第2441話
植物を生長させることが出来る緑人。
そうレイが言ったところ、アーラの肩の上で話を聞いていた妖精は明らかに驚いた様子を見せた。
(これは、いけるか?)
そんな妖精の様子に期待を抱くレイだったが、同時に何故このような状況で妖精が興味を示したのかといった疑問を抱く。
妖精ではなくエルフであれば、自然の中で暮らしているのだから、植物を生長させる能力を持つ緑人に興味を抱いても納得出来た。
だが、妖精とエルフは大きく違う。
……少なくても、レイはそのようなイメージを抱いていた。
とはいえ、それはあくまでもレイのイメージであって、実際にはエルフと妖精が近い存在であるという可能性も否定は出来なかったが。
「お互いに歩み寄ることが出来ると思わないか? そっちも緑人に興味はあるみたいだし」
「それは……」
レイの言葉に、妖精はしまったといったような表情を浮かべる。
自分達の考えを見抜かれてしまったことに対して、失敗したと思ったのだろう。
……実際、その辺を突けばどうにかなるのではないかとレイは思ったのだから、その判断は決して間違っているものではない。
「どうだ? このままだと、下手をすればそっちも大きな被害を受けることになりかねないぞ?」
それは、半ば直接的な脅しと言ってもいい。
妖精も、レイ達を見てその脅しが決して大袈裟ではないことを理解する。
妖精というのは、魔法に長けた種族であるのは間違いない。
だが、直接的な戦闘力という点では決して長けていないのだ。
全く攻撃力がないという訳ではないし、その辺にいる相手に対しては普通に倒すことが出来るのは間違いないだろう。
しかし、現在妖精の前にいるのはレイ、エレーナ、アーラ、セトという、実力者が集まる――現在は増築工事の関係で必ずしもそうとは言えないが――ギルムの中でも、強者の部類に入る者達だ。
そんな中でも、アーラ以外の二人と一匹は強者の中でも更に選りすぐりの強者と言ってもいい。
そのような相手を前にして、妖精も戦って勝てるとは思えなかった。
これがギルムのような場所ではなく、もっと普通の……辺境ではない場所なら、妖精を相手に冒険者が勝つことは難しかったかもしれないが。
もっとも、妖精達が求めたのはトレントの森での話であって、トレントの森は辺境だからこそ生み出された存在だ。
そうである以上、妖精達がこの場所にいるのは当然の結果なのだろう。
「どうする?」
返事を促すレイに、妖精は少し考え……やがて口を開く。
「分かったわ。長に知らせてくる。私達のことを、私だけの判断で決める訳にはいかないだろうし」
「そうか、分かった」
妖精の言葉に納得しながらも、レイは少しだけ驚きの表情を浮かべる。
妖精の性格を考えれば、何でも適当に……それこそ何となくといった感じで決めてもおかしくはないと思っていたのだ。
実際、レイがセレムース平原で遭遇した妖精や、先程このトレントの森で何とか捕獲出来そうになった妖精といった者達は、雰囲気といったようなもので自分のこれからについて決めても、おかしくはなかった。
(つまり、セレムース平原で会った長だけが特別って訳じゃなくて、妖精の中にも普通に頭のいい……常識的な奴がいるって訳か?)
