐその場所を目指す。


 てか、さっきから雑魚のモンスターすらいないんですけど? 新スキル技を試したいと思った途端にこれだ、まったくこちらの心の中を読んでいるような敵の対応には腹が立つ。

 実際そんな事は無いんだろうけど、その広場はちょっと異質だった。潮の匂いと微かな陽光、その中央にそびえ立つどこかで見た葉を茂らせる一本の樹。

 あれあれ、これって『虹色の果実』の採れる樹じゃないのか?


 ファーが早速飛んで近付いて、すぐにピュッと言う感じで戻って来た。何らかの危険を察知したらしい、それと同時に樹の上の一点を指し示して来て。

 そこに果実があるのか、はたまた待ち伏せしている敵がいるのか……恐らく両方だろう、そんな気がしての戦闘準備。今度は驚いてやるモノか、こちらから驚かしてやる。

 まずはずっと出番の無かった、石斧を手に取って。


 スキル4での投擲をお見舞い、投げ込む先はファーの適当な指差し案内のみ! それでもその成果は絶大、当たったナニカが派手な音と共に樹の上から落ちて来た。

 凄いぞ俺、投擲攻撃で外した事無いんじゃないかっ!? それより落ちて来た脅かし役の大蛇、悲惨な事に既にHPが半分しかない有り様。

 可哀想に、すぐに成仏しておくれと《撃ち上げ花火》をお見舞いして。


 ふむふむ、確かに下からの掬い上げ攻撃だ。アッパースイングの打者みたいだな、もしくはゴルフのショットとか。当たった瞬間、何か火花が飛び出すのが可愛くて良いな。

 面白いダメージエフェクトは良いとして、その攻撃力も結構えげつない。さすが両手武器の必殺技だ、可哀想過ぎる大蛇は既にヘロヘロ状態で。

 こっちは噛まれる事無く、無傷で倒し切ってしまう結果に。


 もうちょっと新しく覚えたスキルを試してみたかったけど、まぁ仕方が無い。打撃後の硬直時間も、範囲技の《ブン回し》と同じ程度だろうか。

 一撃の強さは、やはり新スキルの方が強いと思った。技を受けた相手も一瞬硬直するので、囲まれていない限りはそんなに隙が出来るとか気にせずに済むと思う。

 必要SPも10と、範囲技よりは軽くて済んでるし。


 こちらの成長によって、SPも順調に増えているしね。連続使用も問題無い、ただし振り上げた棍棒をいったん下に降ろす時間は必要だけど。

 それより石斧も、初めて使ったけど良い感じだな。効果も高いし、強敵や複数の敵相手には初撃はこれでって手もアリかも。もちろん木の槍もあるし、水晶玉ももう少しあるし。

 戦闘に関しては、まだまだイケそうな気はする。


 おっと、それより虹色の果実はってるのかな……松明をかざしてみるけど、木の葉が重なって樹の上の方は良く見えない。ここでゲット出来れば、3個目なんだけど。

 そう思っていたら、働き者のファーがフワッと飛び上がって行った。本当に頼りになる相棒だ、こちらは固唾をのんで見守るだけ……おっと、戻って来た。

 ってか、不必要に慌てているのはナゼ?


 その小さな両腕で必死に抱えているのは、まさしく虹色の果実だった。喜んだのも束の間、妖精のファーを追って2体の飛行生物がこちらに接近して来る。

 うおっ、やたらと大きな甲虫だなっ! 松明を投げ捨てて、こっちは慌てて臨戦態勢だけど。どうやらNMでも何でも無い個体のよう、多少は安心して迎え撃つけど。

 手が痺れる程の衝撃、コイツ無茶苦茶硬いな!


 こちらも角で抉られて、少なくないダメージを受けてしまった。クソッ、大蛇を始末して安心していた所に不意打ちとは、敵もやりおるわい。

 少々余裕があるのは、敵がNMでも何でも無いから……いや、断崖の樹の上で大蛇に苦戦した例もあるから、あなどってる場合じゃないんだけどね?

 それでも先程のNM2体との戦闘を経験した手前、騒ぐほどの相手では無い。


 戦闘訓練を踏まえつつ、せっかく2つに増えたスキル技を連続して使ってみる。何事も鍛錬だ、SPはフルに貯まっているのでイケる筈。

 まずは2匹が重なった瞬間を逃さずに、両手棍の必殺技《ブン回し》を振る舞ってやる。狙い通りに両方にヒット、こちらも傷を負うが怯まずに次の打撃に備えて。

 逃げて行く個体と突っ込んで来る個体、突っ込んで来る奴に狙いを絞って。


 思い切り《撃ち上げ花火》を喰らわせてやって、これも見事にヒットして。ダメージも上々、連続スキル技の凄さを体感してテンションも上げ上げである。

 両方喰らった甲虫は既に虫の息、いや元々から虫なんだけど。戦闘空域を、ヨタヨタしながら飛び去って行く。これで魔法でもあれば、追撃で撃ち落とせるのになぁ。

 早くこのクエを終わらせて、魔法を取り返したいモノだ。


 レベルアップに伴って、体力もそれなりの上昇を見せた結果。この程度の敵の攻撃では戦闘途中に慌ててポーションを使用するピンチには至らなくなった。

 もう少し装備を整えれば、更に安全に戦いを進められると思うんだけど。今の所、装備を買う場所もその資金も無いと言うもどかしさ。

 地道に行くしかない、焦ってもどうにもならないし。


 戦闘は何度かの交錯の果て、硬かった甲虫も何とか撃ち落としに成功して。素材らしき『甲虫の甲殻』は硬そうだし、装備のパーツに使えるかも知れない。

 『甲虫の角』の方は……う~ん、悪くは無いけどこの形は振り回すのに恥ずかしいってか勇気がいりそう。何故そう思うのかは不明だが、オモチャ感が溢れ出てる気が。

 まぁいいや、また何か思い付いたら合成素材に使ってみよう。


 それより順調過ぎな、虹色の果実の収集である。ファーがはいっと渡してくれて、1日で2個集まると言う快挙を成し遂げてしまった……いいのか、本当に? 

 まぁ良い事にしよう、今後どうなるか分からないし保険的な意味合いも兼ねて。それよりこの先の道はどうなってるのかな、薄暗い洞窟を透かし見てみるけど。

 おやおや、まだ先があるみたい。


 洞窟は次第に広くなって、天井と言うか壁面の亀裂も何か所か方々に存在して。潮の匂いと打ち寄せる波音が、その隙間から響き入って来ている。

 松明が無くても、何とか進めるかな? それよりその薄闇の中で、うごめく影がさっきから気になっているんだけど。結構な数がいるけど、決して日向には出て来ようとしない。

 血の底から響くような呻き声、潮とは違うすえた臭い……。





 その習性も納得出来る――奴らは軒並み、ゾンビだった。








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