第2417話
アスデナとの戦いが終わって、数日……幸いと言うべきか、アスデナの骨折もそこまで酷いものではなく、走る速度そのものはかなり落ちるが、普通に走ることも可能だった。
そうして、途中で幾つかの集落に寄りながら……レイはアスデナの集落に到着する。
「すまないな。色々と世話になった」
「そうか? まぁ、そう言って貰えるとこっちとしても助かるよ」
レイとアスデナは短く言葉を交わし、アスデナ以外の他の面々とも同様に短く言葉を交わす。
そうして言葉が終わると、最後に長から感謝の言葉をされ……宴でもやろうかという話をザイが断り、そのまま旅立つ。
ただし、アスデナの集落からは新たに四人が精霊の卵の乗った神輿を運ぶ者として派遣されることになったが。
何しろ、ザイの集落からやってきたのは、ザイだけだ。
それ以外の面子となると、レイ、ヴィヘラ、アナスタシア、ファナ、セト、それと二頭の鹿だけとなる。
そうなると、精霊の卵を運ぶ人数が足りなくなる。
……いや、頑張れば残っていた面々でどうにか出来た可能性もあったのだが、そこで無理をする必要はないだろうとアスデナが判断し、集落の長に頼んで人を派遣して貰ったのだ。
偵察隊に参加した面々の中から、何人かが自分達がやると言ったのだが、ドラゴニアスの本拠地を潰すという大仕事を終えたばかりである以上、長としては休ませてやりたいと思うのは当然だった。
それ以外にも、今回の一件で色々な事情を聞きたいという思いもあったのは間違いないだろうが。
そんな訳で、アスデナの集落から神輿を運ぶ人員を用意して貰ったのだ。
「大分人数が減ったな」
「……そうだな。正直なところ、今のこの状況はかなり寂しい」
レイの呟きが聞こえたのか、ザイはしみじみとした様子で言葉を返す。
偵察隊に参加した者達は、出身の集落の違う者が多数いた。
それどころか、話してはいないがレイ達にいたってはエルジィンという異世界からやって来た者達だ。
そんな者達の集まりだった偵察隊だったが、同じ釜の飯を食べ、ドラゴニアスとの戦いで戦場を共にし続ければ、当然のように連帯感が生まれる。
実際には、ヴィヘラというドラゴニアスよりも強敵との戦いで、余計に連帯感を増したのかもしれないが。
自分一人では絶対に勝てない強敵……そのような相手と戦うというのは、否が応でも連帯感を強めることになるのだろう。
ヴィヘラがそのことに気が付いていたのかどうかは、レイにも分からなかったが。
(いや、ヴィヘラのことだ。多分、全て分かった上で、ケンタウロス達を生き残らせる為に……うーん、その可能性は十分にあるけど、それ以上に自分が楽しむ為にそんな真似をしたといった方が納得出来るな)
ケンタウロス達を生き残らせるという目的もあったのだろうが、それと同等に……あるいは、それ以上に模擬戦をやるケンタウロスが連携した方が自分にとって楽しいから、という風にヴィヘラが考えた可能性は、十分以上にある。
「出来れば今日中に到着したいところだな」
走っているザイが呟く、
アスデナの集落は、ザイの集落からそう離れていない。
……何しろ、以前セトに乗って空を飛んでいたレイは、ザイの集落とアスデナの集落を間違ったくらいなのだから。
もっとも、それはレイやセトが微妙に方向音痴気味だから、というのもあるが。
ただし、レイとしては方向音痴のせいだけではないと主張する。
何しろ、ここはどこまでも……それこそ、永遠に続いているのではないかと思える程に広大な草原だ。
中には林や森、丘、岩といったような目印になるようなものもあるが、そのような目印がなければ、慣れていない者にしてみれば、目的の場所に到着するのは難しい。
「そうだな。俺も出来ればそっちがいい。食料とかの余裕はあるけど、料理をするのがな。……食材を料理するんじゃなくて、料理しているのをそのまま出せばいいだけかもしれないが」
そう、残っているのが一つで、その集落からはザイしか来ていないということは、料理を担当する非戦闘員達も当然のようにもう自分の集落に戻っている。
そういう意味で、野営の準備に関しては自分達でやる必要があった。
レイとヴィヘラが使っているマジックテントは、その辺を特に気にしなくてもよかったが。
