Mathematical love

第1話 プロローグ

　目の前が真っ赤になった。少女は左脇腹の痛みに苦しみながら前へと進んだ。逃げなければ。肩の辺りで切りそろえられている黒い髪は乱れ、美しく整った顔は苦痛に歪んでいる。少女はだれかに助けを求めようとするが、痛みでうまく声を出すことができない。

　彼女は、自分の荒い息遣いの中に交じる不気味な足音を、背後の闇の中に聞いた。闇の中の「それ」すぐ近くまで迫ってきている。彼女はただひたすら暗闇の中の「それ」から逃れようと路地を進んだ。どこまで行っても人気はなく、街灯を除けば明かりもない。

　次の瞬間、彼女は暗闇の中の「それ」に腕をつかまれ、固く冷たいコンクリートの上に押し倒された。仰向けに倒された彼女の上に「それ」がまたがる。先ほど彼女を刺したナイフが暗闇の中で残忍な光を放つ。「それ」は手に持ったナイフで、彼女の白いブラウスを切り裂き始めた。

　彼女の苦し紛れの叫び声が響く。しかし、束の間のうちに叫び声は途絶え、暗闇だけがその場の全てを飲み込んでしまった。