第2440話

「残念でした」

「わきゃあっ!」


 木の枝から手を振っていた妖精を見つけたアーラだったが、レイ達が木の枝を見ても何もいない。

 そんな状況に動揺したアーラだったが、不意に耳元で聞こえてきた声に悲鳴を上げる。

 ……普段のアーラしか知らない者が聞けば、その可愛らしい声に驚いてもおかしくはない、そんな悲鳴を。

 とはいえ、セトに乗っているレイ達だけに何故いきなりアーラがそんな悲鳴を上げたのかといったことは分からない。


「どうした?」

「その、レイ殿、エレーナ様……実は、私の肩に……」


 そんなアーラの言葉に、レイは無理だったがアーラの前にいたエレーナは後ろを向く。

 そうしたエレーナの視線の先には、アーラの肩に立っている妖精の姿が見えた。

 妖精とはいえ、最初にエレーナが見た相手……レイに捕まりそうになって転移して逃げた妖精とは外見が全く違う。

 そうである以上、別の個体であるのは間違いなかった。


(変身してなければ、だけど)


 アーラも、妖精についてお伽噺や伝承のような物語で出て来る存在として知っている。

 直接見るのはこれがまだ二度目だが、一度目の時もレイの手の中から転移して逃げるといったような、驚きの行動を見せたのだ。

 そのような光景を見せられた以上、妖精が別の妖精に変身をしていても、驚きはするが納得してしまうのは間違いのない事実だった。

 だからこそ、アーラも現在目の前にいる存在が本当に先程の別個体なのかどうか、確信が持てない。


「妖精!?」


 アーラの言葉にエレーナが反応し、同時にレイもまた素早く反応する。

 セトの背に乗っていた状態から、素早く地面に飛び降りると、その視線をアーラに向けた。

 すると、アーラが口にしたように、その肩には妖精の姿がある。

 今が好機。

 そう思いながら妖精を確保しようとするレイだったが……


「ちょっと待ってちょうだい」


 レイが行動に出るよりも前に、アーラの肩の上の妖精がそう声を出す。


「別にそんなに急いで私を捕まえようとしても、逃げたりはしないわよ。それは、わざわざこうして話をしているのを見れば、すぐに分かるでしょ?」


 その言葉に、レイはどうするべきか迷う。

 普通に考えれば、妖精のそんな言葉を信じる方が間抜けだろう。

 最初に会った妖精が行ってきた悪戯は、悪戯と呼ぶには少し悪辣すぎたのだから、それに対して警戒するなという方が無理だ。

 ……だが、同時にレイの視線の先にいる妖精は、先程の妖精と違って友好的な存在であることも事実。

 少なくても、問答無用でいきなり致命的な悪戯を仕掛けてきたりといったような真似をする様子はない。


「妖精か?」


 改めて問うレイの言葉に、問われた方は未だにアーラの肩の上に立ちながら呆れたように言う。


「それ以外に何に見えるの? もしかして私はモンスターか何かに見える?」

「……どうだろうな」


 現在のレイの中で、妖精というのは半ばモンスターに近い存在なのは事実だ。

 だからこそ、数を数える時も一人二人といったものではなく、一匹二匹と数えているのだから。

 今はともかく、以前までは言葉もろくに通じなかったリザードマンを亜人といった扱いにして、きちんと一人二人と数えたのに比べると、大きく違う。

 その辺りは、強制的にウィスプによって転移させられてきたとリザードマンと、自分達の意思でトレントの森にやって来たというのも関係しているのだろう。

 何よりも、リザードマンたちは最初意思疎通こそ難しかったものの、それが出来るようになればレイの言葉をしっかりと理解し、常識的な行動を取ってくれる。

 ……中には例外もいたが。

 ガガとか、ザザとか。

 今でこそレイに従っているゾゾも、最初は戦いを挑むといったような真似をしていた。

 とはいえ、妖精は面と向かって自分がモンスターに見えると言われてしまえば、当然のように面白い筈もなく……


「むぅ。ちょっと、今の言い方だと私達を本当にモンスターと一緒の扱いにしてない?」

「そう言われてもな。そもそも俺が妖精と会ったのはこれが二度目で、一度目はセレムース平原でアンデッドをこっちに仕向けるといったような真似をされたし、こっちはこっちでモンスターの死体を頭上からぶつけられそうになってるんだ。そんな相手をモンスターじゃないと認識しろと?」


