第2418話

 集落で周囲の見張りをしていた者達は、近付いてきた集団を見て、最初は敵ではないかと、そう思ってしまった。

 ドラゴニアスによって受けた被害を思えば、そんな風に用心深くなるのも当然だろう。

 ましてや、現在この集落には最強の戦士たるザイの姿はない。

 そうである以上、もしドラゴニアスに襲撃されるようなことがあれば、この集落に残った戦士達で守り抜く必要がある。

 だからこそ、何があってもいいように、すぐ対処出来るように準備をしていたのだ。


「何かが近付いてくるぞ!」


 これが昼なら、もっと相手のことを判別しやすかっただろう。

 だが、夕陽も既に沈み掛けている現状では、誰かが近付いてくるというのは理解出来ても、それが一体どのような存在なのか……ということまでは分からない。

 それでもドラゴニアスではないかと、そう判断したのは、監視を任されているケンタウロスとしては、当然のことだったのだろう。


「何? 敵か!?」

「分からない。ただ、何があってもいいように、すぐ反撃出来る準備を整えておいてくれ。でないと、いざって時に対処出来ないだろ」

「分かった、すぐ他の連中を集める」

「頼む」


 短く仲間に告げ、いつ敵が襲ってきてもいいように準備を整える。

 だが……そうやって手にした槍を握り締め、いつ敵が襲ってきてもいいように準備をしながら待機を続け……やがて、見張りの目は大きく見開かれた。

 何故なら、ある程度の距離まで近付いたことによって、ようやく集落に近付いてきている者達が誰なのかを理解した為だ。


「ザイ……」


 見張りの男が、そう小さく呟く。

 そして、自分の呟いた声に我に返り、慌てて視線の先にいる相手……この集落に近付いてくる相手に視線を向ける。

 もしかしたら、何かの見間違いではないのか。

 そう思っての行動だったが、視線の先にいる相手は間違いなくザイだ。

 そしてザイ以外にも何人かいるのが気に掛かるのだが、ともあれザイが無事に戻ってきたことは間違いなく、それを喜ぶなという方が無理だった。


「ザイだ! ザイが戻ってきたぞ! 偵察隊を作って出て行ったザイが戻ってきたぞ!」


 そう、叫ぶ。

 最初こそ、集落の中ではドラゴニアスが何かが襲ってきたのではないかと、戦いの準備をしていた者が多かったのだが、そんな見張りの声に一瞬何を叫んでいるのか理解出来ず……だが、すぐのその言葉の意味を理解する。


「本当か!?」


 武器を手に戦闘の準備をしていた何人ものケンタウロスが……いや、戦士だけではなく非戦闘員のケンタウロス達もまた、急いで集落の外側に集まってくる。

 それだけを見ても、この集落でザイがどれだけ慕われているのかを示している。


「ザイだって!? おい、見間違いとかじゃないだろうな!」

「ああ、見ろ。ほら!」


 最初に集落の外に出て来たケンタウロスがザイの名前を口にした相手に尋ねると、見張りはそう言って草原の向こう側……まだかなり遠いが、それでも草原で生きている者なら見分けることが出来る距離にいるザイを指さす。

