第5話「エリア探索」

 あのテキストメッセージの意味も少し理解できて来たところで、次のエリアへ移動することにした。順番はどこでもよかったが、まずは感覚的に最も近くに位置していた、グランドピアノのエリアへ行くことにしよう。

 その道中は先ほどまでの黒々した世界の味気無さが軽減され、私はちょっとした旅行気分に浸った。生まれ変わった世界は、魔王から世界が救われて光を取り戻したようなそんな希望に満ちた空気を纏っている。

 私は軽い足取りのままピアノエリアへ到着した。ピアノは相変わらず一定間隔で決まった音を奏でていた。もしこれが誰かしらの奏者によるものであれば、その奏者はとんでもない集中力の持ちる主であろう。それほどまでにその演奏に一切の乱れがなかった。だがそれは一方で、その奏者が一流でないことを同時に示していた。この機械的な演奏は、間違いなく完璧なものであるが、それがかえって単調さを演出している。この広大な世界での野外コンサートの舞台において、寸分違わない演奏を繰り返すのはエンターテイメントとしては少し退屈だろう。まぁ実際には奏者がいるわけではなく、一度入力された演奏をコンピュータがオウムの如く幾度も馬鹿の一つ覚えで繰り返しているだけなわけで、そこにエンタメ性を求めるのも酷な話だ。

 ともかくここ以外にも後三か所も回るべき場所があるので、早々にこのピアノに触れることにした。その時私は、定期的に独りでに動き出す怪奇性のある鍵盤部分ではなく、いかにもなにもなさそうな側板部分を選んだ。

 世界には絵の時同様、「データの取り込みを開始します」というメッセージがなじみのシステム音と一緒に表示された。ピアノは変わらず淡々と演奏を続けている。

 ピアノの再生が一度終わり、再び演奏が始まったその直後、システム音と同時に、「データの取り込みが完了しました」というお決まりのセリフが登場した。目の前のピアノには変化が見られなかった。姿なき演奏者はなおも健在だ。一見して私は、この世界の変化を感得できなかった。

 このデータはどこに取り込まれたのか。答えは次のエリアを目指して東側、ホログラムの映像のあるエリアの方を向いた時に分かった。私の視界右側の第一エリア、そこに今私の真横に鎮座しているものと全く同型のグランドピアノが見えたのだ。定かなものではないが、ピアノの奏でる音の大きさが、先刻より増している感覚があるため、恐らく第二のピアノも、ここのピアノと全く同じメロディーをズレなく奏でているようだ。透明人間によるピアノ二重奏が繰り広げられている。

 今更なことだが、あの第一エリアはこの世界の凡その中心地だったらしい。蜘蛛の巣のようにそこを中心として周囲にエリアが広がっている。さっき取り込んだ南の島を模した絵も、その第一エリアを中心に世界へ展開されていた。データの取り込みは基本的にその中心地へ向けて行われるのかもしれない。他のエリアの光源が消えてもなお、最初に出現したあの第一エリアが存続していることも、その特別性を物語っているように思える。

 次のホログラムエリアへ向け一歩を踏み出した時、ピアノエリアの明かりが消え、振り向くと直前まであったグランドピアノは跡形もなかった。ピアノのメロディーはなおも第一エリアから世界へ駆け巡っていた。


 ここからの作業はすっかりと事務化していった。まず足早にホログラムエリアへ移動し、さっさとそのリピート再生される映像のホログラムに触れた。その行動に対する世界の反応は一様である。「データの取り込みを開始します」のメッセージとシステム音に、次いで同音と「データの取り込みが完了しました」のテキストが現れた。取り込まれたデータはピアノ同様第一エリアに元データを丸きりコピーしたように同じ映像の流れるホログラムとして配置された。どちらのホログラムも一秒のズレもなく犬が庭を駆ける映像が映し出されていた。そのうち第一エリアの映像は、遠近のために粗が見えづらくなったのか、元のものよりクリアに見える。データの取り込みを終えた少し後、このエリアの光とホログラムは消えてなくなった。

 その次はゲームエリアへ向かった。街を移動する少年の姿の他は、もはや目の前の映像への子細な分析は行わない。とにかくこのいつまでも停止を知らない映像に触れた。取り込み開始のメッセージの後、その作業が完了したことがテキストで表示される。この眼前の映像のコピーが、やはり第一エリアに出現した。そしてこのエリアもやがて元の何もない状態へ戻った。

 やっていることはただの複製作業なので退屈さを覚えたが、残りはあと一つなので息抜きの前にこれを済ませてしまおう。最後は二次元の美少女が歌う、音声合成エリアへ赴いた。ここでも私はホログラム表示のその少女に触れ、滞りなくデータの取り込みが済んだ。ペラペラの少女は案の定第一エリアに配備された。エリア内のオブジェクトが増加しているというのに、エリアにはいつまでも圧迫感がなく、第一エリアの範囲は以前よりも増しているような気がする。

 ひとしきり取り込みが済んだので、そろそろ私の本拠地ともいえる第一エリアへ戻ることにした。その時、例にもれずこのエリアは消滅した。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る