第2415話

 女王を倒し、偵察隊に協力してくれた集落を回って派遣された戦士達を帰すといった日々をすごし……途中ではドラゴニアスの集団に襲われている集落や、野営の準備をしようとした時にドラゴニアスが襲い掛かってくるといったこともあった。

 野営の準備が完了すれば、レイの地形操作によって生まれた土壁により防御は固められるのだが、野営の準備を始めたばかりの時に襲撃されれば、防御を固められる筈もない。

 ……もっとも、防御を固めていないからといって、レイ達が弱いかと言われればそんな筈もない。

 レイ、ヴィヘラ、セトは言うに及ばず、ザイを始めとしたケンタウロス達も精鋭と呼ぶに十分な実力を持っている。

 そんな訳で、飢えから襲い掛かって来たドラゴニアス達は、レイにその死体を素材として収納されるという結末を迎えることになった。

 他にも移動中に偶然ドラゴニアスの集団と接触するようなこともあったが、こちらの場合は野営の準備とは違って非常に分かりやすい。

 野営地の時は、非戦闘員達を守る必要もあったので手間取った一面もあったのだが、移動中であれば非戦闘員はその場に残すか、少し離れた場所に待機していて貰えば、それでいいのだから。

 結果として、そのような時もレイのミスティリングに収納するドラゴニアスの死体が増えるだけだった。

 そんな訳で、偵察隊の人数も大分少なくなってきた頃……ドルフィナの集落に到着する。


「出来れば、レイ達と一緒に行きたかったんだけどね。レイの持つ魔法の知識は非常に魅力的だし」


 ドルフィナはそう言いながら、残念そうな様子を見せる。

 レイもドルフィナとの会話は魔法について刺激になるのは間違いないので、その意見には賛成だった。

 とはいえ、ドルフィナの集落は以前もそうだったが、かなり閉鎖的な場所だ。

 それだけに、もしレイがこの集落に少し留まるようなことをした場合、間違いなく騒動が起きるだろう。


(閉鎖的な理由は、この集落の長……ドルフィナの父親の問題である以上、もしドルフィナが長になれば、そういうのはなくなる……か?)


 そう思わないでもなかったが、一度染みついた閉鎖性が、すぐにどうにかなるとは限らない。

 であれば、長い目で見る必要がある以上、今すぐにその閉鎖性をどうにかするというのは難しいだろう。


「そう言ってくれると、俺も嬉しいよ。ただ、まぁ……今回の件では色々と忙しいだろ? ドラゴニアスの件がどうにかなったとはいえ、それだけですぐに騒ぎが全てどうにかなる訳じゃないし」