 その指さした方向にいるのが本当にザイであると知り……多くの者が歓声を上げた。

 何人もが、そんな様子を見せる。

 当然だが、そんな集落の様子はそっちに向かっているレイ達にも聞こえてきた。


「これは、また。随分と歓迎されてるわね。今までの中だと一番じゃない?」


 鹿の背に乗っているアナスタシアが、若干の驚きと共にとそう呟くが……少し離れた場所にいるセトの背に乗っているレイは、呆れと共に口を開く。


「これまでの中で一番ってのなら、それこそアナスタシアを歓迎していた集落がそうだったんじゃないか?」

「それは……」


 レイの言葉は決して大袈裟なものではない。

 実際に以前アナスタシアが助けたという集落で、レイ達が受けた歓迎は凄まじいものがあった。

 ……実際には、レイ達ではなくアナスタシアとファナだけを歓迎していたのだろうが。


「あれは、色々と別でしょ。別よ、別」


 そう告げるアナスタシアの頬は赤く染まっており、明らかに照れているのが見ている者には理解出来る。

 アナスタシアであっても、やはり大袈裟な程に騒いで歓迎されたことは恥ずかしかったのだろう。

 勿論、それに不満を持っているという訳ではない。

 恥ずかしいことは恥ずかしかったのだが、それが不愉快といった訳ではなかったのだから。


「ふふっ、確かにあの時は面白かったわね。……私達は放っておかれたけど」

「一応、俺達も歓迎して貰っただろ? もっとも、そこそこの歓迎といった程度だったけど」


 ヴィヘラのどこかからかうような言葉に、レイはそう告げる。

 実際、レイ達はヴィヘラが言うように放っておかれたという訳ではない。

 食事とかもしっかりと用意してもらったし、感謝の言葉も口にされた。

 ……ただ、それ以上にその集落にいたケンタウロス達がアナスタシアとファナに対して好意的だったのだ。


「う……」


 レイとヴィヘラの言葉に、まざまざと以前のことを思い出したのだろう。

 アナスタシアと……そして半ば巻き込まれたといった感じのファナが、照れ臭そうにする。

 とはいえ、ファナは仮面を被っているので照れ臭そうにしているとはいえ、それはあくまでも雰囲気でそのように分かるといっただけなのだが。

 そんなやり取りをしている間にも、当然のように一行は進み続け……やがて、レイ達はザイの集落に到着する。


「ザイ! 戻ってきたってことは……ドラゴニアスの件は!?」


 そんなザイに真っ先に声を掛けた相手は、レイにも見覚えがあった。

 レイとセトが最初にこの世界にやって来てザイと遭遇した時に、ザイと一緒にいたケンタウロスの一人だ。

 元々がザイの友人だっただけに、偵察隊として出発したザイのことを心配していたのだろう。

 ザイも昔からの友達に心配されて、嬉しくない筈がない。

 笑みを浮かべて頷き、口を開く。


「ああ。ドラゴニアスの本拠地に行って、女王を殺した。……もっとも、女王を殺したのはレイで、俺達は女王と戦う機会はなかったけどな」


 その言葉に、ザイを出迎える為にやって来ていた多くの者がレイに視線を向ける。

 とはいえ、その視線には疑惑の色はない。

 この集落のケンタウロス達は、レイの実力をこれ以上ない程に理解していた。

 何しろ、この集落が大量のドラゴニアスに襲撃された時、レイは……正確にはレイとセトは、そんなドラゴニアス達を蹂躙したのだ。

 ケンタウロスが複数いて、ようやくドラゴニアス一匹と戦えることが出来るというのに、レイとセトはそんなドラゴニアスの群れを一掃した。

 それを考えれば、ザイの口から出た言葉が決して嘘ではないというのは、理解出来た。……いや、出来てしまったというべきか。


「それは事実だけど、ザイもこの旅……と言っていいのかどうかは分からないが、ともかく今回の一件でかなり実力が上がったのは間違いないぞ。それこそ、一人でドラゴニアス二匹を相手に出来るくらいには」