「で、どのくらいで到着予定だ?」
「分からない。多分大丈夫だとは思うが、集落が移動している可能性もあるし」
ザイの口から出た言葉に、レイはその可能性はないのでは? と思う。
何しろ、ザイ達を送り出したのだ。
そうである以上、戻ってくるまでは同じ場所で待っていてもおかしくはない。
実際、女王を倒してからここまで、どの集落も移動しているといったことはなかったのだから。
「どうだろうな。何もなければ待っていてくれると思うが、何かあったら移動する可能性は否定出来ない」
「それはそれで困るんだが」
草原を走りながら、レイはザイの言葉にそう返す。
エルジィンと接続されている場所は、ザイの集落からそこまで離れていない場所にある。
つまり、ザイの集落が目印代わりなのだ。
だからこそ、もしザイの集落が移動しているとなると、厄介なことになりかねない。
(まぁ、ヴィヘラとアナスタシアとファナがいるし、何とかなるような気はするけど)
若干無理矢理自分にそう言い聞かせるレイ。
グリムのことだから、レイが迷っていると向こうから何らかのリアクションをしてくれるという可能性もあったが、それでもやはりいざという時のことを考えると、ヴィヘラ達がいるのは嬉しい。
「レイ」
エルジィンに帰る時のことを考えていたレイだったが、不意にセトの隣まで近付いてきたザイが、そう声を掛ける。
一体何だ? といった視線を向けるレイだったが、ザイが走りながらも真剣な表情を浮かべているのを見て、ただの暇潰しか何かで声を掛けてきた訳ではないと理解してしまう。
「どうした?」
「お前のおかげで……そしてヴィヘラやセトといった連中のおかげで、ドラゴニアスを倒すことが出来た」
何を言うのかと思っていると、ザイの口から出た言葉はレイにとっては思いも寄らない言葉だった。
とはいえ、真剣なザイの表情を見る限りでは、それを茶化すような真似が出来る筈もない。
「俺達にとっても利益はあったんだ。そういう意味では、お互い様だろ」
最初はアナスタシア達を捜す手伝いや、その情報を入手するというのが目的だった。
だが、結果として今回の一件はレイにとって大きな利益を与えてくれたのだ。
地形操作のレベル五到達や、七色の鱗のドラゴニアスを始めとして、他にも多くの知性あるドラゴニアスや、飢えに支配された普通のドラゴニアスの死体の数々。
唯一残念だったのは、女王の死体を手に入れることが出来なかったということだろう。
そうしなければ勝てなかったとはいえ、女王の身体は炎帝の紅鎧を発動したレイによって、灰まで焼かれてしまったのだから。
七色の鱗のドラゴニアスを始めとした死体は、マジックアイテムの素材として期待は出来る。
そうである以上、当然のように女王の死体も残っていれば、何らかのマジックアイテムの素材として……それも、相当貴重な素材として使えた筈だった。
とはいえ、終わったことをこれ以上考えても意味がないのは事実。
女王の死体を入手出来なかったのは惜しかったが、総合的な収支で見れば圧倒的なまでに黒字というのが、レイの考えだった。
料理やら何やらを結構な数持ち出しており、ミスティリングの中に収納されている料理は、かなり減っているので、ギルムに戻ったらまたその辺を補充する手間があるのは事実だったが。
(まぁ、その辺は手間ではあっても嫌じゃないんだが)
元々、レイは食べるという行為が好きだ。
美味い料理を食べる為なら、高ランクモンスターの討伐であっても、嬉々として向かうだろう。
そんなレイだけに、店や屋台といった場所を食べ歩き、そして美味いと思えばその料理を買えるだけ――材料的な問題で――購入する。
そんな無茶な買い物が出来るのも、レイが使い切れない程の金を持っている為だ。
依頼の報酬や、盗賊狩り、それ以外にも様々な理由で入手した金は、普通の人間が一生……どころか、数回生まれ変わっても遊んで暮らせるだけの額となっている。
それこそ、本来なら貴族や大商人といった者達しか出来ないような、マジックアイテムの収集を趣味としても全く問題ないくらいの額が。
「そう言ってくれると助かる。……レイ達が今この時にこの草原に来てくれたのは、風の導きだな」