 レイにしてみれば、今回の一件は色々と思うところがあるのは事実だ。

 だが、今は少しでも早くアナスタシアをエルジィンに連れていく必要があった。

 その件が終わった後でなら、レイもこちらに戻ってきて色々とやってもいい。

 ……とはいえ、一度エルジィンに戻ってきた後にまたこの世界にやって来ることが出来るかどうかというのは、また別の話なのだが。


「じゃあ、これで」


 そう告げ、ドルフィナは他の者達を引き連れて集落に戻っていく。

 レイとザイ、それ以外にも多くの者達がそれを見送る。

 もっとも、多くの者達といってもドラゴニアスの女王がいた地下空間を出発した頃になると、その数はもう半分以下……いや、三分の一程度まで減っていたが。


「さて、次はどこの集落だ? ……何だか、だんだんとこういうのにも慣れてきたな」


 アスデナのその言葉に、何人かのケンタウロス達が頷く。

 偵察隊を結成した時には、集落に寄る度に人数が増えていった。

 だが、その偵察隊は当然の話だが、ドラゴニアスの女王を倒すまでだ。

 それが終わった以上、偵察隊が解散するのは当然であり……結成した時とは逆に、集落に寄る度に人数が減っていく。

 最初こそは、何人もがそのようなことに慣れない……若干の寂しさを感じていたのだろうが、それも何日も続けて、当然のように慣れる。


「アスデナの集落も、そう遠くないんだ。そういうのに慣れておくのも、悪い話じゃないんじゃないか?」

「……そうだな」


 レイの言葉に、アスデナは微妙な様子を見せつつも頷きを返す。

 そんなアスデナの様子に、レイも幾らか思うところがあったようだったが、それ以上深く聞く様子はない。

 なかったのだが……問題は、その日の夕方、野営の準備を終えてそろそろ夕食の準備でもするかという時に、起きた。


「レイ、俺と戦ってくれないか?」

「……は?」


 突然のアスデナからの要望に、レイは最初自分が何か聞き間違いでもしたのかと、そんな風にすら思ってしまう。

 しかし、アスデナの様子を見る限りでは本気で言ってるのは間違いなかった。

 間の抜けた声を上げたレイだったが、周囲にいる他の者達も声にこそ出していないが、アスデナが一体何を言っている? といった疑問を抱いているのは間違いない。

 レイとアスデナも、これまで何度か模擬戦は行っている。

 実際に模擬戦を行うのはヴィヘラが大半だったが、レイもそれに参加することは多いのだ。

 ……そういう意味では、レイは今までアスデナとの模擬戦をそれなりの回数こなしている。

 その模擬戦においては、当然の話だがレイが全戦全勝の結果だ。

 そうである以上、改めて模擬戦を行ってもアスデナがレイに勝てる可能性は……皆無という訳ではないが、限りなくゼロに近いのは間違いない。


「模擬戦か? なら……」


 それでもレイはアスデナが模擬戦をやるというのなら、それに付き合ってもいいと思って早速やるかと、そう言おうとしたのだが、アスデナがその言葉を遮る。


「違う。模擬戦じゃなくて、本気の戦いだ」

「……はぁ?」


 再びレイの口から出る間の抜けた声。

 当然の話だが、本気の戦いということは模擬戦のように手加減をするといったようなことをする訳ではない。

 下手をすれば、死ぬ可能性すらある。

 なのに、何故アスデナがそんなことを言い出したのか、レイには全く分からなかった。


「本気か?」

「本気だ」


 念の為に尋ねるも、アスデナの口からは即座にそう返される。

 とてもではないが、冗談を言ってるようには見えない。


(本気なのか)


 レイにもそれは分かったが、そうなると次は何故アスデナが自分と戦う……それも模擬戦ではなく本気で戦おうとしているのかが分からない。

 今の状況でそのようなことをする必要があるかと言われれば、レイは即座に首を振るだろう。

 もしくは、レイがアスデナに何らかの恨みを買っているといったようなことでもあれば、話は別だが……レイにその覚えはない。

 もっとも、レイの性格を考えると、知らないうちに恨みを買っているという可能性は否定出来ないのだが。

 ともあれ、そこまでアスデナがやる気になっているのなら……と、レイはザイに視線を向ける。

 ザイはこの偵察隊を率いている人物である以上、模擬戦ならともかく本気で戦うのなら許可を貰う必要があった。

 だが、ザイとしてもアスデナの提案……いや、要望に素直に頷く訳にはいかない。

 ドラゴニアスとの戦いで、大きな怪我もなく生き残ったのだ。

 そうである以上、レイと戦って怪我をさせるなどという真似をさせずに集落に帰してやりたいと思うのは、偵察隊を率いる者としては当然だろう。


「本気なのか?」


 レイが尋ねたのと全く同じ言葉を口にするザイ。

 当然のように、アスデナの口から返ってくる言葉も、レイに向けられたものと同じだた。


「本気だ」

「……分かった。なら、戦いを認める。だが、可能な限り相手を殺さないように注意してくれ」


 アスデナの様子を見て、これ以上は止められないと判断したのだろう。ザイはそう告げる。

 相手を殺さないようにと言ったのは、せめてもの抵抗か。

 そしてザイが認めた以上、他の者達がそれに異を唱えることはない。

 いや、ヴィヘラならそれを止めるような真似も出来ただろう。

 だが、ヴィヘラは元々戦いを好む女だ。

 それは、例え自分が闘うのではでなく、他の者が戦うのであっても、それを見るのを好む。

 何より戦うのがレイである以上、ヴィヘラに止めるつもりは全くない。


(とはいえ、アスデナが何を考えてレイに戦いを挑んだのかは分からないけど、実力差がありすぎるのが問題よね)


