第7話 魔法の使えない魔法戦士って




「お前か……っ!」


 思わず怒鳴ってしまったが、それに対して妖精は申し訳なさそうに敬礼でリアクションを返して来た。意味不明だが、目をギュッと瞑って敬礼をする妖精は、ちょっと可愛い。

 てっきり精神値が下がる程度が、マイナス要素だと思い込んでいたけど。あの商人の慌て様を考えるに、そんな程度で済む訳も無いのは考えれば分かるコト。

 まぁ仕方が無い、ここは魔法戦士の道は諦めよう……。


 ってなる訳が無い、責任者出て来いっ!! 今後一切魔法が使えないのか、今覚えている魔法だけが使えないのか。……恐らく前者だろう、重過ぎるペナルティである。

 それだけは勘弁願いたいので、妖精にどっか行ってくれないかとお願いした所。物凄く悲しい顔をされたので、謝罪と共にその言葉は撤回する事に。

 女性を悲しませるのは趣味では無い、例えナリは小っちゃくてもだ。


 さて、それなら代案を考えなければ。要するに、この小さなレディが俺の魔法以上の性能を示せば問題は何もない訳だ。例えば、空を飛ぶ飛竜を一撃で撃ち落とすとか?

 ……もう少し冷静になろう、妄想に浸っている場合じゃない。


 とは言え、実際に自分で出来る解決策なとまるで思い付かない。厄介者など見切れば良いだろうとの意見もあるかもだが、それは明らかに道徳違反な気もするし。

 例えば、飼っているペットが病気になったからって、捨てる様な非道は倫理的に許されないだろう。冒険者だって同じ事、自分勝手な行動ばかりだと、後で必ずしっぺ返しが来る。

 情けも同情も、決して人の為では無いのである。


 今以上に頑張るようにと妖精に言い含めると、今度は嬉しそうに頑張るポーズを取ってくれた。喋らないけど、色々と感情表現は豊かだな、この娘。

 この世界で初めて出来た友達、もとい従者だ。この先、長いお付き合いになるかも知れない、素敵な名前を付けてあげなければ。安全地帯に戻りながら、そんな事を考える。

 うん、お前の名前は“ファー”にしよう!


 決して遠くに行って欲しいなと言う、願望が込められている訳ではないけど。戦闘中や収集で呼び掛ける際に、出来るだけ短い方が良いだろうとの考えだ。

 妖精も、自分の名前を即座に認識してくれた様子。嬉しそうに俺の前で一回転して、興奮を示している様子。うん、喜んでくれて俺も嬉しいよ。

 さて、曲がりなりにも今後の方向性は決まったかな?


 つまりは、なるようになれだ! あるがままを受け入れて、とにかく突き進むのみ。残り時間はまだ少々あるが、今日は早めに落ちる事にしよう。

 余計な戦闘はなるべく避けつつ、ほぼ真っ直ぐに安全地帯へと帰還を果たす。その間、妖精のファーは本当にマメに収集作業に励んでくれた。

 俺も有効に時間を潰そうと、落ちているアイテムを拾って行く。


 結果、ほぼ鞄の中が木の実とか変な草木とか、綺麗な石とか木の蔦でパンパンに埋まってしまった。初期の鞄なので、恐らく容量が凄く少ないのだろう。

 ファーったら張り切り過ぎ、そしてその猛威は安全地帯に戻ってからも発揮された。新しいクエ依頼書は無いかなと大樹に近付いたら、妖精もそれに追従して。

 遥か高い場所に飛び上がって、隠してあったらしい用紙を取って来たのだ。


「おおっ、凄いな……お手柄だぞ、ファー!」


 ウチの家族の教育方針は、とにかく褒めて伸ばすと決まっている。俺が親代わりも兼ねているので、それは決まり事としてしっかり定着している感じ。

 ファーも嬉しそうだが、それ以上の探索はしないみたいだ。どうやら他に、隠し依頼書の類いは無い様子。何が書かれているのか見てみると、どうも交換券の類いらしい。

 どうやら不要アイテムを、ランダムに別のモノに変換してくれるっぽい?


