元魔王軍幹部との再会

 ワイバーンの食べきれなかった肉と、爪や鱗等の換金可能部位は、ニニルが転移魔法で運んでいった。

 言うには遺跡の一角に、地下水脈の影響で良い感じに冷える部屋があるらしい。

 そこを倉庫にしているのだそうだ。


 入口が倒壊しているだけあって、入れるのは転移魔法が使えるニニルだけ。

 きっとあの中ならば、魔獣や野生動物に漁られることもないのだろう。


 そうして、食事とその始末を終えた後、ニニルの転移魔法で再びキュールグラードへと戻った。


「さて、記憶が正しければここのはずだが……」


 改めて、現在の魔領の情報収集という目的を達成する必要がある。

 そしてそのために訪れたのが、この目の前にある石造りの建物だ。


「ここはキュールグラードの兵士さんの詰め所、ですよね? たまに街にお買い物に来た時、兵士さんが出入りしてるの、見たことがあります」


「キュールグラード兵か……今はそうなのだな。まぁ名前はともあれ、ここにいる奴から話を聞くのが一番早いだろう」


「……? どんな人がいるのか、わかるんですか? その……もう、五年も経ってるのに」


「五年前、ここは"魔王軍"支部の一つだった。特に、人族や魔獣といった外敵へ即応するための前線指揮官が詰めていた拠点でな、こういう場所にはたとえ支配者が変わろうとも相応の実力を持った魔族が詰めなければ、防衛に支障をきたす。断定はできずとも、推測はできるものだ」


 この建物は要塞都市キュールグラードの内部にありながら、キュールグラードを取り巻く支城を含めた城塞群と、フェルナがいた本城を最短で繋ぐ地理的要所に建っている。

 国境の見張りから送られた情報が、最速で集中する場所がこの拠点なのだ。

 必然、ここは魔領に迫る脅威にどう対処するかの判断ができ、必要があれば自身がその脅威へ対応することのできる優秀な指揮官が詰める。

 俺が現在も魔王軍を掌握していたならば、知る限りで五指に入る程の優秀な者か、それこそ俺自身を配置していただろう。

 そして魔領においてそれほどに飛び抜けた実力者というのは、よほど若くなければたいてい五年前魔王軍で幹部の立場にあった。


 というわけで、ここには元魔王軍の幹部がいる可能性が非常に高いのである。


「さて、今いるのは知謀のシャルミアか、武断のラースか……エルフの長老エウラスの可能性もないではないな。まぁ、いずれにせよ見知った魔王軍幹部がいるはずだ。さぁ行くぞ」


