儚き過去の理想郷

規格外な能力者

第1話「無能者」

─星暦2100年、夏─

 ピピピピッ──

 とあるアパートの203号室で携帯のアラームが鳴った。


「もう5時か……」


 ベットから伸びた右手が携帯のアラームを止めた。それからゆっくりとベットから出て来た人影は、まだ薄暗い部屋に電気を付けると軽く伸びと欠伸をする。

 朝5時03分。世間様はまだ薄暗く床冷えのするキッチンで、温めた冷凍食品を弁当箱に詰め、軽い朝食を摂った青年は制服に着替え歯を磨く。それから靴を履き玄関の扉を開けた。


 ここは東京の地下エリア、第2の東京都である。


 アパート2階の階段付近に差し掛かった時ウ──っと甲高いサイレンが辺り一面に響いた。

 これは下層都市別に設置された擬似太陽灯火の合図である。

 下層都市の天井には都市の4分の1の大きさを有する擬似太陽が設置されており、今正に電子同士の衝突によって生じた摩擦熱で擬似的に太陽が作られようとしている。

 全ての都市の円周にはビル10階相当の板に反射盤が一方面だけに敷き詰められた陽光集束拡散装置が設置されており、下方にある台座が回転する事で光を反射する仕組みになっている。


「朝から眠過ぎる……」


 彼は欠伸と共にそんな小言を漏らすと、薄らと色付く世界に脚を踏み出した。

 203号室の錆びたポストのネームタグには浅野美柑あさのみかんと書かれていた。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 下層東京都の西端にある奇峰三珠高校。

 その校舎から少し離れた森の中にあるのが『EX組』の教室である。

 下層都市では能力の強弱によってクラス分けがされる。そして『EX組』の選考基準は能力を使えない、つまり無能力者である事。

 総人口99.9%が能力者ともなれば使用頻度の少ない教室など校舎の離れになるのは必然。加えて整備もされないので廃れる一方である。

 建て付けの悪い引戸を開けて教室に足を踏み入れた俺は手前の机に着席した。

 すると二輪のドラム缶が室内へとやって来た。


『出席番号1番の浅野美柑、本日の出席を確認。9時より始業式デスので時間厳守でオネガイシマス』

「もう一年経ったのか……」

『浅野サン、今年は残念ながラ新入生はいませnンッがガ──……』

「……久しぶりにメンテしてやるか」


 液晶部と音声が乱れ出したドラム缶の背面にある蓋を開け、軽く配線を弄ると液晶部に顔文字が映し出された。


『(*'▽'*)ありがとうゴザいます』

「メカ担もそろそろボディを新調しないとな。いつ壊れるか分からないし、バックアップ用のUSB付けとくから背中が痒いとか言って外さないでくれよ」


 いくらAIを積んだ最新のメカと言っても定期検診が無ければ壊れてしまう。とは言えわざわざこんな所までメカのメンテに来てくれる職員など居るはずも無く、たまに俺がメンテナンスをしている訳だ。

 メカ担(型の任)曰く製造されて既に5年は経っているらしく、液晶部はひび割れ配線も劣化でショートし易くなっている。

 俺は蓋を閉めて携帯の画面を確認すると体育館へ向かった。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


「……えぇ次で私の話は最後になります」


 2時間続いた始業式も終わりに差し掛かっていた。当然の様に1人だけ立たされている俺は取り分け留意点の無い話に欠伸を堪えていた。


「今年度から本校も実技を必修科目とします」


 校長のその一言で体育館中が騒めき立った。

 と言うのもここ奇峰三珠高校は筆記の成績さえ良ければ卒業出来るのが売り文句の変わった高等学校だった。その校風に惹かれて入学した者が大半を締め、俺もその1人だった。


「実技必修なんてやる意味あんの?」


 能力者の上位グループは面倒臭そうに声を上げた。その反面能力が弱い部類の人間からは喪失感が感じられた。


「目的として1年後にEX組を廃止しクラスを再編成します」


 校長の一言で喪失感が一変して歓喜へと変わった。詰まる所実技の成績が良ければクラス替えで上位グループに入れる、即ち待遇が改善されるのだ。と言うのも来年度から奇峰三珠高校は隣町の高校と合併するらしい。

 すると校長は俺の方をギロリと睨むと指を差して来た。


「浅野美柑ッ、無能者の癖に筆記だけで進学出来ると思うなよ! 実技の評価が悪ければ来年は無いと思え。 まぁ足掻いた所で無駄だと思うけどな」


 校長は怒鳴り散らして気が晴れたのか笑いながら降段した。能力を持たない者は実技試験など受けるだけ無駄だというのに。

 この学校は浅野美柑というゴミをどうしても排除したいらしい。

 無能者の殆どは中学3年前に命を絶つという統計がある。ソレは周りが目障りなゴミを排除しようと自殺に導いているからだ。ソレにこの世界では自殺教唆は罪では無い。

 まるで蚊を叩いて潰すかの様だ。


「お前もアイツみたいに死にたく無いだろ? だから俺たちが優しい内に死んでくれよ」


 始業式後に校舎裏に呼び出された俺は地面を張った状態で歯を食いしばった。

 昨年のクリスマスイヴに『EX組』の生徒が1人、この世を嘆いて校舎の屋上から飛び降りている。

 しかしソレだけが事実で無い事を俺は知っている。その生徒は俺にとって高校でできた唯一の親しい友だった。しかし無能者である事で虐めを受け脅迫され、最後には彼等に突き飛ばされて夢半ばで亡くなった事を。


「俺は死ねない」

「ハッ、無能者が何言っても無駄なんだよ。目障りなゴミを皆んな鬱陶しく思ってる事ぐらい察してとっとと死ねよ」


 ドムッという鈍い音が腹から鳴った。次いで肺の空気が一気に外へ流れる。人間彼等が人を虐げるのは殺す力と覚悟が無いからだ。横たわった状態で荒い呼吸を繰り返していた俺はふと、風に乗って煙の匂いがする事に気づいた。


「狼煙か。今日はこの辺にしといてやるよ、腐った美柑君」


 そう言って男達はその場を後にした。

 アイツ等が退いた理由が気になった俺は顔を上げた。するとEX組の教室がある方向から煙が立ち昇っていた。

 嫌な予感がした俺は軋む身体を無理矢理に動かして離れの教室へと向かった。


 目の前に広がるは燃える教室だった。

 俺は膝から崩れ落ちた。

 放火から少し時間が経過しただけで木造の建築物はみるみる燃えていた。彼女との大事な思い出が。


「なんで……なんで俺は無力なんだッ」


 無能者で無ければこんな思いなどしなくて済むのに。そう思った時、脳裏に無能者故に出逢えた2人の親友の顔が浮かんだ。


「力が無ければ人は運命から逃れられない……。なら俺が、無能者俺達を罵る奴等をぶっ飛ばしてやる!」

「…………ガガッガ────」


 絶望に暮れていた時、教室の方から無線の様な電子音が聞こえて来た。

 ソレを聞いた俺は覚悟を決めて燃え盛る建物へと飛び込んだ。

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