もしレイのことをよく知っていれば、そんなレイに常識的ということで褒められたことに複雑な思いを抱いてもおかしくはなかったが……幸い、この妖精はレイとまだ会ったばかりで付き合いも決して長い訳ではない。
「じゃあ、これから少し聞いてくるから、ここで待っててちょうだい」
そう告げると妖精は先程レイが遭遇した妖精のように鱗粉の輪と共に姿を消す。
先程も見たが、やはりこうして間近で見ると妖精の転移能力というのはかなり長距離も転移出来るということなのだろう。
(七色の鱗のドラゴニアスのように、近くにしか転移出来ないってことは、やっぱりないみたいだな)
何らかの確証がある訳ではない。
もしかしたら近くの木の枝や茂みといった場所に転移して、そのまま自分達の長がいる場所に飛んでいったのかもしれないが、先程の自信満々な妖精の様子から考えると、何となく違うように思えた。
勿論、何らかの根拠があってそのように思えるのではなく、半ば勘に近い思いからなのだが。
「それで、レイ。これからどうする? ここであの妖精が戻ってくるのを待つか?」
エレーナのその言葉に、レイは数秒考えてから頷く。
「そうだな。俺達がここからいなくなれば、あの妖精が戻ってきてもこっちに接触出来ないだろうし。……何よりも厄介なのは、妖精の気まぐれで交渉をしてもいいって返事が俺達がいないことであっさりと変えられてしまうかもしれないってことか」
妖精の気まぐれさを知っているレイとしては、それこそ次の瞬間には『やっぱりやーめた』といったようなことを言われても、不思議ではない。
勿論、そんな妖精に関して色々と思うところがない訳ではなかったが、それでも今の状況を考えると、念には念を入れた方がいい。
「じゃあ、少し休みましょうか。エレーナ様、レイ殿、お茶の用意でもしますか?」
休むと言われ、アーラがそんな風に言ってくる。
アーラにしてみれば、休むというのは紅茶を飲むという印象を持っているのだろう。
勿論、それはあくまでも今この場だからこそ言えることであり、騎士団として動いているような時はそんなことを口にしたりはしないが。
……そもそもの話、アーラはエレーナの護衛騎士団の団長である以上、普通は騎士団として行動している時にその騎士団長が他の者の為に紅茶を淹れたりといったような真似はしない。
「紅茶は……匂いのことを考えると、止めておいた方がよくないか? 今更だけど」
トレントの森の中でソースの焦げた匂いを漂わせる焼きうどんを食べるといった真似をしたレイの言葉だけに、微妙に説得力はない。
紅茶も周囲に香りを漂わせるが、そんな紅茶と比べると間違いなく焼きうどんは匂いの強烈さという点で上なのだから。
「そうですか。では、紅茶は諦めましょう」
残念そうな様子で呟くアーラ。
アーラにしてみれば、敬愛するエレーナに対して紅茶を淹れるのは仕事……というよりも、寧ろ趣味に近いものがあったのだろう。
だが、今の状況を考えると我が儘を言えるような状況ではないと、そう理解したのだろう。
「取りあえず、これでも食って大人しく待ってるとしないか?」
そう告げ、レイはミスティリングから冷えた果実……梨に近い味と食感の果実を取り出すと、エレーナとアーラに渡す。
レイにとっては、梨というのは秋の果実といった印象だ。
そういう意味では、夏真っ盛りの今は季節的に合わないのだろうが……レイが持っているのは、あくまでも梨に似た果実であって、梨ではない。
ましてや、梨が秋の果物というのはあくまでもレイの印象でのものだ。
別に秋以外に梨を食べたとしても、それは特に責められるようなことでもなかった。
「ありがとう」
「いただきます」
エレーナとアーラの二人は、レイに感謝の言葉を口にしてから、冷えた果実に齧りつく。
水分をたっぷりと含んだ瑞々しい食感と、甘さ。
冷えたことで影響し合い、その果実はエレーナとアーラ、それとセトの喉を潤す。
勿論、エレーナ達だけではなく、レイもまた同様にその果実を食べていたが。
「美味しいですね」
しみじみと呟くアーラ。
実際にその言葉は他の面々にとっても同意見のものだった。
それこそ、果実を取り出したレイもまた、その美味さに頬を緩める。
妖精を待つ……それこそ、場合によってはギルムを揺るがす大きな騒動になる可能性があるかもしれないのだが、レイ達は特に緊張した様子はない。
何だかんだと、今まで同じような騒動を経験してきたからこそだろう。
「それにしても、妖精か。……この件、どこまで隠し通せると思う?」
「普通に考えれば、まず不可能だろうな。そもそも、私に知られた時点で父上に知らせる必要が出て来るし、そうすれば他の者も事情を知ることになり、国王派にも当然のように情報が流れるだろう。……残念なことにな」
