第2426話

 レイ達が領主の館に到着すると……いや、近付いてくるのを門番が見た時点で、すぐにその到着が内部に知らされる。

 もしレイ達がやって来たら、最優先で……それこそ、何があっても自分達に知らせるようにと、そう前もって連絡されていたのだろう。

 当然の話だが、領主の館に向かっていたレイはそんな門番達の様子をしっかりと確認出来る。

 とはいえ、ダスカーがアナスタシアのことを心配しているのは知っていたので、そこまで驚くようなことでもなかったのだが。

 そうして門の前に到着すると、レイ達は門番達に止められるようなこともなく、すぐに領主の館の中に入るようにと言われたのだが……


「なぁ、この鹿はどうすればいいんだ?」


 門番達にしてみれば、馬なら普通に厩舎に連れて行けばいいし、セトならいつものように中庭に通せばいい。

 だが、相手が鹿となると……少なくても、二頭の鹿から生えている角は立派すぎて、馬の厩舎に入れることは大きさの問題から無理だった。

 であれば、どうするべきかを聞くのはその二頭に乗っているアナスタシアとファナに尋ねるのが一番だった。


「そうね。厩舎に入れるのが無理なら、セトと同じ中庭にでも連れていってちょうだい」


 セトと出会った当初であれば、二頭の鹿はセトと一緒に中庭に行くというのは絶対に拒絶しただろう。

 だが、セトと遭遇してからそれなりに時間が経過していることもあってか、今なら二頭の鹿もセトを必要以上に恐れなくなっている。

 ……勿論、それでも少しでもセトから離れたいと思っているのは間違いないし、中庭に連れていってもセトと二頭の鹿が仲良く遊ぶといったようなことは、まずなかったが。

 それでも、セトの存在に恐怖し……場合によってはセトから少しでも離れる為に逃げ出すといったような真似をしなくなったのは事実だ。

 また、この二頭の鹿はモンスターではなく、あくまでも普通の動物でしかないのだが、頭は非常にいい。

 アナスタシアやファナの言葉をしっかりと理解出来るので、そんな二人がセトと一緒に中庭に行くようにと言えば、大人しくその言葉には従う。


「頭、いいな……」


 モンスターではなく、ただの動物の二頭の鹿が素直にアナスタシア達の言うことを聞いたのを見て、門番の一人が呟く。

 これがモンスターであれば、それこそセトのように人間の言葉をしっかりと理解していてもおかしくはないのだが、二頭の鹿はただの動物だ。

 ……動物であるのは間違いないが、ケンタウロスのいた世界の動物をただの動物と認識してもいいのかどうかは、微妙なところだったのだろうが。

 ともあれ、こうして二頭の鹿の一件が解決すると、レイ達はすぐに領主の館の中に通される。

 仮面を被っているファナが若干怪しまれたが、レイがいるのなら特に問題ないだろうと判断されたらしい。

 今まで、レイはダスカーからの依頼を幾度となく受けている。

 そのおかげで、ダスカーやその部下達からもレイは信用出来る相手だと、そう認識されていることの証だった。

 そうしていつものようにメイドによってダスカーの執務室に案内されると……


「おお、無事で……」


 執務机にある書類の山に目を通していたダスカーは、部屋の中に入ってきたアナスタシアを見て、そう呟く。

 感極まった様子のダスカー。


(無理もないか)


 そんなダスカーを見ながら、レイはそう思う。

 アナスタシアは、ダスカーが王都で騎士をしていた頃に世話になった恩人だ。

 その恩人が、異世界で行方不明になったということは、かなりの衝撃だっただろう。

 だからこそ、信頼出来る冒険者のレイに捜索を頼んだのだ。

 しかし……それでも、エルジィンもそうだが世界は広い。

 そう簡単に見つかるとは思っておらず、レイはレイでドラゴニアスの本拠地を探す為の偵察隊として行動をしていた為に、かなり長期間向こうの世界に行きっぱなしだった。

 レイの実力は今までの経験から、これ以上ない程に信頼しているが、それでもこれだけ長期間戻ってこないとなると、もしかして自分は判断を誤ったのではないか。

 そんな思いがダスカーの頭をよぎらなかったかと言えば、それは嘘になるだろう。

 そのような状況でレイがアナスタシアとファナを連れて戻ってきたのだから、それで驚き、喜ぶなという方が無理だった。


「心配させたみたいね。けど、見ての通り無事よ。……レイがいないと、どうなっていたか分からないけど」


 向こうの世界で、アナスタシアとファナがレイに見つけられた時、ドラゴニアスに襲われている最中だった。

 もしレイがいなければ、もしかしたらドラゴニアスに喰い殺されていた可能性も否定出来ないし、何よりもドラゴニアスの女王や、七色の鱗のドラゴニアスを始めとした知性あるドラゴニアスを倒すようなことは出来なかっただろう。