 これはガチャみたいで面白いかも、しかも5枚あるので合計5回交換可能みたいだ。愛嬌のあるサルの着ぐるみが交換してくれるみたい、早速手元のいらないアイテムを渡すと。

 大きな袋から、いかにもランダムですよ的な感じで何かを取り出してくれた。妖精と一緒に、そのアイテム結果を一喜一憂する事合計5回。

 当たりと呼べるアイテムは、どうやらこの3つかな。


 ――風魔法『風の茨』のカード

 ――疾風のズボン 耐久8、防御+7、敏捷+2

 ――耐魔の指輪 耐久2、耐魔20%up


 他はポーション(大)と、炎の水晶玉と言う消費アイテム5個セットだった。当たりが半分以上なのは、俺のアバターの運の良さが関係してるのか、はたまた妖精の貢献のお陰なのか。

 良く分からないが、とにかく儲けたのは大いなる事実。小さな相棒と一緒に喜びながら、装備のお召し替えなど。うん、ズボンだけはお洒落になったかな。

 魔法のカードはともかく、指輪で空いてる装備欄がまた埋まった。


 ついでに、今日出掛ける前に受けたクエ報酬も交換して貰った。4個の食材と交換に、『料理キット』と言うアイテムを。5匹の敵の討伐報酬で、イヌNPCから『冒険者セット』を。

 兎の皮と肉もこの際だから交換、串焼きと粗末な革の帽子を貰った。頭装備はもう正直必要無いのだが、これしかもう交換出来る品が無かったのだ。

 後は鞄の中を整理して、妖精に別れを告げてログアウト。





 筐体メットを被って静かな状態の琴音は、正直可愛いと思う。口を開いて辛辣モードに入ると、もうこちらの手に負えない猛獣と化すのだけれど。

 そんな心を読まれたら殺されそうな事を考えつつ、待つ事暫し。琴音の方も、数分後には無事にログアウトに至った様子。彼女も何とか、死なずに冒険を終えられたようだ。

 ご機嫌なのは表情で分かる、伊達に長年の付き合いでは無いのだ。


「ふうっ、お疲れ様……恭ちゃんの方はどうだった? こっちは何とか、レベル8まで上がったよ! 果実も1個目ゲット出来たし、そっちがまだなら場所教えるね?」

「あぁ、うん……こっちは色々とハプニングだらけだったかな? しかし凄いな、俺の倍のレベルじゃんか……やっぱり経験者は違うなぁ」


 向こうはどうやら、初日と今日は戦闘三昧でレベル上げに務めていたらしい。安全に歩き回るには、どうしても最低限の強さが必要になるっぽいので。

 安全地帯の近くの敵が枯れるまで、敵を狩って回っていたとの事で。それから今日のインの後半に、クエ消化がてら東のエリアを散策したらしい。

 その結果、見事最終クエの『虹色の果実』1個目をゲットに至ったようだ。


 こっちは成長の軌道修正の脳内思考で気もそぞろ、そのせいで幼馴染のお節介攻撃をガードするのを忘れてしまった。お陰で森の東側のマップ状況は筒抜けに、盛大なネタバレを喰らう破目に。