 一方的な蹂躙を見るのも嫌いではないが、やはりしっかりとした戦いになってこそ、見ている方も楽しめるのだ。

 それだけに、アスデナとレイの戦いはお互いが本気で戦うのは間違いないのだろうが、それで本当に心の底から楽しめるのかと言われれば、微妙なところだろう。

 それでも楽しみに思ってしまうのは、レイの実力を知っているからというのもあるが、それ以上にあばたもえくぼといったところだろう。


「場所を空けろ! レイとアスデナが戦うぞ! それも模擬戦じゃなくて、本気の戦いだ!」


 ケンタウロスがそう叫び、急いで戦闘の場所が作られる。

 野営地は既に壁に覆われており、外に出ることは出来ない。

 ……いや、レイが再び地形操作を使えば外に出ることも出来るのだが、今のところレイにそのつもりはないようだった。

 そして野営地のちょうど真ん中辺りで、レイとアスデナは向かい会う。

 アスデナは槍を手にし、レイはいつものようにデスサイズと黄昏の槍を手にする。

 身体の大きさという点では、圧倒的にアスデナが勝っているのだがレイの武器はデスサイズも黄昏の槍も、双方共に長柄の武器だけに、見ている者にしてみれば二人の大きさはそう変わらない。……いや、寧ろ多くの者が実力を知っているだけに、レイの方が巨大に見える。

 そんな中で、特にレイという存在に気圧されているのは、アスデナだろう。

 レイの前に自分が立っているからこそ、レイの発する強者の闘気とも呼ぶべきものを正面からまともに受け止めているのだから。


「はぁ、はぁ、はぁ……行くぞ!」


 特に何もしておらず、向き合ってるだけで呼吸が荒くなってきたアスデナは、やがて一気に前に出る。

 ケンタウロスらしく、その機動力は高い。

 そしてヴィヘラとの模擬戦や、数え切れない程に行われたドラゴニアスとの戦いは、一歩目とはいかないが、二歩目、三歩目で全速力とすることに成功していた。


『おお』


 それを見ていたケンタウロス達の口から、驚愕の声が上がる。

 ここにいる者達は、当然のようにアスデナの実力は理解していた。

 だがそれでも、こうして本気でレイに向かって攻撃を仕掛ける光景を見ると、その迫力に思わず驚きの声が漏れるのだ。

 ……とはいえ、そんなアスデナが自分の方に向かって突っ込んでくる様子を見ていたレイは、特に驚きはしない。

 確かにかなりの機動力を持っているアスデナだが、ヴィヘラとの模擬戦で何度か見ているし……何より、レイはこれまで多数のモンスターと戦ってきており、その中には機動力の高い相手は幾らでもいた。

 そんなレイにしてみれば、アスデナが幾ら高い機動力を持っていても、それに対処するというのはそこまで難しい話ではない。

 ……ただし、当然の話だが、レイが自分の速度に対応出来るだろうというのは、アスデナも知っている筈だった。

 ヴィヘラとの模擬戦で、何度となく同じような動きが出来るというのは見せているし、レイとの模擬戦で使ったこともある。

 アスデナも戦えばそれだけ成長するし、身体の動かし方や重心の位置、それ以外にも様々な理由から、毎日少しずつではあっても精度は上がっている。

 だが……そうであっても、レイにしてみれば対処するのは難しい話ではない。

 幾ら速くても、ヴィヘラと比べると当然のように劣る。


「はぁっ!」


 アスデナの口から、気合いの声と共に突進してきた速度と威力が十分に乗った突きが放たれる。

 それこそ、寸止めといったことは全く考えておらず、もし防がなければ槍の穂先はレイの身体を貫くだろう一撃。

 その光景を見ていたケンタウロス達の中の何人かから、悲鳴が上がる。

 このままでは、レイが死んでしまうかもしれないと、そう判断したのだろう。

 ……実際には、ドラゴンローブを着ているレイの防御を貫くには、この程度の威力ではまず無理なのだから。

 ともあれ、そんな一撃であってもわざわざ受ける必要はないだろうと判断し、レイはデスサイズを振るう。

 ギィン、という甲高い金属音と共にアスデナの身体が吹き飛ばされる。


「へぇ」


 そんな光景を見て、少しだけ感心した様子を見せるレイ。

 もしアスデナが持っていた槍を手放していれば、アスデナの身体は吹き飛ばされることはなかっただろうが、手にしていた槍は遠くに弾き飛ばされ手元に武器はなくなっていただろう。

 レイを相手にそんなことになってしまえば、間違いなくその時点で勝負は詰んでいた。

 だからこそ、アスデナは武器を手放すような真似をせず、自分ごと吹き飛ばされるという選択をしたのだろう。

 ……その一撃で手どころか身体全体が痺れたのは、アスデナにしても予想外だったが。


「うおおおおっ!」


 そして再び、アスデナはレイに向かって突っ込んでいくのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る