 人族に対する戦略の立案と、諜報能力において他の追随を許さない魔王軍副官、ハイスライムのシャルミア。

 思慮が足りないところはあるが、純粋な肉弾戦能力においてだけは俺に次ぐ竜人ラース。

 精霊魔法という極大威力の魔法を使うことができる、拠点防衛に長けたエルフの長老エウラス……。


 もともとここの指揮官であった翼人族族長ファルコは、十年前に既に死んでいる。

 その後は俺がこの都市を拠点とすることで暫定的に支配し、指揮官も兼任していたため、正式に任命された指揮官というのは残念ながら不在だ。

 出来ることなら話のしやすいシャルミアかエウラスが良いが……今どの魔王軍幹部がいるかは賭けになるだろう。


「元魔王軍の、幹部……? あっ、その……わたしは、外でお待ちしていますね!」


 早速中に入ろうとするが、ニニルが慌てて立ち止まる。

 なぜだ、そう問おうとしたところで、近づいてくる馬の蹄の音が耳に届いた。

 とっさに、道の真ん中で棒立ちするニニルの首根っこを掴んで引き寄せる。


「ひゃっ!」


「チッ……邪魔だガキが!」


 ニニルが居た場所を、馬に乗った兵士が駆け抜けた。

 どうやら急ぎのようで兵士は馬から降りそのまま詰め所の中へと駆け込んでいく。


「大丈夫か、ニニル」


「はい。申し訳ありませんディルグ様。ちょっと、考え事をしちゃって……」


 ニニルに怪我はなさそうだ。

 伝令かなにかだったのだろうが、道で子供を轢きかけるなど兵士として論外である。


「……兵士の質も落ちたものだな」


 そもそも馬になど頼らなければこんなことは起こらない。

 練度の高い兵士であれば、身体強化をかけるだけで馬より早く走ることが可能だ。

 逆に言えば、あの兵士は身体強化をかけてすら馬より早く走れない……おそらくは、兵士になりたての新兵なのだろう。


 魔王として、兵士を一人前にするのも仕事のうち。

 少し強めに教育してやろうかと、兵士を追って中に入る。

 兵士はすぐに見つけた。

 しかしその兵士に対する興味は、すぐにその兵士の声によって上書きされた。


「シャルミア様! シャルミア様はいらっしゃいますか!!」


 シャルミア。


 それは魔王軍で副官を務め、俺に万一があった時、次の魔王と指名していた魔王軍最高幹部の名前。

 ハイスライムである彼女の得意分野は、変身能力を使った人族領への潜入や情報収集だ。

 その諜報力は人族の侵攻時期の察知や、魔族内部の統制、作戦立案に大いに役立っていた。

 魔領において、彼女ほど世界の情勢に詳しい魔族はおそらくいないだろう。


 ――大当たりだ。


「何かありましたか」


 一人の女が、奥から出てきた。

 冷徹な雰囲気のある切れ長の眼に、肩まで届く青い髪。

 女の牛鬼族を彷彿とさせるような豊満な胸はしているが、牛鬼族と違って角も無ければ、他の種族を象徴する耳や羽もない。

 一見ただの人族のように見えるが、それはあの女がハイスライムという変身能力を持つ特異な魔族であり、今の姿がただの仮初のものでしかないからだ。


 間違いない、あれはシャルミア……元魔王軍副官のシャルミアだ。

 可能性は高いと思っていたが、こいつに最初に会えるとは幸先が良い。

 早速話をしようと近づこうとしたところで、耳に兵士の言葉の続きが入ってくる。


「竜峰ふもとの森に接する監視塔が、陥落! 陥落いたしました!」


「なっ……!?」


 驚きと同時に、冷やりと汗が滲んだ。

 キュールグラードはこの要塞都市を中心に、要所を守る支城、土地の境界を見張る監視塔といった要塞群を築いている。

 監視塔はいつでも放棄できる防備の薄い砦ではあるが、それでもバリスタや魔砲などの最低限の防衛機構は備わっていたはずだ。

 そこが落とされたということが何を意味するかと言えば……それは何者かによる侵略である。


「オークが群れをなして森から溢れ出し、監視塔にある食料を中心とした物資を略奪、そのまま住処としてしまったようです! 防衛に当たっていた兵たちは、既に総員脱出を済ませているとのこと!」


「監視塔が陥落ですか……。やはり、現在の戦力では魔獣相手すら難しいようですね。あちらに伝令は飛ばしましたか?」


「済ませております。すぐにでも到着されるかと!」


 もしや人族かと思ったが……なんだ、オークか。

 オークは言葉を解さず、狩猟と略奪で生きる魔獣の一種だ。

 本能的に非常に攻撃的な上、意志の疎通はできない。

 しかし多少の知性を持っているため、徒党を組んで村や町を襲うことがある。

 人族の侵攻と比べれば百倍マシだが、まるで盗賊のような厄介さのある魔獣だ。


「シャルミア、どうやら面倒な状況になっているようだな」


 兵士と話をしていたシャルミアの視線が、こちらに向いた。


「っ……!?」


 死人でも見たような顔というのは、きっとこの顔を言うのだろう。

 驚きに目を見開き、凍りついたように表情を固めるシャルミア。

 頭の中で多くの「なぜ」がぐるぐると回って思考がフリーズしていそうなのが傍目にわかる。

 冷徹な軍師のような雰囲気があったシャルミアが、こうわかりやすく動揺しているのは、かなり珍しいことかもしれない。


「い、生きて……おられたのですね……」


「わけあって眠りについていたのだ。聞きたいことが山ほどあるが……どうやらタイミングが悪かったらしいな」


 突然会話に割り込んできた俺に驚いたのか、伝令の兵士……さっきニニルを馬で轢きかけたあの兵士が立ち上がる。

 そして、声を荒げた。


「貴様何者だ! シャルミア様を呼び捨てにされるなど……このお方がかつて魔王軍で副官を務めたシャルミア様だと知ってのことか!」


「黙りなさい。貴方こそ、このお方が誰だかわかっているのですか」


「なっ、シャルミア様!? それはどういう……」


 シャルミア本人から諫められた兵士は、俺が誰なのかわからず困惑しているようだ。


「……この両角を見てもわからんとは、やはり新米の兵士か」


「な、なんだとぉっ……!?」


 ちょうどいい。

 知らないのならば教えてやろう。


「ならばこそ、この名を心に刻め! 我こそが魔王ディルグ!! 魔領全土を統一した支配者であり、世界最強の魔族だ!!」


 詰め所の内部が、一瞬静まり返る。

 そして、ポツリ、ポツリと周囲で真実を確かめるかのような会話が始まっていく。


「ディルグって、あの魔王ディルグか……?」


「おいおい、流石に冗談だろ。生きてるはずがない」


「ば、馬鹿お前! 本物だ! 俺は魔王様のお顔を拝見したこともある、あれは本物の魔王様だぞ!」


「嘘だろ……? あの魔王様の鎧は、俺も見たぞ。あんな負傷をして、いくら魔王様といえど生きていられるものなのか……?」


 俺の名乗りを聞いて、遠巻きに見ていた兵士も気づいたようだ。

 ……だが、どうにも反応が芳しくない。

 なぜかはわからないが、困惑している兵士の方が多いように見える。

 よく兵士たちを見ると、年若い兵士が多いように見えた。

 どうやらここは新兵ばかりらしい。

 そのせいだろうか。


「……へ? ま、魔王?」


 俺に食いかかった兵士もわけがわからないようでキョロキョロと周囲を見渡しているが、こいつのことはもういい。

 改めて、シャルミアに視線を向ける。

 ようやく頭を再起動させたらしいシャルミアが、俺の前に跪いた。


「魔王様、よくお戻りになってくださいました。魔王様の帰還、このシャルミアにとって望外の喜びです。てっきり五年前、勇者との戦いでその御命を散らされたものと思っておりましたので……」


「最強の魔族であるこの俺に、敗北の文字はない。……さて、今の状況を説明してもらおうか」

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