 それはともかく、成長指針の良い案も出ないので成り行きに丸投げする事に。妖精に全ての責任を負わせるのは、余りに可哀想過ぎるとも思うし。

 女性には優しく、それが俺のモットーなのだ。


 その後も琴音とゲームの感想を言い合いながら、暫しログアウト後の時間を過ごして。琴音の部屋は8畳もあって、何と言うかお洒落感の漂う女の子の空間そのものである。

 部屋のドアが開きっ放しなのはご愛嬌、年頃の男女が閉鎖空間にいるのは宜しくないとのママさんのご指摘で。琴音もさすがに両親には逆らえない、渋々その指令に従っている。

 いや、別に下手に手を出すとか不味いのは分かってるから。


 こんなお節介な幼馴染との関係が描かれた小説、昔読んだ記録があるなぁ。外国の小説で、割と有名なSF作家の作品である。

 粗筋を大まかに説明すると、昔家族が拾って来た宇宙ペットが暴走する話である。面白さは微妙だが、この人の作品は当たり外れが多少ある。

 俺的にお勧めなのが2作品あって、どちらも秀逸だと思う。有名な作品も存在するが、自分のお勧めの2冊は同い年の少年が主人公なのだ。

 その主人公と家族の遣り取りが、なんとも堪らなく面白いのだ。


 内容も他のSF小説家と変わっていてユニーク、何故ならこの人は元数学者か物理学者かだったらしい。その経歴に裏打ちされた内容は、正直かなり難解な部分が多々ある。

 いや、中身はとても素晴らしいんだけどね? SFなんて今は流行らないけど、昔はファンタジー小説なんてほとんど店頭に無かったらしい。

 ってか、異世界系でSFと一括りされていた感もあったりして。


 日本で爆発的にファンタジーが確立されたのは、やはりファミコンゲームからRPGと言うジャンルが流行してからだろう。それから、某ファンタジー小説のヒットとか。

 源流を辿って行くと、まだまだ他にも候補の作品は上がるかも知れないけど。俺が知ってるのはそんな感じで、“剣と魔法のファンタジー”の歴史が幕を開いたらしい。

 この『ミックスブラッドオンライン』も、まさにその流れを汲んでいるっぽい。


 そんな事を考えている間も、琴音の今日の感想は終わりを迎えていなかった。基本、この幼馴染は話し出すととても長い……女性は皆同じなのかも、限度は超えてる気もするけど。

 相変わらず、彼女の中では俺達2人のタッグは最強らしい。全く根拠の無い話だが、琴音の機嫌がそれで良いなら別段訂正を入れる事も無いだろう。

 長年の付き合いで、自然と身についた処世術である。


「それでね、装備も良いのになったから明日のインで一気に探索範囲拡げちゃうから! 何か色々と作り込んでるソロマップだよね、恭ちゃんの方は初日にNMとかも出て来たんでしょ?」

「そうだな、今日は出遭えなかったけど……代わりに変な商人に出会って、何か妙な商品を押し付けられたなぁ。俺のプレイが悪いのかな、変な横道にばかり入ってる気がする」

「だから最初は、レベル上げと装備強化するべきなんだってば! 恭ちゃんのプレイを批判するつもりは無いけど、もうちょっとちゃんとやって!」


 怒られた、自分なりに一応は真面目にプレイしているつもりなんだけど。だけどえてここは反論せず、まぁもうちょっと慣れるまで待ってと言い訳を返しておく。

 もちろん、もっと怒られそうな魔法が使えなくなったトラブルは厳重に伏せておく。その代わり、無事に(?)1つ目の果実をゲット出来た事実は、多少誇らしげに報告して。

 テンションの高くなった幼馴染を、上手に宥めつつ。


 そう言えば、琴音の部屋に何日も連続して訪れるなんてイベント、ここ最近は無かったなぁ。妹達は、割と頻繁に遊びに来ていたらしいんだけど。俺はバイトだ何だと忙しいのを理由に、最近は避けていたり。

 それも彼女には不服だったのかも知れない、いやまぁもちろん変な照れとか年頃の心理とか働いていたのは否定しないけど。一人っ子の幼馴染は、昔から構ってちゃんではあったりして。