「……風の導き?」
聞いたことのない言葉に、レイはザイに向けて不思議そうな視線を向ける。
しかし、レイの視線を向けられたザイは、少し驚いた様子で目を見開く。
「何だ、知らなかったのか? 草原に吹く風は全てを知り、導く。レイ達が来てくれたのも、そんな草原の導きがあってこそだろう」
「……なるほど」
一種の宗教みたいなものか? と思いつつ、内心の感情を隠してそれだけを返す。
レイにとって、宗教というのは決していいイメージを持っていない。
元々日本にいる時から宗教には興味がなく、クリスマスや初詣といったようなことを楽しむ、典型的な日本人だった。
もっとも、ニュース等では新興宗教が事件を起こしたといったようなことが時々あったので、そういう意味では宗教にはどちらかと言えば軽い忌避感を抱いてすらいたのだ。
そんな状況で、決定的なまでに宗教を嫌うようになった理由は、やはりこの世界で聖光教に触れたから、というのが大きいだろう。
(とはいえ……ケンタウロス達のは、宗教らしい宗教じゃないから、まだ受け入れやすいけど)
原始的な宗教とでも呼ぶべきものだからか、レイはそこまで忌避感を抱かない。
「風が……か。まぁ、実際草原に吹く風ってのは何か特別な意味がありそうだよな」
それはこの草原を走っている今、改めてレイが感じていることだ。
ザイから風について聞かされたから、改めてそんな風に思った……というのも否定出来ないが。
「風、ね。……私もレイの意見には賛成するわね」
レイの後ろにいたヴィヘラが、そう告げる。
レイが風除けになっている以上、今のヴィヘラにとっては、そこまで風について思うところはないかもしれないが……それでも、レイと一緒にセトに乗っているからか、感じている風を特別なものと、そう思ってしまうのだろう。
「そうか。お前達にも風の偉大さが分かるか。……だからこそ、この風もレイ達を俺達の場所に案内してくれたのだろうな」
「そういうものか?」
風が案内をしているといったことに若干の疑問を持つレイだったが、日本とは違ってこの世界には精霊という存在が普通にいる。
……いや、もしかしたら実は日本とかにも精霊といったものはいたのかもしれないが、レイが知っている限りでは、そのような存在はフィクションにしか存在していなかった。
だが、この世界にもエルジィンにも、精霊は普通に存在している。
その最大の証拠が、マリーナやアナスタシア、ドラゴニアスの女王の使う精霊魔法であったり、精霊の力が凝縮された精霊の卵だろう。
「そういうものだ。風はどこにでも存在し、全てを知る。その風がレイ達を俺達に引き合わせてくれたのだから、草原の風には感謝したい」
「そうか。なら、十分に感謝してくれ。そうすれば、風も喜ぶだろ」
レイにしてみれば、風に感謝をと言われてもあまり実感がない。
それでも、別に自分に信仰を強要してくる訳でもないし、迷惑をかけたりといったようなことはしないのだから、特に問題はないという認識だった。
……これで、レイにも風に感謝して崇め、奉れと言われれば、それに対しては即座に否と答えたのだろうが。
「マリーナが聞いたら、どう思うかしら?」
ヴィヘラがレイにだけ聞こえるように、小さく呟く。
実際、それはレイにとっても興味深いことだったのは間違いない。
何故なら、マリーナ程の精霊魔法の使い手が操る風の精霊魔法ともなれば、その実力は確実に想像以上の代物だったためだ。
(そういう意味では、アナスタシアの精霊魔法でもある程度風の精霊に干渉したり出来ると思うんだけど……その辺はどうなんだろうな?)
レイはそんな疑問を抱きつつ、未だにセトに慣れない様子で少し離れた場所を走る二頭の鹿のうち、アナスタシアを乗せている鹿に視線を向ける。
レイの視線に気が付いたのか、アナスタシアはどうしたの? と視線を向けてくるが、レイはそれに何でもないと首を横に振る。
そんなやり取りをしながら草原を走り続け……やがて、レイ達の視線の先には見覚えのある集落が見えてくるのだった。
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