 そういう意味で、レイがいないとどうなっていたか分からないというアナスタシアの言葉は決して間違っていない。

 ただし、もしレイが迎えに来なければもっと向こうの世界を見て回ることが出来たという思いがあったのも、否定出来ない事実だが。

 だが、アナスタシアがそんなことを考えていると知らないダスカーは、アナスタシアと一緒に入ってきた面々の中でも、レイに向かって嬉しげに口を開く。


「そうか。やはりレイに頼んで正解だったようだな。これは、報酬を弾む必要があるか」

「え? いえ、もう報酬は貰ってますから」


 ダスカーの言葉に、レイは戸惑ったようにそう告げる。

 アナスタシアを探す軍資金として、革袋一袋分の宝石を貰っているのだ。

 その宝石は多少は使ったが、大半はまだレイのミスティリングに収納されている。

 それこそ、あの革袋の宝石を売るだけで、一般家庭なら十年……場合によっては数十年、もしかしたら一生食うには困らないくらいの金額にはなる。

 そんな報酬を貰っているのだから、レイとしてはこれ以上の報酬を貰うつもりはなかった。


「構わん。アナスタシアはそれだけ重要な相手だったのだから。……まさか、自分から未知の世界に突っ込んでいくような真似をするとは思わなかったが」


 そう告げるダスカーに、アナスタシアはそっと視線を逸らす。

 アナスタシアも、自分がダスカーにどれだけ迷惑を掛けているのかは理解しているのだろう。

 もっとも、それを理解した上でも好奇心に突き動かされてしまうのがアナスタシアらしいのかもしれないが。


「ともあれ、レイが今回行った仕事はそれだけ大きな意味を持つ。アナスタシアがいれば、ウィスプの研究についても進む訳だしな。……また、異世界に突っ込んでいったりしなければ、の話だが」


 そう言うダスカーに、アナスタシアは再度視線を逸らす。

 そんな二人の様子を見ながら、レイは少し考える。

 報酬を一体何にすればいいのか、と。


(やっぱり、第一候補はマジックアイテムだよな。マジックテントとか、ダスカー様にはかなりいいマジックアイテムを貰ってるし)


 とはいえ、マジックアイテムがどれだけ高価なものかは知っている以上、レイとしても今回の一件だけでマジックテントのようなランクの物を欲しいとは言えない。


(そうなると、やっぱり槍系のマジックアイテムか? けど、黄昏の槍があれば普通の槍は使えないし。だとすれば、他に何か……)