 だからまぁ、彼女的にはこの限定イベントの到来と賞金の餌は願ったりだったのかも。




 次の日の朝、もう少しで週末なのを励みにいつもの時間に起床して。大半の人間が苦手な起き抜けの時間、ボーっとした頭で朝の支度を進めて行く。

 バタバタするのは好きではないが、早起きも苦手だと言う人は多いと思う。自分も実はそんな中の一人、とは言え妹達の為には苦手だ何だと言ってられない。

 朝食とお弁当の準備は、毎朝の俺の役目だもんね。


 朝食と言っても、食パンを焼いてコーヒーを淹れる位のモノだけど。お弁当用にご飯も炊いてるけど、我が家は朝はパン派ばかりなので。

卵が余っていれば目玉焼きを人数分、たまに贅沢にハムエッグ程度のモノだ。つまりは冷蔵庫の中身に依存する訳だが、今日は卵が残っていた模様。

お弁当用の玉子焼きとソーセージも、こんな時はついでに焼いてしまうのが時間短縮のコツ。そんなルーティーン通りの工程で、フライパンに火を掛けていると。

 長女の楓恋かれんが、朝の挨拶と共に支度を手伝い始めてくれた。


「お早う、お兄ちゃん」

「お早う、楓恋……杏月あんずはまだ起きて来ないのか?」

「さっき声掛けたし、起きてる筈……今日も放課後、琴音ちゃんの所に寄るの?」

「ああ、バイト無い日だしな……米はもう炊けてるぞ」

「分かった、それじゃあお弁当作ってくね?」


 手伝いと言うより、3人分のお弁当作りだけど。おかずの類いは昨日の時点でほとんど作ってあるので、今焼いてる玉子焼きやお米やおかずを詰めて行くだけだ。

 その作業は大抵、楓恋かれんが毎朝担ってくれている。我が妹ながら、本当に良く出来た娘である。普段は無口で愛想も外に出さないが、勉強も俺以上に出来るしっかり者だ。

 何でもソツ無くこなす、秀才肌と言う言葉がピッタリ当て嵌まる。


 顔立ちも立ち振る舞いも、亡き母親に似て整っているし歳不相応にしっかりしている。やや控えめな性格も、男から見たら短所には映らないと思うしね。

 俺もバッチリ好みだが、血が繋がっているのは百パー間違いないので。残念ながら諦めている次第……そんな冗談交じりの内心の葛藤が、琴音に知られても怖いので。

 つまりは可愛い妹って事だ、それは断じて間違っていない。


 もう一人の末妹の杏月あんずは、楓恋かれんとは逆に甘えん坊のちゃっかり者である。実に末妹気質なのは記述の通り、そして俺と楓恋もそれをとがめないと言う。

 杏月も可愛い妹であるには違いない、そして両親が他界した時に一番幼かったのも末妹だった。その結果、俺も楓恋も文字通り父親と母親のように接してた事もあって。

 何と言うか、可愛い甘えん坊が出来上がってしまった次第である。


 まぁ、杏月も家の事情は充分に理解しているので。そこまで経済的に無理って我がままも言わないし、本当に可愛いモノである。むしろ琴音が加わる事で、甘やかしが倍加する現状が。

 琴音の我が家での立場も、長年に渡る交流のお陰ですっかり姉的なモノに。楓恋はともかく、杏月は物凄く懐いていて、家にもしょっちゅうお邪魔しているみたいだ。

 お陰で、こちらの家の事情もすべて向こうに筒抜けと言うね。


 それはまぁ別に良い、これで俺の妹の紹介は終わりである。良く出来た長女と甘えん坊の末妹、そして長男である俺の三人家族……それに天国から見守っている、俺達の両親。

 大人がいないと色々と不味いので、後見人を琴音の両親が担ってくれている。距離的に遠い父方の祖父母とは、週に1回程度は近況報告を入れ合う感じだ。

 こうして未成年の俺達兄妹は、両親の死後も同じ住居で生活していられる訳だ。


「おはよう~、恭兄ちゃん、楓恋ちゃん……眠い~っ、お腹空いた」

「おはよう、杏月……ネクタイ曲がってるぞ、ほらこっち来て」


 甲斐甲斐しく末妹の世話をしてやり、その後食事用のテーブルへと妹達を押し込んで。ようやく皆で朝食だ、一日の活力と愛情を確認する大事なひと時。

 夕ご飯は、俺のバイトの都合で一緒に食べれない時があるからなぁ。妹達もそれは心得ていて、だからこの時間はとても大切に思っている筈だ。

 杏月に限っては、ひたすら眠そうなんだけどね。


 杏月は中学二年生で、楓恋は今年受験の中学三年生だ。楓恋は大事な時期なんだけど、特別扱い出来ないのがこの家の現状だったりする。

 まぁ、優等生の楓恋なら高校受験は余裕だろう。油断とかしなければ、俺と同じ学校に入学は堅い筈。内申もすこぶる良いし、学内では模範生で通っているとの噂だし。

 問題は、末妹の杏月だったりするんだけど。


 断わっておくが、可愛いもの好きでフワッとした性格の末妹は、別に問題児と言う訳では無い。家の仕事も洗い物とか手伝ってくれるし、学校の成績もそんなに悪くは無い。

 ただ、両親の突然の死に一番ダメージを受けていたのが、杏月だったので。俺も楓恋も、この末妹の心のケアには細心の注意を払っていたのだ。

 今では随分と回復して、一時の苦しさからは抜け出せた模様。


 そもそも朝に顔を合わせるのは、お互いの体調を確認したり、その日のスケジュールを確認したりする為なのが大きな理由だし。そう言う意味では、2人共体調は万全な様子。

 今日も遊びに勉強に、一生懸命頑張って貰いたい。





 ――それは俺も同じ事、今日も頑張って行こうかな。







  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る