「嘘だろ!?」


 レイの言葉に、ザイの友人の口からそんな言葉が出る。

 それは、ザイの強さを知っていても、信じられない話だった。

 当然の話だが、一対一で戦うとのと一対二で戦うというのは、大きく違う。

 ましてや、相手はケンタウロスよりも強いドラゴニアスだ。

 ある意味では、天敵とすら評されてもおかしくはない相手だ。

 だからこそ、レイの言葉を素直に信じることは出来なかったし、周辺にいる他のケンタウロス達も、ザイの実力は知っていながらも、素直に信じることは出来なかった。

 だが、レイはそんな戸惑いを全く気にした様子もなく、首を横に振る。


「事実だ」


 そこまで自信満々に口にしたことから、話を聞いていたケンタウロス達も、もしかしたら本当なのでは? と思う。

 ……実際にザイが二匹のドラゴニアスを相手に出来るのは事実である以上、レイは全く動揺した様子もなく、そう告げていたが。


「とにかく、詳しい話は長に話してからだ。ここで話していて、長への報告が遅くなるのは不味い」

「それは……まぁ、そうだな」


 ザイの口から出たのはもっともな言葉だったので、ケンタウロス達も頷き……そして、ザイの一件とは別に、聞きたかったがタイミングがなくて聞けなかったことを口に出す。


「それはいいけど。そっちの鹿に乗ってる二人は一体何だ? レイ達みたいに二本足みたいだが」


 その言葉で、まだアナスタシアやファナの存在に気が付いていなかった他の者達も、その二人の存在に気が付く。


「アナスタシアとファナ。俺が捜していた二人だ。偵察隊として行動している時に、偶然出会うことが出来た」

「へぇ……」


 レイの言葉に、ケンタウロス達の視線がアナスタシアとファナに向けられる。

 そんな視線を向けられた二人のうち、アナスタシアは特に気にした様子もない。

 だが、ファナは鹿と共にそっとアナスタシアの後ろに隠れる。

 ファナはアナスタシアと違って、決して人前に出るのを得意としている訳ではない。

 だかからこそ、いきなり多くの者に視線を向けられて、驚いてしまったのだろう。

 ……これが、知り合いが相手であれば、また話は違っていただろうが。


「ともあれ、ザイにはその辺りの報告もして貰うつもりだ」


 元々がこの二人を捜すための情報を報酬としての、偵察隊参加だったのだから。

 もっとも、レイは別に追加報酬を何か要求するといったつもりはない。

 女王との戦いで何の収穫もなければ、そのようなこともしたかもしれないが……幸いなことに、レイは地形操作のレベルアップという、これ以上ない成果を得ている。

 そうである以上、今のこの状況で更に報酬を要求するつもりはなかった。

 ……もっとも、この集落に伝わるマジックアイテムの類があれば、それを欲することもあったかもしれないが。


「任せろ。……じゃあ、取りあえずここは任せた。ああ、それとそっちの四人は休ませて、食事と飲み物を渡してやってくれ」


 そう言い、ザイは集落の中に入っていく。


「え? ちょっ、あれは……」


 ザイを出迎えたケンタウロス達としては、アナスタシアとファナの存在もそうだが、精霊の卵についても聞きたかったのだろう。

 木で作った神輿の上に鎮座している、精霊の卵。

 その精霊の卵は、精霊魔法使いではなくても、見ているだけで何らかのプレッシャーを感じるかのような、そんな迫力を持つ。

 実際にそれだけの代物なのだから、見ている方にしてみればそのようなプレッシャーを受けるのは当然なのだろうが。

 下手に精霊の力を知ることが出来る者がいれば、精霊の卵の存在にパニックになっていてもおかしくはない。


「取りあえず、これは精霊の卵と俺達は呼んでいる。どうやら、ドラゴニアスの女王はこれを探していたみたいでな。そのままにしておくのも何だから、結局持ってくることになった」


 レイの口から出たのは適当な説明だったが、それでもケンタウロス達は、これが危ない代物だというのは理解したのだろう。

 ドラゴニアスの女王が狙っていたというのだから、それに危険を感じるなという方が無理だった。


「そ、それで……その精霊の卵とやらをここに持ってきて、それでどうするんだ?」

「この集落で……というか、ザイに守って貰う」


 あっさりとそう答えるレイの言葉に、やっぱりといった様子を見せるケンタウロス達。

 ドラゴニアスに苦しめられた者達にしてみれば、ドラゴニアスの女王が狙っていった精霊の卵など、出来れば持っていたくないというのが、正直なところだろう。


「ちょっと待て! 待ってくれ! 何で俺達がそんなのを守るんだよ!」

「単純に、偵察隊の中でザイが一番強かったからだな」

「強いってことなら、レイの方が強いだろ!? なら、そんな危険物はレイ達が持っていってくれよ!」


 そう叫ぶケンタウロスの意見には、他の者達も同意する。

 このような物を持っていた場合、またドラゴニアスのような存在が襲撃して来かねないと、そう思っているのだろう。

 実際に精霊の卵が持っている力を考えれば、そのようなことを考える者が出て来る可能性は決して皆無という訳ではない。


(いっそ、報酬代わりにこの精霊の卵を守って貰うって約束を取り付けた方がいいかもな)


 ふと思いついたレイだったが、その考えは決して間違っているようには思えない。

 寧ろ、現在の状況においては最善ですらないのかと、そのように思ってしまう。

 ……問題なのは、ザイ達がそれを引き受けるかどうかといったことだろう。

 レイ達にしてみれば、精霊の卵を守るだけの能力を持っているのは、ザイ達くらいしかいない。

 だが、それをザイ達が喜んでやるかどうかというのは、また別の話なのだから。

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