 それは、レイにとって正直な思いだったが、同時に妖精にとってみればそんなことで怒られても困ると言いたげに不満そうな表情を浮かべる。


「そう言っても、悪戯するのが私達の存在意義なんだから、しょうがないじゃない。悪戯は、本能に刻まれたものよ」

「……そんな存在意義や本能、捨ててしまえ」


 うんざりとした様子で、レイがそう告げる。

 妖精が行う悪戯というのは、やられる方にしてみればとても許容出来ることではない。

 これが、せめて本当に悪戯と呼ぶに相応しい行為であれば、まだ納得も出来たのだろうが……生憎と、妖精達の悪戯というのはレイにしてみれば……いや、レイだけではなく悪戯をされる方にしてみれば、とてもではないが悪戯という言葉では表現出来ない代物だ。

 だからこそレイはこのように言ったのだが、そう言いつつも妖精が悪戯を止めるといったことはまずないだろうと判断する。

 今の状況で自分が何を言っても、アーラの肩にいる妖精がその言葉を聞くつもりもないだろう、と。


「ぶーぶー! 妖精の存在意義を奪うなー!」


 そうして抗議をしてくる妖精を見て、不覚にも可愛らしいと思ってしまうのは……それが妖精の厄介な場所なのだろう。


(そう言えば、動物の子供とかが可愛らしいのも、生き残る為だって何かで見たか読んだかしたことがあったな。そういう意味だと、妖精の姿や言動がこういう感じなのも同じような理由なのか?)