貴族派に所属している中でも、実は国王派の手の者というのはいる。
もしくは、国王派の貴族と親しいといった者も。
……あるいは、プライドだけが高い貴族派の貴族であれば国王派の貴族が少し煽てればあっさりと情報を話すだろう。
そうならない為には、ケレベル公爵が妖精の情報を自分の場所で止めておく必要がある。
「私が父上に頼めば、ある程度は情報を止めることが出来るだろうが……それも時間の問題だぞ?」
「だろうな」
トレントの森の件……生誕の塔や湖、それにウィスプのいる地下空間や妖精。
これらの件はまだ殆ど知られていないが、それでもリザードマン達の件はそれなりに知られている。
それが広まったのは、酒場で酔っ払った樵や冒険者が自慢話として話すか、もしくは娼館で娼婦を抱いた後の寝物語に話すか。
それ以外にも様々な場所で情報収集は行われている。
そうである以上、貴族派の貴族や国王派が生誕の塔や湖について情報を入手出来るのはそう遠い話ではないだろう。
地下空間のウィスプや妖精については、知っている者が本当に限られているので、そう簡単に情報が知られるといったようなことはないだろうが。
「とにかく、妙な噂が広まるよりも前に、出来るだけ早く妖精の一件を解決した方がいいんだけど……こればっかりは、俺の判断でどうにか出来る訳じゃないし」
これが妖精ではなく、他の者に害を加えるモンスターの類であれば、レイもここまで苦労することなく殲滅といった手段を取ることが出来ただろう。
だが、生憎と相手は妖精。知性があり、レイ達と意思疎通出来る存在だ。
そうである以上、迂闊に滅ぼすといったような真似をするよりも交渉で話を纏めた方がいいのは間違いなかった。
「それに、妖精は独自の文化を持っている。そういう意味では、上手く取引をした方がいい相手ではあるだろうな」
「独自の文化、か。……まぁ、あれだけの知性を持っているのを考えると、それも当然だろうな」
レイがトレントの森で会った二匹……いや、最初にレイの顔を見た瞬間に逃げ出した妖精も含めれば三匹だが、そんな妖精達は強い自我を持ち、高い知性を持っていた。
そうである以上、独自の文化を持っていてもおかしくはない。
……唯一の難点は、知性を持ち、独自の文化を持っているからとはいえ、悪戯を止めることはないといったところか。
時には命すら奪うことになりかねないような、そんな悪戯を。
ましてや、レイが見たところ妖精は相手が誰であっても、全く関係なく悪戯を仕掛ける。
それこそレイやエレーナといったここにいる相手だけではなく……ダスカーのような人物に対してもだ。
その上で、命を奪いかねない悪戯をするのだから、妖精というのがどれだけ扱いにくい存在なのかを想像するのは難しくない。
「とにかく、出来れば無事に終わって欲しいんだけどな。……その辺、どう思う?」
「あ? 見つかっちゃった」
レイが声を掛けた方向にいたのは、先程の妖精。
その妖精が戻ってきただけであれば、特に何も問題はなかっただろう。
……ただし、その手に何らかの植物の種を持っているのを見れば、それに警戒するなという方が無理だった。
「その種は何だ? 長に話を聞きに行ったんじゃなかったのか?」
「あはは。うん、勿論話を聞いて来たよ。これは……ちょっとしたお茶目かな」
「……で? その種は何だ?」
誤魔化そうとする妖精に対し、数秒前と全く同じ口調で尋ねるレイ。
妖精は何とか追求を逃れようとして……不意に、その種をどこへともなく放り投げる。
「あ」
予想外の行動の為だったのだろう。アーラの口からは思わずといった様子で驚きの声が漏れる。
「おい、一体何のつもりだ?」
「あははは。何の話をしてるのか、私には分からないな。それよりも、ほら。私が交渉してくるようにって言われたんだから、私を貴方達の長の場所まで連れて行って」
余程に追求されたくないのか、妖精はこれ以上先程の種に関しては何も言わせないようにしながら、そう言ってくる。
レイとしては、そこまでされると余計に先程の種について興味を抱くのだが。
(一体、何の種だったんだ? 見るからに焦ってるし、何かろくでもないものだったのは間違いないが)
ここで更に追求してやろうか。
そう思ったレイだったが、妖精はそれを制するように口を開く。
「そうそう、自己紹介がまだだったわね。私はニールセン。よろしくね」
見た目だけなら、まさに花開く笑みという表現が相応しい愛らしい笑みを浮かべ、妖精はそう告げるのだった。
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