 そうして考えていたレイだったが、不意に一つの存在を思いつく。

 それなりに高価で、レイもそう簡単に入手出来ないような、そんな代物。

 また、レイの切り札の一つ火災旋風を使う時に、より威力を増してくれる存在。


「火炎鉱石、貰えますか? 出来ればそれなりの量」


 そう、レイが思いついたのは火炎鉱石。

 火災旋風の中に火炎鉱石を入れると、その威力は凶悪なまでに高まる。

 ドラゴニアスの女王との戦いにおいて、戦利品として火の精霊の力が封じられたガラスを入手している。

 それを思い出し……そこから火炎攻撃を想像し、レイとしてはそれが欲しいと希望したのだ。

 火炎鉱石と聞いたダスカーは、少しだけ驚きの表情を浮かべる。

 大抵の品はレイに渡すつもりだったが、まさかここで火炎鉱石という名前が出て来るのは、ダスカーにとっても予想外だっただろう。

 また、火炎鉱石は魔法金属の一つで、かなり希少な品なのは間違いない。

 そう考え……やがて、ダスカーは頷いてから口開く。


「分かった。では、樽三つ……いや、五つでいいか?」


 火炎鉱石を欲しいという言葉にダスカーは驚いたが、今度はレイが驚く番だった。

 まさか、樽五つ分もの火炎鉱石を貰えるとは、思わなかったからだ。


「それは……いや、嬉しいですけど、そんなにいいんですか?」


 以前、ハーピーの討伐依頼を受けて他の冒険者と一緒に戦った時、偶然からレイは火炎鉱石を生み出すことに成功した。

 だが、その時に聞いた話から考えると、そこまで多くの火炎鉱石を自分が貰えるとは到底思えなかった。

 そんなレイの疑問に対し、ダスカーは笑みを浮かべて頷く。


「構わん。実は、レイがいない間に冒険者が火炎鉱石の鉱脈を発見してな。それを買い取ったから、火炎鉱石にはそれなりに余裕がある」

「そんなことが? ……いえまぁ、ギルムの立地を考えれば、そんなことになってもおかしくはないと思いますけど」


 ギルムが存在するのは、ミレアーナ王国唯一の辺境だ。

 そして辺境という場所では、それこそ何が起きても不思議ではない。

 そういう意味で、ギルムというのは非常に大きな可能性を持っていると言ってもいい。


(当然だけど、俺が向こうの世界に行ってる間も……いや、増築工事の手伝いをしている間にも、他の冒険者は活動していたんだ。火炎鉱石を見つける程度はそこまで驚くべきことじゃないか。それに、そのおかげで俺は火炎鉱石を五樽も貰えるんだし)


 レイにしてみれば、火炎鉱石の鉱脈を見つけ……それを独り占めするでもなく、ダスカーに売ったというのは、非常にありがたい話だった。


「そうだな。俺も今までギルムの領主としてやってきたが、この土地は時に思いもよらない物を与えてくれる。……とはいえ、その思いもよらない物というのが全て俺達にとって利益のある物とは限らないがな」


 ダスカーの言葉に、レイは納得する、

 レイがこの世界にやって来てギルムで活動するようになってから、今まで様々なトラブルに巻き込まれてきた。

 それを考えれば、ダスカーが何を言いたいのかはすぐに理解出来た。


「そうですね。……ああ、そのことに関してですが、トレントの森でまた新しい贈り物があったようですよ」

「……贈り物?」


 贈り物という言葉に、ダスカーは微妙な表情を浮かべる。

 そんなダスカーの様子を見て、妖精のことは知らないのだろうとレイは納得する。

 実際、トレントの森で会った樵や冒険者達も、自分達の身に起きているのが何か妙だということは理解していたが、それが妖精による悪戯だとは思っていなかった。

 レイ達がそのことに気がつけたのは、単純に妖精を自分の目で見た為だ。


「以前、ベスティア帝国で闘技大会があった時、セレムース平原で俺とテオレーム、エルクの三人が遭遇した妖精のことは覚えていますか?」

「それは覚えているが……待て、ここでそんな話を出すということは……」


 レイが最後まで言わずとも、何を言いたいのか理解したのだろう。

 ダスカーは驚きの表情で口を開く。


「トレントの森に……妖精が?」

「はい。ウィスプのいる地下空間から出たところで、偶然遭遇しました。とはいえ、群れで見つけた訳ではなく、あくまでも一匹だけでしたが」


 妖精の数え方は未だに分からないレイは、取りあえず匹と表現する。

 そんなレイの様子に、ダスカーは特に何かを言う様子はない。

 それだけ、トレントの森に妖精が現れたというのは大きな衝撃をダスカーに与えたのだろう。


「最近、トレントの森にいる者達の間で、つまらない失敗が起きているという話を聞いていたが……」

「多分、妖精の仕業でしょうね。トレントの森から出る途中で、冒険者や樵と遭遇した時に話を聞いた感じだと、そのように思えました」


 長剣の鞘の中身が入れ替わる……などといったようなことは、冒険者としては考えられない。

 絶対に有り得ないかと言われれば、そのようなことになる可能性は決して否定は出来なかったものの、それでも普通に考えた場合は有り得ないのだ。


「そうか。……レイが見たのは一匹だけだったという話だったが、具体的にどれくらいいると思う?」

「そう言われても、俺も妖精なんてセレムース平原以降二度目ですよ? 別に妖精に詳しい訳じゃないんですが……」

「それでもだ。あくまでも直感でいい。どれくらいの妖精がいると思う?」


 そう尋ねてくるダスカーに向かい、レイは少し考えて口を開く。


「何の証拠もある訳じゃない、本当に俺の直感ですが……かなりの数がいると思います」


 そう、告げるのだった。

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