 そう思いつつも、レイは妖精に向かって口を開く。


「お前達の悪戯で、こっちは大きな被害を受ける可能性があるんだ。それこそ、最悪死ぬかもしれないんだぞ?」

「そう言われても、知らないわよ」


 この気楽さ、もしくは後先を考えないような言葉こそが、ある意味で妖精らしいと言ってもいいのだろう。

 勿論、悪戯される方としてはとてもではないが面白くないのだ。

 とはいえ、先程妖精自身も言っていたように、妖精にとって悪戯というのは本能的な行動に近い。

 レイに幾ら言われても、悪戯を止めるといった真似はまず出来ないだろう。

 妖精の様子からそれを理解しつつも、レイはそんな妖精に向かって更に何かを言おうとしつつも、止める。

 ここで妖精に徹底的に不満を口にしてもいいのだが、そんな真似をしても妖精を不機嫌にさせるだけだ。

 であれば、そんなことをするよりも前に、今は妖精と話をする必要があった。 

 レイがエレーナと共にトレントの森の中を歩き回っているのは、あくまでも妖精と接触し……何の為にここにやって来たのかを聞く為だったのだから。


「まぁ、その辺についてはともかく……こうして悪戯もしないでわざわざ俺達の前に出て来たってことは、何か用事があったんだろ?」

「用件って言うか……うーん、私達の仲間を捕まえようとしたって聞いたから、どんな人達なのか見てみようかと思って」

「……なるほど」


 呆れたようにそう告げるレイだったが、妖精の性格を考えれば納得出来ることでもあった。

 だが、そんなレイの様子に妖精は不満を抱いたのか、アーラの肩の上で不満そうに手を振る。


「ちょっと、私が様子を見に来たんだから、少しは驚いてもいいじゃない? 私達が人の前に姿を現すなんてこと、基本的にないんだからね」

「それは悪戯をしたのを見つからないようにする為だろ?」

「う……」


 レイの言葉は事実だったのか、妖精は言葉に詰まる。

 もっとも、それだけ頻繁に悪戯をするのであれば、もっと妖精の目撃例があってもいいのでは? と若干疑問に思うレイだったが。


「それはともかく、何でこの森……トレントの森にやって来たんだ?」

「え? だって、魔力の感じもよかったし、雰囲気とかも何となく私達にとってはいい感じだったから」


 感じがよかった、何となく、いい感じ。

 どれも曖昧な表現だったが、妖精のことだと思えばそんな表現にも納得出来た。

 あくまでも、妖精というのは感性に従っているのだろうと、そうレイには思えたのだ。


「つまり、トレントの森は居心地がいいってことか?」

「そうよ」


 レイの言葉に、あっさりとそう頷く妖精。

 ……正直なところ、ここまであっさりと頷かれるとは思っていなかったレイは少し戸惑う。

 戸惑いつつ、この妖精の言葉から結構な数の妖精がトレントの森に来ているのだろうと予想出来た。


「一応聞いておくけど、トレントの森に来たのはどのくらいだ? ……出来れば、あまり多くないとこちらとしては助かるんだが」

「一杯」

「……いや、具体的な数を言ってくれ」

「一杯」


 改めて問うレイだったが、妖精の口から出て来たのはやはり一杯という言葉だけだ。

 もしかして、数を数えることが出来ないのか? と思いもしたが、妖精は高い知性を持っているのは、レイも理解している。

 そうである以上、正確な数を教えないのは相応の理由があってのものだろうというのは、容易に予想出来た。


「数は取りあえずいいとして。トレントの森の居心地がいいってことは、もしかしてここに住む気か?」

「うーん、どうかしら。その辺はまだ決めてないけど……多分そんな感じになると思う。この森、トレントの森だっけ? 本当に居心地がいいし」

「……そうか」


 ある意味、最悪の予想が的中してしまった形だ。

 とはいえ、このトレントの森はギルムの領主たるダスカーが一応所有者ということになってはいる。

 だが、妖精の性格を考えれば、ここが誰かの私有地だからどうした? といった具合に全く気にする様子はないだろう。

 だからこそ、レイにとってこの状況は最悪に近いものだった。


「現在、このトレントの森の木を、俺達……正確には俺達の仲間が伐採している。そうなると、最終的には妖精がいる場所も伐採することになると思うんだが……」

「ふーん。……やれるならやれば?」


 その言葉は、もし自分達のいる場所の木を伐採しようとするのなら抵抗すると、そう態度で示していた。

 悪いことに、レイが知ってる限りでは妖精達は全てが魔法を使える。

 それも初歩的な魔法を使えるといった訳ではなく、強力な魔法を使うのだ。

 妖精の数が具体的にどれくらいいるのかは、レイにも分からない。

 だが、目の前の妖精が一杯と口に出していたことを考えると、恐らく結構な数がいるのは間違いないと思える。

 ……実際には数匹しかいないのに、誤魔化しているという可能性も決して否定は出来なかったが。


(とはいえ、もし本当に妖精がその気になったら、こっちとしても対処は難しい。何しろ転移能力……それも七色の鱗のドラゴニアスの持っていたよりも高性能な転移能力を持っているし)


 レイが戦った七色の鱗のドラゴニアスが持つ転移能力は、戦う方としては非常に厄介な存在ではあった。

 だが、転移出来る距離は非常に短く、レイの視界の中から消えるといった真似は出来なかった。

 だが、妖精は違う。

 少なくても、昼食前にレイが遭遇した妖精は一度の転移でレイから見えない場所まで転移している。


(まぁ、ここは森の中だから、単純にこっちから見えない場所に転移したって可能性も否定は出来ないんだけど)


 ドラゴニアスと戦った場所は、地下空間だった。

 それこそ女王が土の精霊魔法で生み出した、広大な空間。

 それだけ広大な空間であったからこそ、その隠れるような場所はほぼなかった。

 そんな場所と比べると、現在レイ達がいるのはトレントの森の中。

 それもまだ樵達が全く伐採していない場所だ。

 そうである以上、隠れる場所はそれこそ無数に存在していた。

 もしレイの手の中から妖精の輪を使った転移で逃げた妖精が、近くにある木の枝や茂みに隠れたりしていれば、レイ達であっても見つけるのは難しかっただろう。

 そうである以上、レイとしては妖精達の持つ転移能力が具体的にどれだけの性能なのか、調べておく必要があった。


「俺達も、最初からそんな真似はしたくない。けど、このトレントの森の木は、ギルム……ここから少し離れた場所にある街で増築工事をしている現在、絶対に必要な物だ」

「だから、私達に出て行けって言うの?」

「そうは言わない。けど、お互いがこのトレントの森に用事がある以上、歩み寄る必要があるんじゃないか? こっちには緑人っていう植物の生長を促すことが出来る連中もいるし。……どうだ?」


 そんなレイの言葉に、妖精は植物の生長を促すことが出来る者という言葉に興味深そうな表情を浮かべるのだった。

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